2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

表面プラズモン共鳴バイオセンサーによる細胞機能測定技術の開発

研究責任者

秀 道広

所属:広島大学 医学部 皮膚科学講座 教授

共同研究者

鈴木 秀規

所属:広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 皮膚科学 共同研究員

共同研究者

筒井 智子

所属:広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 皮膚科学

概要

1.はじめに
細胞は生命の基本単位であり、個々の蛋白質の機能解析では予測し得ない高度な生命現象を営んでいる。そのため個々の細胞の活動を包括的に解析するための種々の方法が開発されているが、生きた細胞の活動を同時進行的に観察するには光学的に顕微鏡で観察するか、特定の分子を標識して観察することが必要であった。我々は表面プラズモン共鳴(surface plasmon resonance; SPR)を利用すると、生きた細胞の活動を無侵襲的に検出できることを見出し、さらにこの方法を用いると従来の方法では検出し得なかった細胞の応答をも検出できることを明らかにした。
2.センサーチップへの細胞固定とSPRシグナル
1)材料:SPRバイオセンサーには、日本レーザー電子社製、SPR-CELLIAを用いた。SPR-CELLIAは、センサー部分に比較的大きなチャンバーを構成するようにデザインされており、レーザーの照射野には通常の培養方法で数百から数千個程度の細胞を設置することができる。細胞としては、粘膜型マスト細胞の性質を持つラット好塩基性白血病細胞株であるRBL・2H3細胞、ヒト末梢血好塩基球、およびラット新生仔足裏表皮より得た角化細胞を用いた。
2)センサーチップへの細胞接着:SPR・CEL、LIA用のセンサーチップは、27x20mmのガラス板表面が50nm厚の金膜で覆われているだけの単純な構造であることを利用し、チップごと培養皿に入れて細胞を培養することでSPRシグナルを計測した。SPR・CELLIAの設計・販売元である日本レーザー電子からは、センサーチップ上への細胞の固定方法としてアミノカップリング法が示されているが、我々の検討ではむしろ無処理のままの金板上に、細胞を培養するだけの方法で良好な細胞応答が得られた。以下、RBL-2H3細胞を例にとり具体的方法を示す。まずUV照射および70%アルコールで滅菌したチップをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄、乾燥し、図1に示すようにセンサーチップ中央に油性ペン(スーパーパップペン R、ダイドー産業)で境界を作り、培養面を形成した。そこに10%牛胎児血清(FCS)-RPMI1640メディウムに浮遊させた細胞浮遊液(1~4x105個1mlx70μ1)をレーザー光が照射される部位を覆うように垂らし、37℃、5%CO2環境下で一晩培養した。培養した細胞は、0.1%牛血清アルブミン(BSA)を含むPIPESメディウム(119 mM NaCI ,5 mM KCI, 1O mM CaC 12,0.4 mM MgCl2 ,5.6 mM glucose, 25mM piperazine・N,N'-bis(2-ethanesulfonicacid),pH7.2; PIPES medium)で2回洗浄後、同じメディウムで還流した。30-60分間の還流後にチップを取り出して観察すると、付着した細胞はよく保たれており、ほぼ同じ形態を示した。同様の方法により、ラット皮膚角化細胞、ラット線維芽細胞、ラット毛乳頭細胞、NIH・3T3細胞株、ヒト胃粘膜細胞株(MKN28)、ヒト肝細胞などの付着性の細胞を接着させてシグナルを得ることができた。しかし血球系細胞はそのままでは浮遊して金板上には付着しないため、後述するヒト末梢血好塩基球を用いた検討では、細胞浮遊液を滴下する前に金板を抗好塩基球細胞膜抗体でコートすることで細胞を固定化した。
3)生細胞接着がSPRシグナルに及ぼす影響
約730個1検出領域(約0.85mm2)の生細胞が付着したチップをセンサー(SPR・CELHA)に装着すると、共鳴角は約0.1度右にシフトした。また共鳴角の変化を経時的にプロットして得られたSPRシグナルの基線は数~10!1000度程度の揺らぎを生じた。これらの変化の原因として、まず生きた細胞の細胞膜近傍の微小環境に生じるかもしれない温度およびpHの変化の影響を検討するため、灌流液の温度およびpHを変化させてSPRシグナルに及ぼす影響を検討した。その結果温度では37℃を中心に0.1度、pHでは7.2を中心に0.1の変化が明らかにSPRの共鳴角の変化として検出されたが、その程度は小さく、生きた細胞を無刺激の状態で付着させることによりもたらされる揺らぎの範囲に含まれる程度のものであった(図2)。
3.RBL-2H3細胞へのリガンドの結合と細胞応答
RBL・2H3細胞には種々の受容体が発現し、あるものはそれらの受容体を介して、またあるものは受容体とは無関係に細胞を活性化することが知られている。その中でも高親和性IgE受容体は、..・2H3細胞を含むマスト細胞および好塩基球表面に発現し、極めて微量のIgEおよびIgEの認識する抗原により活性化されて細胞を脱顆粒へと導く。ただしそのためには二つ以上のIgE受容体が架橋されることが必要で、単一分子のIgEがIgE受容体に結合するだけでは僅かな活性化信号が起きることはあっても脱顆粒に至ることはない1)。
そこでまず、分子量約200kdのIgE分子の結合と、それに続いて分子量約70kdの抗原(dinitrophenol-human serum albumin;DNP-HSA)の結合がもたらす変化をSPRで解析した。
まず5μglmlのラットIgEを10μ11mi11の流速で還流すると、IgEに暴露されてから約5分後頃から10分後にかけて僅かに共鳴角が上昇したが、約20分後にはほぼ基線に回復した。続いて100nglmlの抗原(DNP-HSA)を還流すると、1分以内に急激に共鳴角の上昇が起こり、その上昇は抗原の還流が終わって細胞表面がもとの緩衝液で還流される間もしばらく継続した。この変化は抗原暴露後約10分後にピークに達し、約30分後にほぼもとのレベルにまで回復した(図3)。以上の結果から、SPRは細胞膜表面へのリガンド結合そのものではなく、リガンドの結合により引き起こされる何らかの細胞応答を反映していることが明らかになった。
そこで種々の濃度の抗原で予めIgEで感作した細胞を刺激してSPR共鳴角の変化を検出すると、細胞の刺激の大きさに応じて共鳴角の変化も増加したが、キネティクスには大きな影響は見られなかった(図4a)。IgE受容体は2つ以上の受容体分子が架橋されるとそのγ鎖に会合するチロシンキナーゼ(syk)が活性化され、β鎖、およびγ鎖自身がリン酸化されて次々と細胞内情報伝達のカスケードが進行していくことが知られている1)。そこで抗原刺激によりもたらされるSPR共鳴角の変化がリガンドの結合によるものではなく、リガンドの結合によりもたらされる細胞の2次的応答によるものであることを確認するため、チロシンリン酸化阻害剤であるgenisteinの影響を検討した。その結果、genisteinで前処理された細胞は、至適量の抗原で刺激されてもその応答が完全に阻害された(図4b)
4.SPRシグナルに現れる刺激の種類と細胞応答の違い
1)RBL-2H3細胞とアデノシンA3受容体刺激
次に、同様の反応が異なる刺激、異なる細胞でも観察され得るかを検討するため、RBL-2H3細胞をアデノシンA3受容体アゴニストの(5'(N-ethyl)carboxamido-adenosine;NECA)で刺激した。NECAはそれ自体ではごく弱いシグナルしか誘導せず、脱顆粒、細胞内Ca2+濃度などへの影響は極めて少ないが、至適量未満の抗原刺激と相乗的に作用することが知られている2)。今回行った実験でも、NECA単独での脱顆粒はほとんど無視し得るほどの大きさであった。ところがSPR共鳴角には濃度依存性に明らかな変化をもたらした。またそのキネティクスは、刺激後2・3分までの急激なシグナルの増加の後に鋭角をなして低下し、40・50分間かけてゆっくりと基線に戻るパターンを示すという、抗原刺激によるものとは明らかに異なるものであった(図5)。この他Wortmannin(PI3キナーゼ)、CycIosporineA(カルシニューリン阻害薬)、FK506(カルシニューリン阻害薬)、フォルボールエステル(プロテインキナーゼCの活性化~枯渇化剤)により細胞を処理することが及ぼす影響を検討したところ、いずれも脱顆粒は完全に、あるいは大きく抑制したが、SPRシグナルへの影響はそれらの効果とは一致せず、特にCyclosporineA処理ではむしろ抗原によるSPRシグナルは増強された。
以上の結果は、SPRセンサーが捕らえているRBL-2H3細胞の応答は、脱顆粒とは無関係で、細胞内情報伝達系のかなり初期の反応を反映しているという可能性を示唆する。そこで他の細胞でも同様のSPRシグナルが検出できるか、またSPRシグナルのパターンを解析することで細胞内で起きている応答の様子、ないし刺激の種類に関する情報を得ることができるか否かを検討するため、ラット角化細胞をFCSおよびepidermalgrowthfactor(EGF)で刺激してその応答を解析した。
2)FCS、bFGF、EGFによる刺激と角化細胞の応答
ラット角化細胞は10%FCS一ダルベッコMEMメディウムに浮遊させてSPRチップ上で3日間培養して付着させ、0.1%BSA一ハンクス培養液で還流した。この場合は0.03%1型ウシコラーゲンをアミノカップリング法にてコートした。この状態で0.83nglmlのbFGFと1.7%のFCSを含む培養液に72秒間暴露すると、直後より上向きのSPRシグナルが出現し、2-3分後をピークとして4-5分後にはほぼ基線に回復した。しかしこの反応はbFGF無しの培養液でも同様におこることから、この濃度のbFGFではSPRシグナルの誘導はなく、実体は1.7%含まれるFCSにより誘導される反応であることが判明した。一方、この培養液にさらに10nglmlのEGFを添加して細胞に暴露すると、初めの数分間はbFGF+FCSと同様の応答を見せるが、以後基線を越えて下降を続け、初期の立ち上がり幅と同等ないしそれ以上の低下を示した(図6)。以上の結果より、SPRはマスト細胞以外にも上皮系細胞の応答を検出することができ、かつその反応パターンは刺激の種類により異なることが明らかになった。
5.臨床検査への応用
これまでの研究から、SPRセンサーでは細胞の働きを無侵襲、リアルタイムで検出でき、かっそれは脱顆粒などの機能発現に至る前の応答でも検出できるというということが明らかになった。SPRセンサーのこのような利点を新しい臨床検査法として活用するため、ヒト末梢血中の好塩基球を抗原で刺激して起こる反応を検出する方法を考案した。ヒト好塩基球は、その個体の持つ抗原特異的IgEで感作されており、近年測定キットが発売されたこともあって、invitroでの抗原刺激によるヒスタミン遊離試験は広くアレルギー検査法として普及しつつある。しかしこの方法の難点は、数%から30%にもおよぶといわれるノンレスポンダーが存在することにある。これらの個体では、末梢血好塩基球がIgE受容体を介したあらゆる刺激に対して脱顆粒せず、過敏性に関する何の情報も得ることができない。そこでSPRセンサーを用い、脱顆粒には至らない上流の細胞応答をキネティクスを含めて検出できる新たな臨床検査法としの応用の可能性について検討した。
細胞はヒト肘静脈血15mlをEDTA/2Naと混和し、Ficol1-Paque比重遠心法で好塩基球を含む白血球画分を回収した。その細胞浮遊液をさらに磁気ビーズ付きの抗体とAuto-MACSによるネガティブセレクションにかけて好塩基球の割合の高い細胞浮遊液を調達した3)。その70μ1を予め抗好塩基球モノクローナル抗体(塩野義製薬より提供)でコートしたSPRチップの上に垂らし、室温で30分間静置した後灌流液で洗い、残った細胞をSPRセンサーに装着して抗IgEまたは精製汗抗原で刺激した。
アトピー性皮膚炎患者由来好塩基球を抗IgEで刺激すると、その直後より急峻なSPRシグナルの上昇が起こり、10-15分後をピークとして緩やかな下降が起きた(図7a)。一方、別の患者由来好塩基球を健常人由来の好塩基球とともにSPRセンサーに装着し、精製汗抗原4)で刺激すると、患者由来好塩基球のみが応答して上向きのシグナルを生じた(図7b)。
以上よりSPRセンサーはヒト末梢血好塩基球の抗原刺激反応を検出する手段としても利用し得ることが明らかになった。今後ノンレスポンダー由来の好塩基球の応答をどこまで検出することができるかが次の課題である。
6.おわりに
本研究では、SPRセンサーが生きた細胞の応答を非侵襲的にリアルタイムで検出することができることを明らかにした。これまでの検討から、この測定技術は様々な細胞に応用できることが示されており、また刺激の種類により細胞応答のパターンが異なることも明らかになった。この検出方法は細胞の機能発現という点ではほとんど活性を検出し得ないNECAや1.7%FCSのような僅かの刺激をも鋭敏に検出し得る性質を持つ。特にRBL-2H3細胞を刺激した際に見られる共鳴角の変化は、細胞数が2-3倍に増加したことに匹敵する大きさである。今後これらの細胞応答に伴うSPRシグナルが、細胞のいかなる分子構造の変化を反映しているかという問いに答えることができたなら、細胞生物学の研究手段としてのみならず、広く産業応用されるものと期待される。しかしながら細胞膜近傍では外的刺激に対してさまざまな変化が並行して、また複合的に起きているものと考えられる。細胞膜を含む金板上数百nmの領域における電気化学的応答には、ミクロオーダーでは知り得なかった現象が繰り広げられている可能性も否定できない。今明らかになっている範囲で実用化の可能性を探りつつ、今後この技術の意味するところを明らかにしていきたい。