2011年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第25号

蛍光蛋白標識による骨髄由来幹細胞の発癌および癌幹細胞ニッチ形成への関与の同定

研究責任者

富丸 慶人

所属:大阪大学大学院 医学系研究科 外科学講座消化器外科学 大学院生

共同研究者

森 正樹

所属:大阪大学大学院 消化器外科 教授

共同研究者

土岐 祐一郎

所属:大阪大学大学院 消化器外科 教授

共同研究者

永野 浩昭

所属:大阪大学大学院 消化器外科 准教授

共同研究者

堂野 恵三

所属:大阪大学大学院 消化器外科 講師

概要

1.はじめに
消化器癌に対する治療には手術、放射線療法、化学療法など様々なものがあるが、その治療成績は十分なものではない。実際に、近年、社会の高齢化に伴い、悪性腫瘍によって死亡する患者数が増加している。消化器癌はそのような悪性腫瘍の約7割を占めることから、消化器癌に対する治療成績を向上させることは現在社会において非常に重要であると考えられる。これまでは、発癌及び転移などの癌の発育進展の活性をもっ細胞群を、生きたままの状態で同定・分離することが不可能であった。
このような開発研究上の課題に関して、近年の抗体や表面マーカーの蛍光標識の技術の進歩に伴い、このような細胞群の同定・分離が徐々に可能になってきている。進歩した蛍光標識の技術を駆使して、発癌および転移などの癌の発育進展の機序を解明することは、癌に対する治療成績向上のためには必要なことであり、現代社会においては非常に重要で意義のあることである。
本研究では、骨髄由来幹細胞が血行性に消化器臓器に到達し、消化器癌のニッチの形成に関わることを検証することを目的とした。内外の研究に於いて、近年、Houghtonら1)は、骨髄由来幹細胞が発生した胃癌の一部分に認められたことを報告しており、骨髄由来幹細胞が消化器癌の発生に関与している可能性を指摘している。また、骨髄由来のVEGFR1陽性細胞が、癌の転移部位決定因子として機能し、癌細胞を原発巣から誘導し、転移増殖を促す転移前ニッチを確立するとの報告もある2)。このように、骨髄由来幹細胞が癌の発生および転移形成において非常に重要な役割を担っていることが予想されるため、本研究では、動物モデルにおいて、蛍光標識技術を駆使して骨髄由来幹細胞を標識可能にすることで、発癌および転移前ニッチとの相互作用について、調査・研究を実施した。
2.本研究内容に関連する事項
2.1癌幹細胞について(図1)
癌細胞は、正常な体細胞と比較すると、(1)高い増殖力、(2)細胞の不死化、(3)転移・浸潤能、という特徴を持っている。しかし、癌組織を構成している細胞のすべてが、これらの特徴を兼ね備えているわけではなく、実際にこれらの特徴を併せ持つものは、全体のごく一部である。これらの希少の細胞群は、(1)自己複製能、(2)多分化能、という胚性幹細胞や体性幹細胞などの幹細胞と同様の特徴を持っており、癌組織中で自己複製により自分と同じ細胞を維持しながら、分化によって周辺の大多数の癌細胞を生み出すもとになっていると考えられている。これらの一部の癌細胞を「癌幹細胞」という。癌幹細胞の概念は1970年代より提唱されていたが、それを実験的に証明することが技術的に困難であった3)。しかし、本申請で計画している細胞の蛍光標識やフローサイトメトリーの技術の発展や新規の抗体の開発などによって、様々な悪性腫瘍における癌幹細胞の存在が明らかにされつつある4),5)。本申請では、緑色蛍光蛋白を利用して骨髄細胞を標識することにより従来知られていなかった癌病態を明らかにし臨床応用に向けて展開することを目指した。
2.2癌ニッチについて(図2)
幹細胞の周囲に存在する幹細胞が維持・増殖する微小環境をニッチと呼ぶ。幹細胞はニッチにおいて細胞周期を静止した状態に保つことで、長期にわたりその未分化性を維持していると考えられている。近年、正常幹細胞と同様に、癌幹細胞も、原発巣・転移巣のいずれにおいても癌ニッチと呼ばれる微小環境を必要とすることが明らかになっている。
2.3骨髄由来幹細胞について
骨髄中に存在する幹細胞で、造血幹細胞および間葉系幹細胞から成る。それぞれ、血球系および間葉系に属する細胞への分化能をもつ。特に、問葉系幹細胞は、骨や血管、肝細胞などを再生させることができるため、再生医療への応用が期待されている。近年、間葉系幹細胞の癌への関与についても注目されている。本研究では、この骨髄由来幹細胞を蛍光物質で標識して追跡を目指した。
2.4肝癌について
肝臓原発である原発性肝癌と、他臓器で発生した癌が肝臓に転移した転移性肝癌の2つに分けられる。原発性肝癌はさらに組織型によって、肝細胞癌、胆管細胞癌に分類され、その大部分は肝細胞癌である。転移性肝癌は、消化器癌(胃癌・大腸癌・膵癌など)の門脈を介した血行性転移が多い。原発性肝癌本研究で使用しているコリン欠乏食の経口投与による発癌は原発性肝癌モデルであり、癌細胞株の脾臓または門脈への投与による発癌は転移性肝癌モデルである。本研究では、標識された骨髄由来幹細胞との正確な位置関係の情報を知ることにより、ニッチを分子論的に究明することを目指した。
2.5 SP細胞分画について
造血器および消化器を含む幹細胞の機能の1つとしてHoechst 33342色素の高い排泄機能が知られる。このHoechst 33342色素は細胞透過性が非常に高く、固定せずに生きた細胞に取り込まれてDNAのA-Tリッチ領域に優先的に結合する性質を有し、紫外線で励起され4501675(nm)という2つの波長の蛍光を発するという際だった特徴を持つ。単一の色素でありなから紫外線励起時に2種類の蛍光を発し通常の細胞周期解析で見られるGOIG1分画よりも発色が弱い部分にHoechst陰性集団を観察できる。生細胞内に取り込まれたHoechst 33342色素はP糖タンパク質およびABCG2等のadenosine triphosphate(ATP)結合カセット(ABC)トランスポーターにより細胞外に汲み出される。その過程はverapamilやreserpineのような薬剤で阻害される。SP細胞分画が細胞周期の静止期(GOIG1期)に濃縮して存在することには一定のコンセンサスがあるが完全には対応していないという指摘もある。しかし消化器癌でのSP細胞分画の研究はそれほど進んでいないことから、我々はこのHoechst 33342非染性のSP細胞分画を手掛かりとして消化器癌幹細胞の研究に着手した。
3.方法および準備
3.1肝臓の癌幹細胞およびニッチの免疫学的染色検出
フローサイトメーター(FACS Ariaセルソーター、BD)および蛍光顕微鏡(オールインワン蛍光顕微鏡、キーエンス)を用いたSP細胞分画を含む解析により、肝臓の癌幹細胞およびニッチを構成する分子として同定、免疫学的高感度技術により染色検出。骨髄由来幹細胞の肝内における存在部位、腫瘍との関係を調べ、また同細胞の表面マーカーの解析や遺伝子解析などを実施。検討材料としては、化学療法などの治療の有無のものを使用し、治療後に残存する腫瘍を同定することでニッチを確認。ニッチ細胞の表面マーカーの解析や遺伝子解析を行い、また骨髄由来幹細胞との関わりについて調査研究。
3.2研究申請に関わる規則、倫理規定への対応
遺伝子組換え実験を含む本研究は、「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律(「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」に基づくカルタヘナ法)」の定める細則と、文部科学省・厚生労働省・経済産業省の定める細則、ならびに施設内の組み換えDNA実験指針の基準に従って、定められた基準に適合することを確認し、指針に従ってDNA組み換え実験委員会等の倫理審査委員会の審査を経る手続きを行った。動物実験に関する事項は、施設内の「動物実験等の実施に関する基本指針」の基準ならびに文部科学省・厚生労働省・経済産業省の定める細則に従って、定められた基準に適合することを確認し、指針に従って動物実験委員会等の倫理審査委員会の審査を経た。ヒトゲノム・遺伝子解析研究に際しては、「ヒトゲノム遺伝子解析研究に関する倫理指針」、文部科学省・厚生労働省・経済産業省の定める細則に従って、倫理審査委員会の審査を経る手続きも実施した。
3.3研究成果の社会への公開
本研究から得られた成果は、特許申請として知財の是非を施設内で検討し、論文発表を行い、学会発表を実施。また、地域社会とのパイプラインを持つ本学の特徴を生かして、地域医療に参加する医師が主催するシンポジウムやその他の学術・研究会活動、オープンラボ機能との連携を深め、先端医科学の研究成果を直接・間接的に地域社会の医学・医療に展開することを積極的に推進。
4.実験結果
4.1肝臓の癌幹細胞マーカーの同定(図3)6)
骨髄の造血幹細胞の研究と同様に、私達が消化器癌細胞株および新鮮臨床材料を用いて解析すると、CD13分子はでの肝臓癌SP細胞分画で有為に濃縮しており、BrdUとpyronine Y染色解析に於ける弱染色から細胞周期の静止期(GOIG1期)に濃縮していることが示された。臨床上用いられる抗癌剤の代表としてCD13陽性細胞の抗癌剤抵抗性はアドリアシンと5-FUの双方で認められ、ABCG2の阻害で部分的に薬剤感受性の増加、CD13経路の阻害効果は顕著な細胞死を誘導したことから、CD13陽性細胞の抗癌剤抵抗性は部分的にはABCトランスポーターに依存する経路と、詳細は検討中であるが直接関係が明らかでない経路の双方があることが示唆された。蛍光トレーサー試薬DCF-DAを用いて細胞内活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)の定量化を行うと、治療抵抗性癌細胞の細胞内ROSは有意に低く、更にミトコンドリア呼吸活性(Mito-Sox蛍光量)有意に低かった。肝細胞癌のTACE(transcatheter arterial chemoembolization therapy)後の新鮮材料を調べると低酸素領域特異的染色に一致して抵抗性細胞が残存していた。
4.2癌ニッチの環境の検討
抗癌剤抵抗性のCD13陽性細胞の特徴は、他の固形癌としてごく最近報告された乳癌幹細胞の性質と類似している。この報告ではヒト乳癌とマウス乳癌(MMTV-Wnt1;乳癌のモデルマウス)において、癌幹細胞(造腫瘍能を持つ集団)は、非癌幹細胞(造腫瘍能を持たない集団)に比較してROSが明らかに低い状態であり、マウスとヒト癌組織で同様な傾向があることを示した。乳癌ではROSスカベンジャー酵素(Gclm、Gss)の発現量や多くのROS消去酵素の転写活性化に関わるFoxo1遺伝子発現を測定すると上昇がみられた。ROSスカベンジャー酵素の活性化は、肝癌細胞株や新鮮臨床材料と同様であった。緑色蛍光色素(GFP)でラベルした骨髄細胞で移植置換したマウスを用いて、癌ニッチの環境を分子論的に究明している。
5.考察
私達は肝臓癌幹細胞のCD13をSP解析から同定したが、CD13はABCトランスポーターに直接関わるという証拠は今のところ得られていない。私達は治療抵抗性と再発に深く関わる機構を解明するために、1つの例としてSP解析から出発したが、そこで同定されたCD13分子はROS制御を通じて治療抵抗性と関連することが強く示唆された。CD13分子はII型の膜貫通型受容体のアミノペフ゜ダーゼN分子(APN)であり、細胞膜を始めとして、細胞内の小胞体・ゴルジに存在する。APN蛋白質には複数の機能が報告されている:メタロ蛋白質分解能、コロナウイルス結合能、亜鉛結合能、およびN末端アミノ酸の消化能等である。経路解析ではAPNは還元型グルタチオン(GSH)をROSスカベンジャー酵素(Gclm、Gss)とともにグルタミル・サイクルを通じて細胞内チオール環境の維持に関わると示唆される。データ上もCD13は細胞周期静止期強く相関する。増殖期にある肝臓癌細胞はCD90と恐らくはCD133で検出できるようであるが、その関連機構は現在解析中である。癌幹細胞の性質を有する抗癌剤抵抗性細胞の低いROS量の原因としては、低いミトコンドリア呼吸活性(Warburg効果)と共に、ROS代謝経路の活性化による細胞内ROSの消去系が充進していることが考えられる。癌幹細胞における低ROS状態は電離放射線等のDNA損傷により生じるROSの細胞致死効果に対して防護的に働くと予測される。実際に調べてみると、コメットアッセイにより癌幹細胞ではDNA損傷量は有意に低いことが判明し、私達が研究している肝癌の例と先述の乳癌の報告で一致した結果となり、共通した分子基盤としてROS制御が示唆された。
6.まとめ
癌幹細胞と癌ニッチ形成に関して、肝癌を例にとって、蛍光蛋白標識を含むフローサイトメーター(FACS Ariaセルソーター、BD)および蛍光顕微鏡(オールインワン蛍光顕微鏡、キーエンス)の最新技術を駆使することにより、骨髄の造血幹細胞と類似の微小環境が固形腫瘍に於いても重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究の一環として見いだしたCD13分子は肝臓癌の癌幹細胞マーカーとしては世界初の知見である。