2003年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第17号

超小型表面プラズモン光ファイバ生化学センサの作製

研究責任者

梶川 浩太郎

所属:東京工業大学大学院 生命理工学研究科 物理情報システム創造専攻 助教授

概要

1.はじめに
 遺伝子工学の進歩によりタンパクやDNA、抗原一抗体反応の新しいバイオセンシングの手法の開発が要求されている。その追跡手法として表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance:SPR)が注目されるようになってきた。SPRを用いたバイオセンシングはシンプルな光学系にもかかわらず高感度であるという利点がある。
 一般にSPRの励起に用いられているKretschmann型の光学配置(図1(a))では、プリズム底面に蒸着された膜厚50nm程度のAu薄膜中へ全反射減衰法を用いてp一偏光の光を入射することにより表面プラズモンが励起される。その共鳴条件は表面状態に非常に敏感であるため、微量な物質の吸着による共鳴条件(共鳴角度)に変化が生じ、それが反射率の変化としてあらわれる。そのため、たとえば、表面に抗原を固定化すると抗原一抗体の相互作用を反射率の変化として捕らえることができる。しかし、従来のSPRセンシングではセンシング部分のμmサイズへの超小型化が困難であるという問題があった。
そこで光ファイバのコアをむき出しにしてその側面にAu薄膜を構築して、コア部分へのしみ出し光(エバネッセント光)を用いたファイバ型表面プラズモン共鳴センサや導波路を用いた同様の構造のセンサが考えられてきたが,機械的強度に問題があり実用的であるとは言い難い1)・2)。
 本研究では,光導波路部分をむき出しにすることなく、光ファイバ端面に表面プラズモン共鳴を励起する微細な機構を構築することをめざした。側面にセンサ部分を構築する手法に比べて機械的強度が格段に優れるという特色を持つ。本研究では2つの方法で表面プラズモンを励起する構造を構築した。ひとっは、光ファイバ端面に適当な角度で突起あるいはくぼみを設け、その表面に金属薄膜を蒸着する方法である(方法1、図1(b))。入射光は光ファイバ端面で散乱されるが、その中のエバネッセント光成分は表面プラズモンを励起する。その条件は金属薄膜の表面状態に敏感であるため、これを利用した高感度な生化学センサが実現される。もうひとつは,普通に垂直に切断した光ファイバ端面にゆっくりとAu薄膜を蒸着し適当な波長の光を入射して表面プラズモン共鳴を励起する方法である(方法II、図1(c))。このようなAu薄膜では、単分子膜が吸着することによりその反射スペクトルに520nm付近の表面プラズモンに起因する鋭いピークが生じることが知られている。(これは、Au薄膜表面の微細な構造に起因すると考えられている)本研究では,両方の手段を比較しながら超小型表面プラズモン生化学センサの開発を行なう。
2.実験
2.1ファイバチップの作成
2.1.1方法1
 はじめにエッチング処理を行い光ファイバ端面に適当な角度で突起あるいはくぼみを設ける実験を行った。光ファイバは、Ge含有量の多い高屈折率ファイバを用いた。エッチングにはHFとNH4Fを用いたふっ酸緩衝溶液を用いた。HFとNHaFの体積比を1:ξとしてξ=1.0とξ=8.0の場合に関して行った結果を図2に示す。ξ=8.0では図2(a)のように突起状にエッチングされるのに対して、ξ=1.0では図2(b)のようにファイバ端面に凹みが生じる。突起状にエッチングされた構造では機械的強度に問題が生じるため、ξ=1.0のふっ酸緩衝溶液を用い、その濃度をかえることにより凹みの深さのコントロールを行った。その結果、
5.0%の濃度で30秒間エッチングを行った場合に最も効率よくSPRを励起できる構造を構築できることがわかった。
 このままでは、SPRを励起することができないため、端面にAu薄膜を蒸着した。膜厚が薄すぎる場合には、SPRの励起が十分ではなく、逆に厚すぎると反射光強度が強すぎてしまい、SPRに起因する成分が相対的に弱くなる。そのため、適当な薄膜の膜厚を選ぶことは重要である。トランスファーマトリクスを用いた反射率のシミュレーションからAu薄膜の膜厚を約20nmと決めた。1σ4Pa以rの真空度で端面にAuの真空蒸着を施した。
2.1.2方法II
 方法IIでは、通常の方法で清浄な光ファイバ端面を作製し、真空蒸着でその表面に凸凹な構造、つまり島状のAu薄膜を構築した。その際,蒸着レートとファイバの先端の処理が重要である。いくつかの条件で作製を行い、本研究では、10'4Pa以下の真空度で0.05nm・s'1の蒸着レートでの凸凹なAu薄膜の堆積を行った。そのAu薄膜の堆積にさきだち、必要であればCr薄膜を約1nm程度堆積して端面Au薄膜との接着性を改善した。この薄膜と同様のプロセスでシリカ基板上に構築した薄膜について吸収分光測定を行い、プラズモンに起因するピークがあることを確認した。
2.2光学系と測定システム
 測定に用いた光学系の概略を図3に示す。光源には、波長λ=530nmの緑色のLEDを用いた。これは
 (1)光源の安定性が良いこと
 (2)低コストであること
 (3)レーザーに比べて人体への安全性が高いこと
等の理由による。LED光には適当な発振器を用いて1KHz程度の周波数で変調をかけた。LEDからの光は光ファイバカプラを用いて、入射光を分割した後に、一方は参照光としてフォトダイオードを用いてその強度を検出した。その際,端面における反射光が測定に重大な影響を及ぼすため、マッチングオイルを用いて端面で光を散乱させ反射光を最小限に抑えた。もう一方は、スプライサを通してセンサヘッドを構築したファイバと接続した。スプライサの効率が重要であるため,その選定には慎重を期した。ファイバヘッドで散乱、反射された戻り光は再びカプラを通して分割され、その一部を光電子増倍管で検出した。得られた信号は、ロックインアンプを用いて検出し、AID変換ボードを用いてコンピュータで処理を行った.
3.結果と考察
 動作確認のため、まず、インデックスセンサとしての動作を確認した。方法1で作製したセンサヘソドを様々な屈折率の溶液に浸しその信号強度をプロットしたのが図4である.これは,横軸を時間として各媒質、空気(n=1)、水(n=1.33)やエタノール(n=1.36)、トルエン(n=1.50)に浸した時の信号強度をプロットしたものである。水とエタノールの屈折率差が高い感度で検出されていることがわかる。インデックスセンサは、食品工業上有用なだけでなく、バイオセンサとしても糖の濃度センサや指示薬を用いたpHセンサへの応用が考えられる。
 次に、エタノール溶液中にセンサヘッドを浸しその反射光強度をモニタすることによりアフィニティーバイオセンサとしての性能を評価した。方法1で作製したセンサヘッドのAu表面をエタノール溶液中でアミノウンデカンチオールをコートした後、カップリング反応を用いてビオチン分子を固定化して修飾した。
その表面へのストレプトアビジンの吸着過程をホウ酸緩衝溶液中で追跡した。アビジンービオチン複合体を用いたシステムは,免疫学的測定や組織染色の分野で広く利用されている系である。また、抗原一抗体反応を模倣した系として、アフィニティーバイオセンサの性能評価にしばしば用いられる。得られた結果を図5に示す。
ストレプトアビジン溶液の注入と共に、センサヘッドヘアビジンの吸着が始まり、やがて一定値を示すようになった。得られた信号強度は、光ファイバカプラ端面やスプライサ端面での反射光の寄与が重畳されていることに注意されたい。ファイバチップ周辺での光変調をおこなうことによりこの寄与を取り除くことができるが、今回は性能評価のため生のデータを示した。このように、生体由来試料のアフィニティーバイオセンシングが可能であることがわかった。同様のシステムで、抗原一抗体反応やDNAのハイブリダイゼーションへの応用が可能である.そのために,今後SIN比をさらに改善する研究をおこなっていく予定である。
 次に方法IIで構築したセンサーチップを用いて得られた結果について議論する。まず、方法1の場合と同様にインデックスセンサとしての動作を確認した。センサヘッドを様々な屈折率の溶液に浸しその信号強度をプロットしたのが図6である.横軸を時間として各媒質、空気(n=1)、水(n=1.33)やエタノール(n=1.36)、トルエン(n=1.50)に浸した時の信号強度をプロットした。方法1の場合と同様に、インデックスセンサとしては十分な性能を示していることがわかる。
 次に、アフィニティーバイオセンサとしての性能を評価した。方法1の場合と同様にチップ先端をアミノウンデカンチオールでコートした後、カップリング反応でビオチン分子を修飾した。得られたセンサヘッド表面へのストレプトアビジンの吸着過程を緩衝溶液中で追跡した結果を図7に示す。この結果から,方法IIで構築されたセンサヘッドを用いると、ストレプトアビジンのビオチン分子表面への吸着過程が高感度に検出されていることがわかる。
 いずれの方法もアフィニティーの検出が可能な感度を持つが,結果の比較から、方法IIの方が高いSIN比で検出ができることがわかる。しかし、今後エッチングレートの最適化をさらに続けていき、方法1で作製したヘッドでも同様のSN比が得られるようにしていきたいと考えている。
4.まとめ
 2つの方法を用いて表面プラズモンを励起しセンサとしての性能評価を行った。その結果、光ファイバ端面に適当な角度で突起あるいはくぼみを設けることやその表面に金属薄膜を蒸着する方法で表面プラズモンを励起しセンサとして高い感度が得られることがわかった。特に、低い蒸着速度でAu薄膜島状に堆積し光ファイバ端面に構築した場合に生じるプラズモン共鳴が大きな感度を与える。このセンサでは緑色LEDを光源とした検出システムを用いることが可能であり、小型で低コストな光ファイババイオセンシングシステムの構築ができることがわかった。今後、ファイバ端面の最適化、つまり、蒸着速度やエッチングレートの最適化を行いさらなる高感度化をはかりたいと考えている。