2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

血中 CPP 高感度測定系の開発と慢性腎臓病の臨床検査への実用化

研究責任者

黒尾 誠

所属:自治医科大学 分子病態治療研究センター 抗加齢医学研究部 教授

概要

1.はじめに

慢性腎臓病(chronic kidney disease; CKD)とは、「腎障害が 3 ヶ月以上継続した状態」を指す。腎障害の原因は問わないが、糖尿病や高血圧の合併症として起こる場合が多く、本邦では成人の 8人に 1 人が患う「国民病」である。進行して腎不全に至れば、透析か腎移植をしないと生きていけ ない。腎移植例が少ない本邦では、透析への依存 が突出しており、透析患者数は毎年 1 万人のペー スで増え続け、2011 年には遂に 30 万人を超えた。透析の直接経費だけで 1.3 兆円の医療費が使われており、慢性腎臓病全体では、合併症のインパク トも含めると、全医療費の約 20%を消費していると見積もられている 1)。慢性腎臓病を如何に制御するか、現代医療に課せられた大きな課題である。

 

2.慢性腎臓病とリン

高リン血症が慢性腎臓病の予後悪化因子に同定されて以来 2)、血中リン濃度を下げることを目標にリン制限(低リン食の栄養指導やリン吸着剤の投与)が行われるようになり、一定の治療効果を上げている。しかし、リンはほとんど全ての食品に含まれる栄養素であり、食品添加物中にも相当量含まれているため、リン吸着剤を使用してもリン制限を徹底するのは容易ではない。また、リ

ンがなぜ悪いのか、そのメカニズムが不明なため、リン制限の効果が不十分な場合でも、他に治療法 の選択肢がないのが現状である。この現状を打破 するためには、リン代謝と慢性腎臓病の病態を正 しく理解した上で、最も有効な治療標的を同定す ることが重要と考えられる。

 

3.リン代謝の内分泌制御

今から 20 年程前、老化が著しく加速する突然変異マウスが発見され、その原因遺伝子が同定された 3)。ギリシャ神話の「生命の糸を紡ぐ女神」の名に因んでKlotho と命名されたその遺伝子は、その後の研究により、FGF23(Fibroblast growth factor-23)の受容体をコードすることが分かった4)。

FGF23 とは、リンを摂取すると骨細胞から分泌されるホルモンで、腎に作用して尿細管におけるリン再吸収を抑制することで尿中リン排泄を促進する。つまり、FGF23 は「リン利尿ホルモン」として機能する 5)。FGF23 は FGF family の一員でありながら、既知の FGF 受容体(FGFR1〜4)に対する親和性が低く 6)、生理的濃度ではいずれの FGFR にもほとんど結合できない。そのため、FGF23 の生理的受容体は不明であった。

Klotho 蛋白は一回膜貫通型の膜蛋白で、特定の

 

FGFR isoform(FGFR1c、FGFR3c、FGFR4) と複合体を形成する性質がある 4) 。このFGFR-Klotho 複合体に対して、FGF23 は高い親和性を示す。つまり、FGF23 の生理的受容体は、FGFR ではなく、FGFR-Klotho 複合体であることが分かった。FGFR は様々な臓器に発現しているのに対し、Klotho の発現は腎尿細管に限局している。すなわち Klotho の組織特異的発現が、事実上 FGF23 の標的臓器を規定している(図1)。

図1  FGF23-Klotho 内分泌系。リンを摂取すると、何らかの機構で骨細胞がそれを感知し、FGF23  を分泌する。FGF23 は、血流に乗って腎臓に到達すると、尿細管細胞に発現するKlotho と複合体を形成した FGF 受容体(FGFR) に結合し、尿細管におけるリン再吸収を抑制する。その結果、尿中リン排泄が増加し、摂取したリンと同量のリンを尿中に排泄する。この FGF23-Klotho 内分泌系は、リン恒常性の維持に必須であり、Klotho 欠損マウスはリン排泄障害による高リン血症を呈する。

 

4.高リン血症がもたらす病態

Klotho 欠損マウスは、高リン血症と共に、ヒトの老化に良く似た多彩な症状(動脈硬化、心肥大、骨粗鬆症、認知症、性腺・胸腺・皮膚の萎縮、サルコペニア、肺気腫、難聴など)を呈し、早期に死亡する 3)。この「早老症」は、Klotho 欠損マウスに低リン食を与えて血中リン濃度を下げると軽快する 7)。

透析を受けている末期慢性腎臓病患者も、Klotho の発現低下や高リン血症と共に、動脈硬化、心肥大、骨粗鬆症、サルコペニア、認知症などの病態を合併する場合が多く、全死亡率が上昇し、老化が加速した状態と見做すことができる。また、リン制限によって血中リン濃度を下げると治療 効果がある点も Klotho 欠損マウスと良く似ている 8)。

これらの事実から、少なくともマウスとヒトにおいては、「リンが老化を加速する」という概念が導かれる。

 

5.CPP (calciprotein particle)

リンが老化を加速するメカニズムを理解するため、先ず細胞が高濃度のリンに対してどのように反応するか検討した。血管内皮細胞を培養し、培地のリン濃度を上げると、細胞死が誘導される9)。このような「リンの細胞毒性」は以前から知られているが、我々は、培地にリンを添加すると 培地が微かに濁ることに気づいた。濁った培地を 電子顕微鏡で観察すると、electron dense なナノ粒子が無数に形成されていた。組成を解析すると、主にリン酸カルシウム結晶と血清蛋白 Fetuin-A で出来ており、CPP(Calciprotein particle)と呼ばれる物質であることが分かった(図2)。

通常の培地のリンとカルシウムの濃度は、それぞれ約 1 mM と 2 mM で、ヒトの血中濃度とほぼ等しく、飽和濃度に近い。したがって、これにリンを添加してリン濃度を上げると、リン酸カルシウムが析出する。リン酸カルシウムの最小単位はCa9(PO4)6 という化学式で表される直径 9 Åの粒子で、Posner’s cluster と呼ばれる。血清を含む培地では、Posner’s cluster は 血清蛋白 Fetuin-A に速やかに吸着されるため、大きな結晶へと成長することはない。1 分子の Fetuin-A は 120 個のPosner’s cluster を吸着する能力があると言われている 10)。Posner’s cluster を吸着した Fetuin-A 分子が凝集して形成されたナノ粒子が CPP である。CPP がコロイド粒子として培地中に分散した結果、いわゆる「チンダル現象」によって培地が濁って見えたのである。すなわち、CPP の形成とは、リン酸カルシウムを血中で大きな結晶へと成長させないための防御機構と考えられる。

 

培地にリンを添加すると CPP が形成されるという事実は、リンの細胞毒性がリンのせいなのか、それともリン濃度上昇の結果形成された CPP のせいなのか、という疑問を提起した 11)。

 

 

図2 培地中に形成された CPP の透過電顕像

 

6.CPP 病原体説

リンの細胞毒性がリンのせいかCPP のせいか、検証した実験がいくつか報告されている 12-14)。血管平滑筋細胞を培養して培地にリンを加えると、骨芽細胞様の形質変換が起きて、石灰化が誘導されることは以前から知られており、血管石灰化のin vitro のモデルとして利用されている。このモデルにおいて、培地中にリン酸カルシウムの析出を 阻 害 す る 薬 剤 ( pyrophosphateやphosphonoformic acid など)を入れておくと、培地のリン濃度を上げても平滑筋細胞の骨芽細胞様形質変換や石灰化などのリンの効果が見られないことが示されている。つまり、リンの効果の少なくとも一部は、リンそのもののせいではないことは確かであり、CPP のせいである可能性が示唆される。一方、CPP それ自体が様々な活性を持つことも分かっている。例えば、マクロファージを CPP で刺激すると、TNFaや IL-1bなどの炎症性サイトカインの分泌が誘導されることが示されている 15)。つまり CPP は、あたかも「病原体」のように、細胞障害や自然免疫反応を誘導する生理活性物質なのである。

実際、CPP は、1990 年代には「ナノバクテリア(nanobacteria)」と呼ばれていた 16)。当時は、ヒトの組織や尿から分離されたリン酸カルシウムを含むナノ粒子が培地中でゆっくり成長することから、「電子顕微鏡でしか見えない地球上最小の生命体」と誤認され、ナノバクテリアと呼ばれた。その後の検討で、これは生命体ではなく、リン酸カルシウムと Fetuin-A の複合体、すなわち CPP であることが確認された 17)。奇しくも最近、CPP には細胞障害や自然免疫反応を誘導する活性があって、あたかも「病原体」のように振る舞うことが分かり、 ナノバクテリアという名前にも一理あった、ということになる。

我々は、CPP があたかも病原体のように振る舞うことで様々な病態をもたらす、という仮説、すなわち「CPP 病原体説」を提唱している 18)。

 

7.CPP と慢性腎臓病

慢性腎臓病患者の血中には CPP が出現する19,20)。慢性腎臓病の進行に伴って、血中 CPP 値が上昇すること、さらに血中 CPP 値が慢性炎症

(hs-CRP)や動脈硬化(冠動脈石灰化スコア、大動脈脈波速度)と相関することが、複数の臨床研究によって示された(図3)。

血中に CPP が出現すると、どのような病態がもたらされる可能性があるか考察してみる。血中CPP が白血球に作用して自然免疫反応が誘導す れば、炎症性サイトカインが分泌され、慢性炎症 が起きる可能性が考えられる。さらに、CPP が血管内皮細胞障害を誘導すれば、血管透過性が変化 し、炎症性サイトカインや CPP が平滑筋層に直 接到達して、平滑筋細胞の骨芽細胞様形質変換か ら血管石灰化が起きる可能性が考えられる。すな わち、臨床研究で観察された血中 CPP 値と慢性炎症・血管石灰化との相関関係は、実は因果関係 であった可能性が考えられる。もしそうであれば、リン制限の治療効果は、実は CPP 形成の抑制に よるものであって、CPP を直接の標的とした治療(例えば、リン酸カルシウムの析出を阻害する薬剤の投与など)も、慢性腎臓病に対する新たな治療戦略となる可能性が出てくる。


図3 慢性腎臓病では血中
CPP が増加する。(A)慢性腎臓病のステージが進むにつれて、血中 CPP 値が上昇する(文献 19 より引用)。(B)推算糸球体濾過量(eGFR)の低下に伴って、血中 CPP 値が上昇する(文献 20 より引用)。

 

8.血中 CPP 測定法

上記の臨床研究で用いられて血中 CPP 測定の原理は、以下の通りである(図4)。

①血清を分離する:採血後、凝固した血液を3,000g で 30 分遠心し、血清を採取する。CPP はコロイド粒子として血清中に分散している。

②血清中の Fetuin-A を測定する: ヒトFetuin-A の ELISA キットを用いる。CPP に含まれる Fetuin-A とフリーの Fetuin-A が測定される。

③血清を 16,000g で 2 時間遠心する:この高速長時間遠心により、血清中の CPP が沈殿する。

④上清中の Fetuin-A を測定する:高速長時間遠心後の血清からは CPP が除かれているので、CPP に含まれている Fetuin-A の分だけ、②の値より低くなるはずである。

⑤高速長時間遠心前後の Fetuin-A の濃度差を計算し、血中 CPP 値に代用する。

4 血中 CPP 測定法(従来法)

この方法には、二つの限界がある。第一の限界は、CPP 値が低くなる程、測定誤差が大きくなるという点である。Fetuin-A の ELISA キットの%CV 値は概ね 5%前後である。したがって、CPP の一部として存在する Fetuin-A の量が、Fetuin-A の総量の 5%程度しかない場合、原理的 に CPP 値を測定することができない。第二の限 界は、動物実験に使用できないという点である。市販されているFetuin-A のELISA キットはヒト 用で、マウスやラットなどの実験動物に使える信 頼できるキットが現時点では市販されていない。これらの限界を克服するため、我々は異なる原理に基づく新たな CPP 測定法を開発した。特許申請の関係で、詳細をここに記載することはできないが、新しい方法は、従来法よりも高感度、簡便、安価である上、あらゆる動物種に使用できるという利点がある。また、この新しい方法で、高速長時間遠心でも沈殿しない「低密度 CPP」が存在することも明らかとなった。

この新規 CPP 測定法を、臨床検査として実用可能なレベルにまで最適化し、慢性腎臓病患者および健常者の血清サンプル約200 検体を用いて実際に CPP を測定したところ、以下のことが分かった。

①「低密度 CPP」は、慢性腎臓病患者だけでなく、健常者の血中にも存在し、リン摂取で一過性に上昇する。つまり CPP とは本来、食事で摂取したリンとカルシウムを、その最終的な貯蔵先である骨へと効率よく運ぶ血中の担体として、生理的な機能を果たすコロイド粒子であると考えられる。

水に溶けない物質を運ぶ際、生体はそれを蛋白に吸着させ、コロイド粒子にして液相に分散させて運ぶ 。例えば脂質は、アポ蛋白に吸着させ、リポ蛋白というコロイド粒子にして血中に分散させ、血流に乗せて臓器間を運搬する。また、母乳中には溶解度を遥かに超えるリンとカルシウムが溶け込んでいるが、これは不溶性のリン酸カルシウムを乳蛋白のカゼインに吸着させ、カゼインミセルというコロイド粒子にして母乳中に分散させているからで、乳児の骨の成長に必要な大量のリンとカルシウムを効率よく供給するシステムとなっている。成人では、消化管から吸収したリンとカルシウムを、CPP というコロイド粒子にして血中に分散させ、リンとカルシウムの貯蔵先である骨へと効率良く運んでいると考えられる(表1)。

 

②「高密度 CPP(16,000g、2 時間で沈殿するCPP)」は、健常者の血清中には存在せず、慢性腎臓病患者でのみ検出される。つまり、従来のCPP 測定法では、この高密度 CPP のみを測定していたことが分かる。したがって、主に高密度表1: 生体内コロイド粒子の生理と病理 脂質が本来の貯蔵先である脂肪細胞ではなく血管に貯まると、粥状硬化という病態を呈する。リン酸カルシウムが本来の貯蔵先である骨ではなく血管に貯まると、血管石灰化という病態を呈する。

CPP が、様々な病態を引き起こす「病原体」として機能すると予想されるが、この証明は今後の検討課題である。

 

9.まとめ

慢性腎臓病は、成人8人に1人が患う国民病で、全医療費の約2割を消費する大きな健康問題と なっている。慢性腎臓病の予後悪化因子である慢性炎症や血管石灰化の重症度と相関する血中の 指標としてCPP が注目されている。本研究で我々 は、血中 CPP の新規測定法を開発し、臨床検査 に向けて最適化した。この測定法は、従来法に比 べて高感度、簡便、安価である上、マウスなど様々 な実験動物にも適用できるので、今後の臨床研究および基礎研究に幅広く用いられるようになる ものと期待される。