1997年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第11号

血液および血管壁の自己蛍光分析による動脈硬化診断装置の開発に関する基礎的研究

研究責任者

佐藤 正明

所属:東北大学 工学部 機械電子工学科 教授

共同研究者

仁田 新一

所属:東北大学加齢医学研究所 教授

共同研究者

松本 健郎

所属:東北大学工学研究科 機械電子工学専攻 助教授

共同研究者

高橋 淳子

所属:東北大学工学研究科 機械電子工学専攻 博士課程

概要

1.はじめに
我が国における食生活の西洋化に伴ってその数が急速に増加している動脈硬化疾患の予防には,早期発見のための安価で簡便な診断法の確立が求められる。現在の動脈硬化の診断は,CT(Computed Tomography),血管造影,DSA(Digital Subtraction Angiography),腹部エコー等であり,簡便とは言い難く,病変がかなり進行した場合のみ有効である。
ところで,動脈硬化巣の構成細胞の特徴は泡沫化した細胞の出現である。泡沫細胞は単球由来マクロファージが酸化LDLを摂取し,脂質を蓄積した終末像であると考えられている(1)。また,動脈硬化部位に酸化LDLおよびそのレセプターが存在することが知られている(2・3)。これまでLDLの酸化変性は血管壁内で起こるものと考えられ,この過程には血管内皮細胞あるいはマクロファージ由来の15一リポキシゲナーゼ(15-LO)が関与するといわれている。
しかし最近,血漿中におけるリポタンパク質の酸化変性物と動脈硬化の関連が検討されつつある。中村の報告によると,血中過酸化脂質を測定したところ,冠動脈硬化群では有意な差はないが,末梢動脈硬化群では対照群より高値を示した(4)。秦らが,人間ドックの受診者と病院患者の2集団について血清過酸化脂質を測定したところ,健常人集団では脂質と過酸化脂質には相関がないこと,患者集団では急性期の心筋梗塞や痛風では過酸化脂質値が上昇する傾向が認められ,高脂血症でもコレステロール(300mg/d£以上)およびトリグリセライド(500mg/d尼以上)が非常に高値を示す群では,過酸化脂質濃度も健常者群より有意の高値を示した(5)。
一方,血液および血管壁の自己蛍光の研究も進められている。動脈硬化部位にレーザー光を照射すると自己蛍光を示すので,in vivoでレーザー光(波長308~476nm)を照射することにより動脈硬化部位を特定するという研究がなされている(6・7・8)。Tsuchidaらは,血清の水溶性成分が蛍光を発し,過酸化脂質の増加と共に蛍光強度が増すことから,蛍光物質は蛋白に過酸化脂質が結合したものであると述べている(9)。また,動脈硬化の成因と深い関係を持つと考えられているLDLに関して,LDLは蛍光を発し,酸化によって蛍光強度が増すことが報告されている(10・11・12)。
このように,動脈硬化と血液および血管壁の自己蛍光について検討されつつあるが,血液と血管壁の自己蛍光物質の関連,また,蛍光物質がどのようなかたちで動脈硬化に関与しているかについての十分な検討はなされていない。
以上の点より,本研究の目的は動脈硬化と血液および血管壁の中にみられる自己蛍光物質の関係を明確にし,動脈硬化の早期診断方法を確立することとした。また,そのためには,自己蛍光の波長分析を行い動脈硬化度を表す指標を見いだすこと,血液および血管壁の自己蛍光物質を同定し動脈硬化との関係を明らかにすることが必要であり,これらについて検討した結果を報告する。
2.実験方法
2.1血管壁の自己蛍光の測定
血管壁の自己蛍光波形の測定は蛍光顕微鏡(BX50,BX-FLA,オリンパス光学工業㈱)の接眼部に発光・反射分光分析装置(IMUC7000,大塚電子㈱)を光ファイバーを用いて接続して行った。蛍光顕微鏡の励起フィルターはWU(帯域:330~380nm)を用いた。血管はヒト胸部大動脈(東北大学医学部胸部外科大動脈瘤手術時におよび剖検時に摘出した組織片,動脈硬化無し6例,動脈硬化有り16例)を採取後冷凍保存したものを用い,血管内腔面の自己蛍光を1つの血管につき,8~12点測定した。
2.2血漿の自己蛍光の測定
a.血漿の自己蛍光波形の解析
血液は東北大学医学部附属病院胸部外科に入院中の患者およびボランティアのものを用いた。患者の病名は弓部大動脈瘤,胸部大動脈瘤,上行大動脈瘤,高脂血症である。抗凝固剤としてヘパリンナトリウムまたはEDTAナトリウムを用いて採血を行い,遠心分離して得た血漿を,窒素を封入して密封し冷蔵保存し,3日以内に測定に用いた。試料を生理食塩水にて10倍に希釈した後,分光蛍光光度計(F-2000,日立㈱)を用いて自己蛍光を測定した。測定条件は,励起波長340~420nmまで20nm間隔とし,蛍光波長300~600nmとした。
b.血漿のリポタンパク質分画
抗凝固剤としてEDTAナトリウムを用いて採血を行い,遠心分離して血漿を得た。血漿からのリポタンパク質の分画はHatchとLeeの方法をもとにした段階的超遠心法(13)を行い,カイロミクロン(chylomicron),VLDL,LDL,HDLおよびリポタンパク質フリー(LPF)の分画を得た。
c.血漿の酸化
血漿を2つの条件により酸化した。一つは弱く酸化するための酸素付加によるものであり,もう一つは強く酸化するための硫酸銅によるものである。酸素付加は室温にて血漿を入れた容器に酸素バブリングまたは酸素を封入して密閉し軽く振Yした。酸素付加時間は24時間,48時間,72時間である。硫酸銅による酸化は血漿およびリポタンパク質分画に対して行った。DasguptaとZdunekの方法を改変し,高濃度の硫酸銅(最終濃度3mM迄)を血漿およびリポタンパク質分画に加え4℃,72時間静置した(14)。酸化後,蛍光波形と過酸化脂質濃度を測定した。過酸化脂質の測定は市販のキットを用いて八木別法(デタミナーLPO,協和メディックス㈱)を用いた。
3.結果
3.1血管壁の自己蛍光
動脈硬化を生じていない部位の蛍光ピークは主に460~480nmの間に分布するのに対し,動脈硬化を生じたものは440~520nmに分布し平均のピーク波長は長波長側にシフトしピーク強度は弱くなる傾向を示した(Fig.1-1)。動脈硬化を生じた部位のピーク強度は生じていない部位より低い傾向を示したが有意差は見られなかった(Fig.1-2)。また,蛍光顕微鏡で観察すると,肉眼で病変が観察される部位には正常部には見られないような直径数μm~100μm程度の白,黄色,茶色の物質が観察された(Fig.2-1,2-2)。
3.2血漿の自己蛍光
a.血漿の自己蛍光波形
健常人(平均年齢37.3歳,n=12)と東北大学医学部胸部外科患者(平均年齢70.8歳,n=5)の血漿の自己蛍光波形を比較した。励起波長340nmにおいて,患者の蛍光波形は健常人より蛍光ピーク波長が僅かに短く,蛍光波長420nm近辺の蛍光強度が強いという一定の違いが見られた。この時,蛍光強度は健常人と患者ではあまり変わらず,ばらつきが大きかった。そこで,励起波長340nmでの蛍光波長420nmと500nmの比を評価の指標としたところ,健常人と患者では有意な差が見られた(Fig.3)。また,血漿の過酸化脂質濃度の平均値は健常人は2.2nmol/m1,患者は5.0nmol/m1と患者の方が高い傾向を示した。
b.異なる酸化条件における血漿の自己蛍光波形の変化
弱い酸化条件としての酸素付加による蛍光波形の変化は,励起波長320~340nmで顕著であった。酸素付加時間にともない,蛍光波長400~450nmの強度は増し,逆に500nmの近辺の強度は僅かに減少した。健常人と患者の比較の場合と同様の波長条件の蛍光強度比は,酸素付加時間とともに増加した(Fig.4)。また,全体の蛍光強度も僅かに増加した。酸素付加0,24,48,72時間における血漿の過酸化脂質濃度の平均値は,それぞれ,2.5, 3.8, 5.0, 8.0nmol/mlであった。
強い酸化条件としての硫酸銅による蛍光波形の変化は,酸素付加と同様の傾向を示し,変化の割合は大きかった。上記と同様の波長条件における蛍光強度比は,硫酸銅濃度とともに増加した(Fig.5)。また,硫酸銅による酸化では特に蛍光強度の増加が著しく,励起波長340nm,蛍光波長420nmでの蛍光強度はコントロールに比べ,酸素付加72時間では1.07倍であるのに対し,硫酸銅3mMでは1.15倍であった。硫酸銅の濃度0,1,3mMにおける血漿の過酸化脂質濃度の平均値は,それぞれ,3.5,7.0,327.7nmol/mlであり,著しい増加がみられた。
c.リポタンパク質分画の自己蛍光波形
血漿の自己蛍光の成分を検討するために,リポタンパク質の各分画の蛍光を測定した。カイロミクロン,VLDL,LDL,HDLおよびリポタンパク質フリーの分画はそれぞれ蛍光を示したが,リポタンパク質をほとんど含まず主にタンパク質を含むリポタンパク質フリーの分画の蛍光強度が強かった(Fig.6-1)。各分画の蛍光波形の和は血漿の蛍光波形とほぼ等しく,血漿の蛍光は主にタンパク質によるものであった(Fig.6-2)。
d.強い酸化条件における血漿およびリポタンパク質分画の自己蛍光波形の変化
リポタンパク質の各分画の蛍光波形に対する酸化の影響を検討するため,各分画に硫酸銅を付加したところ,硫酸銅0.3~1.OmMでLDL,HDLの分画の蛍光強度が著しく増加した(Fig.7-1,7-2)。一方,硫酸銅3mMでもリポタンパク質フリーの分画の自己蛍光は変化しなかったが,前述のように血漿の自己蛍光は増加した(Fig.7-3,7-4)。
4.まとめ
4.1動脈硬化症患者の血漿の自己蛍光の特徴
実験より動脈硬化症患者の血漿の自己蛍光は,血漿を酸化変性させた場合と同じ特徴を持つことがわかった。現在,in vitroのLDLの酸化モデルとして銅イオンによる酸化が多く用いられているが,実際の生体内でこのような反応は考えにくい。そこで,酸素付加のような弱い酸化条件と,高濃度の銅イオンによる強い酸化条件の両方を検討したところ,異なる酸化方法では蛍光波形の変化の割合が変わるが,変化の特徴は同じであった。
これまでの研究から血漿中に酸化変性物質が存在することが証明されている。道下らは抗酸化リン脂質モノクローン抗体とペルオキシダーゼ標識アポB抗体を用いたサンドイッチ酵素免疫法により血中酸化LDL値を測定したところ,循環器疾患患者は健常人の2倍の値を示すと報告している(15)。LDLが血中で酸化されるとすると他のリポタンパク質もまた酸化されることが予想される。長野は,in vitroでHDLはLDLと同じ条件で酸化されること,またHDLは動脈硬化に対して抑制的に働くリポタンパク質とされているが,HDLが酸化するとこの作用が著しく減弱すると報告している(16)。このことから,酸化LDLの濃度だけでなく,LDLとHDLを含めた血漿の酸化度を測定することは,動脈硬化の初期診断方法として有効であると考えられ,血漿の自己蛍光測定はこのような診断方法の一候補と考えられる。
4.2老化および糖尿病と血漿の自己蛍光
血漿の自己蛍光は動脈硬化症のみでなく,加齢や糖尿病に影響される可能性がある。
生体内の自己蛍光物質としてよく知られているものにリポフスチンがあり,過酸化脂質がタンパク質や炭水化物等の高分子化合物と反応して生成され,老化にともなって増加することが知られている(17)。一方,LDLの酸化による主な変化は過酸化脂質の増加,アポ蛋白Bの崩壊,および粒子全体の陰性荷電の増加である。これらのことから,リポタンパク質の酸化に伴う蛍光物質の増加は老化の場合とほぼ同じ反応によるものであることが予想される。しかし,加齢と酸化の検討では,ヒト血漿中の主な過酸化リン脂質であるフォスファチジルコリンヒドロペルオキシド(PCOOH)は健常者では加齢とともにわずかな増加を示すが,高脂血症者では加齢とともに著しい増加を示すという報告もあり(18),血漿の酸化状態は年齢のみではなく健康状態も反映する可能性も考えられる。また,脂質過酸化による自己蛍光を持つ有害生成物の検討(19)もされており,自己蛍光物質が直接動脈硬化の初期病変に関与する可能性も考えられる。
また,タンパク質の糖化度と励起波長340nmでの430nmにおける蛍光強度は正の相関があるとの報告もあり(20),今後は加齢や糖化による蛍光物質と動脈硬化によるものの関係を明確にする必要があると思われる。
4.3血漿と血管壁の自己蛍光の関連
これまでの検討から,血漿と血管壁のどちらにも動脈硬化と関連した自己蛍光物質が存在していると考えられる。しかし,それぞれについて異なる測定系を用いていること,また,血漿のアルブミン,血管壁のコラーゲンやエラスチンのような正常な状態においても自己蛍光を有する物質が存在していることから,単に自己蛍光波形を比較するだけでは両者の関連についての検討はできない。さらに,動脈硬化の進行に関する血漿と血管壁の自己蛍光物質の役割について検討を進めるうえで,両者の蛍光物質の同定が必要であると思われる。