2011年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第25号

誘電泳動を用いたマイクロロッド回転による腫瘍マーカー検出用小型デバイスの開発

研究責任者

伊野 浩介

所属:東北大学大学院 環境科学研究科 自然共生システム学講座 助教

概要

1.はじめに
近年の分子生物学や分析技術の発展により、生体試料中の微量物質を検出できる様々な手法が開発されてきた。そして、医療分野における応用として、血液中の微量物質の検出により病気の診断が行えるようになっている。現在では、簡単で高感度な検査用小型デバイスの開発が行われている。
そのような小型デバイスの開発には、新たなアクチュエーターやシステムを開発する必要がある。そこで、本研究では、誘電泳動や電気回転と言った物理化学現象を応用してマイクロガラスロッドを回転させる事で、小型なデバイス内で溶液を撹拝できるようなシステムの開発を行った。また、マイクロロッドの表面状態の違いよる回転速度の変化を観察し、その特性評価を行った。
2.誘電泳動と電気回転について
誘電泳動とは、分極した微粒子が電場中を動く現象である。電場中では、微粒子は図1のように分極している。溶液よりも微粒子の方が分極しやすい場合は図1Aのように分極し、逆の場合は図1Bのようになる1・2)。図1の上段のように均一な電場中では、微粒子の両側に掛かるカが等しいため、微粒子は動かない。一方、図1の下段のような不均一な電場中では、電気力線が密な部分と疎な部分、電場強度が強い部分と弱い部分が現れるため、それを駆動力として、微粒子が電場中を移動する。これが誘電泳動と呼ばれる現象である。微粒子が電場強度の強い部分に動く場合を正の誘電泳動と呼び、電場強度が強い部分から弾かれて弱い部分に微粒子が集まる場合を負の誘電泳動を呼ぶ。本研究では、微粒子の捕捉に負の誘電泳動を応用した。
図2で示したように、微粒子を回転電場に曝した場合、誘電泳動と同様に、電場に曝された溶液中の微粒子は、その界面の電気的不均一性から双極子が誘起される1,2)。双極子の形成と電場の回転速度に時間差が生じるため、双極子と外部電場の間で静電相互作用が生じ、回転力が粒子に作用する。回転電場は常に一定速度で回転し続けるため、回転力が常に粒子に作用し微粒子は回転を続ける。この回転力は周波数に依存するため、印加する周波数を制御する事で、微粒子の回転速度を制御できる。この現象を利用する事で、細胞膜のキャパシタ、細胞質の導電率、誘電率の同定が可能になっているが3'7)、本研究では、この回転力を駆動力として用いた擁拝システムの開発を行った。
誘電泳動や電気回転を誘導するためには、電極を緻密に配置する必要がある。特に電気回転の場合、図2のように4本の電極を近接させて配置する必要がある10)。したがって、単純に電極を配置してだけでは、電気回転が誘導される場所が限られてしまい、十分な撹拝が行えない場合が考えられる。そこで、本研究ではこの問題点を解決するために、クシ型電極を組み込んだチップデバイスを作製し、電気回転を誘導する場所を多数組み込んだチップデバイスの開発を目指した。これまでに我々は、クシ型電極を用いた誘電泳動による微粒子操作に成功しているが8)、本研究ではさらに電気回転のシステムをチップデバイスに組み込む事で、擁拝用アクチュエーターとしての検討を行った。
3.実験材料と実験方法
3.1チップデバイスの作製
クシ型電極の作製には、酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide: ITO)を用いた8)。ITOがスパッタされているガラス基板上にポジ型フォトレジスト(S-1818、Shipley)でクシ型電極のパターンを作製した。作製後、HNO31HC1溶液でエッチングを行い、ITOのクシ型電極を作製した。エッチング後、アセトンでレジストを剥離させた。余分な電極を覆うため、ネガ型フォトレジスト(SU-8、MicroChem Corp.)で絶縁層を作製した。
デバイスを完成させるために、クシ型電極が配置された2枚のガラス基板を、スペーサー(10?m)を介して重ね合わせた(図3A)。図3Bで示すように各格子点には、回転電場が形成される。
3.2 電場シミュレーション
チップデバイスの評価を行うため、電極によって形成される電場強度、電場ベクトルのシミュレーションを行った(COMSOL Multiphysics ver.3.5, Comsol, Inc.)。
3.3 微粒子操作
チップデバイスの評価には、ポリスチレン微粒子(直径15?m、Polysciences, Inc.)とマイクロガラスロッド(長さ:10-30?m、直径:6?m)を用いた。これらの微粒子をチップデバイスに導入し、ファンクションジェネレーター(Hioki E. E. Co.)でそれぞれの電極に位相がπ/2ずれた交流の電圧を印加した(図3B)。微粒子の動きは顕微鏡(01ympusCo.)で観察した。
マイクロガラスロッドの誘電率を変化させるために、マイクロガラスロッドの表面をタンパク質で修飾した。まず始めに、マイクロガラスロッドのシラン化を行い、マイクロガラスロッドの表面にエポキシ基を導入した9)。シラン化を行った後、IgG、BSA溶液中にガラスロッドを浸漬させ、マイクロガラスロッドをタンパク質で修飾した。
3.4 ELISAの足場としてのマイクロガラスロッドの検討
PSAに対する抗体で修飾したマイクロガラスロッドを用いて、ELISAを行った。PSA濃度が0.6ng!m1~100ng/mlの溶液を作製し、抗体修飾マイクロガラスロッドを添加した。2次抗体、基質として、HRP標識抗体、TMB溶液を用いて、呈色後に450nmにおける反応溶液の吸光度を測定した。
4.結果と考察
4.1チップデバイスのデザイン
従来の電気回転チップデバイスは、電極を4本設置し、1つの測定点しか得られなかった。したがって、1枚のチップ内に組み込める回転電場の数は限られてしまい、擁拝力としての応用は限られてしまう。そこで本研究では、クシ型電極を3次元的に配置したチップデバイスをデザインした。このチップデバイスの各格子点には回転電場を誘導できるため、1枚のチップデバイスに多数の回転電場を誘導できると考えられる(図3)。
4.2電場シミュレーション
まず始めに、デザインしたチップデバイスによって形成される電場のシミュレーションを行い、得られた電場強度、電場ベクトルから、十分に誘電泳動、電気回転を行う事ができるかを検討した。シミュレーションを行うために、図4Aのようなモデルを作成した。それぞれのクシ型電極に位相がπ12ずれた電圧を印加した場合、各時間における電場強度は図4Bのようになる。負の誘電泳動が誘導された場合、電場強度が強い部分から、弱い部分に微粒子は集まるので、負の誘電泳動により微粒子は各格子点の中心に移動すると予測される。また、断面のシミュレーションの様子から、微粒子が電極からの斥力を受けるため、中心部分に浮遊すると考えられる。
負の誘電泳動によって、微粒子が各格子点の中心部分に捕捉される事が予測できたので、この部分での電場ベクトルの様子をシミュレーションした。図4Cで示すように、各格子点の中心部分では、デバイスの水平方向に回転電場が誘動され
る事が確認できた。また各格子点の中心部分では、鉛直方向での回転電場は誘導されないため、微粒子やマイクロロッドは、デバイスの水平方向に回転する。
4.3チップデバイスの作製
このシミュレーションの結果を踏まえ、デザインしたチップデバイスを作製した。チップデバイスには、電極幅、電極間距離がそれぞれ10?m、20?mのクシ型電極を配置しており、クシの本数は50本である。この縦と横の50本ずつの電極から形成される格子点には、回転電場が誘導できるため、格子点の数である2401個の撹拝子をチップ内に組み込む事が可能である(図5)。これまで、このような多数の回転電場を組み込んだ報告は行われておらず、本研究で開発したチップデバイスは、電気回転用ツールとしての新規性が高いと言える。
4.4微粒子操作
続いて、微粒子をデバイス内に導入し、各電極に電圧を印加した。電圧印加直後、微粒子は各格子点に移動する様子が観察された(図6A)。これは、微粒子が負の誘電泳動によって斥力を受けたためだと考えられ、シミュレーションの結果と一致した。続いて、マイクロガラスロッドで同様に実験を行ったところ、マイクロガラスロッドがシミュレーションの結果通り、回転する事が確認できた(図6B)。これらの結果は、本デバイスが攪拌駆動力への応用に期待できることを示している。
攪拌駆動力としての応用を行うためには、回転速度を制御する必要がある。そこで、印加する電圧、周波数に対するマイクロガラスロッドの回転の様子を観察し、回転速度との関係を考察した。高い電圧を印加した場合、回転数が多くなり、この回転数は電圧の2乗に比例した(図7)。この結果は理論と一致している。また、ロッドの長さが長くなるにつれて、回転速度が劇的に減少しており(図7)、これは溶液の抵抗によるものと考えられる。これらの結果が示すように、微粒子の形状、印加電圧で回転速度を制御できるため、擁拝用ツールとして用いる事が可能であると考えられる。
さらに、本研究では、マイクロガラスロッド自体を検査素子とした検査ツールの検討を行った。つまり、タンパク質の吸着による表面状態の変化を、マイクロガラスロッドの回転数から検出する事で、検査用ツールに応用できないかを検討した。まず、マイクロロッドをタンパク質で修飾し、その回転数の変化を観察したところ、タンパク質で修飾する事で回転数の減少が見られた(図8)。タンパク質の電荷、疎水性度、また誘電率の変化が回転数に影響を与えたと考えられる。このマイクロガラスロッドを足場としたELISAにより腫瘍マーカーであるPSAの検出が可能であった(図9)、本デバイスを組み合わせる事で、新規な分析手法として提案する事が可能である。
5.まとめ
今回、微小デバイス内の撹拝を目的として、誘電泳動と電気回転を誘導できるチッフ゜デバイスを開発した。このチップデバイスには、2401個の回転電場を有しており、迅速な撹拝が可能であり、新たなアクチュエーターとしての応用が可能である。また、マイクロガラスロッドを1つの検査素子として用いた場合、2401個の検出が行えるハイスループットなアッセイ法としても期待できる。このように、本研究では、新規な回転電場チップデバイスの開発に成功した。