2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

脱分極誘発色素を用いたlaser photo-stimulationシステムの開発と応用

研究責任者

佐藤 勝重

所属:東京医科歯科大学 医学部 生理学第二講座 助手

共同研究者

佐藤 容子

所属:東京医科歯科大学大学院 機能協関システム医学分野 講師

共同研究者

持田 啓

所属:東京医科歯科大学大学院 機能協関システム医学分野 大学院生

共同研究者

矢澤 格

所属:東京医科歯科大学大学院 機能協関システム医学分野 大学院生

共同研究者

佐々木 真一

所属:東京医科歯科大学大学院 機能協関システム医学分野 大学院生

概要

1.はじめに
神経や筋細胞の興奮に伴う生理的機能の解析にあたっては、電極を用いて電気刺激を与えるか、神経伝達物質などの生理活性物質を外部からapplyするなどの方法が用いられる。このような刺激法では、空間分解能が低く、特定の微小領域を選択的に刺激することが困難である。このような従来の刺激法の限界を補う方法のひとつとして、最近Caged化合物を用いたlaser photolysisの技術が実用化され、様々な領域で用いられるようになってきた。この方法は、目的とする生理活性物質に保護基をつけて不活性化したCaged化合物に、紫外・近紫外光を短時間照射し、これを瞬時に活性化させる技術である。このような光をトリガーとする方法は、空間分解能に極めて優れているとともに、組織・細胞に対して非侵襲性であるという利点を兼ね備えており、もし光によって細胞膜電位を自在にコントロールできる「光刺激法」の技術が開発できたら、神経科学をはじめ多くの分野で役立つことは必至である。
我々は、これまで膜電位感受性色素を用いた細胞電位活動の光学的計測の研究を行ってきたが、その過程で、無脊椎動物の神経系においてRGA-30という蛍光色素が、光照射によって細胞膜を非侵襲的・可逆的に脱分極させる性質を持つことを見出した。膜電位感受性色素とは、その色素で染色した細胞の膜電位変化に応じて、その吸光や蛍光が変化する色素であり、細胞に対して薬理学的毒性や光化学的副作用を持たないことが絶対の条件として求められる。前述のRGA-30という色素は、このような基準から、膜電位感受性色素としては不適当と判断され、スクリーニングの過程で除外された色素であるが、我々はこの特性を逆に利用して、光を刺激のトリガーとして細胞膜を非侵襲的に脱分極させることができる「photo-stimulation」の技術を開発できるのではないかとの着想に至った。本研究では、この「脱分極誘発色素」にレーザーマイクロビームを組み合わせ、組織、細胞の任意の極微小膜領域を非侵襲的に刺激する「1aserphoto-stimulationシステム」を開発するとともに、より優れた脱分極誘発色素・過分極誘発色素の開発・スクリーニングを行い、その実用化を図ることを目的として研究を進めた。
2.Laserphoto-stimulation systemの開発
今回組み立てたシステムの全体像を図1に、システム構成を図2に示した。
光学顕微鏡は、大型生物用顕微鏡(Nikon、Eclipse E800)をもとに、photo-stimulationと光学的膜電位計測の同時測定、あるいはCa2+-imagingができるように、光源とフィルターユニットを大幅に改造し、レーザー光が入射する蛍光ユニットを新たに増設した。レーザー光源には高出力のHe-Neレーザー(50mV、633nm、NEO50MS;図3)を採用し、レーザー光は、シャッター(SO-DS2)、NDフィルター、ファイバー入射装置(FIN-M60)、光ファイバー(FC50GI5、5m長)、コリメーター(FBC-203S)を介して、顕微鏡の蛍光ユニットに入るように設計した。
レーザー本体からファイバー入射装置までは、レーザー架台(2m長)上にセットした。蛍光、吸光用の光源は、直流安定化電源で駆動したハロゲン・タングステンランプ(JC24V、300W)に改造し、シャッター(特注)で照射時間をコントロールできるようにした。蛍光用の光源は、レーザー光と同じ蛍光ユニットに接続し、励起フィルター(スライド式励起フィルターセット、特注;Ex520nm、予備の空フィルター枠)とシャッター(前述)、ダイクロイックミラー(DM600nm)を介して、励起光が顕微鏡内に入るように設計した。レーザー光は、全反射ミラーを介したあと、上記のダイクロイックミラーを経て同じ顕微鏡内光路に入射する。励起光、レーザー光は、別のダイクロイックミラー(スライド式ダイクロイックミラーセット、特注;DM655nm、DM505nm、DM595nm、予備の空フィルター枠を経たあと、対物レンズ(Plan Apo x2、x4、x10、x20; water immersion x10、x40)を通って、ステージ上にセットされた標本に照射される。一方、吸光用の光は、吸光用フィルターセット(スライド式吸光用フィルターセット、特注;700±15nm、予備の空フィルター枠)を通って、標本に照射される。標本からの蛍光、あるいは透過光は、前述のスライド式ダイクロイックミラーを通り、さらにlong passフィルター(スライド式long passフィルターセット、特注;LP610nm、予備の空フィルター枠)を経て、ディテクター(図4)へと達する。
スライド式ダイクロイックミラーセットとlong passフィルターセットの間には、全反射/全透過のミラー切り替えがあり、光路を膜電位計測用のディテクターのポートから標本モニター用のカラーCCDカメラのポートに切り替えることができる。実際の測定では、まず光路をCCDカメラ側にした状態で、標本の観察を行いながらレーザー光の照射位置合わせを行い(スライド式ダイクロイックミラーセットはハーフミラーにセット)、次いで、光路をディテクター側に切り替えて(スライド式ダイクロイックミラーセットはDM650にセット)、photo-stimulation、膜電位の光学計測を同時に行えるようにした。
3.脱分極誘発色素の合成、スクリーニング
色素のスクリーニングには、鶏胚迷走神経摘出標本を用いた。まずはじめに、無脊椎動物のin vitro神経節標本においてニューロンの脱分極を引き起こすRGA-30を対象とした。無脊椎動物で有効であった染色条件で鶏胚迷走神経摘出標本を染色すると、染色直後には電気刺激によっても活動電位を引き起こすことはできなかった。これは、RGA-30が、鶏胚の神経系においては毒性を有することを示している。これまでの研究で、膜電位感受性色素の場合にも、毒性には種特異性があることが示唆されている。そこで、次にRGA-30を見本として新しい色素の合成を林原生物化学研究所・感光色素研究所に依頼した。これまでに新しく合成に成功した色素は、NK2273、NK2275、NK2992、NK5156である。このうち、NK5156は鶏胚ではRGA-30のような毒性はみられなかった。その他の色素に関しては、現在その毒性の有無を調べている段階である。
4.今後の展望
本申請研究の二年間に、Laser photo-stimulation systemの作成はほぼ完了し、膜電位感受性色素を使ったイメージングには使えるようになった。しかしながら、本来の目的である「光刺激法」の完成には至らなかった。測定システムの改良と新しい色素の合成・スクリーニングにより、近い将来「光刺激」の技術の完成をみるものと確信している。