2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

臨床応用に向けたがん細胞薬剤排出スクリーニングチップの開発

研究責任者

鈴木 宏明

所属:中央大学 理工学部 精密機械工学科 准教授

概要

1.はじめに
細胞は、様々な物質をその細胞膜の内外に出入りさせる。そのメカニズムとしては、受動拡散、膜たんぱく質を介した物質特異的な受動および能動輸送、またベシクルを介したエンド・エキソサイトーシスがあり、脂溶性のものから水溶性のもの、小分子から生体高分子や細胞といった大きなものまで、実に様々な物質が運ばれる。膜輸送は様々な生理活性において重要であるため、それを計測する手法の開発は、生物学的基礎科学から臨床応用まで広い範囲での貢献が見込まれる。
糖やアミノ酸などの生理活性物質を細胞内外 に輸送する膜タンパク質の代表的なものにトラ ンスポーターがある。トランスポーターは薬剤の排出にも関わることから薬物動態に影響を与え る。なかでも臨床の上で重要な膜輸送現象として、がん細胞に発現した ABC(ATP-Binding Cassette) トランスポーターによる抗がん剤の排出が挙げ られる 1)~4)。この薬剤輸送は、がん細胞が構造や作用機序が異なる抗がん剤に対して耐性を示す 多剤耐性を誘導し、抗がん剤治療が奏効しない主要な因子であると考えられている。ABC トランスポーターは細胞膜上に発現し、ATP の加水分解エネルギーを利用して生理活性物質や薬剤を細 胞内から細胞外へ排出する膜輸送タンパク質である 5)。ヒトで多剤耐性遺伝子 MDR1/ABCB1 にコードされているトランスポーターはP 糖タンパク質と呼ばれ、腎臓や副腎などの正常細胞で発現し、生体にとって有害な物質を細胞外に排出して生体防御に関わる。一方で、がん細胞で過剰発現していることが確認されており、それによって抗がん剤が細胞外に排出されて細胞内の蓄積が低下するためにがん細胞は耐性を獲得する。MDR1 の基質特異性は多岐にわたり、アントラサイクリン系、ビンカアルカロイド、タキサン系など多様な構造の抗がん剤の耐性に関与する 6)。
ABC トランスポーターの輸送活性を定量する方法として、トランスポーターを発現させた細胞や再構成させた膜小胞に輸送基質(蛍光・RI 標識薬剤)を取込ませ、種々の分析方法(シンチレーションカウンター、蛍光プレートリーダーやフローサイトメトリー)により定量する方法がある 7),
8)。しかし、これらはエンドポイントアッセイであり、輸送のダイナミクスを追うことは難しい。細胞膜を介した輸送活性を直接定量するには、トランスポーターを頂端膜側にのみ発現し、タイトな 閉鎖結合を有する上皮系培養細胞をトランスウェル・デバイスのメンブレン上に単層でコンフルエントに培養し、頂端側または基底側に薬剤を添加して、細胞層を介して透過した薬剤の量を測定する方法がある。これらの方法は、主に特定のトランスポーターに対する薬剤のスクリーニングに広く使われているが、多くの細胞集団のバルク測定であり、細胞集団での挙動の平均化された機能しか測定しえない。
細胞は同じ組織由来であっても、DNA、RNA、タンパク質などの発現は均一ではなく、特にがん細胞は不均一性をもった細胞の集団であることが薬剤などの効果に影響を与え、治療の障壁となることも予想されている 9)~11)。よって、細胞の機能解析や臨床診断に用いるデバイスでは 1 細胞レベルで生体分子の発現や活性を測定可能であることが将来的に求められる。加えて、患者から採取した細胞で測定するのであれば、患者の負担を最小限とするために、使用する細胞サンプルをできる限り少なくする必要がある。
近年、微細加工技術を用いて、細胞生物学における遺伝子やタンパク質の機能解析、臨床診断に活用するデバイスの開発が進み、1 細胞レベルでの検査や解析が可能となってきている 12)~14)。これまでに、トランスポーターの輸送活性を計測するデバイスがいくつか報告されている。トランスポーターの基質はイオンチャネルの基質とは異なり、電荷を持たない分子でありフラックスも小さいことが多いため、検出の原理はトランスポーターを介して排出された分子やその代謝物の顕微鏡による蛍光検出である。輸送された基質を微小な閉空間に蓄積させれば、短時間で高濃度に達するため、高感度な検出が達成される。
非接着系の細胞の輸送活性を 1 細胞レベルで計測する方法として、マイクロチャンバーやマイクロ流路にトラップした細胞を直接蛍光観察する方法がある。飯野ら 15)はフェムトリットルスケールのチャンバーや液滴のアレイに大腸菌を蛍光源基質と共に閉じ込め、β-galactosidase で分解されて蛍光を発する基質が細胞の内外のどこに局在するかを調べることで、薬剤耐性菌をスクリーニングする方法を報告した。また、Li ら 16)はヒト白血球細胞株の CEM 細胞をマイクロ流路チップ内に一細胞保持し、蛍光を発する抗がん剤が細胞内から排出および細胞内に蓄積する様子を経時的に蛍光イメージングする方法を報告した。
また、生体膜を部分的に取り出して、トランスポーター1 分子レベルで膜輸送を測定する試みも行われている。例として、赤血球膜を均一孔径のポリカーボネート膜に密着させ、ストレプトリジン O 処理であけた孔を介した受動輸送を計測した報告、アフリカツメガエル卵母細胞の核膜をマイクロチャンバーに接着させて、核膜孔を通じた輸送を計測した報告などがある 17)。さらには、脂質分子から形成した人工膜に膜たんぱく質を再構成し、その活性を検出する方法も報告されている 18)~21) 。
がんの薬物療法においては、がん細胞の耐性獲得や個々の患者の遺伝子多型に起因する、抗がん剤による治療効果や副作用発現の個人差が存在する。バイオプシーなどによってがん患者から採取した細胞を用いて、トランスポーターの輸送活性を検出する臨床診断デバイスを開発すれば、薬剤の効果や副作用発現を予測し、個々の患者に適した抗がん剤の選択に寄与できる。その際に、マイクロ構造を活用すれば、細胞膜上のトランスポーターを介した物質輸送を1細胞レベルで迅速かつ簡便に検出することができる可能性がある。ここで、がんの大半を占める固形がんは接着細胞で構成されていることから、接着細胞の輸送活性を生理的に近い条件下で測定する実験系が求められる。しかし、これまでにインタクトな接着細胞での膜タンパク質で実際に薬物輸送を測定したとの報告はない。
そこで本研究では、接着系の培養細胞がチャンバーを覆うように密着して形成される閉空間に、トランスポーターによって細胞内から排出された薬剤を蓄積させ、輸送活性を検出するマイクロチャンバーデバイスを構築することを目指した。マイクロチャンバーの構造として、構造が簡単で集積化が容易な、デバイス面に円筒形状のチャンバーが垂直に並んだ縦型チャンバー、および、輸送活性の高感度検出を目指し、蛍光観察時に細胞とチャンバーを分離可能な横型チャンバーの 2 種類を製作し、実験手順の確立と性能評価を行った。 最終的に、構築したチャンバーデバイスを用い、MDR1 を強制発現させた培養細胞に対し、蛍光ラベルした抗がん剤の輸送活性の計測を行った。

2.マイクロチャンバーのデザイン
Fig. 1 に、本研究で作製した縦型および横型マイクロチャンバーデバイスの構造を示した。縦型マイクロチャンバー(Fig. 1a)では、デバイスの表面に対して垂直に円筒形のくぼみが多数形成されている。チャンバーデバイスの表面は、細胞接着のための細胞外マトリックスであらかじめ処理しておく。トリプシン処理により浮遊状態にした細胞をデバイス上に導入すると、細胞が沈降するが、チャンバーの大きさは細胞より小さく設計してあるため、チャンバー上面に留まる。インキュベーションをすると、細胞が広がって細胞外マトリックス上に接着し、チャンバーを覆うようにして閉空間を形成する。細胞からチャンバー面方向に排出された物質(輸送基質)はチャンバー内に留まり、蛍光観察で検出される。この縦型チャンバーは、デバイスの製造が容易、多数のチャンバーの集積化が可能、実験手順が簡便という利点がある。
一方、縦型チャンバーは、チャンバーと細胞が垂直方向に重なっているため、通常の倒立型顕微鏡では両方が同時に視野に入ってしまうという欠点がある。これは共焦点顕微鏡で z 方向に画像を分離することで解決可能であるが、臨床目的では、より安価な顕微鏡設備で利用可能なデバイスの開発が望まれる。そこで、我々は、流路の側面に突出したくぼみを持つ横型チャンバーを設計・製造し、膜輸送活性計測へのテストを行った。流路に浮遊細胞懸濁液を導入し、デバイスを縦に置いた状態でインキュベーションすることで、細胞が流路の側面に沈下してチャンバーを覆うように付着する。デバイスを水平に戻して倒立型顕微鏡で観察すると、Fig. 1(b)に示したように細胞を側面から観察すると同時に、観察平面内に細胞とチャンバーが重ならないため、チャンバー内に蓄積した輸送基質を S/N 比よく検出できる。

Fig. 1 Conceptual diagram of cell adhesion over the microwell device. (a) Cell adhesion to vertical microwell device. (b) Cell adhesion to the horizontal microwell device.

3.実験材料と方法
3.1 マイクロチャンバーの作製
マイクロチャンバーデバイスは、高透明シリコーンゴム(PDMS)を用いた標準的なソフトリソグラフィ法により作製した。具体的には、ネガ型フォトレジストの SU-8(マイクロケム)によりシリコンウエハ上に鋳型を作製しした。この鋳型に硬化剤と混合した未硬化の樹脂を流し込み、硬化後に剥がすことでマイクロチャンバーデバイスを得た。Fig. 1(b)の縦型チャンバーデバイスは、流路と側方チャンバーを設けた PDMS シートに対し、別の PDMS シートを接着して使用した。

3.2 細胞培養
Human cervical carcinoma cell line HeLa は JCRBから入手した。 細胞は 10% ウシ胎児血清と 50
U/ml ペニシリン/ストレプトマイシン(P/S)を添加した DMEM で 37℃、 5% CO2 下で培養した。マイクロチャンバーの実験で使用する際には、ディッシュ中の細胞を 0.25% トリプシン-EDTA 溶液で培養皿からはがし、緩衝液(basal salt solution,BSS)に懸濁した。細胞濃度が 3.0 × 107 cell/ml になるように調製し、マイクロチャンバーデバイスに播種した。この細胞濃度は、細胞溶液をデバイスに入れ、約 90 分のインキュベーション後にコンフルエントになるように決定した。

3.3 トランスフェクション
24 時間、P/S 不含の培地を入れたプラスチックペトリディッシュで培養し、60-80%コンフルエントになった HeLa 細胞はリポフェクタミン LTX を用いて ABC トランスポータータンパク質MDR1 を発現させるプラスミドをトランスフェクションした。GFP-tagged MDR1/ABCB1 のプラスミドベクターは ORIGENE から購入した。プラスミド DNA 、トランスフェクション試薬とOpti-MEM1 Medium の混合溶液を細胞に添加し、24-48 時間培養した。マイクロチャンバー実験の際には、上記と同じ方法で細胞の懸濁液を調製した。

3.4 顕微鏡観察
マイクロチャンバーデバイスに播種された細胞、および GFP や蛍光マーカーは、倒立型のエピ蛍光顕微鏡または共焦点レーザースキャン顕微鏡を用いてイメージングした。取得した蛍光画像の輝度解析は ImageJ (National Institutes of Health) を用いて行った。

3.5 細胞染色
細胞の接着状態を確認する実験においては、細胞膜および核を染色した細胞のイメージングを行った。マイクロチャンバーデバイスに接着させた HaLa 細胞は、細胞核を染色するために 0.5μg/mL ヘキスト、細胞膜を染色するために 10μg/mL DiI で 37℃、20 分間インキュベートし、BSS で wash 後に共焦点レーザースキャン顕微鏡で蛍光観察した。

3.6 実験手順
マイクロチャンバーデバイスを使った、接着性細胞から排出される薬剤の計測手順を Fig. 2 に示した。まず、トリプシンで遊離させた細胞懸濁液をマクロチャンバー上に播種する。ここで、マイクロチャンバーの上面に細胞が沈降するが、チャンバーの直径は細胞の典型的なそれよりも小さいので、チャンバーの内部に落ち込まず、上に乗った状態になる(Fig. 2 Step 1)。また、このバッファには、 蛍光標識したデキストランを添加しておく。この状態で、37℃で 90 分インキュベーションすると、細胞がチャンバーを覆った状態に広がって接着する(Fig. 2 Step 2)。その際、細胞で密閉された閉空間には蛍光デキストランが保持されるため、輸送活性を計測可能なチャンバーをスクリーニングするためのマーカーとして使用した。細胞上の溶液を、蛍光標識した抗がん剤を含むバッファに交換し、10 分間インキュベーションする(Fig. 2 Step 3)。このプロセスで、細胞の上側に導入された抗がん剤は、細胞内に受動的に侵入して蓄積する。最後に BSS で洗浄して余剰の抗がん剤を取り除き、蛍光イメージングを行う(Fig. 2 Step 4)。トランスポーターが発現した細胞(GFP 蛍光より確認できる)より蛍光タグ薬剤が排出されて密閉空間に蓄積すると、チャンバー内の蛍光輝度が経時的に上昇する。
本実験系では、3 種類の蛍光物質を使用した。
MDR1 の発現マーカーとしての GFP、チャンバーの密閉性を確認するマーカーとしての蛍光デキストラン、また蛍光標識した抗がん剤である。GFP は一般的な B 励起を用い、また蛍光標識抗がん剤は BODIPY 564/570 と共役したパクリタキセル(100 μM)を用い、これは G 励起で観察を行った。この 2 つの蛍光物質と識別するため、蛍光デキストランはCascade Blue と共役したもの (MW 3,000 or 10,000)を選択し 4 μM 添加して、UV 励起によ

Fig. 2 Experimental procedure. (1) Suspended cells in dextran solution are seeded on the microchamber device. (2) Cells adhere to form a confluent layer over the microchambers. (3) Buffer
above the cells is washed and the sealing of chambers was confirmed by fluorescent imaging. (4) Drug is introduced, and incorporated into cells during incubation. (5) After the second washing, the drug transported into
microchambers is measured by fluorescent imaging.

り観察を行った。この方法により、MDR1 を発現しており、かつ密閉空間を形成した個所を事前にスポットして、チャンバー内に抗がん剤が蓄積する時間的変化をとらえることが可能となった。

4.縦型マイクロチャンバーの実験結果
4.1 細胞の接着状態の確認
マイクロチャンバーデバイスに播種した HeLa 細胞の接着と形態を観察した。トリプシンで培養皿からはがして濃度3.0 x 107 cell/ml に調製した細胞溶液を 500 μL デバイスに播種した。浮遊状態の細胞は直径 15-20 μm の球状であり、沈降してチャンバー上面に到達した際に、直径 15 μm のマイクロチャンバー内部に落下しなかった。90 分間のインキュベーション後に撮影した微分干渉像を Fig.
3A に示す。細胞はデバイス上に広がって接着し、コンフルエントになっていることが確認できる。この時、マイクロチャンバーがない PDMS の平面に接着した細胞集団の形態は、プラスチックディッシュに培養した場合と違いがみられなかった。チャンバー部分と重なっている細胞は、明視野観 察より形態を確認することが困難であったため、細胞を染色して蛍光観察を行った。ヘキストで染 色した細胞核の画像と DiI で染色した細胞膜の画像を overlay したものを Fig.3B に示した。膜と核 のどちらの構造も、チャンバーの窪み存在に大き く影響されず、PDMS デバイスの上面にほぼ一様に広がっていた。さらに、マイクロチャンバー内 への細胞の侵入の有無を検討するため、DiI で染色した細胞において、顕微鏡で細胞表面とチャン バー内(細胞表面より 10 µm 下側)に焦点をあてた画像を比較した(Fig.3C)。多くのチャンバーに おいて、チャンバーの内部に膜蛍光がみられず、細胞が陥入していないことが示唆された。特に、細胞がマイクロチャンバーを完全に覆っている 場合は、チャンバー内への陥入が見られなかった。一部のチャンバーでは、細胞内において膜蛍光が みられた。その多くは、細胞の端がマイクロチャ ンバーにかかっている場合であった。これは、細胞の端の一部がチャンバー側壁をつたって侵入

Fig. 3 (A) HeLa cells right after seeding on the microchamber device. (B) HeLa cells spread over the microchamber device after incubation. Red: plasma membrane, Blue: nucleus. (C) Imaging of the plasma membrane obtained at the surface of the chamber device (0 μm, left) and at the middle of the chamber (-10 μm, right)

したものだと考えられる。以上より、本マイクロチャンバーに播種した HeLa 細胞は、マイクロチャンバーを覆うように均一に広がって接着することが確認された。

4.2 細胞で覆われたマイクロチャンバー内の密閉性の確認
本デバイスでは、マイクロチャンバーの開口部に接着細胞を覆うように密着させて微小空間を作製し、この空間に細胞膜上のトランスポーターを介して細胞内から排出された薬剤を蓄積させて、トランスポーターの輸送活性を検出する。細胞のチャンバー開口部における密着が不完全である場合、マイクロチャンバー内に蓄積された薬剤が漏れ出る可能性がある。よって、この微小空間が密閉されていることが重要となる。そこで、分子量 3,000 と 10,000 の 2 種類の蛍光デキストランを用いて密閉性の確認を行った。
ウォッシュ後(Fig. 2 Step 3)のマイクロチャンバー内の蛍光デキストラン(分子量 10,000 および3,000)の蛍光強度の変化を経時的に観察した (Fig.
4A, B)に示す。分子量 3,000 の蛍光デキストランの場合(Fig. 4A)、バッファ洗浄後に蛍光デキストランが残存していたマイクロチャンバーではほぼすべてが洗浄後 40 分間で洗浄直後の約 30%まで経時的に蛍光強度が減少する傾向が確認され、バッファ洗浄後に蛍光が確認されなかったマイクロチャンバーでは時間経過に伴う変化は見られなかった。分子量 10,000 の蛍光デキストランの場合(Fig. 4B)、チャンバー内の蛍光強度の変化は 3 通り確認された。洗浄直後に蛍光強度が高いマイクロチャンバーでは、蛍光強度の減少は約10%に留まり、時間が経過してもほとんど変化が見られなかった。洗浄直後の蛍光強度が中程度のマイクロチャンバーでは、洗浄後 30 分間で洗浄直後の約 50%まで蛍光強度が減少した。洗浄直後に蛍光がほとんど確認されなかったマイクロチャンバーでは、時間が経過しても蛍光強度にほとんど変化は確認されなかった。これらの 3 通りの変化を示したマイクロチャンバーの数の割合はそれぞれ 5%、15%、80%であった。

Fig. 4 Time-course of the fluorescence intensity remained in the selected microchamber. (A) MW 3,000. (B) MW 10,000. All scale bars in micrographs represent 50 μm.

4.3 トランスポーター活性のアッセイ
ABC トランスポーターMDR1 を過剰発現させた HeLa 細胞において、マイクロチャンバーデバイスを用いたトランスポーター活性のアッセイを実施した。細胞がデバイスに接着後、蛍光デキストランを含むバッファを洗浄し、MDR1 に融合した GFP 蛍光を持つ細胞とマイクロチャンバー内に封入されている蛍光デキストランが重なっている個所を検出した(Fig. 5A)。続いて、抗がん剤の0.5 µM パクリタキセルを導入して10 分間インキュベーションした後、バッファを洗浄してから、パクリタキセルのチャンバー内への蓄積を経時的に顕微鏡観察した。インキュベーション直後に蛍光パクリタキセルが細胞内に取り込まれていることが観察された(Fig. 5B)。蛍光デキストランが密閉されたマイクロチャンバーを覆っている MDR1 発現細胞においては、デキストランが密閉されたマイクロチャンバーを覆っているMDR1 非発現細胞と比較して、マイクロチャンバー内の蛍光パクリタキセルの蛍光強度が経時的に上昇していた(Fig.5C)。測定開始から 30 分、
40 分、50 分後においては有意な差が確認された。

Fig. 5 Drug transport assay. (A) Bright and fluorescence images, showing the cell morphology, MDR1 expressed in the cell, and fluorescent dextran retained in the microchamber, respectively. (B) Fluorescent image showing paclitaxel incorporated into the cell after incubation. (C) Time-course of fluorescence intensity in the microchambers covered by MDR1 positive cells (red line) and MDR1 negative cells (blue line), both retaining dextran. Each line represents the average of five independent chambers indicated by the arrows with corresponding colors in the merged image. Data are presented as the mean ±SEM. *P < 0.05 by Student’s t-test. All scale bars in micrographs represent 50 μm.

以上の結果より、細胞が形成したマイクロチャンバーの閉空間に、トランスポーター由来の輸送基質の蓄積を確認することができた。また、チャンバーの開口部は細胞のサイズよりも小さいため、得られた濃度上昇は必然的に一細胞由来であることも特筆すべき点である。

5.横型マイクロチャンバーの実験結果
5.1 細胞の接着状態の確認
縦型マイクロウェルデバイスの接着状態(Fig.
6a)と比較して、横型マイクロチャンバーデバイスにおける細胞接着状態の明視野顕微鏡画像を Fig.
6(b)に示した。どちらの画像も、同じ倒立型顕微鏡(IX-51, Olympus)で取得したが、横型デバイスでは、接着した細胞を、接着面と水平方向から見た形状が明瞭に確認できる。また、その細胞がチャンバーを覆った状況も、同一視野平面内に明瞭に確認できる。

Fig. 6 Comparison of the microsope images of HeLa cells in the vertical (a) and horizontal (b) microchamber devices.

5.2 細胞で覆われたマイクロチャンバー内の密閉性の確認
縦型チャンバーと同様の手法で、横型チャンバーにおいても蛍光デキストランを用いたチャンバーの密閉性の確認を行った。マイクロウェル内に蛍光デキストラン由来の青色蛍光が残存している様子を示す画像の例を Fig. 7(a)に示した。また、タイムラプス観察より青色蛍光輝度の時間変化を抽出したグラフを Fig. 7(b)に示した。これらのチャンバー内では、どちらの分子量のデキストランも 30 分以上変化なくバックグラウンドよりも有意な輝度で残存し、密閉空間が形成されていることが確認された。しかし、密閉空間が形成されたチャンバーは全チャンバーのうち 10 %程度であり、縦型チャンバーの場合(20%以上)に比べて割合が小さかった。今後、細胞播種時の濃度やインキュベーション時間、方法の最適化が必要であると考えられる。

5.3 細胞で覆われたマイクロチャンバー内の密閉性の確認
縦型チャンバーと同様の手法で、横型チャンバーにおいても MDR1 発現細胞を用いたパクリタキセルの輸送活性検出を試みた(Fig. 8)。Fig. 5 と同様に、MDR1 発現細胞(GFP の緑色蛍光で確認) でおおわれ、かつデキストランが封入されているチャンバーにおいて、パクリタキセル由来の蛍光強度の上昇がみられ、抗がん剤の輸送活性が検出可能であることが示された。

6.まとめ
本研究では、接着細胞のトランスポーターを介した薬剤輸送を直接検出する臨床診断ツールの開発を目指した。マイクロチャンバーを、デバイス面に垂直および水平方向に配置したデバイスをそれぞれ作製し、実験手順の確立および輸送活性計測可能性の確認を行った。輸送膜たんぱく質を強制発現させた細胞を用い、蛍光ラベルした抗がん剤の一細胞レベルの輸送活性の検出を試みたところ、どちらのデバイスにおいてもその検出に成功した。
モデル細胞として HeLa 細胞を用いたところ、細胞が直径15 µm のチャンバー内部に大きく陥入することなく、チャンバーデバイスの上面にコンフルエントに広がって接着することが確認できた。さらに、全チャンバーのうち約 2 割は、バッファの還流時に流されない程度の密閉状態が得られていた。しかし、そのうち、分子量 3000 の分子(直径 1.6 nm 程度)を漏れなく保持できる密閉性は得られなかった。分子量 10000(直径 2.9 nm程度)においては、5%程度のチャンバーにおいて、アッセイ時間内でほぼ完全な密閉性が得られていた。細胞の細胞外基質に接着は、一般に接着斑という点で接着するため、ある程度の隙間があると考えられる。また、HeLa 細胞は、上皮系の細胞が持つ密着結合は持たないため、1.6 nm 分子を完全にシャットアウトするような密閉性を得るには至っていないと考えられる。マイクロチャンバーを覆って閉空間を形成する能力は、細胞の種類とチャンバー開口部のサイズに大きく依存す ると考えられるため、今後調査を継続していく。今回抗がん剤の輸送アッセイに用いた基質(蛍光パクリタキセル)の分子量は 1099 である。従って、今回の実験では、閉空間内に輸送された基 質は完全に保持されず、ある速度で拡散流出して いると考えられる。それにもかかわらず、MDR1 発現細胞が覆って初期にデキストランを保持し ていたチャンバーでは、パクリタキセルの輸送に 伴った有意な蛍光輝度上昇が観測された。これは、輸送に起因する基質の流入が、自由拡散による隙 間からの流出を上回ったためだと考えられる。
今回の研究により、接着細胞がチャンバーを覆 い、閉空間を形成するプロセスの指針の第一歩が 得られた。一般的な HeLa でもマイクロチャンバーへの蛍光輸送基質の蓄積が観測可能であった という事実は、そのほかの様々な細胞や、臨床サンプルの細胞においても同様の結果が得られる 可能性が高い。本デバイスでは、イントロダクションで紹介したトランスウェルデバイスと異な り、デバイス全体が完全にコンフルエントになる 必要がなく、チャンバーがある周辺でパッチ状に 広がっている場合にも適用できる。したがって、微量な検体からもアッセイができるようになる。また、得られた輸送活性のデータは一細胞由来で あるため、将来的にはがん組織の細胞の多様性の 解明や、レアな細胞の検出に役立つ可能性がある。今後も様々な細胞や条件での実験を継続し、本デ バイスの適用範囲の検証を行う。