2006年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第20号

表面プラズモン共鳴のためのリン酸カルシウムおよび各種金属センサーの開発

研究責任者

吉田 靖弘

所属:岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 生体材料額分野 助教授

共同研究者

鈴木 一臣

所属:岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 教授

共同研究者

尾坂 明義

所属:岡山大学大学院 自然科学研究科 教授

共同研究者

早川 聡

所属:岡山大学大学院 自然科学研究科 助教授

共同研究者

石川 邦夫

所属:九州大学大学院 歯学研究院 教授

概要

1.はじめに
高齢化社会の到来、それに付随する医療費ならびに老人介護費の増大による国家予算の逼迫は、我が国のみでなく先進国すべてが抱える世界的な問題であり、早急な打開策が求められている。特に骨や歯など硬組織疾患は、『寝たきり老人』の増加と強い相関があり、機能再生・再建のための革新的な治療技術の開発が切望されている。
 アパタイトなどリン酸カルシウムやチタンは生体親和性に優れていることから、硬組織疾患に対するインプラント材料として多用されている。しかし、これらの材料自体は組織再生能を有しておらず、生体機能や活性が低下している高齢者に対しては臨床上の適応範囲が著しく制限されている。周囲骨再生能の向上を目指し、インプラント表層に物理的および化学的な修飾や処理を施す研究が数多く行われているものの、その評価法は骨接着強度測定や表面形状観察などmmあるいは?mオーダーでの解析がほとんどである。近年、国内外でナノテクとバイオの融合の必要性が強調されているが、そのためにはリン酸カルシウムやチタン表層での生体分子の相互作用をナノ・スケールかつリアルタイムで解析できる分析手法の開発が必要不可欠である。
 タンパク質などの機能解析において分子レベルでの結合・解離の様相をリアルタイムで検出できる分析方法としては、水晶発振子マイクロバランス法(QCM)と表面プラズモン共鳴法(SPR)が挙げられ、主として金センサーが用いられている。この内QCMには、金以外にチタン、銅、ステンレス、クロム、ポリスチレンなどのセンサーが準備されているシステムも存在するが、リン酸カルシウムのセンサーについては、過去、多くの研究者や技術者が試みてきたものの、厚さ10数nmの均一な薄膜形成が困難であったことから未だ開発されていない。またSPRに関しては、現時点では金以外のセンサーを有したシステムは見受けられない。SPRは少量の試料で良い、2次元イメージで測定可能であるなど強い威力を発揮するが、各種金属センサーを開発するには屈折率を考慮した最適な膜厚を選択せねばならず、また、リン酸カルシウムセンサーに関しては、プラズマ照射などのコーティング法では膜厚が数10?mありセンサーには応用できないなど既存の手法では限界があり、新たな技術開発が切望されている。
 そこで本研究では、生体材料として多用されているチタンやリン酸カルシウムについて、表面における生体分子の結合・解離特性をナノ・スケールかつリアルタイムで検出できる表面プラズモン共鳴(SPR)センサーの開発を試みた。

2.表面プラズモン共鳴(SPR)測定装置
 Knollの報告に準じてKrestchmann形式のSPR解析装置を作製した1,2)。金をガラス基板に蒸着したSPRセンサープレートはマッチングオイルを介してプリズムと光学的にカップリングさせた。He-Neレーザー光(波長:6328 ?)をグラントムソンプリズムでp-偏光にし、非偏光キューブ型ビームスプリッターを介してプリズム入射光と入射光強度測定光に分離した。試料表面はプリズムを介してp-偏光の光を照射し、反射光強度を測定した。二軸回転ステージをコンピューターで操作し、入射光角度を変化させながら、反射光強度を測定し、それよりSPR角度を求めた。

3.チタンSPRセンサーの試作開発と性能評価
3.1 チタンSPRセンサーの作製
ガラス基板に10?のクロムを蒸着後、金を490?蒸着したSPRセンサー表面に、50,100,
200?のチタンを蒸着した場合のSPRスペクトルのシミュレーションを行った。シミュレーションでの誘電率は、Cr(ε = -31 + 30i),Au(ε = -12.5 + 1.25i),Ti(ε = -4.30 + 21.1i),TiO2(ε = 5.19),タンパク質(ε = 2.10),PBS(ε = 1.77)を用い、フレネルの反射・透過の式を多層的に解くことでSPRスペクトルを求めた。(図1)。
 チタンSPRセンサー基板は、シミュレーションから最適と思われる条件のチタン膜厚で設計・作製を行った。作製したチタンSPRセンサー基板のSPRスペクトルを測定し、チタン被覆状態を解析した。チタンSPRセンサー基板でのタンパク吸着量とSPR角度変化の関係を計算から求めた。

3.2 チタンSPRセンサーのXPS分析
 チタンSPRセンサーの元素組成をXPS(AXIS-HS, Kratos, Manchester, UK)を用いて求めた。測定は10-7Pa以下の圧力下で行った。Al-Ka単色X線は、加速電圧15 kV、フィラメント電流10mAの条件で照射した。90,60,45,30,15度の光電子脱離角度におけるAu,Ti,Oの元素組成比を測定した。

3.3 チタン表面と生体分子との相互作用の分析
 タンパク溶液はPBS中に濃度が2?g/mlのalbumin、γ-globulin、bFGFの3種類を用いた。チタン表面へのタンパク質の吸着量の測定を25℃のPBS中で行った。チタン表面センサーをSPRのフローセルに装着し、まずPBSを環流してSPRスペクトル測定を行った。次に、このセンサー表面にPBSを1分間、タンパク溶液を10分間、PBSを9分間流し、タンパク質の吸着・脱離過程の経時的な測定を行った。最後にSPRスペクトル測定を行い、SPR角度の変化量よりタンパク質吸着量を決定した。

4.チタンSPRセンサーの実験結果および考察
4.1 チタンSPRセンサーの設計
表面プラズモン共鳴(SPR)は、表面に吸着した物質の膜厚をnmオーダーで経時的かつ精密に測定できるため、医学・生物学・化学などの学問分野や、液晶・半導体などの産業分野においても応用・研究が行われている。一般的なSPRセンサーは、化学的不活性、SPRスペクトルの発生効率の良さから、ガラス基板に蒸着した金の薄膜を採用している。我々の研究においても、1nmのクロム薄膜を被覆後、49nmの金薄膜を形成したガラス基板を基本的なSPRセンサーとして用いた。
本研究では、歯科用チタンにおける表面での生体物質の相互作用をnmオーダーで解析するモデルとして、チタンSPRセンサーの設計・開発を行った。歯科用チタンは鋳造後、大気中で表面が酸化される。チタンSPRセンサーも同様に、大気中で表面の金属チタンを酸化させた。これにより、歯科用チタンとチタンSPRセンサー表面は同じ状態になると予想される。
真空蒸着で作製したチタン表面は大気中で容易に酸化される。チタンが二酸化チタンになると密度は4.6g?cm-3から4.0 g?cm-3へと変化し、これにより膜厚は約1.9倍増加すると考えられる。すなわち、チタン表面が10 ?酸化されると、19 ?の酸化チタン層が生じると考えられる。チタンSPRセンサーを設計するために、ベースの金SPRセンサーにチタンを被覆した場合のSPRスペクトルの解析を行った。図2にPBS中におけるチタンの膜厚と酸化率に対するSPRスペクトルのシミュレーション結果を示す。チタンを50 ?被覆した表面の場合、チタンが酸化するほどSPRスペクトルのピークが鋭くなることが示された。
また、チタンを100, 200 ?被覆した表面の場合では、チタンが酸化してもSPRスペクトルのピークは余り鋭くなく、またSPR角度もかなり高角度側に生じた。タンパク質吸着量はSPR角度の増加と関係することから、SPR角度が高角度側にあることは測定にとって不利となる。よって、これらのシミュレーション解析によりSPRセンサーに被覆するチタンの厚さは50 ?が優れていることがわかった。この結果より、50 ?のチタンを被覆したSPRセンサーを製作した。
4.2 チタンSPRセンサーの評価
チタンSPRセンサーはシミュレーション設計だけでは実際の表面の酸化被膜の厚みを求めることはできない。そのため、酸化被膜厚は実際に作製したチタンSPRセンサーから求める必要がある。図3は50 ?の厚さのチタンを蒸着したSPRセンサーのPBS中におけるSPRスペクトルを示している。酸化被膜の厚さは、測定したSPRスペクトルと計算で求めたSPRスペクトルを比較することにより求めた。図中の点線は、チタンが7 ?、二酸化チタンが76 ?の厚さの時のSPRスペクトルの計算結果を示している。これより、このチタン表面は70-80 ?近傍の厚さの酸化被膜を有していると考えられる。
 チタンSPRセンサーのAu、Ti、O全体におけるAuの割合と、O/Tiの深度特性に対応する光電子離脱角度分解XPS測定の結果を図4に示す。この図からも明らかなように、O/Tiは内側の層よりも外側の層が大きくなった。また、二酸化チタンのO/Tiは2であることから、この表面はチタンの水酸化物(TiO(OH)2; O/Ti = 3)を含んでおり、これらの水酸基由来の酸素原子は表面の最外層に主に存在すると考えられる。
 Auからの光電子の割合は、光電子脱離角度が小さくなると共に低下していったが、0にはならなかった。これは、このチタン表面SPRセンサーの表層部近くまで一部の金原子が上昇していることを示唆している。ただ、最外層におけるAuの割合は0.02と小さいことより、本研究ではこのチタン表面SPRセンサーの最外層は酸化チタンと見なして実験を行った。
4.3チタンSPRセンサーのタンパク質感度特性
 SPR測定において、表面へのタンパク質吸着量変化は、SPR角度変化より求めることができる。図5はタンパク質がチタンSPRセンサーに吸着したときのSPRスペクトルの変化をシミュレーションした結果を示している。図に示すようにタンパク質が0、5、10 ng?mm-2とチタン表面に吸着するにつれてSPR角度が62617、63860、65101 mdegと変化した。このように、SPR角度の変化は表面に吸着したタンパク質の量と関係がある。
 図6はSPR角度変化量に対するタンパク質吸着量の関係を計算した結果を示している。この図からわかるように、SPR角度変化量とタンパク質吸着量は直線的に比例し、チタンSPRセンサーにおいて以下の関係式が成り立つと考えられる。

4.02(pg?mm-2?mdeg-1) x SPR角度変化量 (mdeg) = タンパク質吸着量 (pg?mm-2)

SPR角度は、mdegオーダーで測定することが可能であることより、このチタンSPRセンサーのタンパク質吸着量の感度は原理的には、pg?mm-2オーダーであると考えられる。

4.4 チタン表面へのタンパク質吸着測定
 本研究において設計・開発したチタンSPRセンサーは、チタン表面と生体分子との相互作用を経時的に測定することを目的としている。そこで実際にこのセンサーを用いて、チタン表面への様々なタンパク質の吸着量の測定を行った。この実験に用いたalbumin、γ-globulin、bFGFの分子量、pI、チタン表面への吸着量を表1に示す。タンパク質溶液の濃度が2 ?g/mlと同じにもかかわらず吸着量に差が出たのは、分子量、pIの差によると考えられる。pH7.4のPBS中において、チタン表面は負に、γ-globulinは若干負に、albuminは負に、bFGFは正に帯電している。このことより、γ-globulinは3つのタンパク質の中でもっとも分子量が大きいことから、このチタン表面に2.85 ng/mm2と一番多く吸着したと考えられ、Albuminはかなり負に帯電していることから、吸着量が0.85 ng/mm2と最小になったと考えられる。bFGFは分子量がγ-globulinと比較して10分の1と小さいにもかかわらず、正に帯電しているため、吸着量が2.08 ng/mm2とアルブミンよりも多くなったと考えられる。
 図7にこれらのタンパク質のチタン表面への吸着量の経時的変化を測定した結果を示す。この図より、実際にこのチタンSPRセンサーはタンパク質のチタン表面への吸着過程を経時的に測定可能であることを明らかにした。

5.リン酸カルシウムSPRセンサーの試作開発と機能評価
5.1 リン酸カルシウムSPRセンサーの作製
リン酸カルシウム蒸着ターゲットであるハイドロキシアパタイト焼結体ブロックはPentaxから購入した。ガラス基板に10?のクロムを蒸着後、金を490?蒸着したSPRセンサー表面に、50、100、200 ?のリン酸カルシウムを蒸着した場合のSPRスペクトルのシミュレーションを行った。シミュレーションでの誘電率は、Cr(ε = -31 + 30i),Au(ε = -12.5 + 1.25i),リン酸カルシウム(ε = 2.6896),PBS(ε = 1.77)を用い、フレネルの反射・透過の式を多層的に解くことでSPRスペクトルを求めた。(図8)。
リン酸カルシウムSPRセンサー基板は、シミュレーションから最適と思われる条件のリン酸カルシウム膜厚で設計・作製を行った。作製したリン酸カルシウムSPRセンサー基板のSPRスペクトルを測定し、リン酸カルシウム被覆状態を解析した。

5.2 リン酸カルシウムSPRセンサーのXPS分析
 蒸着したリン酸カルシウムSPRセンサーの表面元素組成をXPS(AXIS-HS, Kratos, Manchester, UK)を用いて求めた。測定は10-7Pa以下の圧力下で行った。Al-Ka単色X線は、加速電圧15 kV、フィラメント電流10mAの条件で照射した。

6.リン酸カルシウムSPRセンサーの実験結果および考察
6.1 リン酸カルシウムSPRセンサーの設計
リン酸カルシウムSPRセンサーを設計するために、ベースの金SPRセンサーにリン酸カルシウムを被覆した場合のSPRスペクトルの解析を行った。図9に、大気中とPBS中におけるリン酸カルシウムの膜厚に対するSPRスペクトルのシミュレーション結果を示す。チタンと比較して、リン酸カルシウムでは蒸着膜厚が200 ?においても、SPRセンサーとして用いることが可能であることが示された。
6.2 リン酸カルシウムSPRセンサーの表面組成(XPS)評価
蒸着により作製したリン酸カルシウムSPRセンサーのXPS測定結果を図10に示す。リン酸カルシウムに由来する元素であるO、Ca、P以外にNaやCが検出された。C 1sを284.6eVに補正した時のCa 2pとP 2pの結合エネルギーはそれぞれ347.3eVと133.8eVであった。ハイドロキシアパタイトのCa 2pとP 2pの結合エネルギーがそれぞれ346.7eVと132.7eV、CaHPO4がそれぞれ347.2eVと133.4eV、Ca(H2PO4)2-H2Oがそれぞれ347.7eVと134.4eVであることから3)、蒸着したリン酸カルシウムはアパタイトの結晶構造を呈しておらず、これらのリン酸カルシウムが混合した構造であることが示唆された。
6.3 リン酸カルシウムSPRセンサーの膜厚(SPR)評価
 リン酸カルシウム蒸着膜厚の制御は難しく、現段階ではその制御方法を試行錯誤している段階である。蒸着条件の選定段階である条件でのリン酸カルシウム蒸着SPRセンサーのSPRスペクトルを図11に示す。リン酸カルシウムの蒸着条件は、蒸着時間や蒸着に用いる電子ビームのパワーなど、様々な条件を厳密に設定する必要がある。
図11では蒸着条件をweak, middle, strongに設定してリン酸カルシウムをSPRセンサーに蒸着した基板を測定した。この結果では、蒸着条件が強くなればなるほどSPR角度が高角度側にシフトしていることが示された。これは、リン酸カルシウムの膜厚が蒸着強度に対応して増加していることを示唆しており、また、スペクトル解析を行うことで実際のリン酸カルシウムの膜厚がweakで3.7nm, middleで4.6nm, strongで9.2nmとなっていることが解った。また、この膜厚はシミュレーションで求めた膜厚の範囲内に収まっており、タンパク質の吸着過程が測定可能であることが示唆された。

7.まとめ
二酸化チタンを表面に被覆したSPRセンサーは何例か報告があるが、本研究のように大気中で酸化させた金属チタンを表面に有するSPRセンサーの報告は全くない。二酸化チタンを表面に被覆する場合、被覆膜厚、表面の形状・状態を制御しやすく、また光学的にも安定である。それに対して、金属チタンを表面に被覆する場合、大気中で酸化したチタンの酸化数、水酸基の量、結晶構造、表面形状など、制御しがたい因子が多く、計算値と実測値を厳密にすりあわせることができなくなる。このため、一般的なチタンセンサーは厳密に制御された二酸化チタンを表面に形成しており、大気中で酸化される金属チタンを表面に形成したセンサーの研究は行われなかったと考えられる。
このように、光学・工学的な分野では二酸化チタンSPRセンサーの方が有利ではある。しかし、医学・歯学の分野では人工歯根・人工骨など大気中で酸化された金属チタン表面での生体分子の相互作用を求める必要性があるため、本研究のチタンSPRセンサーの方が有利となると考えられる。
 また、リン酸カルシウムの蒸着膜厚を数ナノレベルで制御する技術は非常に難易度が高く、リン酸カルシウムを表面に被覆したSPRセンサーは本研究をおいて他に存在しない。現段階ではリン酸カルシウムの蒸着膜厚の制御や結晶構造に問題点を含んでいるが、いずれ解決できる問題と考えられる。
 本研究で設計・開発・評価を行ったチタンSPRセンサーとリン酸カルシウムSPRセンサーはnmの領域での医用材料の生体適合性の研究に非常に重要な役割を果たすと期待できる。