2001年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第15号

表面プラズモン共鳴と2光子励起蛍光を用いた高感度単一生体有機分子イメージング

研究責任者

田中 拓男

所属:大阪大学大学院 基礎工学研究科 物理系専攻 助手

概要

1.はじめに一研究の目的
近年、病理学のみならず臨床検査分野においても、DNAを構成する個々の塩基分子の配列や細胞内のタンパク分子などを単一分子レベルで検出、測定する機会が多くなっている。しかし、例えばDNAの塩基配列の決定に主に用いられる電気泳動法を基本原理とした測定法では、一回の測定にも時間がかかるなど測定時間の問題がある。また近年注目されているDNAチップやプロテインチップなどのマイクロアレイセンサーにおいても、現在のDNAチップは、基板上にアレイ状に固相化させたDNAに蛍光色素分子でラベリングしたDNAをハイブリタイズさせ、その蛍光強度を測定することにより、特定のDNA配列の有無を検出している。したがって、ラベリングに使用した蛍光分子がDNA分子のハイブリタイゼーションに影響を及ぼし、SNPsなどDNA配列の非常にわずかな違いの検出を困難にしている可能性は否定できない。つまり、これらの分野では、高速でかつサンプルにダメージ(広義には影響)を与えることなく、分子レベルの情報を再現性良く検出・測定できる技術の開発が望まれている。
一方生物学や医学分野では、細胞組織などμm~mmオーダーの試料の観察には、光学顕微鏡が広く使用されている。これは、光学顕微鏡が試料の像をリアルタイムに観察でき、なおかつ光を使った測定法は非接触でリモートセンシングできることから、生体試料を傷つけず、生体そのものに及ぼすダメージも少ないためである。しかし、光学顕微鏡には、(1)分解能が、光の回折によって波長程度(サブミクロンオーダー)に制限されてしまい、分子のように波長より細かな試料は観察できない、(2)顕微鏡で厚みのある試料を観察するとピントのボケた像が重畳するので、試料を薄くスライスしなければならず、結果として試料を物理的に破壊しなければならない、(3)現在の顕微鏡では、分子レベルの結合、分解に伴う微小な屈折率や吸収率変化の分布を検出することができない、といった問題点がある。
そこで本研究では、これら光学顕微鏡が持つ問題点を解決し、生体分子の特性や状態を高速かつ再現性良く検出可能な光学システムの開発を試み、最終的には高分解能でかつ無染色の単一DNA分子のハイブリタイゼーションを直接検出できるような、高集積化DNAチップスキャナーへ応用可能なシステムの開発を目的とした。
この目的に沿って、次のようなシステムを考案し、基礎的な実験と共に実システムを試作した。まず、これまで研究を行ってきた共焦点レーザー走査顕微鏡の3次元分解特性に着目した。共焦点レーザー走査顕微鏡は、光源であるレーザーと試料内部に集光したレーザースポットならびに微小な点光検出器を共役な位置に配置した光学系で構成されており、厚みのある試料を物理的にスライスすることなく、その内部を観察できるようにした光学系であるt)。この技術を応用することで試料からの不要な散乱光に邪魔されず特定領域からの光のみを効率良く検出することが可能となり、結果としてシステム全体のSIN比を向上させることができる。さらに、表面プラズモンによる光電場の増強作用を用いて微量な試料を高感度に検出できる計測技術に着目した。そして、共焦点レーザー走査顕微鏡と表面プラズモンを用いたセンサー技術を融合させることにより、微量でかつ屈折率や吸収率の変化が小さい試料を高感度に検出可能なシステムを考案した。
2.表面プラズモンセンサーの原理
金属表面に光が入射すると、光の電場により金属中の自由電子は集団的な縦波振動を起こす。この振動がプラズマ振動であり、またこの振動の量子をプラズモンと呼ぶ。このプラズモンのうち、金属の表面付近に振動が局在する表面モードを特に表面プラズモンと呼び、これは電荷密度波として金属表面を伝播する。金属の表面では、金属表面に接している媒質の影響を受け、原子の配列間隔や電子密度がバルク内部と異なる。このため、表面プラズモンの振動数は、バルクモードの振動数とは異なり、金属表面の状態に大きく依存したものになる。この表面プラズモンの分散関係を、図1に示す。
図1より、表面プラズモンの伝播定数kspは、金属に接した媒質中での光の波数kiよりも常に大きいことがわかる。したがって、表面プラズモンと同じ波数を持つ光は、金属に接した媒質中では伝播条件を満たすことができず、エバネッセント場となっている。これは、光を用いて表面プラズモンを励起するには、エバネッセント場を用いる必要があることを示している。このエバネッセント場を発生させる方法には、全反射を利用する方法2)-4)と、グレーティングを利用する方法5)-7)の2種類があるが、本研究では、前者の方法の1つであるKretschmann配置8)を使用して表面プラズモンの励起を行った。
金属表面に励起される表面プラズモンの波数kspは、金属に接した媒質の誘電率に依存する。kspが変化すると表面プラズモンを励起するための光の波数も変化するが、これは入射光の入射角が変化することと等価である。つまり、表面プラズモンが励起される時の光の入射角(励起角)を測定することにより、金属表面に接している媒質の屈折率を検出できる。表面プラズモンの励起角は、金属表面で反射される光の強度を測ることにより検出可能である。それは、表面プラズモンが励起されると、光のエネルギーが表面プラズモンへ吸収され、反射光強度が減少するからである。つまり反射光強度の角度分布を測定したとき、その強度が最も小さくなる入射角が表面プラズモンの励起角であり、そこから金属表面に接した物質の屈折率を測定することができる。
3.表面プラズモンセンサーの検出感度特性
基礎的な実験として、従来から提案されている表面プラズモンセンサーの光学系を試作して液体の屈折率の検出を行った[8]。実験光学系を図2に示す。
屈折率1.515の直角プリズムに厚さ55nmの銀薄膜を真空蒸着し、さらにこの銀薄膜に試料となる液体を密着させるように液体セルを設けてある。このプリズムにHe-Neレーザー(波長632.8nm)を入射し、試料が密着しているプリズム面において全反射させる。全反射した光は、プリズムのもう片側の面で再度反射したのち光検出器で光強度が検出される。プリズムは、コンピュータ制御された回転ステージの上に置かれており、このステージを回転させることによりレーザー光の入射角を変化させる。
純水とエタノールの混合液を試料とし、その混合比を変えながら測定した結果を図3(a)、(b)に示す。
図3(a)は、エタノールの混合比を変えて屈折率を1.3319から1.3327まで0.0002ずつ変化させた5つのサンプルについての測定結果である。この結果から、表面プラズモンの励起角は試料の屈折率に依存して変化しており、逆にプラズモンの励起角から試料の屈折率を検出可能なことがわかる。また(b)は、エタノールの重量濃度に対して、表面プラズモンの励起角をプロットしたものであるが、この結果からエタノールの重量濃度に対しては、1×10-5[g/cm3]程度まで検出可能であることがわかった。この濃度を屈折率に換算すると約0.00002であった。この検出限界は現在のところ、使用している回転ステージの角度分解能によって制限を受けており、さらに精度の高いステージを用いることにより理論上1~2桁向上する。
この手法の欠点は、レーザー光を平行光にして試料に照射しその反射光の強度のみを検出するため、2次元平面に均一に分布した薄膜のような試料はその屈折率を高感度に検出できるが、2次元平面に屈折率分布があるような試料に対しては、平均的な屈折率のみが測定されるだけで、その分布を測定することはできないことである。この問題を解決する手段として、表面プラズモン共鳴を利用した計測法を顕微鏡に応用した表面プラズモン顕微鏡が提案されている9)10)。しかしながらこれまでに提案されている表面プラズモン顕微鏡は、コリメートしたレーザー光で試料を一様照明し、その反射光の2次元的な強度分布を観察することを基本原理としているため、その分解能は光学系が持つ分解能では決まらず、表面プラズモンの伝搬長によって決定されてしまう11)。つまり一般には表面プラズモン顕微鏡の分解能は、光学系の分解能以下になる。そこでこれらの問題を解決し、光学系が持つ本来の分解能と表面プラズモンセンサーが持つ高感度特性を合わせ持つシステムを実現するために、集光レーザービームで局所的に表面プラズモンを励起し、生成されたプラズモンスポットを2次元走査することにより、試料の屈折率分布を高感度に測定可能なレーザー走査型表面プラズモン顕微鏡を考案した。
4.レーザー走査型表面プラズモンシステム
試作した光学系を図4に、また装置の写真を図5に示す。
光源には,He-Neレーザー(波長632.8nm)を用いた。レーザー光をλ/4板を用いて円偏光に変換した後、ビームエキスパンダーでコリメートし、これを開口数(NA)がL3の油浸対物レンズに入射した。試料は、厚さ170μmのカバーガラスに膜厚55nmの銀薄膜を真空蒸着し、その上に密着させた。この試料のカバーガラス側にマッチングオイルを滴下し、油浸対物レンズでレーザー光を銀薄膜と試料の境界面に集光した。サンプルで反射した光は再度対物レンズに戻るが、このとき対物レンズの瞳面には、反射光の角度分布が2次元像として生成されるので、それを結像レンズとCCDカメラを用いて観察すると反射光の角度分布が一度に測定できる。表面プラズモン共鳴が起こると、その励起角に対応する部分の反射率が低下するので、CCDで検出した画像には黒いリングが現れる。この黒いリングの半径は光の入射角に対応するので、リングの半径を計測することにより、ビームスポット位置の試料の屈折率を計測することができる。この操作をコンピュータコントロールされた自動ステージで試料を走査しながら行うことにより、試料の2次元的な屈折率分布を測定できる。図6に対物レンズの瞳の観察結果を示す。
図6は、銀薄膜上にサンプルを付けなかった時の瞳の像で、空気に対する表面プラズモン共鳴状態に対応し、矢印で示したように黒いリングが観察できる。
5.レーザー走査表面プラズモン顕微鏡の分解能
試料としてカバーガラスを用い、空気とガラスの境界を使って試作した顕微鏡の分解能を測定した。図7に示すように、ダイヤモンドブレードカッターで端面を垂直に切断して研磨したカバーガラスをサンプルとして銀薄膜上に張り付け、空気一ガラスのエッジを用いてステップ応答特性を測定した。
銀薄膜上にカバーガラスが密着していない状態、つまり銀薄膜に空気が接している状態では、表面プラズモンの共鳴条件を満足する光の入射角が対物レンズの入射角内に存在するため、対物レンズの瞳面には図6に示したような表面プラズモンによる暗リングが現れる。しかし、銀薄膜にカバーガラスが密着した領域にレーザースポットが入ると、N.A,=1.3の対物レンズでは表面プラズモンの共鳴条件を満たすような光を入射させることができないため、瞳面には暗リングが生じない。したがって、空気における暗いリングに対応す
る箇所の光強度を測定しながら、レーザースポットが空気領域からガラス領域に移動するようにサンプルを走査すれば、測定した光強度は空気一ガラス境界面を境に暗から明へ変化する。このステップ応答特性を測定することにより、試作した顕微鏡の面内分解能を評価した。図8にその結果を示す。この結果をレイリーの2点分解能に換算すると0.7μmの分解能に対応し、この値は、用いた対物レンズの分解能0.6μmとほぼ等しいことを確認した。
6.おわりに
本研究で試作したレーザー走査型表面プラズモン顕微鏡は、表面プラズモン計測法が持つ高感度特性と、顕微鏡光学系が持つμmオーダーの分解能を同時に合わせ持ち、試料の2次元的な屈折率分布を測定できることが確認できた。現在我々は、アキシコンプリズムをシステムに使用することにより、さらに光の利用効率を高めて装置のSIN比を向上させると共に、空間分解能も同時に高めたシステムを開発中である。
本研究で試作したシステムの空間分解能は、現在使用されているDNAチップのマイクロスポットの大きさに比べて十分に高い。したがって、本研究で試作した表面プラズモン顕微鏡をDNAチップのスキャナーに応用すれば、さらに高密度に集積したマイクロアレイを実現できるばかりか、蛍光ラベリングに頼らず、無染色DNAのハイブリタイゼーションを計測できるので、より正確にDNA情報を解読できるものと考える。これらDNAチップに代表されるマイクロアレイセンサー技術は近年非常に注目されているが、この分野の発展にはDNAを直接取り扱う医学・生物学分野だけでなく、マイクロドロプレットのスポッティング技術やアレイの測定技術など工学分野(特に光計測分野)の技術革新も必要とされ、全体として学際領域に位置する分野であるといえる。したがって、これらそれぞれの分野の研究者が互いに密に交流してこそ新しい成果が実を結ぶものと考える。本研究成果に対し、特に医学・生物学分野の方々のご意見等をいただければ幸いである。