2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

自律型サッカーロボットの製作と研究

実施担当者

羽生 禎伸

所属:福岡県立宗像高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 「ロボカップ」という科学プロジェクトをご存じだろうか。ロボカップとはヒューマノイドのサッカーロボットのチームを作り、2050年までにサッカーワールドカップの優勝チームと試合をして、これに勝利することを目標として始まった科学プロジェクトである。ロボカップではサッカー以外にも人命救助活動を競技化した「レスキューリーグ」やロボットと人間の共存を日指す「@ホームリーグ」などのほか、次世代の研究者養成を目的とした「ロボカップジュニアリーグ」など、様々なロボットコンテストが行われている。
 本校電気物理部は、このロボカップジュニアのサッカー競技に平成17年から参加しており、平成27年度までに7回の全国大会出場と、4回の世界大会出場を果たしてきた。しかし、普通科高校の部活動であるため、生徒自ら新しい技術の開発をするような環境を準備することは難しく、先輩や他のチームからの情報に基づくロボットの製作を中心に行ってきた。今回、中谷医エ計測技術振興財団の助成を受ける機会を得、生徒の自発的かつ探究的な活動によるロボットの要素技術の開発を行うことができた。生徒がどのような問題をどのような方法によって解決していったか、そして、部活動としてどのような成果を上げることができたかについて報告する。


2 生徒による技術開発
2-1 画像情報の取得に関する研究
 ロボカップジュニアのサッカー競技では赤外線を発する特殊なボールが使用される。ロボットはこのボールが発する赤外線を検知することによって、ボールがどの方向にあるか判断することができる。しかし、2017年夏の世界大会以降は公式ボールが変更され、オレンジ色の普通のボールが採用されることになった。つまり、ロボットはオレンジ色のボールを認識して自分自身の動きを判断することができるように作らねばならず、例えば、オレンジ色のものをボールとして認識するとか、球形のものをボールとして認識するようなシステムを開発しなければならない。生徒はこの問題をロボットにカメラを搭載することで解決しようと考えたが、以下のような問題点があった。
①現在使用しているロボットの制御用マイコンの能力では画像処理をしつつロボットを制御することは難しい。
②ロボットの制御用マイコンは多少性能が劣っていても、動作が安定しているものや、使用に関するノウハウの蓄積が多いものを使用したい。
 そこで、生徒が考えた解決策は「カメラを制御するためだけの超小型マイコンを準備し、このマイコンからロボットの制御用マイコンが信号を受け取り、間接的に画像情報を処理する」というものであった。マイコンによるカメラの制御は普通科の高校生には荷が重いかと思われたが、インターネット上の情報などを集めることにより、プログラム部分は比較的短時間で完成させることができた。カメラを搭載したロボットを写真2に示す。
 しかし、完成したシステムではロボット前方のボールしか認識することができない。できれば360゜の視野を持つカメラを準備したいところである。ルールでは、140゜以上の視野を持つ市販のカメラや光学系は使用できないことになっており、来年度に向けて光学系を自作するための研究を進めている。現在はロボットに鏡やプリズムを搭載し、スマートフォン用の魚眼レンズと併用することで広い視野を確保する研究を行っており、270゜程度まで視野を拡張することに成功している。新ルール適用までに360゜の視野を手に入れることと実際にロボットに搭載して運用実験を行うことが現在の目標である。

2-2 方位情報の取得に関する研究
 多くのサッカーロボットは自身の向きを知ることにより、ボールをどちら向きに運べばよいかを判断している。そのために搭載されるのが方位センサであるが、ロボカップジュニアのサッカー競技では地磁気を用いて方位を調べる磁気コンパスセンサを利用するのが主流であった。しかし、競技フィールド上の磁場が一様でないときや、近くを電力線が通っていたりして磁場が一定でない場合などは、正確な方位を計測することができず、使い勝手が悪かった。そこで生徒はジャイロセンサを用いて方位を調べることができないかと考え、相談に来た。ジャイロセンサとは角速度を出力するセンサのことで、この角速度を積分することにより、角度を知ることができる。しかし、積分誤差が蓄積されるため、ジャイロセンサ単独で方位センサにすることはできず、一般的には地磁気などによって方位を較正しながら運用される。今回の場合、その地磁気が信用できないという話なので、生徒にはロボカップジュニアでは使用できないだろうという説明をした。しかし、それでもチャレンジしたいと熱望するので実験を許可したところ、生徒は蓄積される誤差がほぼ時間に比例していること、そしてその比例定数は徐々に変化するものの、数分間であればほぼ一定と見なすことができることを発見した。そこで、生徒は積分誤差を打ち消す値を可変抵抗で調整できるように回路を設計し、ロボットの向きの経時変化を観察して、可変抵抗を
直感的に操作することより、試合時間程度ならロボットの向きを一定に保つことに成功した。このジャイロセンサは現在量産体制に入っており、本校のロボット全てに装備されている。対戦相手から仕組みや回路についての質問を受けることも少なくない。今年度確立した重要な要素技術である。

2-3 タイヤに関する研究
 一般に車両タイプのサッカーロボットは全方向移動機能を備えていることが多い。通常の自動車を運転してボールを追いかける競技に出場することを想像してもらうと解りやすいが、自動車の真横にあるボールを追いかけようとすると、一度バックしてハンドルを切り替えし、再び前進して...というような複雑かつ時間のかかる動作が必要である。もしも、前後はもちろん、左右にも自由に動ける機能があれば単純に真横に動いてボールを追うことができる。これを実現するために、他の多くのチームもそうであるように本校のロボットにはオムニホイールというタイヤが搭載されている(写真4上)。このタイヤにはタイヤの接線方向の軸を持つ小さなローラーが多数ついており、ロボットはオムニホイールを3個または4個同時に駆動することで、全方位移動を実現している。このオムニホイールは特殊な部品であるため、ルールに適合するサイズの既製品は種類が限られ、さらに、ギアドモーターとの接続も考慮すると、選択肢は1つか2つになるのが通常である。自作しようにも形状が複雑であるため、NCフライスや3Dプリンタなど高価な工作機械を所有していない普通科高校では現実的に自作は不可能に近い。もちろん、選択肢がないのではなく、少ないだけなので、選択したタイヤを装備してロボットを製作すればいいのだが、大きな問題が残される。
 ロボカップジュニアのサッカー競技では、公式フィールドの床材が指定されておらず、競技会場によって全く異なる材質の床で競技が行われる。世界大会に出場すると、これまでに見たことのない床材が使用されていることがほとんどで、タイヤがすべったり、細かい繊維が絡まったりして自由に動けなくなるロボットが続出することもしばしばである。したがって、床材に合わせて複数のタイヤを使い分けられるようにすることが望まれる。そこで、生徒はオムニホイールのローラー部分だけを自作することを考えた。ローラー部分の断面は真円でなければならないので、完全な自作は難しいが、形状が単純なので、ワッシャーやチューブなど既成品を加工することで自作が可能である。生徒は材質やサイズだけでなく、入手性やコストなども念頭に置いていろいろな部品を組み合わせてはローラーを製作し、記録タイマーによって運動を記録してその性能を評価した。実験は現在進行中だが、「凹凸がなく既製品より堅いシリコン製ローラー」「凹凸のあるシリコン製ローラー」「プラスチック製ギアからなるローラー」の3種類のローラーを製作し(写真4下)、それぞれの評価実験を行っている。今後は複数の素材を組み合わせたローラーの評価に向けて実験計画を立てる予定である。


3 活動記録と成果
3-1 5月文化祭
 例年文化祭では、教室一つを会場として使用し、自分たちの日頃の活動を紹介することや、来場していただいた人に楽しんでいただくことなどを目標にロボット技術を応用したゲームを製作して展示を行っている。今年度はそれに加えて、1年生はジャイロセンサを用いて同じ方向を向き続けるロボットを製作したほか、2年生はカメラを用いて画像処理を行う簡単なロボットを製作して展示した。このロボットは4輪の車両型ロボットで、周りに赤色のものがあると、その方向を向くようその場で回転するようにできている。これらのロボットの製作を通して、ジャイロセンサの調整のしやすさに関する情報や、カメラの制御に関する基礎的な知識を得ることができた。

3-2 6月ロボカップ2016ライプツィヒ(世界大会)
 ドイツで行われた世界大会にはライトウェイトリーグに1チームが出場し、22チーム中7位とまずまずの成績を残すことができた。開発中のカメラシステムは重量の関係でロボットに搭載することはできなかったが、試合に出場するロボットとは別にカメラでボールを認識するサッカーロボットをもう一台製作し(写真5)、会場に持ち込むことができた。会場では来年度から採用される予定のボールが準備されていたため、このロボットを用いて実際のボールを追いかけることができるかどうか、カメラシステムの検証をすることができた。結果は良好で、来年度に向けて貴重なデータを収集することができた。

3-3 11月~2月高文連総合文化祭、九州高等学校生徒理科研究発表大会
 本校電気物理部ではサッカーロボットの研究活動の他に物理の研究を行って高文連の総合文化祭などで発表をするという活動を行っている。今年は「積み木の倒れ方に関する研究」という題目で「1列に真っ直ぐ積み上げた積み木を静かに倒すとき、倒れる向きとは逆向きにちょうど中央部分から折れるようにして倒れていく」という現象について研究を行った。この研究を進めていく際に、生徒は倒れていく積み木の運動を画像処理によって調べることを思いついた。初めは、動画で積み木の運動を録画した後にスクリーンに映し出し、スクリーン上で分度器を用いて角度の変化を計測していくという、非常に手間と時間のかかる実験を行っていた。しかし、カメラの制御技術を研究しているチームを中心に、積み木の角度の変化をリアルタイムで計測するシステムを作り上げ、大量のデータを短期間に取得することができた。この研究は、数値計算によるシミュレーションの手法や画像処理技術による計測のユニークさが評価され、第31回福岡県高等学校総合文化祭自然科学部門ポスター発表部門で最優秀賞を受賞し、平成29年度の夏に宮城県で開催される第41回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として出場することが決定した。また、今年1月福岡県で開催された平成28年度九州高等学校生徒理科研究発表大会の研究発表物理部門でも最優秀賞を受賞した。

3-4 12月、1月ロボカップ福岡ノード大会、九州ブロック大会
 来年夏のロボカップ2017世界大会につながる福岡ノード大会ではオープンリーグに1チーム、ライトウェイトリーグに1チームが出場し、どちらも1位。福岡代表として出場した九州ブロック大会でも両リーグとも1位となった。この結果3月25、26日に岐阜県で開催されるロボカップジュニアジャパンオープン2017ぎふ・中津川(全国大会)への出場権を得た。今回の大会では全ロボットがジャイロセンサを搭載したため、周りの磁場に影響されない安定した姿勢制御を行うことができた。また、オープンリーグに出場したロボットには画像処理システムを搭載し、ゴール色を認識してゴールに向かってシュートを放つようロボットを製作した。ジャイロセンサによる姿勢制御とゴール認識の相乗効果で得点力は大幅に向上し、他のチームを圧倒することができた。
 残念ながら全国大会の結果をここで報告することはできないが、いろいろな床材に対処できるよう、ロボットにいろいろなタイヤが装備できるように改良し、世界大会の出場目を指して万全の体制で臨む予定である。


4 まとめ
 自由に試行錯誤のできる環境を提供することによって、生徒はより自発的なロボットの製作活動をすることができた。生徒は互いに競い合い、情報を交換することで、技術的な間題についてはほぼ自分たちだけで解決していけるように成長した。また、獲得した技術を後輩に伝える方法にも創意工夫が見られるなど、技術そのものだけでなく、その開発に必要な心構えや志も先輩から後輩へと引き継がれていくようだ。これからもこのような活動が継続していくよう、持続的な取り組みをしていくことが今後の課題である。
 また、今年度は来年度以降のロボット製作においても必須となる要重な要素技術をいくつも開発することができた。今後これらの技術を検証し、さらに進化させるとともに、全国大会などを通じて広く技術情報を公開することで、ロボカップジュニアの活動を通じて、日本の中・高校生の科学技術教育水準の向上に寄与していきたい。