2003年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第17号

誘電泳動インピーダンス計測による細菌活性のリアルタイムモニタリング法の開発

研究責任者

末廣 純也

所属:九州大学大学院 システム情報科学研究院 システム工学専攻 助教授

共同研究者

原 雅則

所属:九州大学大学院 システム情報科学研究院 電気電子システム工学部門 教授

共同研究者

今坂 公宣

所属:九州大学大学院 システム情報科学研究院 電気電子システム工学部門 助手

概要

1.はじめに
 地球規模での環境汚染問題が深刻化する中、水資源の安全性が改めて問われている。我が国の上水道水の浄水場では塩素消毒による細菌や微生物の駆除が行われているが、最近になって消毒副生成物であるトリハロメタン(有機塩素化合物)の発ガン性が明らかになり、過剰な塩素投入を抑制する試みが各所で始まっている。この場合、細菌数をリアルタイムでモニターしながら、投入塩素量を制御することが必要となる。また、紫外線、オゾンなどを用いた殺菌では、副生成物の問題は少ないものの、省エネルギーの観点から、殺菌効果をリアルタイムでモニタリングする意義は大きい。現在最も広く用いられている菌検出法は、検体を培地で培養し、培地表面に形成されるコロニー数から菌濃度を推定するいわゆる「培養法」である。しかしながら、培養法は測定結果が得られるまでに数日程度を要するため、上述のリアルタイムモニタリング法としては適用できない。また、菌培養に専門的な知識や操作技術が必要なことも欠点の一つである。
 筆者らの研究グループでは、誘電泳動現象と電気インピーダンス測定を組み合わせた新しい細菌検出法である"DEPIM"(Dielectrophoretic Impedance Measurement)の開発を行っている1)~3)。同検出法は、細菌の濃縮と検出を電気的に行う物理センサーの一種であり、低コストで迅速かつ簡単に細菌を検出できることが特徴である。これまでに、懸濁濃度104個1mlの大腸菌を10分以内に検出することに成功している。DEPIMにおいて細菌の捕集に利用する誘電泳動力は、細菌の誘電特性に依存するため、細菌の誘電特性がその活性や成長段階などによって変化することを利用すれば、細菌をその活性によって選択的に検出したり、更には細菌の活性をリアルタイムでモニターすることも可能になるものと予想される。本研究では、DEPIMをべ一スとした細菌活性のリアルタイムモニタリング法を開発することを目的として、実験・理論の両面から検討を行った。
2.原理
2.1DEPIM
 DEPIM法の詳細な原理は別報1)で述べているのでここでは概要のみを述べる。DEPIM装置は、流路系、電極系、インピーダンス検出系より構成される。流路系はマイクロ電極を囲むチャンバーを中心に構成され、ポンプにより細菌懸濁液を電極部へ連続的に供給する。電極はフォトリソグラフィー技術によりガラス基板上に作成されたクロム薄膜電極であり、電極ギャップ間に高周波交流電圧を印加すると、電極近傍に存在する細菌は正の誘電泳動力により高電界方向へ駆動され、パールチェインと呼ばれる数珠玉状集塊物を形成し、電極ギャップ間に捕集される。細菌は懸濁媒質とは異なる固有のインピーダンスを持つため、細菌が電極ギャップ間に捕集されるとギャップ間のインピーダンスは時間とともに変化する。その経時変化をインピーダンス検出装置により測定することで、細菌をほぼリアルタイムで検出することが可能となる。
2.2活性による選択的DEPIM検出法の原理
 DEPIMで菌捕集・濃縮に利用する誘電泳動力は次式で表される4)。
ただし、r:細菌半径(球形粒子に近似)、E:電界、εs:懸濁液の誘電率である。Kはクラウジウス・モソッティ係数で、次式で与えられる。
ε*p、ε*sは各々細菌、懸濁液の複素誘電率である。誘電率f、導電率σの誘電体の複素誘電率εiは次式で定義される。
ただし、ωは電界の角周波数である。
 細菌の基本構造は、細胞質とその周りを取り囲む細胞膜からなり、それぞれ固有の誘電特性(導電率、誘電率)を持つ。細胞質は様々な種類のイオンを含む電解質からなっており、その導電率は0.1Slm程度である。一方、細胞膜は絶縁性の脂質からなっており導電率は100nSlm以下と低い。このように、細胞内部のイオン濃度は外部よりも高いが、死菌では膜構造が破壊されるため菌内部のイオン濃度即ち導電率が著しく低下することが知られている5)。(2)式から予想されるように、菌内部の導電率の変化は菌に作用する誘電泳動力に影響を及ぼす。細胞質導電率が細菌に作用する誘電泳動力に及ぼす影響を(2)式を用いて理論的に計算した結果を図1に示す。同図より、1MHz以上の高周波領域では、細胞質導電率の低下と共に誘電泳動力が顕著に低下することがわかる。このような条件を満たす電界周波数では、生菌のみが誘電泳動により濃縮・捕集されるので、生菌のみを選択的にDEPIMで検出することができる可能性がある。しかしながら、失活に伴う菌の構造変化ならびに誘電特性変化は、殺菌方法によって異なることも考えられる。そこで本研究では、代表的な殺菌方法である紫外線照射と加熱の二つの殺菌法に着目し、DEPIM法を用いた活性による選択的細菌検出の適用を試みた。
3.実験方法
3.1殺菌処理法
 加熱殺菌の条件は、温度80℃、加熱時間15分とした。紫外線殺菌に用いた紫外線光は、中心波長254nm、照射強度2.5mW!cm2であり、照射時間は10秒とした。どちらの処理においても、処理後直ちに懸濁液のサンプリングを行い、培養法により大腸菌の失活を確認した。
3.2誘電泳動による菌捕集状況の観察
 細菌の誘電特性の変化に起因する誘電泳動力の変化は、図1に示したように周波数によってその変化の程度が異なるものと考えられる。そこで、生菌と死菌の電極への捕集状況に差が生じるような周波数条件を探るため、キャッスルウォール型電極を用いた誘電泳動の観察実験を行った。電極を収めたチャンバー内へ懸濁液を連続的に循環させ、不平等電界が形成される電極ギャプ問(コーナー部分)に誘電泳動により細菌を捕集する。懸濁液循環流量を4mllmin、懸濁菌濃度p=107cellslml、印加電圧は8Vpp、周波数は100kHzまたは1MHzとし、生菌と死菌それぞれの電極への捕集状況を顕微鏡とディジタルカメラにて観察・記録した。
3.3DEPIMによる生菌の選択的検出
 誘電泳動観察結果とインピーダンス変化測定結果との比較を行うことにより、DEPIM測定による生菌の選択的検出条件を決定することができる。大腸菌に誘電泳動力が有効に働き、電極に捕集可能であるような条件の場合には、インピーダンス変化が表れるのに対し、誘電泳動力が弱く、ほとんど捕集されないような条件の場合には、インピーダンスもほとんど変化しないことが予想される。また、生菌と死菌が混在する混合懸濁液の場合、生菌のみの場合と等しいインピーダンス変化が得られれば、混合液中から生菌のみを選択的に検出できたと言える。DEPIMの測定は、スターラによって撹拝されている100mlの懸濁液中に電極を浸漬して行い、印加電圧は3Vpp、周波数は観察の場合と同様100kHzまたは1MHzとして実験を行った。
4.実験結果
4.1誘電泳動による菌捕集
 加熱処理を施した大腸菌を用いた実験結果を図2に示す。何れも電圧印加30分後の菌捕集状況である。周波数100kHzの場合、生菌、死菌の何れも電界が集中する電極コーナー部に捕集された(同図(a)、(b))。これに対し周波数1MHzでは、生菌のみが捕集され(同図(c))、死菌は殆ど捕集されなかった(同図(d))。一方、写真には示していないが、紫外線殺菌処理を施した大腸菌では、加熱殺菌の場合と異なりどちらの周波数においても大腸菌が電極コーナー部に捕集される様子が確認された。
4.2DEPⅢ測定
 誘電泳動による菌捕集状況の観察実験の結果から、加熱殺菌の場合には電界周波数によって生菌と死菌の捕集状況に差が生じることが分かった。この結果を踏まえ、DEPIMによるインピーダンス変化の測定結果と観察結果を比較し、DEPIM出力と細菌活性度の関係を検討した。図3は大腸菌の生菌および加熱処理した死菌に対し、100kHz、1MHzの周波数においてDEPIM測定を行った結果である。周波数100kHzでは周波数に関係なく、電極間コンダクタンスが増加した。一方、周波数1MHzでは生菌に比べ死菌の場合のコンダクタンス増加は著しく低下した。
筆者らのこれまでの研究で、DEPIM測定で電極間コンダクタンスが増加するのは誘電泳動によって細菌が電極間に捕集された結果であることが分かっている。したがって、図2、図3の結果より、加熱死菌は周波数1MHzでは誘電泳動によって捕集されないため、コンダクタンス変化が生じないものと結論できる。次に、紫外線処理による死菌についてのDEPIM測定結果を図4に示す。図2の観察実験結果から予想されるように、どちらの周波数においても生菌と死菌でほぼ同程度の電極間コンダクタンスの上昇が観測された。以上の結果から、紫外線処理による細菌の活性変化を、DEPIMによって判別することは困難であることがわかった。
4.3混合懸濁液からの生菌の選択的検出
 前節までの実験結果より、熱処理によって活性を失った大腸菌は、適切な周波数条件を選ぶことで誘電泳動による捕集状況に生菌との間に顕著な差が現れ、細菌の活性低下をDEPIM測定によって定量的に評価できることが明かとなった。しかし、実際の応用では、生菌と死菌が混在する混合懸濁液中から生菌のみを選択的に検出する必要がある。
周波数1MHzで測定した、生菌、死菌およびこれらの混合懸濁液のDEPIM結果を図5に示す。生菌濃度が同じであれば、生菌のみの場合と混合懸濁液のDEPIM結果はほぼ一致した。以上の結果より、周波数1MHzでは混合懸濁液から生菌のみを選択的にDEPIMによって検出できることが明かとなった。
4.4DEPIMによる加熱殺菌過程のリアルタイムモニタリング
 DEPIMによる細菌検出の利点は、その検出時間の短さにある。この検出の迅速性を活かし、殺菌による細菌の活性状態の変化をDEPIMによって検出することができれば、殺菌の効果の評価を定量的にかつ短時間で行うことができ、実用上非常に有益であると考えられる。そのためには、細菌の活性状態とDEPIM測定によるインピーダンス変化との関係を明らかにする必要がある。選択的検出に最適な周波数条件1MHzにおいて、加熱処理時間をパラメータとしてDEPIM測定結果と培養検査の結果を比較した結果を図6に示す。培養時間が48時間であるのに対し、DEPIMに要する時間は僅か5分であり、ほほリアルタイムで結果を得ることができる。培養結果から、加熱処理時間が5分以上の場合、大腸菌はほぼその活性を失っていることが分かる。一方、DEPIM測定結果では、加熱処理時間5分以降の結果が生菌の場合に比べ10%以下となっており、培養法の結果との良い一致が見られた。以上の結果より、加熱殺菌の場合には、DEPIM測定により細菌活性をほぼリアルタイムで評価できることが明かとなった。
5.まとめ
 筆者らが開発したDEPIM法は、誘電泳動力によって電極に捕集された細菌の電気インピーダンスを測定することによって細菌を検出する。細菌に作用する誘電泳動力は細菌の誘電特性に依存性を示すため、細菌の種類や活性によって誘電泳動力が変化する場合には、選択的に生菌をDEPIM検出できる。本研究の結果、加熱殺菌した大腸菌は、周波数1MHzにおいて生菌とは異なる誘電泳動特性を示し、DEPIM法によって選択的に検出できることが明かとなった。一方、紫外線殺菌の場合には、このような原理に基づく選択的検出は不可能であった。このように殺菌法によって誘電泳動特性に違いが現れた理由は、殺菌メカニズムの違いによるものと考えられる。即ち、加熱殺菌の場合には細胞膜中のタンパク質が熱変性した結果、膜構造にも変化が生じ、膜内部の細胞質イオンの流出などの結果、細菌の誘電特性が変化したものと考えられる。これに対し紫外線殺菌では、細菌のDNAが直接損傷を受けるため、細菌誘電特性に顕著な変化が生じなかったものと推察される。言い換えれば、本研究の結果はDEPIM測定によって活性低下のメカニズムを推定できることを示しており、今後は他の殺菌法(オゾン、放射線、塩素化合物など)との関連を調べる必要がある。筆者らは、殺菌処理に必要な高濃度オゾンを高効率で発生できる「極低温冷却無声放電式オゾナイザ」を開発し、今後オゾン殺菌した細菌活性の診断にDEPIM適用を検討していく計画である6)。本研究で実証された加熱殺菌の場合のように、活性変化が菌の誘電特性に影響を与える殺菌法では、DEPIMによって活性低下をリアルタイムでモニタリングすることができるものと予想される。