2009年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第23号

耐ノイズ性を考慮した高精度な表面筋電位計測システムの研究

研究責任者

戸田 真志

所属:公立はこだて未来大学 システム情報科学部 情報アーキテクチャ学科 助教授

共同研究者

秋田 純一

所属:金沢大学 工学部 准教授

共同研究者

櫻沢 繁

所属:公立はこだて未来大学 システム情報科学部 准教授

概要

1.はじめに
生体情報の継続的な取得は、ウェアラブルコンピュータシステムの有効な応用分野の1つであると期待されている[1]。生体情報の中でも、特に皮膚表面にとりつける電極によって測定される表面筋電位信号(以下、筋電位信号と記す)は、ユーザの動作と密接に関連することから、ユーザインタフェース[2, 3, 4, 5]、運動の解析[6, 7,8, 9, 10, 11]、福祉機器[12, 13, 14] 等への幅広い応用が期待されている。一般に筋電位信号は微弱であるため、その測定では、特にハムノイズなどの外来ノイズの除去が極めて重要である。このノイズ除去には、通常は人体を回路の基準電位(GND)に接続する人体アース法が用いられるが、この方法ではノイズを完全に除去することは困難であり、例えば「ユーザが動こうとする」瞬間を捉えるために必要な、指が数mm動く動作のような微弱な筋電位の測定は事実上不可能である。
一方、複数の箇所の筋電位信号を同時に計測する多点同時計測は、ユーザインタフェースへの応用の観点から有用であると考えられる。特に筋電位信号の高精度かつ多点同時計測技術は、多様な応用分野への展開が期待できる。例えば、人間の手と同程度の複雑さや精密さを有する筋電義手の実現や、運動生理学分野で要望の大きい、筋の個々の運動単位 (MU:Motion Unit) の分離と機能解析といった課題[15] に対しても有効であると考えられる。
しかし従来の筋電位計測システムでは、測定信号を伝送する煩雑なケーブル、あるいは無線通信装置を用いる場合でもバッテリの交換の問題が必然的に存在するために、筋電位信号をユーザの行動を制限しない状態で継続的に測定することが困難であり、結果として筋電位信号の応用分野が制限されることとなる。
著者らは従来より、導電性をもつ布を用いた衣服(導電性衣服)をユーザが着用し、これを平面電極として用いることで、ウェアラブルコンピュータシステムの本質的な問題点である、煩雑なケーブルと、装着するデバイスへの電力供給方法の両者を解決することができるシステムTextileNet を提案してきた[16] 。しかしTextileNet システムで用いる導電布は、その高い電気導電率から静電シールドの効果をもつことが期待される。
本稿では、導電性衣服を用いることでケーブルと電力供給の問題を解消しつつ、さらにその静電シールド効果によって、筋電位信号を低ノイズ・高精度に、同時に多点で計測することができるシステムを提案し、その実装について述べる。またそのノイズ除去効果と多点計測に関して評価を行った結果を述べる。
2.導電性衣服を用いた筋電位計測システム
2.1 導電布と外来ノイズ除去効果
一般に筋電位などの微弱な生体信号の計測は、商用電源に由来するハムノイズなどの外来ノイズの影響を受けやすく、これらの除去は生体信号の高精度な計測のために極めて重要である。ハムノイズ除去のためには、一般に人体の一部を回路の基準電位(GND)に接地(アース)する方法が一般的であり、例えば腕の筋電位測定では、筋電位の影響を受けにくい手首の骨(尺骨茎状突起)付近に接地電極をとりつける方式がよく用いられる[17]。しかしこの方式では、接地電極と筋電位測定箇所との間の人体が拾うハムノイズを除去することは不可能であり、例えば指を数mm 動かすだけの運動に伴う筋電位や、体を動かさずに力を入れた状態での筋電位のような微弱な筋電位信号を測定することは不可能である。このようば微弱な筋電位の測定には、従来は銅網などを用いた静電シールドルームを用いる[18] のが一般的であった。しかし静電シールドルームは可搬性が低いために、実験室での固定した環境での計測に制限され、例えばスポーツ選手がフォーム改善のために実際の運動中の筋電位情報を取得することは不可能である。
一方、ハムノイズの周波数をカットオフ周波数とする帯域阻止フィルタ(ノッチフィルタ)を用いる方法は、ハムノイズを除去するために有効であるが、測定対象の筋電位信号の中のその周波数成分も除去されてしまい、またカットオフ周波数の前後で信号の位相がほぼ180 度変化するため、時間領域での信号の波形が崩れてしまう。これは表面筋電位信号から、筋自体の活動を独立要素解析(ICA)などの信号処理によって求める[19] 際には問題となる。
一方、TextileNet システムで用いる導電布は、その小さい表面抵抗から、静電シールド効果をもつと考えられる。すなわち導電性衣服を着用したユーザは、いわば全身に密着するシールドルームを着用している状態とみなすことができ、微弱な筋電位の測定が可能であると考えられる。さらにTextileNet システムが本来もつ、煩雑なケーブルの解消、および個々の機能デバイス(筋電位測定おける筋電位アンプ等)のバッテリの交換が不要、という特長は保たれるため、高精度な多点筋電位測定システムが実現可能であると考えられる。
2.2 システム構成
本稿で提案する、導電性衣服を用いる高精度・多チャンネル筋電位計測システムの構成を図1に示す。本システムは、利用者が着用する導電性衣服と、導電性衣服上に装着された複数の筋電位取得装置EAQ、および1 つのデータ収集装置DAQからなる。
導電性衣服は2 枚の導電布で絶縁布を挟んだ構造をとり、両面の導電布には裏面の人体側をGNDとして5V 程度の直流電圧が印加され、これが後述の筋電位取得装置EAQ への供給電力となる。筋電位取得装置EAQ は筋電位アンプEAMP と無線通信部COMM からなり、導電布から電力供給を受けて動作する。導電性衣服の裏面に位置する筋電位アンプEAMP は、人体表面に接する2 つの電極から取得する筋電位の差分を4000 倍に増幅する。無線通信部COMM は筋電位アンプからの信号を1k[sample/s] で取得し、無線機(2.4GHz 帯・最大伝送速度1Mbps)を用いて送信する。
データ取得装置DAQ は、各筋電位取得装置EAQからの信号を記録・処理する。
以上のような構成により、筋電位取得に必要な各装置への電源供給は導電性衣服を通して行うことができるため、各装置は個別にバッテリを持つ必要がなく、また身体上にはケーブルをおく必要がないため、運動時にも有効な筋電位測定システムとなる。
なお従来のTextileNet システムを用いることで、原理的には筋電位信号の送受信を導電性衣服上の通信によって行うことが可能である。しかし現行のTextileNet システムが試作段階であるためにデータ通信速度が9600[bps] と低速であり、多点の筋電位信号を収集する通信速度を確保できない。またTextileNet システムにおける導電性衣服上での通信は、導電性衣服表面の電位変化によって行われるが、これが筋電位計測の際の新たにノイズ源となる可能性がある。以上の2 点の理由から、本システムでは導電性衣服を電力供給とノイズ除去シールドにのみ用い、筋電位信号の送受信を無線で行う方式を採用した。なお筋電位信号の送受信を導電性衣服上で行う方式に関する議論は4 節で行う。
2.3 導電性衣服
導電布による静電シールド効果を高めるためには、導電布の皮膚への密着度は高い方が望ましいと考えられる。そこで導電布を構成する導電糸を筒状に編むことで、図2 のような、伸縮性のあるサポータ状の袖部分の導電性衣服を試作した。この導電性衣服が人体側(裏面)の電極となり、この上に絶縁布、および表面の導電布を重ねて装着することで、本システムで用いる袖部分の導電性衣服が完成する。ユーザの装着時の圧迫感を低減するため、絶縁布と表面の導電布は、伸縮性のない布を面ファスナーによって固定する構造とした。
2.4 筋電位取得装置EAQ
筋電位取得装置EAQ は、筋電位アンプEAMP と無線通信部COMM からなる。
試作した筋電位アンプEAMP の回路を図3 に示す。安全性の点から筋電極を装着する皮膚表面との電気的絶縁を確保する必要があるため、入力段は入力インピーダンスの高い計装アンプ回路構成とした。これに続いて、人体の動作などに由来する極めて高周波のノイズを除去する低域通過フィルタ(LPF、1 次・遮断周波数5Hz)、低周波ノイズ成分を除去する高域通過フィルタ(HPF、2次ベッセル・遮断周波数300Hz)、及び非反転増幅回路が接続される。2 つのフィルタの遮断周波数は、筋電位信号に一般に含まれる周波数成分から決定した。入力インピーダンスは2[GΩ]、全体の増幅率は4000 倍である。この筋電位アンプには、導電性衣服から供給される正の電圧から、アンプ・フィルタ回路が必要とする±3.3[V] の電源電圧を生成する電源回路も含まれる。なお筋電位アンプEAMP に接続する筋電極には、日本光電(株)の脳波用皿電極NE-155A を用いた。なお近年は筋電位計測の際に、電極の直近に増幅率が低く出力インピーダンスが小さいヘッドアンプをもつ、いわゆるアクティブ電極を用いる方法が一般的である。上述の筋電位アンプEAMP は、電極と増幅回路との距離が十分短く、アクティブ電極に差動増幅回路を組み合わせたものと同等の特性を持つと考えられる。
また、試作した無線通信部COMM の回路を図4に示す。コントローラ( MCU ) にはSiliconLaboratories社のC8051F320 を用いた。動作周波数は24MHz であり、内蔵の8 ビットA/D 変換機によって筋電位アンプEAMP の出力を1[ksample/s]で取得し、それを無線通信機を制御して送信する。
無線通信機には、SparkFun Electronics 社のuMiRF を用いた。主な仕様は、キャリア周波数2.4GHz、通信速度250kbps (direct mode) または1Mbps (shock-burst mode)、電源電圧3.3V、消費電流13mA(送信時)?18mA(受信時)である。この2 つの通信モードのうちshock-burst モードは、データ送信バイト数の制限があるものの、短時間に大量のデータを送信する場合に有用である。
実際に試作した筋電位取得装置EAQ を図5 に示す。外形寸法は筋電位アンプEAMP、無線通信部COMM 共に19[mm]×23[mm] である。
2.5 データ収集装置DAQ
試作したデータ収集装置DAQ の回路を図6 に示す。筋電位取得装置EAQ の無線通信部COMM で用いたものと同じMCU C8051F320 と無線通信機uMiRF を用いる。用いた無線通信機uMiRF による通信は、単一チャンネル・半二重通信方式であることから、データ取得装置DAQ と筋電位取得装置EAQ との通信手順を図7 のように時分割のマスタ・スレーブ方式として設計した。まずデータ取得装置DAQ が、1 点目の筋電位取得装置EAQ1 へデータ要求REQ1 を出し、それを受けて1 点目の筋電位取得装置EAQ がデータDAT1 を返す。次に、2 点目の筋電位取得装置EAQ2 へのデータ要求REQ2 を出し、データDAT2 を受ける。以下、最後のn 番目の筋電位取得装置EAQn まで、この手順を繰り返す。
無線通信機uMiRF の動作タイミングとshock-burst モードのデータ送信量の制約から、データ取得装置DAQ からの送信要求に対する筋電位取得装置EAQ からの筋電位信号の送信は24サンプル単位で行うこととした。筋電位取得装置EAQ の筋電位信号の取得周期は1[ksample/s] であることから、データ取得装置DAQ は、1点の筋電位取得装置EAQ あたり、24[ms] ごとに送信要求を発する必要があることになる。このデータ収集装置で取得した筋電位信号は、シリアル通信(115.2kbps)を通してPC へ送られ、記録される。
実際に試作したデータ収集装置(PC 以外の部分)を図8 に示す。外形寸法は27[mm]×23[mm]である。
3.筋電位の測定結果
3.1 筋電位の単点測定
まず導電性衣服が用いる本システムがもつ外来ノイズ除去性能を評価するため、筋電位信号の単点測定を行った。試作した筋電位アンプEAMPに対してケーブルを用いて電源を供給し、それを用いて筋電位測定を行う際のノイズ除去方法として、図9(a) のような従来の人体アースと、本システムのノイズ除去方法である、図9(b) のような腕全体を覆う導電布シールド(以下、これを導電性衣服と呼ぶ)の両者の比較を行った。それに加えて、導電布の面積による静電シールド効果を評価するため、筋電位アンプEAMP 部と電極部を10×10cm、および15×15cm の2 種類の面積の導電布(GND 接続あり)で覆った状態も、安静時の筋電位測定の比較対象とした。また導電布がもつ静電シールド効果を評価するため、図9(b) において、導電布を筋電位アンプEAMP のGND(基準電位)に接続しない条件でも同様に筋電位計測を行った。筋電位信号の測定は、筋電位アンプEAMPの出力をオシロスコープ( Tektronix 社・TDS2024)で観測・記録することで行った。
まずハムノイズ除去効果を評価するため、安静時に観測される筋電位信号のスペクトルを計測した。ハムノイズ対策として、人体アース、導電性衣服(GND 接続あり)、2 種類の面積の導電布(GND 接続あり)、導電性衣服(GND 接続なし)の5 つの条件のそれぞれに対して、左腕の同一の箇所に電極と筋電位アンプEAMP を装着し、机の上に左腕を脱力して置いた状態での筋電位アンプEAMP の出力のスペクトルを図10 に示す。なお2 種類の面積の導電布を用いる条件では、導電布を、ほぼ全体が皮膚に密着するように装着した。
人体アースをとった場合の安静時の筋電位信号のスペクトルである図10(a) では、? 25[dBV]のハムノイズ(60Hz)、およびその高調波成分がみられる。一方、GND に接続された導電性衣服を着用した場合の安静時の筋電位信号のスペクトルである図10(b)では、ハムノイズ成分が?41[dBV]であり、人体アースの場合と比較して?16[dB](約1/6 倍)低減されていることがわかる。また図10(c) から、筋電位アンプEAMP と電極をGND に接続した10×10[cm] の導電布で覆った状態でのハムノイズ成分は?35[dBV] であり、導電性衣服を着用した場合と比較して6[dB](約2 倍)のハムノイズ成分が見られる。一方、図10(d) から、筋電位アンプEAMP と電極をGND に接続した15×15[cm] の導電布で覆った状態でのハムノイズ成分は?39[dBV] であり、導電性衣服を着用した場合と同程度の効果を得ることができることがわかる。なお導電性衣服を着用した場合でも、それをGND に接続しない場合には図10(e) のようにハムノイズの振幅は0[dBV] 以上の電源電圧(3.3V)程度に振り切れ、筋電位計測は不可能であることがわかる。
続いて、指の動作に伴う筋電位信号の計測を行った。左手中指の屈伸運動に対応する筋繊維上に25[mm] 間隔で電極を配置し、またハムノイズ対策として、人体アース、導電性衣服(GND 接続あり)、導電性衣服(GND なし)の3 つの条件のそれぞれに対して、それぞれ表1 に示す動作を行った際に測定された筋電位信号を図11 に示す。なお表1 に示す動作のうち、指の運動は手のひらを下に向けた自然の状態から、中指を上に指先が5mm あるいは50mm 程度動かす屈伸動作を表し、また握る動作は、すべての指を曲げて握る動作を表す。
人体アースをとった場合の図11(a) では、ハムノイズに由来するノイズ成分が0.1[Vp? p] 程度あり、5mm 程度の微小な指の運動に対する筋電位信号を分離・判別・認識することは困難であると考えられ、また動作の直前に発生する筋電位信号などのさらに微弱な筋電位信号を計測することは不可能であると考えられる。一方、GND に接続された導電性衣服を着用した場合の図11(b) ではハムノイズ成分が大幅に低減され、5mm 程度の微小な指の運動に対する筋電位信号も明確に現れているため、これを分離・判別・認識することは可能であると考えられる。なお導電性衣服を回路のGND に接続しない場合の図11(c) では、ハムノイズが増幅されて筋電位アンプEAMP の出力は電源電圧近くまで振り切れており、筋電位計測は不可能であることがわかる。
以上から、導電性衣服を回路のGND に接続する本システムにより、指先が5mm 動く程度の微小な運動の筋電位信号の計測が可能であることが示された。また十分なハムノイズ除去のためには、筋電位アンプと電極部分を15×15cm 程度以上の面積の導電布で覆うことが必要であることが示されたが、これは皮膚との接触抵抗を小さく保ちつつ、筋電位アンプや電極とGND との距離を短くする効果によるところが大きいと考えられる。
3.2 筋電位の多点測定: 無線による計測
続いて、試作した無線通信部、データ収集装置を含む本システム全体の動作を実証するため、試作したシステムを用いて筋電位の多点計測を行った。図12 のように、袖部分の導電性衣服に5 個の筋電位取得装置EAQ を装着し、またデータ収集装置DAQ はユーザの腰部分に装着してPC と接続した。
今回試作した無線通信装部COMM は、無線データ通信の誤り検出・再送機構が不十分であったため、5点に対する安定な筋電位計測は困難であった。そこで2点に対してのみ筋電位計測を行った結果を、PC上のデータ表示プログラムの画面として図13(a)に示す。この測定においては、2点の筋電位アンプの筋電極を、異なる指に対応する筋繊維上に装着し、それぞれの指を交互に動かす動作を行った。この結果から、安静時のハムノイズは0.03[Vp?p]程度であることがわかる。
比較対象として、導電性衣服を装着せずに人体アースのみをとった状態で、同一部位に対して筋電位取得装置EAQを用いて無線通信により筋電位を測定した結果を図13(b)に示す。なおこの測定では、筋電位取得装置EAQへの電源供給はケーブルによって行った。この結果から、無線通信部COMM を用いる場合での安静時のハムノイズは0.2[Vp?p]程度と、3.1節の有線測定の場合よりもやや大きくなることがわかる。
以上の結果から、無線通信や導電性衣服を通した電力供給によってハムノイズ除去効果は多少低下するものの、本システムにより高精度・多チャンネルの筋電位計測が可能であることが示された。
4.議論
本稿で述べたシステム構成・測定結果に関する考察を、以下の2 点に関して述べる。
4.1 導電性衣服上での通信方式とノイズ耐性
本システムでは、筋電位取得装置EAQ で取得した各点の筋電位信号を無線通信によって収集する構成をとった。筆者らが既に提案・実装・検討している、導電性衣服上での電圧変化を用いて通信を行うTextileNet システム方式では、原理的には1[Mbps] 程度の通信が可能であることが見積もられている[16] ので、TextileNet システムの改良によって十分な通信速度を確保することができれば、導電性衣服上の通信によって各点の筋電位信号を収集することも可能である。
しかしこの場合、導電性衣服の表面に、通信に伴う電圧変化を生じるため、これが筋電位計測の際の新たなノイズ源となる可能性がある。ただし最も外来ノイズの影響を受けやすい筋電位アンプEAMP とこの電圧変化を伴う導電性衣服の表面の間には、基準電位(GND)に接続されている人体側の導電布があるため、この人体側の導電布がもつ静電シールド効果により、電圧変化の筋電位信号の計測に対する影響は非常に小さくなると考えられる。またこの導電性衣服の表面のノイズ源の問題は、導電性衣服上での通信のための電圧変化を小振幅化する方法により、ある程度解消することが可能であると考えられる。100mV 程度の小振幅電圧変化によって導電性衣服上の通信を行う方式は現在検討中[20] であるが、その筋電位測定に対するノイズ源としての影響の定量的な評価は今後の課題である。
本論文で述べたような、筋電位信号の送信を無線通信で行う方式には、伝送路である空間の電気的特性が安定であるために、原理的には通信速度を高速化しやすいという利点がある。一方、ここで述べたような導電性衣服上の通信を用いる方式には、原理的には伝送に要する消費電力の低減が可能であり、また信号が導電性衣服上で閉じるために秘匿性に優れ、ユーザ間の干渉が起こりにくいという利点がある。すなわち測定した筋電位信号の送信を、無線通信で行う方式、導電性衣服を用いて行う方式は、それぞれに特長があり、アプリケーションに応じて使い分けるのが現実的であると考えられる。
4.2 無線通信による多チャンネル計測の安定化
本稿で述べたシステムで用いた無線通信機は、キャリア周波数である2.4GHz帯がIEEE802.11b/g規格の無線LAN やBluetooth などと同一であるため、無線LAN などが利用されている実験室内では無線通信時のエラーが多く、実効的な通信速度が低くなっていた。またエラー時の再送制御の実装が不十分であったことから、3 点以上に対する筋電位測定を安定に継続して行うことは困難であった。
しかし筋電位アンプの設置数を制限する要因は導電性衣服の電源供給能力と、電極や筋電位アンプの物理的寸法のみであり、多くのアプリケーションにおいて十分な数の筋電位アンプを設置することが可能であると考えられる。また計測した筋電位信号の伝送の点からは、計測点数を制限する要因は通信路の帯域のみであると考えられる。今回は多点の筋電位信号の収集を、時分割多重(TDMA) により行う方式をとったが、符号分割多重(CDMA)・周波数分割多重(FDMA) などの多重通信機能をもつ無線通信機を用い、かつエラー時の再送制御を厳密に実装することにより、安定な通信システムを構築することは十分可能であると考えられる。また高速通信が可能な無線通信機を用いたり、あるいは取得した筋電位信号を送信前に圧縮して通信データ量を削減することで、計測点数を増加させることが可能であると考えられる。
5.まとめ
本稿では、導電性衣服を用いることでケーブルと電力供給の問題を解消しつつ、筋電位信号を低ノイズ・高精度に多点で同時に計測することができるシステムを提案した。また本システムのノイズ除去効果と多点計測に関して実験と評価を行い、有効性が示された。今後は、筋電位の高精度・多チャンネル計測を活用したアプリケーションシステムの構築と評価を進める。