2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

薄膜干渉分野における AR コーティングの教材化と普及

実施担当者

茂木 孝浩

所属:群馬県立前橋女子高等学校 教諭

概要

1.研究目的
 ガラス板などにARコーティング(単層/複層)を施した薄膜干渉実験器を教材化し、物理の授業に活用する。教材は定性実験、定量実験に有効利用できるだけでなく、メガネのARコーティングなどと比較することで、物理学の身近な応用と日本の工学技術の高さを実感することができるものとする。


2.研究の背景
 眼鏡レンズやカメラレンズに施されている反射防止膜(ARコーティング)は、高校物理の「光の干渉」を学ぶ際、「ヤングの実験」「回折格子」と同様、重要学習項目として教科書に掲載されている「薄膜干渉※図1」を巧みに応用した技術の一つである。しかし、反射防止膜の教科書における扱いは、コラム的な扱いから全く記載がないものまで千差万別で、しばしば演習問題※図2に取り上げられる程度である。理科の教材カタログにも、ヤングの実験装置や回折格子が多く掲載される一方、薄膜干渉は掲載がなく、シャボン玉の膜の観察を行う定性実験が主流となっている。
昨今、特に眼鏡レンズにおけるコーティング技術の飛躍的向上により、市販のほとんどの眼鏡が反射防止を含む多彩なコーティング処理を施され、販売されている。実際に販売ベースにある技術なので、教材化するのは技術的には難しくないと思われる。
 ARコーティングの教材化に成功すれば、従来はシャボン玉の膜による定性実験のみだった薄膜干渉に定量実験を追加することができ、理解の深化につながる。反射防止膜は演習問題には取り上げられているので、実際に演習問題と同じ状況の教材を観察させることが可能となる。また、生徒の身近な品物(眼鏡)に物理学が応用されているという感銘を与え、また日本の工学技術の高さを実感させることもできる。各自の眼鏡と光の反射の仕方を比べてみるのも面白いと思われる。


3 研究方針
○薄膜干渉実験器の製作
 眼鏡レンズやカメラレンズを扱うメーカーに依頼し、コーティング種別(AR1層/AR2層/UV等)のガラス板見本を製作していただく。原理剥き出しの状態を重視し、加工は最低限にとどめる。
○眼鏡の反射防止膜を用いた定量実験の試行
 個々人の眼鏡レンズに波長の異なる数種類~数十種類の可視光線を当て、その透過率と反射率を測定する。眼鏡レンズ固有の反射率曲線(横軸-波長、縦軸-反射率)を描き、その眼鏡の反射防止膜が何層存在するか、どの波長にピークがあるかを求め、膜の厚みを導く。この実験を授業中の演示実験として実施できるような工夫と改良を行う。
○眼鏡の反射防止膜を用いた簡単な定性実験の考案
 例えば、赤・緑・青の3色のレーザーポインターやLED光源等を用いて、単純なガラスと眼鏡レンズの反射率の違いを実感したり、眼鏡レンズの波長による反射率の違いを実感したり、授業の進行を妨げない「5分実験」の考案を目指したい。市販の眼鏡レンズは白色蛍光灯の反射にはっきり色付きが確認できるので、授業における効果的な「見せ方」「紹介の仕方」を研究したい。


4 試作品の特性
 (株)ニデックに依頼し、5種類の試作品を製作した。試作品の内訳は以下の通り。
Ⅰ.Non-Coat アクリル基材(無印)
Ⅱ.基材Ⅰ+片面5層 AR-Coat(青色シート貼付側がコート面)
Ⅲ.基材Ⅰ+両面 WET-AR-Coat(緑のマーカーあり)
Ⅳ.Non-Coat ガラス基材(無印)
Ⅴ.基材Ⅳ+片面単層 AR-Coat

(注:図/PDFに記載)


5 試作品の定性実験
○直接照明の反射の観察
 蛍光灯等の光を直接照射し、反射した光を観察・撮影した。白色光源下において薄い青色に見える試作品Ⅲの赤色と緑色の反射光(図5)が若干弱く感じられる以外、目立った差異は観察されなかった。

(注:図/PDFに記載)

○間接照明の反射の観察と測光
 室内の照明を消し、太陽光の間接照明とパソコン画面の照明の反射光を観察・撮影した。明るすぎる直接光より明暗が見分けやすく、試作品Ⅱや試作品Ⅴの反射率の低下が目視で観察できた。すばる画像処理ソフト「Makali’i」によるRAW画像のグラフ(図9)からも、RGBの反射率の低下が確認できた。

(注:図/PDFに記載)

 同画像のRGB別のグラフ(図10,11,12)を見ると、試作品Ⅱは全波長域に反射率の低下が確認できた。入射角≠0が原因と推察される。試作品Ⅲは仕様通り、青色の反射率が比較的高い。試作品Ⅴの単層膜も緑色を中心に、反射率の低下が確認できた。

(注:図/PDFに記載)

 現在、単色蛍光灯光源による間接照明の実験を模索している。反射光の光量のコントロールが難しく、現時点で納得のいく撮影には成功していない。


○弱LED照明の反射の観察
光量の小さいLED照明の反射光を観察・撮影した。試作品Ⅰはアクリル基材の表裏両面にほぼ均等に光源の像が見られた(図13)が、緑色の反射率を抑えた試作品Ⅱは表面の反射像がかなり薄く(図14)、単層の試作品Ⅴ(図15)も表裏両面の反射像を比較すると、表面の反射率が低下したことが認識できる。

(注:図/PDFに記載)


6 現時点の結論
○薄膜干渉実験器の製作
 大量生産、統一規格の眼鏡の反射防止膜と異なり、要望を満たすコーティングの蒸着は予想以上に高価な作業となった。特に、枚数による単価の変化が大きく、数枚の試作品製作が事実上不可能だった。今回、作製された試作品の性能の分析はまだ不十分だが、授業の小さな実験に採用できる見通しは立った。今後も更に多くの実験を重ね、最終的な完成形を創造したい。
○眼鏡の反射防止膜を用いた定量実験の試行
○眼鏡の反射防止膜を用いた簡単な定性実験の考案
 薄膜干渉実験器の完成を優先し、この装置の特性に合わせた小さな実験を今後、検討したい。