2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

自由行動下における遺伝子発現の長期リアルタイムモニタリング法の開発

研究責任者

明石 真

所属:山口大学 時間学研究所 時間生物学 教授

概要

1.要旨
組織における遺伝子発現を長期間(数週間)にわたって高い時間分解能で連続測定することは、現状の技術では難しい。例えば、従来の生化学的手法によって実行するには、夜間にも及ぶ一定時間間隔の生体組織の採取を連日にわたって継続しなければならず、加えて、大量の組織サンプルを生化学分析にかけるために要する時間と労力がきわめて大きい。また、このような実験アプローチでは、例えば薬物投与などによる遺伝子発現変化を長期モニタリングする場合には、膨大な数の実験動物の犠牲が必要になる。私たちは、この問題を解決するために、個々のマウスの組織における遺伝子発現の経時変化を、半自由行動下において長期(数週間)にわたり簡易にリアルタイム測定するためのシステム開発を目指した。マウスの体表面に小型の光電子倍増管を直接密着させる単純な方法で測定を試みたところ、最大で3週間に及ぶ時計遺伝子発現リズムの連続測定に成功した。私たちの方法は簡易で安価であり、改良によってさらに測定の成功率が上昇すれば、ハイスループットの測定システムの構築も難しくないため、遺伝子発現に及ぼす薬物スクリーニング等への応用が可能である。

2.序文
個体における生命現象を分子レベルで解明する際には、関与する遺伝子の発現量の変化を測定することが不可欠である。臓器等を採取してRNA やタンパク質を対象とした生化学的な定量解析や、細胞および組織化学的手法による検出など、さまざまなアプローチが存在している。しかし、これらのような従来法には弱点がある。例えば、2日間に渡って遺伝子発現の連続変化を生化学的に観察したい場合、以下のような大掛かりな実験が必要になる。3時間ごとに組織採取を行う場合は、16回におよぶ組織採取を48時間にわたって行う必要があり、各時間に3匹ずつマウスを使うならば合計で48匹が必要になる。夜中にも及ぶ組織採取を終了した後、回収した大量の組織を1つずつホモジナイズにより粉砕し、RNA を精製してリアルタイム PCR を行ったり、抽出タンパク質をウエスタンブロッティングで解析したりすることで、ようやく結果を得ることができる。残念なことに、途中経過観察から判断して、実験条件を急遽変更するような柔軟な対応は望めない。このような従来の実験法を用いて、コントロール群と薬剤処理群を比較するような実験を行う場合はさらに困難を極める。例えば、コントロールに加えて薬剤を2種類試す場合は、48匹の3倍の頭数で実験を行う必要がある。したがって、時間分解能を上げるために細かな時間間隔で組織採取を行うのは非現実的であり、組織採取期間が一週間にも渡る場合は研究室総出で取り組む必要がある。
インビボイメージングシステムを導入することで、上記の問題のいくつかは解決する。目的の遺伝子が発現すると発光を放つ遺伝子改変マウスを麻酔で眠らせて、高感度カメラで撮影することにより遺伝子発現を光シグナルとして検出できる。これにより、動物の犠牲も大幅に減らすことができる。上記の例の場合では48匹が必要だった実験が、わずかに3匹で実験ができる。抽出や定量が必要ないのでランニングコストもお幅に減らすことができる。リアルタイムで実験結果が得られるという利点もある。興味深いのは、従来の生化学的手法では安楽死させたマウスの平均的な変化を捉えることしか出来なかったが、この測定系では個々のマウスを生かしたまま経時変化を観察できるため、個体差の検出が可能である。しかし、この方法でも高い時間分解能で長期測定を行うには限界がある。数時間ごとに実験者がマウスに麻酔をかけたまま撮影しなければならないので、撮影間隔を狭めて時間分解能をあげることは難しい。度重なる麻酔が動物に及ぼす影響は無視できない。測定期間が2日間や3日間に及んでくると、生化学実験ほどではないが、度重なる夜間測定が実験者に負担が大きいことに変わりはない。したがって、例えば、遺伝子発現の日内変動パターンを一週間にわたって変化を調べるような実験では、インビボイメージング法によってもなお問題を解決できないのである。
本研究では、概日時計(約 24 時間周期の体内時計)の分子的本体である時計遺伝子の発現をマーカーとして技術開発を行った。時計遺伝子の自律的発現リズムこそが概日時計の本体機構であり、概日時計の評価には時計遺伝子の発現リズムを観察するのが定石である。ただし、本研究が目的とするように、時計遺伝子プロモーター制御下で発現するルシフェラーゼを標的とした発現モニタリング法はすでに報告がある。まず、光ファイバーをマウスの脳内に挿入して、視交叉上核(概日時計中枢)からの発光を測定する極めて挑戦的な方法が発表されている。しかしながら、手術が難しいだけでなく、脳組織の大きな部分を破壊するために侵襲性が高く、長期の測定に耐えうるのか不明である。一方、ごく最近、高感度カメラや PMT を用いた方法が報告されている。この方法では多くの問題を解決することができており、肝臓の時計遺伝子発現の 10 日間のモニタリングに成功している。しかしながら、高価で大掛かりな装置が必要であるため、高スループットの実験を実施するのは困難である。そのため、本研究ではスループットの向上が可能な方法を開発することを目的として研究を進めた。

3.結果
本研究では、動物組織における遺伝子発現の長期リアルタイム測定法を確立するために、Period2 にルシフェラーゼを融合したタンパク質が発現するマウスを使用した。時計遺伝子の自 律的発現こそが概日時計の本体である。本開発の ゴールとして、私たちは、自由行動に近い状態の マウスにおいて、この発現リズムの長期データを 得ることを目指した。概日時計は細胞自律的なシ ステムであるので、ほとんどの細胞種において時 計遺伝子の発現リズムを刻んでいる。したがって、どの臓器を対象としても測定可能であるが、本実験ではまず最も強いシグナルが検出できる肝臓 を標的として開発することにした。
最初のトライとして、フォトンの侵入を防ぐことができる暗箱内で、マウスを自由行動可能な条件下で飼育し、高感度カメラによる視野全体のリアルタイム連続撮影を試みた。浸透圧ポンプをマウス皮下あるいは腹腔に埋め込むことで、一定期間継続的にルシフェリンを供給することができる。しかしながら、マウスが視野の中を盛んに動き回る為に、微弱発光の積算時間を長く設定することができず、信頼性の高い十分なシグナルを得ることが難しかった。加えて、マウスとカメラの直線距離などが頻繁に変化して検出値に大きなゆらぎが生じることでデータの信頼性がさらに低下した。画像からシグナルを定量化する作業も膨大である。そして、マウス1匹に測定のために、大型の高感度カメラが設置された測定システムが1台必要になるため、私たちの到達目標である「高スループット化」の実現が難しい。例えば、多種類の薬剤を用いて遺伝子発現に及ぼす影響を比較するような実験にこの測定系は適さない。次に、私たちはまず、マウスの体内に光ファイ
バーを挿入する方法を試みた。マウスをイソフル ランの麻酔下で開腹後、肝臓に光ファイバーを差 し込んだ。生体ボンドでファイバーと肝臓を固定 した後に、筋膜および皮膚を縫合した。長期の測 定中にファイバーが抜けてしまわないように、フ ァイバーをしっかり固定した。マウスの水と餌へ のアクセスは自由である。マウスはフォトンカウ ティング仕様の暗箱の中で飼育され、ファイバー を伝わってくる発光シグナルを PMT で検出して、2 時間のシグナルを積算してデータとしている。
以上の測定系によって、約 24 時間周期の発光リズムを検出することに成功した。PER2 タンパク質の発現量は ZT15-18 で最大となることが既に報告されているが、今回の発光リズムの位相と矛盾しない。コサインカーブフィッティングにより頂点時刻を算出したところ、位相が安定に推移していることが確認できた。このように、光ファイバーを用いて肝臓における時計タンパク質 PER2 の発現量をリアルタイムでモニタリングすることに成功したが、現時点ではいくつかの大きな問題点がある。まず、臓器へファイバーを直接挿入しているために侵襲性は高いと言わざるを得ない。さらに、手術は難しくはないが、1時間程度の時間を要してしまうため、多くのマウスで測定を実施するにはそれなりの労力と時間を要する。それにもかかわらず、本手法による発光リズムの検出の成功率は2割程度と低かった。しかも、概日振動を検出できる期間が数日である場合が多く、最大でも7日間程度であるため、実験処置による位相変化を見る場合には測定期間が十分ではない。今後実験系が改善されて測定の成功率が上昇することは考えられるが、それでも私たちが目指すハイスループットなシステムには合致しないと考えた。
そこで私たちは別の方法を考案することにし た。インビボイメージングによるこのマウスの背 面画像によると、肝臓のシグナルを拾うことはで きず、かわりに腎臓からの強い発光シグナルを得ることが可能であった。したがって、私たちは、マウスの腎臓近辺の体表面に小型の PMT を直接 あて、発光シグナルを連続検出することにした。小型 PMT の重量は 10G 程度であるため、庫内の 天井より PMT を吊るすことでマウスにのしかか る重量負担を減らした。マウスにジャケットを着 せて PMT を固定しているため、マウスの行動範 囲は制限されるが、餌と水へのアクセスは自由に 可能である。ルシフェリンの供給方法については、発光量の増強と測定期間の延長を優先してシリ ンジポンプによる皮下への継続投与に変更した。この測定法の実験操作は、カテーテルの皮下への挿入手術の後に、マウスにジャケットを着せて PMT を接続するのみであり、極めて簡便に遺伝子発現をモニタリングすることできる。そのような実験系を導入することによって、明瞭な発光シグナル強度の概日リズムを検出できた。光ファイバーのデータと同様に、過去の生化学実験で明らかになっているPER2 タンパク質の発現リズム位相と合致する。頂点時刻を算出して位相の経時変化を調べると、定常招待では一定の周期長を維持している様子がわかる。測定の成功率はファイバーよりもずっと高く、現状では5割以上のマウスで一週間程度の測定が可能であり、最長で6週間以上におよぶ測定に成功した。長期測定の高い成功率の実現には今後も改良が必要ではあるが、ハイスループットな測定系の実現にもっとも近い測定系であると考えている。

4.考察
従来ルーチンで行われてきた動物の組織における遺伝子発現測定では、遺伝子発現を高い時間分解能で長期間にわたってモニタリングを続けることは困難である。私たちが知る限り、このような測定をハイスループットで可能にした手法は今のところ存在していない。本研究ではその実現のために、光電子増倍管をマウスの体に密着することで、半自由行動下において、遺伝子発現をリアルタイム長期測定するシステムを構築した。操作が極めて簡便であり、手術により侵襲性が低く、また麻酔による影響も排除することができ、さらに数時間ごとに測定者が夜中に研究室にやってくる必要もなくなる。今後の課題はノイズをさらに下げることや、測定の成功率を上げるためにシステム全体の最適化が課題である。この装置は小型で安価であるため、測定ユニットの量産化が容易に可能である。したがって、スループット性の向上を目指したシステムの拡大に適している。発光や蛍光の強度をあげたり、組織特異的なプロモーターを利用したりすることで、アプリケーションが広がる。
私たちの実験法が改良および確立されて実用化されれば、医学生物学研究のさまざまな場面で貢献できる。例えば、ある遺伝子が胎児発生のどの時期に活性化するのか調べる際に、本手法を導入することで生きたままの妊娠マウスで容易に調べることができるかもしれない。また、ストレスなどの環境刺激を受けた際に標的遺伝子がどのように応答するのか調べるために、長期間に及んでリアルタイムモニターし続けることが可能になる。そして、薬剤開発には大いに利点が発揮される。薬物投与による標的遺伝子発現の経時変化を長期モニタリングする必要がある場合、本来ならば膨大な数のマウスで実験をプランしなければならないが、本手法では簡易にデータを得ることができる。 しかも、スループット性にすぐれているので、同時に多種類の薬剤の効果を見ることも可能である。さらに、本手法は概日リズム研究の発展に大きく貢献する可能性がある。概日リズムの研究では遺伝子発現の日内変動を観察する必要がある。また、刺激などによる時計遺伝子発現リズムの位相変化を調べるためには、24 時間周期の発現リズムを数日間にわたって観察し続ける必要がある。このような実験では、私たちのシステムが大きく貢献するはずである。