2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

総合的学習を活用した六甲山麓における山風冷気流をテーマとした探究活動の実施

実施担当者

瀧本 家康

所属:神戸大学附属中等教育学校 教諭

概要

1 はじめに
 本校では総合的学習の時間において卒業研究を全生徒に課しており,生徒一人ひとりが個々に研究テーマを定め,最終的に卒業論文を執筆させている。しかし,実際には生徒が研究になり得るテーマを設定し,それに基づいて長期間に渡り研究活動を継続して行うことは極めて難しいのが現状である。そこで応募者は自身の専門分野である気候学,特に局地気候における諸テーマを生徒に提示し,興味を持った生徒ともにこれまで研究活動を共同実施し,学会での発表や論文公表を行ってきた。
 近年の地球湿暖化と都市高温化の進展に伴い,20世紀の100年間において神戸市の気温は1。2℃上昇し,そのうちo。7℃がヒートアイランド現象による寄与分であると指摘されている。ヒートアイランド対策としては,地表被覆,人工排熱,風と市街地形態の3つに整理できる。神戸は南に大阪湾、北に六甲山地をかかえ、静穏日には熱的循環である海陸風・山谷風が発達する。そのため神戸市におけるヒートアイランド対策を考える上では,これらの熱的局地循環の実態を把握し,その活用を検討することは重要である。これまで神戸市における山風とその気温への影響については,山風が市街地気温の冷却効果を有していることが明らかにされている。しかし,観測は7-10月に限られ,年間を通じ,かつ長期間に及ぶ観測・研究はほとんどなされていない。特に,暖候季以外の山風の実態調査や気温への影響は明らかになっていない。
そこで、本研究では以下2点を目的とした探究活動を実施し,生徒の探究実践力を育成する。
(1)長期的な観測により山風の実態を調杏する。
(2)山風が気温分布に与える影響について調査する。
 以上のような局地気候をテーマとした取り組みはこれまでにも幾つかの学校で実施されている。しかし,その多くがヒートアイランド現象の実態把握を目的とした研究であり,山麓冷気流を中心に実施したものはほとんど見られない。そして,既存のデータだけではなく,実際に観測によって得られた生のデータを用いて,分析・考察することを通して,卒業後も役立つ研究実践力を育成することができ,ひいては中央教育審議会(2012)が示しているような汎用的能力の育成につながるといえる。

2 方法
2-1 対象地域
 本研究の対象地域である神戸市は,人口154万人,面積552km2(2015年9月1日現在)である。神戸市の市街地は北方の六甲山(標高931m)を含んだ六甲山地と南方の大阪湾に挟まれた東西方向に伸びた狭い領域に展開している。

2-2 神戸市常時大気測定局と独自気温測定点
 局地風系を調査するための風向風速データは,神戸市環境局所管の常時監視測定局の中から10地点(東灘,六甲アイランド,灘浜,灘,葺合,港島,兵庫南部,長田,須磨,ポートタワー),アメダス2地点(神戸,神戸空港)を用いた。
 局地風系と気温変化の関連を捉えるために,定点型による地上気温の観測を神戸市内計33地点の街区公園で実施した(第5図参考)。観測機器は公園内に位置する街灯やポールを利用して,高度約2。5mに設置した。

2-3 本校屋上における観測
 六甲山地からの冷気流の気温低減効果を調査するために,2016年5月から六甲山地中腹に位置する神戸大学附属中等教育学校(神戸市東灘区住吉山手5-11-1,標高158m)校舎屋上(地上15m)に風車型風向風速計(ミストラル社,WDL-01)と気温測定器を設罹した。


3 結果とまとめ
3-1 神戸市常時大気測定局と独自気温測定点
 六甲山地からの冷気流が発生しやすい晴天日夜間における神戸市常時大気測定局(灘,東灘;第3図中それぞれNa,En)の風向頻度を第1図に示す。これを見ると両地点においてそれぞれ北~北西の風が卓越していることがわかる。この風向は六甲山地の走向と概ね垂直方向であることから,六甲山地から吹送する冷気流を捉えており,その定常性の高さを表しているといえる。
 第4図に両地点の冷気流の時刻別発生頻度を示す。これを見ると北寄りの冷気流の発生頻度には日中と夜間で明瞭に差異があり,概ね18時~06時にかけて冷気流が吹送していることがわかる。

(注:図/PDFに記載)

 第5図に独自に設置した気温測定点と常時大気測定局の分布を示す。晴天静穏日の各地点の気温日変化を調査したところ,観測地点の位置によって特徴的な変化が見られた。そこで,気温日変化の様態に基づき,気温測定点を5つの地域に区分し,それぞれ地域ごとに平均した気温日変化を比較した(第6図)。その結果,山麓では16時以降における気温の急激な低下が顕著に見られ,この気温低下は六甲山地からの冷気流によって生じているといえる。

3-2 本校屋上における観測
 第7図に2016年5月23日の風向(黒点)と風速(橙点;赤線は移動平均)の日変化を示す。この日は移動性高気圧に覆われた晴天静穏日であり,冷気流などの熱的局地循環が発達した。これを見ると,18時~07時にかけて定常的に北寄りの風が吹いており,07時~18時には定常的に南寄りの風が吹いていることがわかる。また,07時と18時における風向の変化は急激に生じているとともに,風速が一時的に弱化している。これらのことから,18時~07時には冷気流が,07時~18時には海風が吹送し,その風速は概ね1~2m/s程度であることがわかる。

(注:図/PDFに記載)