2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

視覚特別支援学校における物理・化学実験の充実―安全な探求的科学実験を目指して―

実施担当者

丸山裕也

所属:東京都立八王子盲学校 教諭

概要

1 はじめに
 視覚障害ば情報障害であると言われている。それは私たちが日常の多くの情報を目を通して得て、判断しているためである。視覚に障害を有する生徒たちの多くは、その情報を触覚や聴覚の活用によって補っている。本研究では、視覚に依存しない探求的な科学実践についての研究実践を行った。


2 実験内容
2-1 化学実験
 化学の実験は生徒にとって体験的な実験を多く伴うため、指導方法によってとても楽しく感じる実験が多い。また、感光器(光の明るさをピーという音の高低で表す理科教材で、化学反応による水溶液の色の変化、BTBやフェノールフタレインなど指示薬の色の変化、容器内の水位の測定、沈殿の有無の確認、化学反応中の溶液の変化の有無などを確認することができる機械)を使用して図1のように液面の測定を行うことにより、実験結果を把握することができる。酸性やアルカリ性の反応はこういった機器を使用すれば、おおよそ把握することができる。しかしながら音の変化だけでは微小な変化に気が付かない事も多いため、今回の研究では触って感じることができるラテックスを用いた実験を行った。

 ラテックスとはゴムの樹脂の成分のことで、アルカリ性では液体だが、中性では固体に変化する性質がある。使用前に固まってしまうのを防ぐために、アンモニアを加えている。そのため、ラテックス中のアンモニアを中和すると、だんだんと固化していく様子を感じることができる。本実験では、まず図2のように何種類かの水溶液にBTB溶液を加え、その色の変化を感光器による音の変化で感知して酸性の水溶液を判別する。この様にして何種類かの水溶液の中から酸性の溶液を判別する実験を行い、その上でラテックスに酸性の水溶液を加えて、ラテックスの変化の過程を触りながら観察し、中和についての理解を深めた。図3はラテックスが固化した状態である。この実験はゴムアレルギーの無い生徒であれば安全に実施することができる。

 実験後、生徒たちからは「今まで音の変化では分からなかった変化の過程が、自分の手のひらで触りながら変わっていくのが分かって良かった。」、「酸性とアルカリ性の栗品を混ぜることで、変化をする物質が有ると言うことが分かって良かった。」と言った感想が挙げられた。

2-2 物理実験
 物理は苦手意識をもちやすい分野である。その理由として、様々な現象と法則の結びつきや関係性を理解するために計算式や物理方程式が十分に分かっている必要があるためである。また多くの理論に基づいた物理現象に対し、苦手意識をもつ生徒も多い。今回の研究では、難しい理論や現象の説明を先に行うのではなく、まず実験を通して疑問をもたせ、その疑間を解決するために理論や現象の説明を行うという方法で進めた。
 ペルチェ・モジュール実験装置は、接合した異種金属または半導体に直流電流を流して、接合部分に吸熱または発熱が生ずる現象を観察したり、ある物質の両端に温度差を与えて、その両端間に生じる電位差を観察することで、熱エネルギーと他のエネルギーの変換を理解するための実験装置である。
 この装置のメリットとして①生徒たちにとって操作が容易であり、②結果がとても分かりやすい実験器具である。ということが挙げられる。
 本研究ではまず「温度差によってなぜ電気が発生するのか?」と言うことについて、生徒たちにディスカッションを通して考えさせた。実験の様子を図4に、ディスカッションでの意見を表1にまとめた。

Aさん「手のひらから電流が流れているのではなしいか。」
Bさん「手のひらの熱エネルギーを、電気に変えているのではないか。」
Cさん「装置に電流があり、送り込む力が熱ではないか。」
Dさん「手のひらから電流が流れているのではないか。」

 ディスカッションで生徒たちは様々な予想を立て、その後、自分達の考えが正しいものであるか検証するため、自分達で用意された様々な実験機材を用いて実験を行った。この時に行った主な実験としては①テスターでペルチェ素子にかかる電流を測定する。②同様に手のひらの電流を測定する。③素子を氷で冷やしたときのモーターの変化について観察する。④手のひらの温度差によってモーターの変化があるか観察する。と言う実験を行った。
 手のひらの電子オルゴールを活用して、実験を行い「手のひらの温度差によって、オルゴールが鳴る人と鳴らない人がいる。」と言うことに生徒たちが気付いたり、使い捨てカイロを使用して実験を行い、「装置の上下の温度変化が電気を生み出している。」と言うことに生徒たちが気付くことができた。
 また、この授業を行った後に、スターリングエンジンについての学習と実験を行った。スターリングエンジンとは、シリンダー内に水素・ヘリウムなどの軽い気体を封入し、外部から加熱.冷却を繰り返してピストンを作動させるエンジンのことであり、1816年に開発されたものである。エネルギーの変換方法としては古いタイプであるが、廃熱や太陽光などを活用し、熱効率性,低公害性,燃料の多様性などの優れた特徴があるため近年注目されている。

 今回の実験でもスターリングエンジンの理論などの説明の前に、生徒たちが自分でエンジンを分解、組み立てを行い、仕組みを理解できるように授業を展開した。
 生徒たちはペルチェ・モジュール装置を使った実験を体験していたので、早い段階でメカニズムを理解し、探求的にエンジンの構造を理解していくことができた。

2-3 探求的な実験を目指して
 3学期の授業では、生徒たちが興味のある事柄について探求的な学習を行った。ある生徒から「ガラスは液体である、という話を聞いたことがあるが、それは本当なのか。」という質間を受け、その疑問を解決するために実験を行った。
 ガラス用のキルン(ガラス、陶磁器などの焼成に使う窯のこと、今回は電子レンジで焼成可能なタイプ)を購入し、電子レンジを活用したガラスの変化の観察、水中でのガラスの切断を通じて、少しずつではあるが、生徒たちも理解をしてきている様子を感じることができた。ガラスの状態変化については、エントロピーなどの難しい内容を含むため、このテーマについては来年度以降も継続して検討していく。


3 まとめ
 探求的な学習は生徒の学習意欲を高め、受動的ではなく能動的に実験に取り組む心を育てることに大きく役立つ。また、視覚障害教育における理科教育は生徒の科学的な思考力、判断力を高めるために大きく役立ち、理科好きの生徒を増やすことに大きく役立っている。
 今回の研究成果を元に校内の理科教育を充実させていくだけではなく、研究成果を各視覚特別支援学校に広め、普及していきたいと考えている。