2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

赤外線を利用した脈拍数計測装置の開発とその実験方法の工夫

実施担当者

末栄 良弘

所属:金沢市立工業高等学校 臨時的任用講師

概要

1. はじめに
近年の理科教育は、あくまで理想的な条件下においてやさしい基本的思考問題を解くことに重点が置かれる。その背景のひとつには生徒の知的好奇心を刺激し、教員にとって授業に取り入れやすい教材の不足があると考えられる。その結果として、実物実験授業不足や実習体験不足が横たわり、高度な思考力を鍛える教育がなされていないのが現状だ。
つまり、現理科教育では、理科の法則や原理を応用した科学技術が生活の中でどう役立っているかということが理解されにくいのである。この背景を踏まえて、私は教科横断的テーマに徹底的に向き合い考え抜く力を育成するために、知的探究心を刺激する実験装置の開発に着手した。


2. 目 的
(1) 日常生活に役立っている法則や原理を取り上げ、生徒がその科学の法則や原理を探究できる理科教育を目指す。
(2) 生徒の知的探究心を刺激し、高度な思考力を伸ばす生徒主体の学習環境をつくり上げる。
(3) 教員にとって操作が容易で、授業に取り入れやすい実験装置を開発する。


3. 実験方法および装置の創意工夫
(1) 無線通信システムの構築(N=9:実験班数)パソコン側のZigBee1個とPIC側のN個のZigBeeをまず、それぞれ1:1の接続形態(PeertoPeer動作モード)1)に設定した後、パソコン側のZigBeeをWaiting動作モードに変更するだけで、パソコン側のZigBee1台とPIC側のどのZigBeeとも接続可能な1:Nの接続形態にできる。図1はN=2の場合の脈拍数測定装置の実験システムを表したものである。

(注:図/PDFに記載)

(2) 赤外線を利用した脈拍数測定装置
反射型赤外線センサーとしてオムロンのフォト・マイクロセンサ(形EE-SY113)を利用した。指先の毛細血管の血液の流れに対応して変化する赤外線反射量の電圧変化をオペアンプで増幅する。図2は、赤外線センサーとオペアンプ(LM358N-N)であり、赤外線反射量の電圧変化で赤色LEDの光と電子音を発することを表している。図3は、PIC16F873A2)により、電圧変化のA/D変換電圧2)を求め、その電圧と経過時間の値をPICマイコン側の液晶画面に表示し、さらにZigBeeを利用して、その測定データをパソコンへ無線でシリアル送信してパソコンへ送る装置を表している。

(3) 赤外線を利用して脈拍数を測定できる説明
赤外線センサーを利用して脈拍の変化を捉える方法の原理を生徒にわかりやすくパワーポインターで説明した。オムロンのフォト・マイクロセンサ(形EE-SY113)の赤外線受光側のピーク分光感度波長は850nmである。
図4に示すとおり、波長850nmの赤外線では血液中の酸化ヘモクロビンの赤外線吸収率の方が還元ヘモクロビンの赤外線吸収率よりも大きい。その赤外線吸収率の違いを利用した。

(注:図/PDFに記載)

反射型赤外線センサーでは、赤外線が還元ヘモクロビンにあたると吸収されにくく、赤外線が反射されるので、図5に示すようにセンサーのコレクタとエミッタ間に電流が流れて出力電圧は0となる。

(注:図/PDFに記載)

一方、赤外線が酸化ヘモクロビンにあたると吸収されやすく、赤外線が反射されないので、センサーのコレクタとエミッタ間に電流が流れないので、図6のように流れて出力電圧が生じる。この出力電圧をオペアンプで増幅する。

(4) オペアンプの増幅原理の説明
オペアンプの非反転増幅原理パネル装置を自作し、オペアンプ増幅原理をわかりやすく、その実験装置パネルとパワーポインターを使って生徒に説明した。図7に示すように、入力電圧を2.8mVにしたとき、可変抵抗R2を大きくして出力電圧が2.827Vになった。生徒は出力電圧が入力電圧の1000倍以上になったことが容易に理解できた。

(注:図/PDFに記載)

オペアンプの入力端子のプラスとマイナスの電位差が0[V](イマジナリーショート)となっていることを説明し、図8に示されている増幅率の式を使って生徒に増幅率を計算させた。例えば、R1=200Ω、R2=199.8kΩとすると、増幅率は1000倍となる。

(5) 開発したソフト
PICマイコン側のソフトは、米国のマイクロチップ・テクノロジー社のMPLAB○REAIDEの統合開発環境で米国CCS社のC言語コンパイラーを用いて開発し、株式会社アドウィン社のPIC書き込みソフトでPIC16873Aに書き込んだ。
パソコン側のソフトは、Microsoft社のVisual Studio Express 2013 for Windows DesktopのC#言語3)を使って、図9のメニュー画面に表示されているソフトを開発した。

図10は生徒実験において、指先を赤外線センサーの上に置き、ZigBeeで測定データを送受信し、パソコンで受信データを周波数解析して、脈拍数が76[回/分]と表示されたときのパソコンのフレーム画面の一例である。

図11は離散フーリエ変換の意義を学習するソフトのフレーム画面の一例である。
y=sin(2π25t)+0.8cos(2π42t)の時間変化グラフを離散フーリエ変換によって周波数解析して実数部、虚数部、位相等を求めてスペクトル値と周波数を算出し、これらのスペクトルをソートして最大スペクトル値のときの周波数が25Hzであることを表している。

(6) 協力してくれた生徒のハンダ付け実習風景
図11、図12は夏休み期間に脈拍数測定装置の開発に協力してくれた生徒が集中してハンダ付けをしている実習風景を示したものである。
図14に示すように、生徒の協力で9班分の脈拍数測定装置を作製することができた。

(7) 生徒実験の風景
図15、図16に示すように、指先の脈動を生徒はLEDの光の点滅を目で見て観察すると同時に電子ブザーからの電子音を耳で聴いて観察することができる。計測装置だけの観測でなく、視覚と聴覚の両方で観察できるように工夫した。


4. 生徒アンケート結果及び教育上の効果

(注:表/PDFに記載)

特に、表1の生徒アンケート結果の問2「この実験は、工夫があり、物理の授業は生活に役立つ。」の質問に対して、肯定意見A,Bを合わせると93.3%の生徒が物理の授業は生活に役立つと好意的に思っている結果になり、大変嬉しい。
《生徒の知的好奇心と探究心が向上した》
・ 赤外線センサーやオペアンプについて生徒の知的探究心を高めた。特に、赤外線に大変興味を持ち、赤外線はどのような物質に吸収されるのか、その詳しい性質について自発的に本校図書館のインターネット用パソコンで調べる生徒も現れた。
・ 電子情報科の生徒の中には、オペアンプ電圧増幅原理パネル装置を作ってみたいという生徒や卒業課題研究でPICマイコンを使った計測をやってみたいという生徒も現れた。
・ 要するに毛細血管に赤外線センサーを当てればいいのではと考えて、指先でなく耳たぶや皮膚などに赤外線センサーをあてるなど身体の表面に試してみる生徒も現れた。
・ 他人によって脈拍数が違ったのはなぜなのかと不思議がる生徒や、イヌやネコなどの動物の脈拍数はどれくらいか調べてみたいという生徒も現れて、生徒の探究心の芽生えを感じ取ることができた。
・ 生徒実験結果において脈拍数の値が56~105[回/分]の実験データを得た。水球部で鍛えている生徒の脈拍数が最低値の56[回/分]であった。この生徒はスポーツ心臓を持っていると推察される。


5. まとめ
反射型赤外線センサーを利用し、指先の毛細血管の血液の流れを赤外線反射量の電圧変化として捉え、オペアンプでその電圧を増幅してPICマイコンでA/D変換する電子回路を作った。無線モジュール(ZigBee)を利用して測定データをパソコンへ無線送信し、パソコンで受信した電圧変化データをグラフ波形で表し、離散フーリエ変換によってスペクトル周波数解析して指先の脈拍数を求めるソフトを開発することができた。生徒実験では、パソコン画面をプロジェクターでスクリーンに投影し、全員で各班のデータをリアルタイムに共有できるように実験方法を工夫した。