2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

血球計数器による末梢血および採取幹細胞分画での幹細胞簡便計測法の確立

研究責任者

熊谷 俊一

所属:神戸大学 医学部 臨床検査医学講座 教授

共同研究者

西郷 勝康

所属:神戸大学医学部附属病院 輸血部 講師

共同研究者

原 勲

所属:神戸大学大学院 医学系研究科 器官治療医学講座 腎泌尿器科学 助手

共同研究者

杉本 健

所属:神戸協同病院 内科 医長

概要

1.はじめに
種々の造血器疾患のみならず、一部の固形腫瘍や免疫不全・免疫異常による疾患に対し造血幹細胞移植療法(hematopoietic stem cell transplantation, SCT)が用いられている。また最近では再生医学への応用や遺伝子治療への応用など、その適応領域は拡大しつつある。造血幹細胞は元来、骨髄から直接採取し臨床応用する骨髄移植に始まったが、最近では特定の条件下で末梢血中に動員されてくる末梢血幹細胞(peripheral blood stem cell, PBSC)を用いたり、膀帯血中の幹細胞を利用するなど多彩となっている。
末梢血に幹細胞を動員する方法は主に2通りで、(1)は化学療法による骨髄抑制後の回復期に採取する方法、(2)はサイトカインのひとつである穎粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を投与し白血球数が著増する時期に幹細胞が動員されることを利用するものである。担腫瘍患者が自己の幹細胞を用いる自家末梢血幹細胞移植療法(auto。PBSCT)では(1)(2)を併用することによりPBSCを動員採取するが、同種移植(allo-PBSCT)のドナーに対しては(2)のみによる動員が用いられる。
Auto-PBSCTに際し、化学療法+G-CSFで末梢血にPBSCを動員・採取(ハーベスト)する際には、前治療の種類や固体差、あるいは用いる化学療法の種類、量、G-CSF製剤の投与量などにより、適切に採取できるタイミングは一律ではない。適切な時期を簡便に決定する方法、さらに採取した単核球分画中に含まれるPBSC数を簡便に推測するために、多項目自動血球計数装置(SE-9000,XE-2100,いずれもSysmex)の幼若細胞検出チャンネル(Immature Information, IMI)の応用について検討し、有用な指標となりえることを確認した。
2.方法
1)SE-9000,XE-2100の1Mlチャンネル
成熟細胞や赤血球はIMIチャンネルでは特殊な細胞溶解剤Stromatolyzer-IMを用いて溶解されゴーストとなる1)。残った未熟白血球はradio frequency (RF) / direct current (DC)法にて2次元に展開される。縦軸のRFは穎粒などの細胞内情報により、横軸のDCは細胞のサイズ、あるいは容積により細胞集団を分類する。このため未熟な細胞ほどIMIスキャッタグラム上では下方に展開されることとなる(図1)。
幹細胞モニタープログラムは、この分画の中でも純化したCD34陽性細胞が出現しやすい領域を設定し、Hematopoietic Progenitor Cell(HPC、図1)細胞を計数することが可能である。IMIスキャタグラム上に出現する未熟白血球全体を「IMI細胞」、このうちHPC領域に出現する細胞を「HPC細胞」として臨床応用の可能性について検討した。
2)対象
Auto-PBSCTを目的にPBSCを採取した悪性腫瘍疾患患者を対象とした。血液成分採血装置はCS3000(Baxter)あるいはSpectra(Gambro)を用いた。CS3000を用いてPBSCを採取した末梢血検体は93件、Spectraを用いて採取したものは39件であった。ハーベスト検体はCS3000症例では75件、Spectraでは39件であった。
3)抗凝固剤の種類、検体の希釈
抗凝固剤の種類によるHPCデータの安定性はすでに報告2)・3)したように末梢血ではEDTAがヘパリンやクエン酸より良好であった。ハーベスト検体は必要に応じてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)、あるいは細胞培養液RPMI640を用いて希釈した。
4)フローサイトメトリによるCD34陽性細胞、死細胞の測定
細胞数を104/μLにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で調整後既報4)のようにCD45gating法を用いてCD34陽性細胞数を定量した。死細胞比率はpropium iodode (PI)陽性比率で求めた。
5)P一セレクチン、RANTESの測定
ハーベスト検体については、血小板活性化の指標として上清中のP一セレクチン、RANTESを既報5)のようにELISAで測定し、HPC測定に及ぼす影響について検討した。
3.結果
I.末梢血幹細胞採取時期の決定に関して
1)末梢血幹細胞採取の実際
乳癌症例での典型的な経過を図2に示した。図2では白血球の増加を指標として採取を開始しているが、結果的にはIMI細胞数、HPC細胞数、CD34陽性細胞数の増加の時期と一致していた。
2)採取当日の末梢血IMI,HPCとCD34
CS3000採取症例での末梢血HPCとCD34の相関を図3に示した。またCS3000,Spectra採取症例でのIMI,HPCとCD34の関連を表1にまとめたが、いずれも良好に相関しており、HPC,IMIを指標に採取時期の決定が可能であった。
3)感度、特異度
CS3000採取症例で検討したHPCの感度、特異度を表2にまとめた。なおYuらの成績6)では感度71%、特異度78%となっている。IMIではG-CSF投与後の一過性の反応による好中球での中毒穎粒の出現などに起因する偽陽性が認められることがあるため2)、特異度が低くなっている。
4)白血球数の影響
白血球数20,0001μL以上の検体のみを検討してみると、HPCとCD34はr=0.924と良好に相関しているが、HPC!CD34比は3-4と図3に示した値より大きくなっており、HPCを判断資料とする際には留意すべき点のひとつと考えられた。
Ⅱ.採取検体への応用
1)希釈液、抗凝固剤の種類
安定したHPCデータを得るための条件について検討した。採取操作中にすでに抗凝固剤としてクエン酸が添加されているが、その他の抗凝固剤添加の必要性について検討したところ、EDTAをさらに追加することによって既報7)のように採取後4時間まで比較的安定したデータが得られた。また希釈溶液については、図4のようにEDTAを添加していても、PBSで希釈するとHPCが大きく変動するサンプルがあり、RPMIl640での希釈が適切であった7)。また、この条件ではCD34陽性細胞のPI陽性比率は1.1±0.8%(室温保存4時間後)と良好であった2)。なお無希釈4時間保存では42.8±19.4%と死細胞が増加したいた。
2)HPCとCD34の相関
図5にCS3000採取検体(n=75)での相関を示したが、rニ0.769と良好に相関していた。
Spectra採取検体でもr=0.769と同様であり、採取装置による差は無いと考えられた。
3)HPC/CD34比率に影響する因子についての検討
HPC/CD34比率は、症例毎のばらつきが末梢血に比して大きいため、影響する因子について検討した。CS3000採取症例において、CD34比率や血小板数との関連を検討したが、いずれも有意な相関はみられなかった。同様に、活性化血小板より放出されるp-selectin, RANTESとの関連も検討したが、やはり相関はみられなかった。
ただし、図6に示したように、2-3日連続して採取した症例でのHPCICD34比率を症例毎にプロットすると、各々の症例では大きく変動することはなくほぼ一定であった。このことはハーベスト初日にはCD34の定量が必要であるものの、2、3日目はHPCのみでも採取幹細胞数を推測することが可能であることを示していると考えられる。
4.考察
末梢血幹細胞採取時期決定には、白血球数増加、幼若細胞の出現8)などを指標として経験的に判断されることが多い。当然ながら、フローサイトメトリの結果を利用して判断するのが最も適切であることは多くの報告4)・9)で確認されているが、検査に長い時間、高い経費を要することが欠点である。今回の検討および一連の報告から、HPCあるいはIMIにより、採取時期が容易に判断できることが明らかになり臨床的有用性は極めて大きいと考えられるlo)。
採取検体についても適切な溶液で希釈し、EDTAをさらに添加することで安定したHPC数を得ることができ、採取量のおおまかな目安となりえることが判明した。しかしながら、HPCが真にCD34陽性細胞を示しているか否かが問題点として残されている。今回の我々の成績でも、末梢血では白血球数によりHPCICD34比が変化すること、ハーベスト検体ではこの比率が各症例で大きく異なること、などはHPC=CD34ではない可能性を推察させる。Pollardら11)は、末梢血検体からCD34陽性細胞を免疫磁気ビーズを用いて除去した後にもHPCが変動しなかったと報告しており、HPCが真の造血幹細胞を示しているのか否かさらに検討が必要である。この問題を検討する目的で今回の研究期間中に様々な白血病cell lineを(HL60,K562,NB4)を用いて、分化誘導によるIMIスキャッタ上のdotの変化を観察することを試みた。しかしながら、膜の性質等の変化のためか、いずれの細胞もスキャッタ上では検出し得ず結論には至らなかった。CD34以外の幹細胞の指標をマーカーとして、実際の採取時の検体を利用した検討が必要であると考えられた。
最近われわれは、XE-2100の網赤血球測定チャンネルを用いて破砕赤血球を定量する方法を確立し報告した12)。血球計数器は単にcomplete blood count測定に用いられるのみならず、多くの臨床的に有用な情報を提供できる可能性を秘めており、今後もこの分野での進展が望まれる。