2017年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

血管内分子を標的とした造影超音波法による非侵襲的分子イメージングの開発

研究責任者

大谷 健太郎

所属:国立循環器病研究センター研究所 再生医療部 上級研究員

概要

1.はじめに
造影超音波法は、肺の毛細血管をも通過可能な直径数m の微小気泡を静脈内投与し、血流トレーサとして利用する非侵襲的な造影検査法であり、理論的には全身の末梢微小循環の非侵襲的評価が可能である。近年、微小気泡を単に血流トレーサとして用いるだけでなく、表面に生体内抗原に特異的な抗体やペプチド・タンパクを化学的に結合させ(分子標的気泡)、炎症性血管病変や血栓、動脈硬化巣、新生血管等に特異的に集積させることによる、造影超音波法を利用した分子イメージングの開発が進んでいる 1)。

これまでに様々な分子標的気泡が基礎研究において開発されており、近年その一部は治験へと進行中であるが、現時点で臨床応用可能なものは皆無に等しい。造影超音波法による分子イメージングの普及には、何よりも臨床応用可能な分子標的気泡の開発が必要不可欠である。また、通常分子標的気泡作製時には洗浄・遠心分離操作が行われるが、実際の臨床現場においてこれらの操作を行う事は困難であり、より簡便かつ手順が少ない分子標的気泡の作製法の開発が望まれる。

我々はこれまでに、本邦で臨床使用可能な超音波造影剤 Sonazoid を基盤とした分子標的気泡作製の可能性について検討を行ってきた 2)、3)。しかし、使用した試薬の生物学的安全性や気泡の品質安定性に問題があり、現時点で直ぐに臨床応用することは難しい。ところが先般、これらの問題点を克服する方法として、生体内タンパク MFG-E8(Lactadherin)を用いる事でRGD (Arg-Gly-Asp)配列を Sonazoid 表面に付与できる事を見出し、Sonazoid-lactadherin複合体のインテグリンv3 に対する分子標的性を in vitro 実験により明らかにした 4)、5)。

一方、近年 RGD 配列が糖タンパク GPIIb/IIIa に対しても特異的に結合する特性を利用した、RGD 含有ペプチドを用いた新鮮血栓に対する分子イメージングの開発が核医学の領域で進められている。

本研究では、Sonazoid-lactadherin 複合体を用いた超音波分子イメージングの臨床応用を見据え、①混合するだけでSonazoid-lactadherin 複合体の作製が可能な簡便な作製法の確立および② in vitro/in vivo 実験系を用いたSonazoid-lactadherin 複合体の新生血管(腫瘍血管)および新鮮血栓に対する分子標的性の評価を目的として検討を行った。


2.内容
2.1 簡便な Sonazoid-lactadherin 複合体作製法の開発
混合するだけで Sonazoid-lactadherin 複合体が作製可能な、簡便な作製法を確立するために、Sonazoid とLactadherin の最適な混合比率の算出を試みた。Alexa488 にて蛍光標識した Lactadherin とSonazoid (10L)を 10 分間室温で反応させた後、FACSCalibur(BD)による計測および FlowJo を用いた解析により、 Sonazoid の蛍光強度および Sonazoid の蛍光標識率を算出した。

2.2 新生血管に対する分子標的性の評価
Sonazoid-lactadherin 複合体の新生血管に対する分子標的性について、担癌モデルマウスを用いて検討を行った。4 週齢の雄性ヌードマウスの右腹部皮下にヒト卵巣腺腫細胞(SK-OV-3) 細胞を5×106 個移植し、移植 8 日あるいは 9 日目に造影超音波法による評価を行った。腫瘍組織の長軸像を診断用超音波装置Aplio80(東芝)のPLT-1202s プローブにて描出し、造影剤投与前(Baseline)の画像を音圧 Mechanical index 0.4 (AP 9%)、フレームレート 1/sec にて撮像した。視野深度は 1cm とし、焦点位置は腫瘍組織の中心からやや深部に設定した。Baseline 画像の取得後、超音波照射を停止し、右頸静脈に留置したカテーテルより Sonazoid あるいは Sonazoid- lactadherin 複合体を 5×106 個(/100μL)投与した。造影剤投与 10 分後に超音波照射を再開し、造影画像を3 枚取得した(10 minutes)。最後に、高音圧超音波照射(AP 100%)にて新生血管に接着した微小気泡を崩壊させた後に、血管内を浮遊する微小気泡のみの撮像を行った(After destruction)。Sonazoid と Sonazoid-lactadherin 複合体の投与順はランダムに行った。画像輝度解析には ImageJ を用い、10 mintes と After destruction の輝度差(ΔVI)を Sonazoid と Sonazoid- lactadherin 複合体群で比較検討した。組織学的評価として、腫瘍組織内における新生血管を、CD31 に対する免疫染色により確認した。

2.3 ヒト新鮮血栓に対する分子標的性の評価
健常人より採取した全血を37℃で2 時間放置し、血液凝固を惹起した。形成された血餅と Sonazoid あるいはSonazoid-lactadherin 複合体(6×106個)をマイクロプレート内で 15 分間反応させた。生理食塩水にて血餅に接着していない気泡を洗浄除去 し、血餅を超音波診断装置 Aplio80 にて画像化した。撮像条件は担癌モデルマウスと同様に、音圧Mechanical index 0.4 (AP 9%)、フレームレート
1/sec とした。最後に、作製した血餅内における Sonazoid-lactadherin 複合体の標的分子 GPIIb/IIIa(CD41/CD61)の発現を、CD41 に対する免疫染色により確認した。

2.4 マウス頸動脈血栓モデルを用いた分子標的性の評価
Sonazoid-lactadherin 複合体の新鮮血栓に対する分子標的性を検証するための in vivo 実験系として、マウス頸動脈血栓モデルの確立を行った。実体顕微鏡下にて C57BL/6j マウスの右頸動脈を周囲組織より剥離し、パラフィルム(4mm×5mm)及びろ紙(3mm×4mm)を頸動脈下に潜らせた。ろ紙に6%塩化鉄(III)溶液を 4μL 浸透させ、3 分間頸動脈と反応させた。ろ紙を回収後、頸動脈を生理食塩水で洗浄し、30 分後に頸動脈を摘出した。形成された血栓内における Sonazoid-lactadherin 複合体の標的分子 GPIIb/IIIa の発現を CD41 に対する免疫染色により検討した。

次に、腫瘍組織と同様に、直径わずか 0.4mm 程度のマウス頸動脈においても超音波分子イメージングが施行可能か否かを検証するため、造影超音波法を用いてマウス頸動脈血流が評価可能か否か検討を行った。雄性 C57BL/6j マウス(日本エスエルシー)の右大腿静脈に挿入したカテーテルより Sonazoid を静脈内投与し、頸動脈が鮮明に描出されるか否かについて、診断用超音波装置Aplio80 の PLT-1202s プローブを用いて検討を行った。音圧は上述の動物実験と同様に、Mechanical index 0.4 (AP 9%)、視野深度は 1cm、焦点位置は頸動脈のやや深部に設定した。
(注:グラフ/PDFに記載)

3.成果
3.1 簡便な Sonazoid-lactadherin 複合体作製法の開発
Sonazoid(10μL) と混合する Alexa488 標識 Lactadherin の量を増加させることにより、Sonazoid から得られる蛍光強度は有意に上昇した(図1)。一方、Sonazoid の蛍光標識率は Lactadherin 添加量を 1μg から 10μg へ増量しても、大きな変化は認めなかった(図2)。これらの結果から、我々は Sonazoid 10μL に対し、Lactadherin 1μg を添加することで、余剰の Lactadherin の除去が不必要な、ひいては洗浄・遠心分離操作を省略した分子標的気泡の作製が可能ではないかと仮説を立てた。そこで次に、Sonazoid 10μL とLactadherin 1μg の混合後、従来通りの洗浄・遠心分離操作の有無によって Sonazoid からの蛍光信号や Sonazoid の蛍光標識率に違いが認められるか否かについて検討を行った。その結果、Sonazoid 10μL に Lactadherin 1μg を添加する系では、洗浄・遠心分離操作を省略しても従来法と同等のSonazoid-lactadherin 複合体の作製が可能であることが明らかとなった(図3)。

3.2 新生血管に対する分子標的性の評価
担癌マウスにおける超音波分子イメージングの代表例を図4a に示す。Baseline および高音圧超音波照射による気泡崩壊後(After destruction)の輝度は Sonazoid 投与群とSonazoid-lactadherin 複合体投与群で差を認めなかった(図4a,4b)。しかし、造影剤投与 10 分後の輝度は Sonazoid-lactadherin 複合体投与群で有意に高く(n=7)、その結果VI はSonazoid-lactadherin 複合体投与群で有意に高値となった(図4c)。この事から、Lactadherin 修飾がSonazoid の腫瘍血管への集積を亢進する事、ひいては Sonazoid-lactadherin 複合体の新生血管に対する分子標的気泡としての有用性が示唆された。最後に、SK-OV-3 腫瘍組織内における新生血管をCD31 に対する免疫染色にて評価したところ、移植 7 日目の腫瘍組織においても数多くの新生血管が確認できた(図5)。
(注:図/PDFに記載)

3.3 ヒト新鮮血栓に対する分子標的性の評価
ヒト新 鮮血栓 ( 血餅) と Sonazoid/Sonazoid-lactadherin 複合体の接着性について検討を行ったが、血餅に対する Sonazoid の非特異的な接着が予想以上に 多く(図6a)、 Sonazoid とSonazoid-lactadherin 複合体の群間での違いを検討するには、実験系を見直す必要があることが明らかとなった。非特異的な接着が多く認められた理由としては、①マイクロプレート内での反応時に血餅の下敷きとなった気泡の影響、②過量な気泡の添加など、いくつか考えられるため、今後これらの点を改善した実験系により再度検討を行う予定である。一方、ヒト血餅内の GPIIb/IIIa の発現については、CD41 に対する免疫染色にて確認することができた(図6b)。
(注:図/PDFに記載)

3.4 マウス頸動脈血栓モデルを用いた分子標的性の評価
6%塩化鉄(III)を 3 分間マウス頸動脈に反応させることにより、反応後 30 分で頸動脈血流を遮断し得るほど巨大な血栓の作製が可能であった。また、形成された血栓には Sonazoid- lactadherin 複合体の標的分子である GPIIb/IIIa(CD41)の発現が認められた(図7a)。

次に、直径わずか 0.4mm 程度のマウス頸動脈においても造影超音波画像の取得が可能か否か検討したところ、Sonazoid 投与によって明瞭に線状の染影像が確認できた(図7b)。
(注:図/PDFに記載)


4.まとめ
本研究により、分子標的気泡作製において従来必須であった洗浄・遠心分離操作を用いることなく、本邦で臨床使用されている超音波造影剤 Sonazoid を基盤とした分子標的 気泡(Sonazoid-lactadherin 複合体)の作製法を確立した。また、担癌モデルマウスを用いた検討から、Sonazoid-lactadherin 複合体の新生血管に対する分子標的性を確認した。新鮮血栓に対するSonazoid-lactadherin 複合体の分子標的性については更なる検討が必要だが、その実験評価系を確立する等、一定の成果を得ることができた。

従来、超音波と微小気泡の併用による細胞内への遺伝子・薬剤導入法(GDS・DDS)の開発が盛んに行われており、我々もこれまでに Sonazoid と超音波の併用による細胞内核酸導入法を確立してきた 6)。近い将来、分子標的気泡を薬剤や核酸で修飾(内包あるいは表面に付与)する技術を開発することにより、体内の特定部位(病巣)に薬剤・核酸搭載型分子標的気泡を集積させ、超音波照射で局所選択的に気泡を破壊し、薬剤や核酸分子を放出・細胞内導入するといった今までにない全く新しい DDS や GDS の開発へとつなげて行きたいと考えている。


謝辞
本研究の実施に際し、研究助成を頂きました公益財団法人中谷医工計測技術振興財団に深く感謝致します。

参考文献
1) Kaufmann BA, Lindner JR. Molecular imaging with targeted contrast ultrasound. Curr Opin Biotech 2007;18:11-6.
2) Sontum PC. Physicochemical characteristics of Sonazoid, a new contrast agent for ultrasound imaging. Ultrasound Med Biol 2008;34:824-33.
3) Otani K, Yamahara K. Development of antibody-carrying microbubbles based on clinically available ultrasound contrast agent for targeted molecular imaging: a preliminary chemical study. Mol Imaging Biol 2011;13:250-6.
4) Hanayama R, Tanaka M, Miwa K, Shinohara A, Iwamatsu A, Nagata S. Identification of a factor that links apoptotic cells to phagocytes. Nature 2002;417:182-7.
5) Otani K, Yamahara K. Feasibility of lactadherin-bearing clinically available microbubbles as ultrasound contrast agent for angiogenesis. Mol Imaging Biol 2013;15:534-41.
6) Otani K, Yamahara K, Ohnishi S, Obata H, Kitamura S, Nagaya N. Nonviral delivery of siRNA into mesenchymal stem cells by a combination of ultrasound and microbubbles. J Control Release 2009;133:146-53.