1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

脳内温度分布観測のための誘電率精密測定

研究責任者

信太 克規

所属:佐賀大学 理工学部 電気工学科 教授

共同研究者

柴崎 浩

所属:京都大学 医学部 脳病態生理学講座 教授

共同研究者

古川 達也

所属:佐賀大学 理工学部 電子工学科 助教授

共同研究者

相知 政司

所属:佐賀大学 理工学部 電子工学科 助手

概要

1.はしがき
現在,脳死判定の基準に関しては,依然として重要な時期にあり,また,今後,わが国の老齢人口が増加し,老人の痴呆症あるいは脳溢血による心身障害と,それらに伴う看護がきわめて大きな社会問題となるであろうことは容易に予測しうる。
本研究は上記の問題に多少なりとも貢献すべく行うものである。すなわち,本研究は簡便かつ無侵襲でヒトの頭部の深部温度の分布を,最終的には0.5cmZの面分割,0.1℃の温度分解能で観測しうる測定システムを開発し,それらの温度変化分布の情報により,上述の脳死判定あるいは老人の痴呆症,脳溢血の予知を可能ならしめることを目標としている。
近年,CT技術の発達により,人体各部,特に脳の構造の断層映像が可能になり,多くの知見を得るに至っている。しかし,脳内部温度状態の情報に関しては十分な成果が得られいるとはいえない。
本研究は脳内部の誘電率が温度変化に敏感に反応することに着目して,その誘電率と比例関係にある静電容量を外部から精密に計測することにより,最終的に脳の温度変化の情報を得るものである。また,CTの技術を応用し,脳内部温度分布のマッピングを高精度で実現しうることを意図している。
従来,温熱ガン治療のためのハイパーサーミアの研究の一環としてて,人体内の温度測定の研究は行われており,頭部もその一部と見られてきた。体内温度計測は,宮川(新潟大),水品(静岡大)のマイクロ波による研究,斎藤グループ(東大)による超音波による研究などが続けられている。
本研究の特色あるいは独創的な点は長間隔対電極微小静電容量精密測定に際して,ダミー電極を併用することにある。本研究のダミー電極併用静電容量測定の手法は他で行われていない。所期の目的を達成するための長間隔対電極微小静電容量精密測定に際して,このダミー電極を併用して電極を構成するにより,測定電位間の電気力線がまったく広がらずに行き交う状況を作り出すことが可能となり,これが電極面積を小さくするに従い,マッピングの精度を高めることができることにつながると考えている。従来,これらの測定手法は電気力線が広がることから不可能な手段と考えられていたが,この方法によって,最終目標のシステムを構築する可能性が見出だされた。
本研究が成功するならば,現在のX線CTのような大掛かりで高価な頭部断層撮像システムとは異なり,被検者の枕元で簡便かつ高精度に頭部の脳温度変化分布を画像化して観測することが可能であろう。
本報告では,1)長間隔平行平板空気コンデンサの静電容量測定におけるシールドの効果,2)長間隔平行平板空気コンデンサの静電容量測定におけるシールドとダミー電極の効果,3)長間隔平行平板コンデンサの媒質が空気とアクリルの場合の比較,4)内部に空気孔を有するアクルリ円柱のその側壁の三個の対電極による静電容量精密測定結果からの円柱内空気孔の認識について述べる。
2.内容および成果
2.1長間隔平行平板空気コンデンサの静電容量測定におけるシールドの効果
ヒトの頭部の断面の温度変化のマッピングを行うために,そのモデルとして,長間隔で微小面積の電極による平行平板コンデンサの静電容量を精密に測定する技術の開発がまず第一に必要である。長間隔で微小面積の電極による平行平板コンデンサを通常のコンデンサと対比して図1に示す。通常,静電容量の精密測定では三端子型のコンデンサとし,外乱を除くために,シールドを用いる。ここでは,まず,そのシールドがコンデンサの電極間距離との関係で,どのような大きさが適当であるかを調べた。図2にこの場合の配線図を示す。ここで,コンデンサの電極間距離をd,電極面から左右のシールドまでの距離をL',電極端部から上下のシールドまでの距離をLとする。実際に行った測定の実験装置を図3に示す。貴財団のご援助で購入した精密LCRメータ(HP4284A)が静電容量精密測定のために用いられ,データはGP-IBを介して,パソコンによって処理された。媒質が空気の場合について行った,シールドの大きさとコンデンサの電極間距離との関係を図4に示す。Cが静電容量の実測値で,C。が平行平板コンデンサの計算値である。ここで,L'は電極間距離dに比して十分大きいとしてある。バラメータαは電極面積Sとdの比d/Sである。この結果から,媒質が空気の場合にはα,すなわち電極間距離が大きくなるにしたがい,シールドが大きくしなければ,静電容量の値が安定した一定値にならないことが分かる。
2.2長間隔平行平板空気コンデンサの静電容量測定におけるシールドとダミー電極の効果
長間隔平行平板コンデンサでは,シールドだけでは精密な静電容量測定は困難であり,現実的でないことが,2.1節から明らかである。そこで,図5に示すような補助電極を測定電極に近接して置き,シールドと併用することにより,長間隔微小電極平行平板コンデンサにおける精密静電容量測定を可能にすることを試みた。この補助電極をここでは「ダミー電極」と呼ぶ。このダミー電極の測定時の電位は測定電極の電位と同じとする。測定電極に流れる電流のみを測定するこにより,結果的に測定電極間の静電容量の測定を可能とする。ダミー電極と測定電極,シールドの関係を図6に示す。測定電極端部からダミー電極の外側の端部までの距離をLDとする。ダミー電極の効果についての測定結果を図7に示す。なお,この時,測定電極の面積は1cm2とし,測定電極端部からシールドまでの距離を4cm一定とした。LDを4cmとした時のダミー電極が静電容量測定に与える効果は極めて大きいことが「ダミー電極なし」の場合と比較して非常にはっきり示されている。この場合も媒質が空気であるが,電極間距離がかなりの長間隔でも安定した静電容量値が得られることがわかる。
2.3長間隔平行平板コンデンサの媒質が空気とアクリルの場合の比較
媒質として,比誘電率が1の空気と比誘電率が約3のアクリルにおける,長間隔平行平板コンデンサの静電容量測定におけるシールドとダミー電極の効果について調べた結果を図8に示す。この結果はコンデンサの媒質の誘電率が大きくなるに従い,ダミー電極を小さくすることができ,また,シールドを近づけることができることを示している。従来から,脳の比誘電率はかなり大きいとみられていることから,実用に有利な,きわめてコンパクトな構造の測定装置が可能なことを示唆している。
2.4内部に空気孔を有するアクルリ円柱のその側壁の三個の対電極による静電容量精密測定結果からの円柱内空気孔の認識
ヒトの脳の誘電率が温度により変わることから,ここでは,一様な誘電率の物体の一部に異なる比誘電率の状態を作った時に,外部からその場所を特定できるかどうかの実験を行った。
図9にその実験装置の構造と使用した測定電極及びダミー電極の形状を示す。また,図10に測定回路構成を示す。
6個の測定電極(A~F)のうち,直径12mmの空気孔が電極Aと電極Dの対角線上のアクリル円柱内の電極Aから2cm離れた場所またはアクリル円柱の中心にそれぞれある場合の各対電極間の静電容量C1,C2の,各電極の電位を高電位側あるいは低電位側にして測定した時の結果を,空気孔のない無垢のアクリル円柱での同じ測定方法での静電容量C。の測定結果と共に表1に示す。
また,括弧の中には,C。を基準としたそれぞれの測定値との比C1/C。,C2/C。を示す。円柱の軸対称の測定にもかかわらず,C。の値にバラツキのあるのは電極等の工作精度によるものと思われる。表1における比の部分を見ると,電極Aが低電位側の時の値のみが,他の全ての値に比べて著しく小さいことが分かる。記載されている記号の電極が低電位である時の静電容量の比を図11に示す。このことから,アクリル円柱中の電極Aの近くに空気孔があることが推測される。図12には,アクリル円柱中で,空気孔の位置を対電極の対角線上の低電位側からの距離Xで表した場合の,その距離Xと静電容量の比Cx/C。の関係を示す。この結果は,ダミー電極の併用により,長間隔微小対電極による静電容量の測定により,空気孔の位置を決定することができることを示唆している。
3.まとめ
ヒトの脳内部の誘電率が温度変化に敏感に反応することに着目して,その誘電率と比例関係にある静電容量を外部から精密に計測することにより,最終的に無侵襲で,脳の温度変化の情報を得る,脳内部温度分布のマッピングを高精度で実現するために,ダミー電極併用の長間隔対電極微小静電容量精密測定法を提案した。
そのため,まず,長間隔平行平板空気コンデンサの静電容量の精密測定におけるシールドの効果について調べ,シールドのみでは,電極間が長間隔の場合には,精密測定がきわめて困難であることを明らかにした。そのため,次にダミー電極を併用した測定を行い,その効果を調べた。その結果,ダミー電極が著しい効果を及ぼすことを明らかにした。さらに,空気とアクリルの比誘電率の異なる媒質での実験の結果,誘電率の大きな媒質ではその成果はさらに顕著であることが分かったことから,今後ヒトの脳において用いる場合に有用であることが推測される。
次に,異なる比誘電率の物質の混入した媒質の静電容量の精密測定を行い,その結果から,異物の位置の推定が可能であることを示した。
以上の基礎的な実験の積み重ねにより得られたデータを基に,今後,所期の目的にかなう具体的な実験に移行する予定である。