1996年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第10号

血管内超音波法を用いた生体内での動脈硬化病変性状の定量的診断法の開発

研究責任者

増山 理

所属:大阪大学 医学部附属病院第 第一内科 医員

共同研究者

堀 正二

所属:大阪大学 医学部 第一内科  講師

共同研究者

真野 敏昭

所属:大阪大学 医学部 大学院生

共同研究者

近藤 寛也

所属:クリーブランドクリニック 心臓内科学教室 研究員

概要

1 まえがき
冠動脈硬化病変は狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患の原因となり,また,これらの心疾患は数多くある心疾患の中でもとくに罹患患者数が多いことからこれまでにもその効果的な治療法について積極的に研究がなされてきている。今日では,経皮的冠動脈形成術の発達によって従来開胸手術が必要とされてきた症例に対しても内科的に治療を行い得るようになった。しかしながら,経皮的冠動脈形成術の成功率や遠隔成績は今なお不充分であり,更なる検討が必要とされている。
経皮的冠動脈形成術の失敗の原因として,動脈硬化の程度が非常に強いため充分な拡張が得られないことや過大な圧力によって軟らかい組織を傷害することなどがあげられる。すなわち,病理学的な血管壁の性状の違いが経皮的冠動脈形成術の成否を大きく左右するが,その情報については血管造影によっては捕らえることができない。
血管壁の性状を知る手段の一つとして血管内超F3波検査法があり,冠動脈形成術に先行して検査を行うことにより治療法の選択に有用であることが報告されている1)。従来,血管内超音波検査法による血管壁の性状評価は通常,超音波像の肉眼による主観的な定性的評価によってなされてきた2・3)。これに対して,超音波反射強度による組織性状評価や超音波像のテクスチャ解析によって血管壁性状を客観的に評価することが試みられ,正常血管壁に比し動脈硬化病変部位では,超音波の反射が強く,また反射強度の空間的分布が不均一であることが知られている。これらの客観的評価方法は,再現性や精度を保つため入射超音波強度や入射角度などの条件を一定に保つことを必要としている4)。しかし血管内超音波検査法では,カテーテル先端に取りつけられた超音波振動子を用いるため,その操作性は著しく制限されている。そのため,1.血管壁の鏡面反射,2.石灰化巣によるシャドウ現象,3.超音波振動子位置の偏位による超音波強度の不均一性,などの条件により再現性の良い結果を得ることが困難であるのが現状である5)。
2 内容
本研究では,血管内超音波像の解析に新しい手法を用いて血管内超音波検査時の条件の違いによる結果の変動を低減することによって,正常血管壁と動脈硬化性病変部位との鑑別を試みた。
左冠状動脈に狭窄病変を有し,経皮的冠血管形成術の施行に先だって冠動脈内超音波検査を受けた症例を対象とした。血管内超音波装置はヒューレット・パッカード社製SONOS Intravascular System (30MHz)を用いた。
血管内超音波装置は先端部に超音波振動子を持ち,先端を血管内に挿入することによって,血管軸に対して垂直な平面内で放射状に超音波を送受信し,反射波の強度を輝度値に変換し血管の輪切り像を実時間で表示する。血管造影時に確認した冠動脈狭窄部位狭窄部の遠位部から近位部へ一定速度で超音波振動子を引抜くことによって走査し,その間に得られた連続した血管の断面像をビデオテープに記録した。この画像は超音波反射強度の解析に用いるため,装置内で行われる超音波感度利得補正などの条件の設定はこれらの検査を通じて固定して行った。ビデオテープに記録された引抜き像の全フレームをビデオデジタイザを用いて,デジタイズした。コンピュータ上にてこれらの冠動脈の輪切り像を重ねあわせ,三次元のデータとした(Fig.1)。
三次元に再構築されたデータにおいて血管周方向および軸方向に平滑化処理を施してノイズを低減したのち,血管の走行に沿って径方向にデータを新たに切り出した(Fig.2)。三次元再構築像から得られた新たな血管壁断面像の輝度値を解析に供した。この像で,輝度値の高い部分は反射超音波強度が強く,輝度が低い部分は反射超音波強度が弱いことを示している。
血管内超音波振動子から冠動脈周囲組織までの輝度値を径方向に求め,その平均値を入射超音波強度の指標とした。また,超音波伝播経路上に強く超音波を反射し高輝度に表示される組織が存在する場合はその遠位に伝えられる超音波強度が減弱する6)。補正係数を模擬実験から求め,超音波伝播経路上の近位部の反射による超音波減弱の補正を行った。多重反射や干渉の影響のため,超音波反射強度は深度が異なると細かく変動する。このため画素単位での補正は困難であるので,血管最内側から外側に向かって0。6mmごとに領域を分割し,各領域ごとに補正を適応した。血管壁内膜面の鏡面反射の影響を避けるため壁境界から深さ0.3mmまでの領域の信号を除外した。
3 成果
一例として,正常部位でありながら超音波反射強度の強い(high intensity)領域と(fig.3),粥状硬化巣の形成が見られるが超音波反射強度の弱い(low intensity)部位の結果を示す(fig.4)。
正常部位では深度が内・中膜複合体よりも深くなるに従って信号強度が比較的単調に減少しているのに対して,粥状硬化巣では組織の不均一性に伴って複雑な変化を示している。このように超音波入射強度の補正を施さない場合は信号強度から正常部位との鑑別は困難である。これに対して先に述べた手法により補正を行いrelative intensityを求めた場合では信号強度の減衰が補正され,組織が均一な正常部位ではほぼ平坦になっているが(fig.5),硬化巣では全般に高いintensityを示し,石灰化の可能性が疑われる領域位では特に高い値を示している(fig.6)。
補正後のrelative intensityの平均値は正常部位に対して硬化部位では有意に高い値を示し(1.4±0.16vs.1.8±0.21,P〈0.01),本手法を用いることにより,血管内超音波検査法において超音波反射強度から血管壁組織性状の推定ができると考えられた。
4まとめ
超音波検査法は高分解能の断層像を提供することで,今日の医療に欠かせない検査法となっている。これらの画像では専門医の手によって周囲の組織像との比較の結果,主に形態的特徴から主観的に診断が下されている。超音波画像の持つ情報を最大限に活用し,より客観的な診断に結びつけるため,超音波反射強度の定量的計測による生体組織の性状診断が試みられている7)。血管内超音波検査法においても同様の試みがなされてきたが血管内という制約のため条件を統一することが困難であった。
本研究において,組織内伝播による超音波の散乱や減衰の影響を補正することにより血管内超音波検査法に対しても超音波反射強度による組織診断が行い得る可能性が示された。