1995年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第09号

超小型集積化圧力センサの医用計測への応用

研究責任者

江刺 正喜

所属:東北大学 工学部 機械電子工学科 教授

共同研究者

庄子 習一

所属:早稲田大学 理工学部 助教授

共同研究者

南 和幸

所属:東北大学 工学部 機械電子工学科 講師

概要

1.はじめに
圧力は生体パラメータの中でも特に重要なもので,体内の局部的な部位の圧力を空間分解能良く計測することが要望されている。しかし,体外からこれを行うことは原理的に難しく,カテーテル内を通して体内に挿入できる圧力センサや体内に埋め込める圧力センサが必要となる。
通常,血管内の圧力の測定には,内部に液体を満たしたカテーテルを血管内に挿入し,カテーテル内の液体を介して体外の圧力測定器により計測を行ってきた。しかし,長い液体の柱を介しているため,周波数応答特性が悪かったり,あるいは液体内に閉じこめられた泡により圧力が歪められたりするため,定量的な測定には不十分であった。
我々は,シリコンマイクロマシニング技術により,医療・工業分野で要望されている検出回路を内蔵した小型の集積化容量型圧力センサを開発してきた(1)一(4)。シリコンは,センサ内に処理回路を集積化出来るため高機能なセンサを実現することが出来る。これまで周波数応答の優れたものが製作されてきているが,現状では血管内に挿入するにはまだ大きい。また,圧力検出のために圧力センサと共に電源・信号配線を体内に挿入しなければならず,安全性の点および小型化の点で問題がある。
以上の点を考慮すると,測定信号の検出には人体に影響が無く,測定信号の伝達が可能な光を用いることが適していると考えられる。本研究では,血管内に挿入できる程小さく,かつ電気配線の不要な圧力センサとして,光ファイバ先端に圧力測定部を集積化した,光ファイバ圧力センサ,を開発することを試みた。本研究で開発を目指したセンサでは,配線が不要でかつ測定部が超小型で,圧力を反映する信号を光によって伝達し,光信号検出・圧力換算は体外の計測器により行う方法を用いており,これにより上記の問題を克服しようと言うものである。本稿では,圧力検出の原理と,マイクロマシニングにより製作した微小圧力センサ構造体等について述べる。
2.光ファイバ圧力センサシステム
図1に,開発を目指す光ファイバ圧力センサシステムを示す。直径125μm(コア径50μm)の光ファイバの先端に圧力を検出するセンサ部が設けられている。センサ部には,マイクロマシニング技術により製作した微小なダイアフラムがファイバ端面に設けられており,ファイバ端面とダイアフラム表面でファブリ・ペロー干渉計が構成されている。このダイアフラムに圧力がかかるとダイアフラムがたわみ,ファイバ端面とダイアフラム間のギャップが減少する。このギャップの減少を光学的に検出する。検出光の光源には,発光ダイオード(LED)を使用する。光ファイバに入射されたLED光は光ファイバカプラを通ってセンサ部に達する。圧力に応じた干渉を受けた光は,光ファイバを戻って光ファイバカプラで検出部へと分岐される。検出用キャビティもまたファブリ・ペロー干渉計を構成しており,センサ部のギャップと検出用キャビティのギャップが一致したとき透過光のコントラストが最も大きくなる。この透過光を光電子増倍管で検出し,検出用キャビティのギャップからセンサ部のギャップを求め,圧力に換算する。
3.測定原理
図2に,ギャップ検出の原理図を示す。原理的には2重のファブリ・ペロー干渉計で構成されている。理論的な解析は参考文献(5)一(7)を参照していただきたい。図2に示すようにセンサキャビティと検出用キャビティのギャップが等しい時,光路長差がキャンセルされて検出用キャビティを透過してくる光のコントラストが最大になる。したがって,コントラストが最大となる検出用キャビティのギャップが分かればセンサギャップが分かる。本システムではコヒーレンスの短いLEDを使うことが必要で,これにより各ギャップでの不要な一干渉の発生を防ぐことが出来る。
本方法は,各センサギャップのみで発生する光路長差を利用しており,機械的振動や光ファイバの曲げなどの影響を受けない点で優れている。
4.センサ部の製作
(1)ダイアフラムの製作
ダイアフラムの製作プロセスを図3に示す。ダイアフラム製作において,製作後のダイアフラムにかかる応力(残留応力)を制御することは,感度や歩留まりの点で重要であるため,ダイアフラムには酸素と窒素の組成比により残留応力を制御できるSiONのCVD膜を使用して製作している。また,重要な設計パラメータであるダイアフラムとファイバ端面との間隔は,SiONのCVD膜の厚さで保持される構造である。一方,ダイアフラム製作後のハンドリングを考慮して,ダイアフラムはシリコンウェハ内に4本の梁によって支持される構造になっている。ダイアフラムには反射面としてAlの蒸着膜が形成されており,さらに圧力がかかってもダイアフラムの反射面が出来るだけ平坦に保たれるよう,ダイアフラム中央にはシリコンの層が設けられている。このシリコン層と前述の梁は,ボロン拡散によるエッチングストップにより製作される。
図4に,製作したダイアフラムの顕微鏡写真を示す。ウェハ内に,4本のシリコンの梁で支えられていることが分かる。ダイアフラムの直径は約100μmである。図4に示すように,ダイアフラムのまわりには比較的大きな開口部(穴)を設けてあるが,この開口部は光ファイバ端面ヘダイアフラムを固定する際に,シリコンウェハの背面に配置した光ファイバを表側から観察するための窓で,観察しながら光ファイバの三次元的な位置決めを行う。
(2)光ファイバ端面のハーフミラー化
コントラストの良い干渉波形を得るためには,最適なファブリ・ペロー干渉計を構成する必要がある。センサ部に関してはダイアフラムにA1の反射面を設けてあるので,これに相応してファイバ端面の反射率を上げてやらなければならない。計算結果では,光ファイバ端面が反射率が65%のハーフミラーである場合に最大の感度が得られる。本研究では波長660nmのLEDを使用するが,ZnSとMgF2、の誘電体4層膜を製作することにより,計算上660nmの光に対して71%の反射率が得られるので,蒸着法により光ファイバ端面にこの誘電体多層膜を製作した。実験的にガラス基板上に形成した誘電体多層膜の反射率は72%であり,ほぼ設計値通りの値が得られることを確認している。
(3)ダイアフラムのファイバ端面への接着
図1に示したように,ダイアフラムと光ファイバ端面との接着層としてリング状のフォトレジストを用いている。ここでは,リング状のレジスト層をどの様にして光ファイバ端面に形成するかが問題となる。薄くて均一な厚さのリング状レジストを形成するには,平板上でのパターニングが適している。この方法を用いる場合には,レジストをファイバ端面に移し取る際に,ほとんど透明なレジストへのアライメントと,基板からのレジストの剥離が容易でなければならない。本研究では,中間層にAl層を用いることによりこの問題を解決することが出来た。図5に,光ファイバ端面への接着層の形成とダイアフラムの接着プロセスの模式図を示す。まず初めに,ガラス基板上にA1を蒸着し,フォトリソグラフィによりAlをリング状にパターニングする(図5,a))。次に,Alを蒸着した面にポジ型のフォトレジストを全体的に塗布して反対側より光を照射する。これにより,現像処理後にはAl膜のついた部分にのみフォトレジストが残り,リング状の接着層となる(図5,b))。この接着層に対し,疎水性の表面処理を施してレジストとの接着性を良くした光ファイバ端面を,A1層を目標にしてアライメントし,ファイバ端面が均一に密着するように押しつける。次にファイバを引き離すと,レジストとAlとの界面で剥離し,レジストが接着層として光ファイバ端面へと移し取られる(図5,c),d))。次に,梁で支持されたダイアフラムにファイバ端面をアライメントした後,押しつけて接着層をダイアフラムに密着させる(図5,e))。接着強度を上げるため,接合部全体を赤外線ランプで局所的に加熱する。最後にダイアフラムを支えていた梁を切断・除去する。
図6にファイバ先端に接合したダイアフラムの顕微鏡写真を示す。このダイアフラム製作時には,ダイアフラムを支持していた梁を機械的に壊したため,図6でも分かるように梁の付け根の部分のダイアフラムが部分的に壊れており,センサキャビティを完全に密閉した状態にすることが出来なかった。完全に密封したセンサキャビティを実現するためには,エキシマレーザーアブレーションなどの機械的衝撃の加わらない方法で切断する必要がある。今後,そのような切断方法も含め,プロセス・構造の改良を行う予定である。
4.圧力測定原理に関しての基礎実験
マクロモデルを用いて,圧力測定原理である2重のファブリ・ペロー干渉計によるギャップ検出に関する基礎実験を行った。図7に実験システムを示す。センサキャビティには,全反射ミラーとしてAl蒸着膜を付けたガラス板と前述した誘電体多層膜を蒸着したガラス板を使用した。一方,検出用キャビティには反射率38%の2層の誘電体多層膜を蒸着したガラス板の2枚をハーフミラーとして用いた。センサキャビティおよび検出用キャビティのギャップは,ピエゾアクチュエータによりそれぞれ独立に,かつ反射面の平行度を保ちながら変化させることが出来る。LEDには前述の波長660nmのものを用いた。セルフォックレンズは,光ファイバへの光の入射効率の改善,およびファイバからの出射光の発散を減少させる目的で用いた。LEDからの出射光はレンズで集光されながらハーフミラーを透過してセルフォックレンズに入射する。入射した光はファイバを通って再びセルフォックレンズから出射し,センサキャビティへと入射する。センサキャビティで干渉された戻り光は再びファイバを通り,ハーフミラーで反射されて検出用キャビティに入射する。そして,検出用キャビティで干渉された透過光強度はフォトダイオードで検出される。センサキャビティのギャップをパラメータとして,検出用キャビティのギャップを変化させたときのフォトダイオードで検出される光強度の測定結果を図8に示す。検出信号として交流信号が得られるが,センサギャップを変化させると検出信号のコントラストが最大になる検出用ギャップ値も変化することが分かる。
5.まとめ
以上,光ファイバ先端に微小ダイアフラムを取り付けた超小型医用圧力センサシステムとセンサ構造体の製作,測定原理の基礎検討について述べた。本センサの実現における重要課題である,測定原理とその確認,微小ダイアフラムの製作とファイバ端面への接着技術の開発,は終了している。現在,残る課題であるダイアフラム支持梁の切断方法を,ダイアフラム構造の改良を含めて進めているところである。
本研究成果の一部は,第12回「センサの基礎と応用」シンポジウム(8)で発表したが,今後さらに進んだ成果の発表を行う予定である。