1995年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第09号

赤血球内酵素の自動分析システムの開発

研究責任者

濵崎 直孝

所属:九州大学 医学部 検査部 教授

共同研究者

井手口 裕

所属:福岡大学 医学部 臨床検査医学講座 助教授

概要

1.まえがき
血液は生体成分のなかで尿とともに最も採取しやすい成分であり,生体内の代謝状況を知る良い目安として臨床検査診断に日常的に用いられている。本研究は採取しやすい血液を今まで以上に有効に分析し,より詳細な臨床検査診断法として利用するシステムを確立するのが目的である。
生体内の代謝は全て酵素によって触媒されており,酵素異常はただちに代謝異常を引き起こす。しかしながら,今日まで,このような代謝異常を系統的に分析する臨床検査法は確立しておらず,代謝異常による疾病を疑う場合は,それを専門にしている研究室に特別に分析を依頼しなければならない。そのようなわけで酵素異常の系統的な分析は必ずしも十分には行われておらず,かなりの代謝異常疾患が病因不明のまま放置されている可能性が高い。
本研究の分析システムを開発することで,このような分析が一般的な臨床検査室で普遍的に行われるようにして,今まで見逃されていた代謝異常疾患の診断が出来るようにするのが目的である。一方,赤血球内の酵素アイソザイムはほぼ肝臓酵素のアイソザイムと考えてよく,赤血球内酵素の測定は溶血性貧血など赤血球内の代謝異常のみでなく,肝臓など赤血球とアイソザイムを同じくする臓器の代謝状態を知る良い指標にもなる。
このような観点のもとで,我々は,赤血球内酵素を短時間で系統的な酵素活性測定を自動化する試みを行った。併せて,溶血性貧血の系統的診断システムを確立したので報告する。
2.診断システムの構成
1)サンプルの調整法
検査の対象となる検体は血液である。患者の負担を考えると,出来るだけ少量の採血で済す必要がある。現時点では,図1のフローチャートをすべて検査するには7m1の血液を必要とするが,一連の赤血球酵素を測定するだけなら1ml以下で充分である。採血は抗凝固剤Na2EDTAを含む採血管に採取する。ヘパリン採血は用いない方がよい。採血後は氷中で保存し,出来るかぎり採血当日に測定を完了するように努めるが,3日間は保存できる。採血時に,必ず健常人の採血を患者採血と共に行ない,これを,コントロールとする。
2)溶血性貧血診断のフローチャート
図1のフローチャートに従って病因の確定努力を行ない,必要と思われる精密検査を行なう。酵素異常が原因と疑われる症例については主要な個々の酵素活性を測定する。測定すべき必要最小限の酵素群は図1(d)にまとめているが,現在までのところ,この段階に沢山のサンプルが必要で,しかも,測定に長時間かかり溶血性貧血の系統的診断が出来ていなかった原因である。本研究では,これらの酵素測定を機械化し,多項目の酵素を少量のサンプルで短時間に同時測定するシステムの構築を行なった。以下に,その概略を述べる。
3.赤血球内酵素自動分析システムの構築
使用する専用機器の製作から行なうのが理想的ではあるが,本研究では多項目同時測定に適した既存の自動分析機器, Cobas Mira (Roche), を分析機器として用いた。分析方法組立の詳細は文献1)を参照していただきたい。
1)酵素の測定順序の決定
自動機器分析の場合,注意しなればならない点の一つは測定過程における,サンプル相互間,あるいは,試薬とサンプル間の汚染である。本研究で測定する酵素群は,ある酵素活性測定に必要な試薬に含まれる酵素が次の測定項目であったりすると,その酵素活性測定が正しい値を示していない可能性が高くなる。そこで,測定する酵素の順序,グループ化が一つのポイントである。表1にそのグループ化を示す。
試薬は調整後,凍結乾燥して保存し,用時調整して使用する。
2)酵素活性の測定
各酵素の測定法は,ICSH(International Committee for Standardization in Hematology)の勧告法に従ったICSHによる各酵素活性の基準値とCobas Miraを用いて我々が自動分析した各酵素活性値の比較を表2に示す。本法で自動測定した場合,表2に示した各酵素の全測定が1時間以内で完了する。しかも,表2で判るように,旧来の用手法で熟練の技師が数日かかって測定した測定精密度より,本法で測定した精密度の方が上昇している。
3)患者検体自動測定の実際
表3に患者検体の測定例を挙げる。本症例は1才の男子で,病歴や一般諸検査で溶血性貧血が疑われ,我々の検査室へ検体が送られてきたものである。図1のフローチャートに従って検査を行ない,最終的に,酵素異常が原因である可能性が考えられ,図1(d)の酵素項目を測定した。表3に示すように,G6PD(Glucose-6-phosphateDehydrogenase)活性がコントロール活性に比較し,80分の1に低下していることが判明し,本症例は,G6PD異常による溶血性貧血であると確定診断が出来た。現時点では,確定診断の有無で治療法に変化はなく,G6PD異常の根本的対処方は残念ながらない。しかしながら,病因の確定が治療法発見の第一歩であるので,病因をはっきり確定することは重要な事であると我々は考えている。
4.まとめ
溶血性貧血の系統的システムが無かったために,かなりの症例が病因を確定できないままに見逃されていた可能性が高い。系統的システムが組めなかった最大の原因は少量のサンプルで多項目検査を短時間に行なうことが難しかったためである。そこで,我々は少量のサンプルを用いて,系統的,簡便で,しかも,短時間に必要な検査をするシステムの構築を試みた。図1がその基本構成図である。特に,大量のサンプルが必要で,時間と熟練度が要求される図1(d)の酵素群の活性測定を自動分析化することで,図1を完成させることが出来た。この自動化で測定に必要な採血量の少量化と測定時間の短縮が実現し,突然の検体測定依頼にも対応できるようになり,病院の検査システムとしての採用が可能になった。
1990年から1993年までの3年間に,診断が出来ず,溶血性貧血疑いとして,我々のところに検体測定依頼がきた症例の検査数とその異常例を表4に示す。予想外に溶血性貧血患者が多い。これら異常検体の酵素,赤血球膜蛋白質,ヘモグロビンなど総合的な分析法やその結果は文献2)に発表した。
このようなことから推測すると確定診断がつかずに放置されている患者はもっと沢山いることが推測される。我々の今回の試みは,一つの病院内での自動化にすぎない。病因が究明されずに放置されている沢山の患者の福祉厚生のためには,本研究を契機にして,上記酵素群のより簡便な専用自動分析機の企業による開発と普及を願っている。