2015年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第29号

膜脂質の微細分布を解析するための基盤技術の開発

研究責任者

藤田 秋一

所属:鹿児島大学 共同獣医学部 教授

概要

1.はじめに
 細胞膜をはじめ、細胞内オルガネラなどの生体膜は脂質二重層で形成されている。生体膜には多種多様な脂質分子が存在し、脂質二重層の内葉と外葉で異なる組成を示すこと、二次元方向にも不均一で偏った分布を示す場合があることが知られている。しかしこのような膜脂質の非対称性分布や不均一分布がいつ、どこで、どのように形成され、生物学的にどのような意味を持つのかについてはほとんど分かっていない。その最大の原因は蛋白質に比較して脂質を解析する方法がきわめて限られていることにある。
 過去10数年間にわたるラフト仮説をめぐる論争は既存の膜脂質解析法の問題点を明らかにした。例えば、膜脂質は化学的固定剤に反応しないため通常の免疫標識法を適用することが難しい、ライブ観察のための分子標識は脂質の性質に重大な変化を及ぼす可能性が高い、界面活性剤や低温はそれ自体が脂質の分布変化を誘導する、などである。
 我々は上記の問題点を克服し、脂質の超微局在を明らかにすることが、膜脂質の非対称性分布、不均一分布の意義を解明するために必須であると考え、そのための方法開発に注力してきた。その結果、急速凍結・凍結割断レプリカ標識法(Quick-freezing & freeze-fracture replica labeling method: QF-FRL、図1)によって膜脂質を特異的に標識することが可能であることを示し、細胞膜外葉の糖脂質GM1, GM3、内葉のイノシトール燐脂質PI(4,5)P2の二次元的分布をナノレベルで解明することに成功した1)〜3)。このQF-FRL法(図1)では急速凍結によって膜分子の動きを一瞬にして止め、膜脂質を炭素(C)と白金(Pt)のレプリカ(真空蒸着した薄膜)の鋳型で物理的に固定したのち、特異的なプローブを結合させて可視化し、分布を定量的に解析する4)。それぞれの膜脂質の親水性頭部に特異的に結合するプローブを開発することにより、原理的にはどの膜脂質にも応用可能である。
 このような背景のもと、本研究ではQF-FRL法をさらに発展させ、技術の高度化、精密化、効率化をはかり、膜脂質解析の基盤技術を確立することを目的とした。

2.培養細胞の細胞膜または細胞内の観察のための実験技術の開発5)
 我々が開発してきたQF-FRL法では、従来の方法では、培養細胞の細胞膜の外葉(E面)と内葉(P面)しか観察できないという欠点を有する。そこで、本研究では培養細胞の細胞内も急速凍結し、電子顕微鏡下で鮮明に観察でき、しかも脂質の微細局在を観察できる方法を開発・確立することを目的の1つとする。

2.1 実験方法
 哺乳類の培養細胞にはHuh7細胞あるいはAR42J細胞を用いた。以前の培養細胞の急速凍結方法では、厚さ20 μmの金箔上に細胞を1層に培養し、あらかじめ液体窒素または液体ヘリウムで冷却した純銅ブロック表面に、金箔側を押し当てることにより細胞を急速凍結していた(金属圧着法)。しかしながら、この方法では金箔に接した細胞膜の内葉と外葉の間でしか割断されず(図1参照)、かつ凍結表面よりもより深い細胞内は急速凍結されず、形態が維持できない欠点を持つ。そこで研究代表者らはこれらのことを克服するために以下の方法を開発した。つまり、急速凍結は加圧凍結装置(HPM010、ライカ社)を用いて細胞内も急速凍結出来る様にした。また凍結割断される箇所を細胞内で行うため、細胞を培養する金箔表面をペーパーヤスリで処理した(図2)。レプリカ膜は凍結割断装置(BAF400, Balzers社)を用いて作製した。また電子顕微鏡で観察する際には、細胞内オルガネラ膜と細胞膜を区別することは困難が予想され、特に細胞膜と隣接する小胞体膜とは区別がつきにくい。そのため電子顕微鏡下で小胞体膜を同定するために、小胞体のマーカーであるチトクロームb5の膜貫通領域と緑色蛍光タンパク質(GFP)の融合タンパク質を過剰発現させた細胞株を準備し、抗GFPウサギ抗体(Frontier Institute)に続いて10nm金コロイド標識protein A(PAG10: University Medical Center Utrecht)で可視化した。さらに細胞内オルガネラの脂質分布については、小胞体やエンドソームなどに存在することが示唆されているPI(4,5)P26)を標識した。標識にはPI(4,5)P2に特異的に結合することをすでに報告しているホスホリパーゼC1のPHドメインとグルタチオン-s-トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質(GST-PH)を用い、続いて抗GSTマウス抗体(Bethyl Laboratories)と6nm金コロイドを結合した抗マウスIgG抗体(Jackson ImmunoResearch)で標識することで可視化を行った。ネガティブコントロールとして2つのアミノ酸をアスパラギンに置換し、PI(4,5)P2に結合しないプローブ(GST-PHK30N,K32N)も作製した。標識したレプリカ薄膜は、Hormvar膜を施したグリッド上に載せ、乾燥後、100Vの電圧下で電子顕微鏡(1200EX、JEOL社)で観察した。

2.2 結果と考察
 細胞を培養する金箔の表面をペーパーヤスリで処置することにより、凍結割断される箇所が細胞内となり、電子顕微鏡下で細胞膜の他に核膜、ミトコンドリア、ゴルジ体などを明瞭に観察することが出来た(図3)。
 小胞体に関しては、細胞膜や他のオルガネラ(細胞膜やエンドソームなど)と区別することが困難であったため、小胞体のマーカーであるチトクロームb5の膜貫通領域とGFPの融合タンパク質(GFP-b5)をHuh7細胞に強制発現し、抗GFP抗体で標識することで他のオルガネラとの区別を行った。その結果、抗GFP抗体で標識される小胞体膜を特異的に標識することに成功した。
 イノシトール燐脂質であるPI(4,5)P2は従来の報告より、細胞膜の他にも、ゴルジ体、小胞体などにも存在することが示唆されていた6)。しかしながら、QF-FRL法で約50枚のレプリカ膜においてPI(4,5)P2の標識を試みた結果、細胞膜にはPI(4,5)P2の標識は確認することは出来たが、ゴルジ体、小胞体にはPI(4,5)P2の標識は観察出来なかった。他にも核膜、あるいは特定できない細胞内オルガネラ膜にもPI(4,5)P2の標識はなかった。細胞膜での標識はGST-PH K30N,K32Nでは観察されなかったことより、細胞膜にはPI(4,5)P2は局在するが、他の細胞内オルガネラには局在しないことが示唆された。
 以上の結果から、QF-FRL法において、従来の方法を改善、つまり金箔表面にペーパーヤスリで処置を施した上に細胞を培養し、そして急速凍結を金属圧着法の代わりに加圧凍結することにより、細胞内オルガネラを電子顕微鏡下で鮮明に観察することができた。またPI(4,5)P2はQF-FRL法では、細胞膜の他には観察できなかったことより、細胞内のオルガネラ膜にはほとんど存在しないか、あるいは存在したとしても非常に少ないものであることが示唆された。

3.動物生体内の組織細胞の細胞膜または細胞内の観察のための実験技術の開発7)
 従来のQF-FRL法では、培養細胞の脂質分布に最適な方法開発に特化した技術を開発してきた。本研究では、動物生体内の組織にも応用できる技術を開発・確立する。動物生体内の組織としては、分化の進んだ細胞を効率良く観察できるようにするために、ラットの膵臓の外分泌細胞を標的に方法の開発を試みた。

3.1 実験方法
 麻酔処置したオス成体ラットより、膵臓を取り出し、Krebs ringer液内において、カミソリの刃を用いて、2 mm角の大きさに細分した。細分した組織標本を加圧凍結装置(HPM010)により急速凍結し、凍結後、凍結割断装置(BAF400)によりレプリカ膜を作製し、イノシトール燐脂質であるPI(4,5)P2の標識を行った。PI(4,5)P2はGST-PHで標識し、続いて抗GSTウサギ抗体、PAG10で可視化し電子顕微鏡(1200EX)で観察した。

3.2 結果と考察
 加圧凍結装置で急速凍結したラット膵臓のレプリカ膜を電子顕微鏡下で観察することにより、細胞膜、核膜、小胞体、ゴルジ体、分泌顆粒、ミトコンドリアなどが観察することができた。
 従来の方法を用いることによりPI(4,5)P2 を標識することに成功した。細胞膜でのPI(4,5)P2 の微細分布はランダム型となり、クラスターなど特別な分布様式は示さないことがわかった。また、膵臓の外分泌細胞は上皮細胞であり、密着帯(tight junction, TJ 図4B 矢印)を形成し、その密着帯により、細胞膜はapical(管腔, 図4A、AP)側とbasolateral(側底, BL)側に分かれ、通常、タンパク質などの分子分布が異なり、それに伴って機能が異なることが分かっている。PI(4,5)P2の標識密度を測定した結果、apical側とbasolateral側で標識密度の違いはなく、PI(4,5)P2の分布の違いは見出せなかった(図4)
 しかしながら、隣接した細胞間での物質的やり取りに重要なgap junction領域では、PI(4,5)P2の標識密度は周りの細胞膜領域より高いことがはじめて明らかとなった(図5)。これはgapjunction(GJ、図5)を形成するconnexinの活性化の維持が、connexin分子の細胞膜貫通領域付近でのPI(4,5)P2の結合に依存していることとよく一致する。
 一方、細胞内オルガネラにおいては、PI(4,5)P2の標識はほとんど見当たらなかった。唯一、分泌顆粒のP面(細胞内側)にPI(4,5)P2の標識は確認できたものの、ネガティブコントロールであるGST-PH K30N,K32Nでも標識が確認されたことより、分泌顆粒でのPI(4,5)P2の標識は非特異的標識である可能性が考えられる。
 以上の結果より、QF-FRL法の応用により、生体内組織での脂質分布を検討できることが明らかとなった。その結果、ラット膵臓の外分泌細胞でのPI(4,5)P2は細胞膜には局在するが、その分布はgap junctionで密度が高くなっていることがわかり、apical側、basolateral側では局在密度は異ならないことがわかった。また細胞内オルガネラでは、PI(4,5)P2の局在はほとんどないことが示唆された。

4.オートファゴソームでのPI(3)P の微細分布8)
 新たなQF-FRL法の技術開発により、細胞内を観察する技術は哺乳類細胞だけではなく、酵母細胞でも応用できるようになった8)。また、新規のプローブ開発により、PI(4,5)P2のみでなく、他のイノシトール燐脂質、つまりPI(3)Pについても、哺乳類細胞および酵母細胞内での微細分布を検討することが可能となった8)。
 飢餓時での細胞内物質代謝に非常に重要な細胞内オルガネラの一つにオートファゴソームが存在する。通常の栄養状態では存在しないが、細胞が飢餓状態になると、自食作用のために細胞質内でオートファゴソームが形成され、細胞内での栄養成分の再構成がなされる。オートファゴソームは細胞質内の各種栄養素を取り囲み、リソソーム(哺乳類細胞)あるいは液胞(酵母などの植物)へと輸送した後、細胞自身の栄養状態をコントロールすると考えられており、オートファゴソームの形成不全には様々な疾患に関係することがわかっている。様々な研究から、このオートファゴソームの形成に重要な分子機構が明らかにされつつあるが、その形成機構、とくに形成起源には不明な点が多く、現在その機構はよくわかっていないのが現状である。オートファゴソームの形成はphosphatidylinositol 3-kinase(PI3K)が重要であることが解明されており、その産物であるイノシトール燐脂質のPI(3)Pがオートファゴソーム形成に直接関与することが示唆されている。そこで本研究では、オートファゴソームの形成機序解明に向け、PI(3)Pの微細分布について検討した。

4.1 実験方法
 PI(3)Pに特異的に結合するプローブとしてp40phoxのPXドメインを用いた。実際のレプリカ膜の標識にはGSTとPXドメインの融合タンパク質(GST-PX)を用いた。GST-PX標識に引き続き、抗GST抗体、PAG10で可視化した。ネガティブコントロールとして、PXドメインの58番目のアルギニンをアラニンに置換し、PI(3)Pに結合しないmutantプローブ(GST-PXR58A)を用いた。
 出芽酵母(SEY6210)をYPD培地で培養し、その後、加圧凍結装置で急速凍結し、凍結割断装置を用いることによりレプリカ膜を作成し、電子顕微鏡で観察した。酵母細胞内を割断するために、急速凍結を行う際に通常用いるアルミ製ディスクの平らな面に金製グリッドをはさみ、その部分に酵母細胞を入れこんで凍結した。凍結割断では、装置内で一方のアルミ製ディスクを移動させることで凍結割断を行った。出芽酵母でのオートファゴソームの形成誘導は、酵母細胞を窒素・炭素欠乏S培地(アミノ酸、アンモニウム硫酸不含)で3-5時間、30Cで培養することにより行った。哺乳類細胞については、オートファゴソームのマーカーであるLC3とGFPの融合タンパク質(GFP-LC3)を安定的に発現したHuh7細胞を用いた。
 哺乳類細胞の細胞内を割断するために、「2.1.実験方法」で述べた方法により、細胞内を凍結割断し電子顕微鏡(EX1200)で観察した。

4.2 結果と考察
 まず、GST-PXのPI(3)Pへの特異性を検討した。各種イノシトール燐脂質(PI, PI(3)P, PI(4)P,PI(5)P, PI(4,5)P2, PI(3,4)P2, PI(3,5)P2,PI(3,4,5)P3, 5%)とホスファチジルコリン(PC,95%)を含むリポソームを作製し、これらのリポソームを急速凍結し、凍結割断装置を用いることにより、リポソームのレプリカ膜を形成した。これらのリポソームから作製したレプリカをGST-PXで標識したところ、PI(3)P/PCから作製したレプリカのみにしか標識が無いことを確認できた。また、GST-PXR58Aの標識はたとえPI(3)P/PCのリポソームのレプリカ膜でも標識は全くなかった。このことからGST-PXはPI(3)Pを特異的に標識することが確認することができた。また、PCとPI(3)Pを0.2%, 0.5%, 1%, 2%, 5%含むリポソームからレプリカ膜を作製し、GST-PXで標識したところ、PI(3)Pの濃度に依存して標識密度が高くなることを確かめた。
 出芽酵母を窒素・炭酸欠乏S培地で培養することにより、酵母細胞内に二重膜で形成されたオートファゴソームが見受けられた(図6参照)。GST-PXの標識は、二重膜の内膜、外膜の両方に観察されたが、どちらの脂質二重層も主に腔内に面する外葉(E-face, EF)に存在し、内葉(P-face,PF)には少しだけ観察された(図7)。これらの標識はGST-PXR58Aでは見受けられず、またPI3K欠損酵母ではGST-PXの標識は観察出来なかった。以上のことから、酵母細胞ではPI(3)Pはオートファゴソームの内膜と外膜の内、主に外葉(腔内側)に局在することがわかった(図6、図7)。
 次に、哺乳類培養細胞でのオートファゴソームにおけるPI(3)Pの微細分布について検討した。哺乳類細胞では、bafilomycin A1存在下にTorin1を処置することによりオートファゴソームの誘導が観察される。Torin1はオートファゴソームを誘導することで有名な薬物であるが、bafilomycin A1の作用機序はあまり良くわかっておらず、おそらくオートファゴソームがリソソームに融合することを抑制するものと考えられる。このようにbafilomycin A1の作用機序は完全にはわかっていないが、電子顕微鏡で観察する限り、Torin1とbafilomycin A1を同時に処置することにより、細胞内には二重膜で覆われたオートファゴソームが多数観察されるようになった。GST-PXとGFP-LC3の二重標識を行った結果(図8)、オートファゴソームの内葉(PF)のみ、つまりGFP-LC3とのみ共局在し、外葉(EF)には両標識は全く局在していなかった。このことから、哺乳類細胞では酵母細胞とは全く逆に、PI(3)Pはオートファゴソームの二重膜の内、内膜と外膜の内葉(細胞質側)にのみ局在するものと考えられる。
 以上の結果から、酵母細胞と哺乳類細胞でのオートファゴソームでのPI(3)Pの分布は全く逆になることがわかった(図6)。現在までの理解では、PI(3)Pはオートファゴソームの細胞質側に局在し、オートファゴソームの形成に関係していると考えられてきたが、酵母細胞のオートファゴソームでは、逆、つまり腔内側に存在することが判明した。このことから、酵母細胞では、オートファゴソーム形成の初期(隔離膜)の段階では、PI(3)Pは二重膜の両方、つまり細胞質側と腔内側の両方に局在し、形成の途中で細胞質側のPI(3)Pが消失すると考えられる。では、なぜ細胞質側のPI(3)Pが消失してしまうのか?PI(3)Pはphosphataseにより脱燐酸化され、PIに変換される。酵母細胞にはmyotubularin-related phosphatase(Ymr1P)とsynaptojanin-like phosphatase(Sjl3p)が存在する。Ymr1PとSjl3pの両方を欠損した酵母細胞(ymr1Δsjl3Δ酵母)では、細胞質側のPI(3)Pも局在し、腔側との比は約1となり、細胞質側と腔側のPI(3)Pの存在は同等になった。このことより、酵母細胞でのオートファゴソームにPI(3)Pが細胞質側に極端に少ないのは、オートファゴソーム形成後に細胞質側に局在するPI(3)Pがphosphataseにより脱リン酸化されるためと考えられる。このことはymr1Δsjl3Δ酵母ではオートファゴソームが非常に少ないという報告とよく一致する。また、ymr1Δsjl3Δ酵母ではオートファゴソーム形成に深く関与するAtg8へのホスファチジルエタノールアミンの結合は抑制されていないということから、PI(3)Pの局在変化はオートファゴソームの形成に強く影響するものと考えられる。
 以上のことより、酵母細胞と哺乳類細胞でのオートファゴソームにおけるPI(3)Pの局在が異なることから、オートファゴソームの形成機序が酵母細胞と哺乳類細胞では異なると考えられる。オートファゴソームの形成機序はまだまだ不明な点が多く、今回判明した事実はその形成機序解明に向け非常に重要な報告であることが言える。

5.まとめ
 分子生物学の飛躍的発展とそれに基づくゲノミクス、プロテオミクスの展開により、DNA・RNAと蛋白質についての知見は急速に増加している。生体膜についても膜蛋白質に関する研究は高度化し、多くの知見が集積されている。しかし膜脂質に関しては有力な解析技術が少ないため、まだまだ未知の点が多く残されている。特に、生体膜を構成する脂質二重層の非対称性や不均一分布についてその生物学的意義はよくわかっていない。
 従来の電子顕微鏡技術では、分子の固定には化学的固定法が用いられてきたが、脂質は化学固定剤とは反応できないため固定することはできない9)。我々はこれらのことを克服するために、QF-FRL法という電子顕微鏡技術の開発に注力してきた。QF-FRL法では物理的に分子を固定できるために、脂質分子の微細局在を検討することが可能である。今回QF-FRL法において新たに開発・確立した技術はどれも、生体膜における脂質の非対称性分布や不均一分布の生物学的意義解明に大きく貢献するものと考えられる。特に4に示した研究、つまり、オートファゴソームでのPI(3)Pが、酵母細胞ではオートファゴソームの二重膜のうち、腔内側に多く、細胞質側に少ない、哺乳類細胞では逆に細胞質側のみに存在することが解明できた。このことは、蛍光標識など他の方法では検討することが困難であり、QF-FRL法による脂質の微細分布の検討によりはじめて可能となった。今後、(1)同一生体膜の裏表を厳密に対応させ、膜ドメインの内葉と外葉の膜脂質を決定する技術、(2)脂質の前駆体アナログを細胞内に導入し、特定の膜脂質を代謝標識してpulse chaseする方法、など新たに開発・確立しようとする技術は、さらにQF-FRL法を精密化、高度化、効率化をはかるためのものであり、生体膜脂質の生物学的意義解明を切り開くものと確信する。