2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

総合学科高校生の科学的リテラシー向上を目指した農業教育プログラム

実施担当者

望月 基希

所属:静岡県立富岳館高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 新学習指導要領(「農業と環境」、「総合実習」、「課題研究」)における学校農業クラブ活動は現行の学習指導要領に比べ、より明確化・充実化した表現で位置づけられている。なかでも、PDSサイクルからなる地域連携型のプロジェクト学習は注目を集める。
 本校には農業を学ぶ生徒92人がおり、14のプロジェクトチームがある。一時、研究に挫折した生徒も、今では研究活動を再開した。生徒からは、向上心をもって学習することを是とする雰囲気を感じる。この過程は、まさに「科学性・社会性・指導性」(学校農業クラブの3大目標)が育つ農業学習であり、農業教育の醍醐味だ。
 本校生徒は「課題研究」(学校農業クラブ活動)において、「科学性」をキーワードに大学や農家、企業と関わりを持ちながら、個の知識・技術を総合化した専門的知識・技術へと深化・発展させ、以下のような地域連携型の自主的研究活動を生徒自らの手で行った。


2.内容
(1)目的
 生徒は農家を訪問する中で、夏季の高温の影響で農作物の品質や収量が低下していることを知り、夏の高温化による産地の衰退を防ぐことに強く課題意識を持った。近年、フェアリーリング(シバがリング状に繁り、その後キノコが発生する現象)の原因として、キノコが新たな植物成長調節物質(2-アザヒポキサンチン(AHX))を生産し、シバが繁茂したことが発表された(静岡大学農学部)。生徒はAHXを活用して高温に負けないトマトを作ることができないかと考えた。
(2)方法・結果・考察
※本実験(AHX区、AHXチップ区)で活用したAHX濃度:0.1mM
 生徒はAHXの特性を知るため、キノコ(シバフタケ等)を試料としシバやイネ等の成長の観察及び分析実験を行った(静岡大学農学部生物化学研究室協力)。高温ストレス条件下におけるAHXの効果を検証した。数種の野菜の種子に35℃の高温ストレスを与え、発芽率を調べたこところ、AHX区のトマトの発芽率は70%、無処理区の1.7倍の値を示した。その後、培地に植えつけたトマトの根の長さを1週間、測定した。その結果、AHX区の根はストレスを受けずに成長することが分かった(第1図)。以上のことから、AHXはトマトに高温ストレス耐性を持たせる効果があることが分かった。

(注:図/PDFに記載)

 産業)の廃材・ペーパースラッジに着目、AHXチップ(1粒あたりの大きさ:1cm、質量:1g、ペーパースラッジをチップ化・炭化させAHXを浸漬・乾燥処理)を考案・開発した。AHXチップを活用したトマト養液栽培(ガラス温室、4区分:無処理区、チップ区、AHXチップ区、AHX区)を行った。その結果、AHXチップ区は無処理区に比べ、栄養成長・生殖成長ともに安定した傾向(成長速度→速い(1.3倍)、根系の発達(1.6倍)、収量→高い(1.4倍))を認めた(第2図)。

(注:図/PDFに記載)

 生徒は、農家や企業と意見交換(研究成果)した。その結果、高糖度トマトを生産している地域のトマト農家へAHXチップが試験導入され、AHXチップ区で健全な成長・収穫が認められた。また、AHXチップの導入により単価の高い夏場の品質・収量の向上や夏場のファンの使用削減(光熱費削減)により、収入・純利益ともに上昇し、経営が改善された。農家における検証で、ポット栽培は土耕栽培に比べチップの効果が現れにくいことが分かった。そこで、生徒は底面給水とAHXチップを組み合わせたポットによる栽培方法を農家と共に考案し、収量を上げることに成功した。


3.研究成果
(1)取組の成果
ア 生徒はAHXによる「トマトの耐暑性(高温ストレス耐性)」を確認した。
イ 生徒のアイデアでAHXと炭化ペ-パースラッジの組合せ「AHXチップ」を開発、複数の農家に試験導入できた。
ウ 生徒はAHXチップによる夏のトマト生産の安定化、農家の経営改善のプランを作成した。
(2)現在の取組・課題
ア 生徒が企業と連携し、AHXチップを量産化、トマト農家への拡大を図る。
イ 生徒がAHXチップを他の作物(キュウリ・レタス・茶・ミカン・メロン・イチゴ・ラッカセイ)に活用し、静岡県の産地を守る。


4.おわりに
 「『農』には陶冶性がある」といわれる。農業を学ぶと、そこに含まれている自然の摂理や人間の英知に触れる可能性がある。そして、「生きる」ことに思いが至り、人間性が育まれる。私は農業教育に哲学を持ちながら、明日の日本の農業に若い息吹を入れることができる青少年を育てたい。