2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

視聴覚障害を持つ人のための匂いによる誘導・判断装置の開発~香りをどのように届けるか~

実施担当者

辻 恒治

所属:青森県立八戸東高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 視聴覚障害を持つ人は音による様々な情報が得られず、時には生死に係わることもある。例えば、誰かが家を訪ねてきてもわからない。また、災害が起きても、どちらへ逃げればいいのか、どんな災害が起きているのかが判断が付かないなどである。
 このような問題を視覚、聴覚が不自由な人のために、嗅覚を利用した判断、誘導ができるのではないかと考えた。
 飲食店から流れにのって出てくる美味しそうな香りに誘われ、その店に足が向くことがある。このように香りで人を誘導することができる。そこで、何かしらの情報を香りとして流れにのせて人に伝えることで、行動の誘導や支援ができると考えた。もし来客や不審者が来たことを匂いで知らせるシステムがあれば、たとえ視聴覚に困難を有していたとしても、来客に気づき玄関へ迎えに出る、または逃げることが可能なのではないかと考えられる。香りの成分を届ける気体の流れとして、制汗剤などを吹き出すスプレーの流れがあるが、ただしこのスプレーの流れでは周囲空気を巻き込み香り成分がすぐに拡散してしまい、狙った場所に届けることは難しい。そこで、我々は香り成分の濃度が高いまま、狙った場所に届けることが可能と考えられる渦輪を利用した。
 渦輪は遠方まで輸送でき、また狙った場所にも到達させやすいという利点がある。以上の考えから、本研究は香り成分渦輪によって輸送し、工学的に利用することを目指す。
 本研究では3つのことを実施する。1つ目は渦輪を香りの輸送に用いるためには、一定の距離を安定に移動する条件を明らかにする必要がある。そこで、渦輪を押し出す速さと距離を変化させて渦輪形成実験を行うことで,目的とする渦輪が形成できる適正条件を明らかにする。
 2つ目は普段の生活の中で必ずしも、顔の正面から渦輪が当たるわけではないので、顔のどの部分にあたっても検知出来ることを確かめなければいけない。そこで、渦輪の衝突部分による匂い感知の違いを明らかにする。
 3つ目は透明な匂いの気体成分の可視化である。世の中にある匂いの成分は大抵、透明である。その透明な気体が渦輪の形状となり、実際に届いているのかを視覚的に判断する。ストーブの上面に光を当て影を見るとゆらゆらと揺れている状況が見える。
これは、光の屈折によるものであるので、匂いの成分により屈折した渦輪の影を撮影する。


2 研究方法
実験Ⅰ
 空気砲から形成される渦輪を利用した。渦輪を利用することで香りの成分の濃度が高いまま、狙った場所へ届けることができる。渦輪を押し出す速さ、距離を変えて渦輪形成の実験を行った。

実験Ⅱ
 顔に見立てたボールに渦輪をぶつけ、匂い感知センサーでぶつかった場所によって、どの程度の数値変化があるかを測定する。

実験Ⅲ
 透明な匂いの気体を空気砲から発射させ、強い光源を当て、連続写真、ハイスピードカメラでの撮影を行う。


3 使用機器
 空気砲、リニアスライダー、スモークマシン、ポータブル型ニオイセンサ、業務用LEDライト、SPコンパクトスタンド、ボール

(注:図/PDFに記載)

 使用機器は図1、図2を使った。渦輪は直径100㎜の円孔から空気をピストンで押しだし形成した。ピストンはリニアスライダーを用いることで、何回でも同じ数値で実験できる。スモークマシーンと光源を使い渦輪を鮮明に可視化できるようにした。

 図3は使用機器の模式図である。実験Ⅰではピストンの速さをV、ピストンを押し出す距離をXとし、V、Xを以下のように変化させ実験した。

(注:図/PDFに記載)

V=150、200、250、300、350㎜/s
X=20、40、60、80、100㎜


4 実験
実験Ⅰ
 どのV、Xの組み合わせが渦輪を遠くに飛ばすのに適しているか調べた。目視で渦輪が確認できた場合を成功とし、成功した回数(10回になるまで行う)を、その条件で行った総実験回数で除することで成功率を算出した。

 渦輪の移動距離の平均も算出した。この実験結果から、渦輪がより遠く、成功率が高いもののV、Xの組み合わせを渦輪形成の適正値とした。また室内での使用を考えているため、一般的な部屋の広さ4×4m(8畳)とし、4mを1つの基準として4mを超えるかも調べた。
 下の表より成功率100%で飛距離が最も大きい条件はV=350㎜/s、X=40㎜の組み合わせとなる。
またこれは試行した10回すべて4m以上であった。
 よってこの条件が渦輪を形成するのに最適であることが分かった。

(注:表/PDFに記載)

実験Ⅱ
 図3のようにボールを顔に見立てて、Aが顔の正面、Bが顔の側面、Cが後頭部と考え、各点の匂いの測定を各3回ずつ行った。

(注:図/PDFに記載)

 1回目、Aを除いた値を比較すると、A、B、Cがすべて150前後であまり差が無い。

実験Ⅲ
 光源を用いて透明な匂いの気体を撮影した。図1、図2を比較して分かるように、透明な気体の影が撮影されていない。
 気体の濃度を少し高くし、撮影をしてみたが残念ながら影が映ることがなかった。


7 考察
実験Ⅰ
 実験結果より、Xが短く、Vが大きいことが成功率を高めると考えることが出来る。また、飛距離を考えるとXが短すぎると遠くまで届かず、Xが長すぎると成功率が落ちる。
 円孔から出る速さが大きいことにより、渦輪を作る回転数が速くなり、渦輪の形成時間が長くなる。また、渦輪を形成する気体の量(Xにより変化する)が一定量なければ回転数が速くても持続しないと考えられる。
 観察して分かったことだが、気体の量が多い場合、後追いの気体が渦輪を壊してしまう状況が見られたことより、気体の量が多すぎることも渦輪の形成を妨げる要因であることが分かった。

実験Ⅱ
 仮説を立てた段階では、顔の前面では匂いが強く、後頭部では匂いが弱くなると考えていたが、実験結果を見てみると顔のどの場所に渦輪が当たっても数値が変わらないことがわかり、実用化する際には歓迎する結果となった。
 実際に人間で体感してみたが匂いの判別には問題がなかったため、この測定結果と一致するのではないかと思われる。

実験Ⅲ
 強い光源を用い、屈折率の差を利用し、透明な気体の渦輪の可視化を何度も試みてみたが、スクリーン上での変化が見られなかった。気体の濃度が薄すぎることが原因ではないかと考え、濃度を少し高くしてみたが結果は同じであった。
 屈折率を変えるほどの濃度にする。または温度を高くするなどで影が映るのではないかと考えたが、時間や方法が見つからず、今回は断念した。


8 まとめ
 今回の研究では速く、適切な量の匂いを渦輪によって、4m以上離れた人体に届けることが可能であるということが分かった。また、普段の生活をしていることを想定し、どの方向から渦輪が当たっても匂いに気づくことが出来ることが分かった。
 今後は今回成功しなかった透明な気体の可視化に再度挑戦したい。また、小型化するために、より効率のいい形状がないか直方体以外の空気砲の形状を用いたときの飛距離の変化などを調べていきたい。