2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

総合学科高校生の科学的リテラシーを向上させる地域実践プログラム

実施担当者

望月 基希

所属:静岡県立富岳館高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 現行の学習指導要領(「農業と環境」、「総合実習」、「課題研究」)における学校農業クラブ活動は前回の学習指導要領に比べ、より明確化・充実化した表現で位置づけられている。なかでも、PDSサイクルからなる地域連携型のプロジェクト学習は注目を集める。本校には農業を学ぶ生徒101人がおり、12のプロジェクトチームがある。一時、研究に挫折した生徒も今では研究活動を再開した。生徒からは向上心をもって学習することを是とする雰囲気を感じる。この過程は、まさに「科学性・社会性・指導性」(学校農業クラブの3大目標)が育つ農業学習であり、農業教育の醍醐味だ。
 本校生徒は「課題研究」(学校農業クラブ活動)において、「科学性」をキーワードに大学や農家、企業と関わりを持ちながら、個の知識・技術を総合化した専門的知識・技術へと深化・発展させ、以下のような地域連携型の自主的研究活動を生徒自らの手で行った。


2.内容
(1)目的
 平成23年3月11日、東日本大震災が発生した。東北地方には津波が到達し、沿岸は壊滅的な惨状となった(第1図)。現在、東北地方沿岸の堤防では法面緑化が行われている。しかし、海岸で見られる「塩・乾燥ストレス」が法面のシバの生育を抑制、整備の課題となっている。生徒は富士山麓の朝霧高原の牧草地でフェアリーリング(シバが輪状に周囲より色濃くなり、繁茂する。その後、キノコ(シバフタケ、コムラサキシメジ等が発生)を確認した。近年、フェアリーリングが生じる原因として「キノコが特異的な植物成長調節物質(AHX(アザヒポキサンチン))を生成し、その影響でシバが繁茂、その物質は一部の植物に特定の環境ストレス耐性を与える」ことが発表された(静岡大学農学部 河岸洋和 教授)。生徒はその物質が植物に塩・乾燥ストレスに強い効果を与えることができるのであれば「東北地方沿岸の堤防の法面緑化」を実現できると考えた。

(2)方法・結果・考察
 生徒は朝霧高原でサンプリングした「シバフタケ(フェアリーリングを引き起こすキノコ)」から得たAHX、AHXの代謝産物「AOH」、「ICA:フェアリーリングのリングのシバを枯らす物質(その後、キノコが発生)」の存在を知るとともに、朝霧高原で採取したシバフタケから「AOH」を抽出した。さらに、AOHが塩・乾燥ストレス条件下での植物の成長に与える影響を検証した(静岡大学農学部生物化学研究室協力)。
ア 塩ストレス条件下における植物成長調節物質の影響
 塩ストレス条件下でのシバの成長を検証した(4 処理区の培地:無処理区、AHX区、AOH区、ICA区、100mMNaCl条件下で6週間培養)。その結果、無処理区は塩ストレスの影響を受け成長が抑制されたのに対し植物成長調節物質を与えた区ではAOH区・AHX区・ICA区の順に塩ストレスの影響を受けずにシバが成長、低濃度のICAも一定の成長効果があった。
イ 乾燥ストレス条件下における植物成長調節物質の影響
 乾燥ストレス条件下におけるシバの成長を検証した(4処理区の培養土:無処理区、AHX区、AOH区、ICA区、乾燥条件(少量の潅水(10mL/週)を段階的に与える)で6週間培養)。その結果、無処理区は乾燥ストレスの影響を受け成長が抑制されたのに対し植物成長調節物質を与えた区(AOH区・AHX区の順に成長、ICA区も一定の成長効果)ではストレスの影響を受けずにシバが成長した。特にAOHはAHXの植物体内の代謝産物そのものであるため、植物への影響が効果的に現れたと考えられる。
ウ 本校のアイデア「AOHチップ」の開発
 富士山麓は製紙業が盛んな町である。生徒はAOHを含む媒体を製紙の廃材「炭化ペーパースラッジ」(産業廃棄物の資源化)とし、AHXチップの開発に加え、成長効果が高いAOHチップ(1粒あたりの大きさ:1cm、質量:1g、炭化ペーパースラッジにAOHを混合)を考案・開発した。
エ 東北地方沿岸の堤防・護岸の法面緑化
 国土交通省やシバ生産者、他県の高校等と連携して宮城県鳴瀬川等の緑化活動を行った(第2図)。
 平成26年9月から平成27年6月にかけ、鳴瀬川の堤防等の法面緑化にAHXチップを導入、植付1年後のシバの被覆率を高めた。平成27年6月にはAOHチップによる鳴瀬川の堤防等の法面緑化を実施し、成長効果を確認した。


3.研究成果
(1)取組の成果
ア 「AOH」が植物(シバ)に塩・乾燥ストレス耐性を与えることを確認した。
イ 生徒のアイデアで「AOH」と炭化ペ-パースラッジの組み合せ「AOHチップ」(最も効果的にストレス耐性を与える)を考案・開発した。
ウ 東南アジアで生徒の活動を紹介、気候変動に悩むアジアの塩害・乾燥地へ「チップ」の導入を依頼された。

(2)現在の取組・課題
ア AOHチップを被災地の堤防の法面緑化や海岸保全(塩害対策)に活用を拡大する(宮城県・青森県)。
イ 最も効果的に機能する「AOHチップ」の現場での検証を継続、塩害水田への応用を考える。
ウ 「AOHチップ」を海外の塩害対策(地球温暖化による気候変動で巨大台風が増加→高波で塩害)、乾燥地の緑化・農業(地球温暖化による気候変動で乾燥地の砂漠化の進行)に試験導入する。


4.おわりに
 本活動は津波被害の地域から生物多様性に配慮した緑地帯を誕生させる。今後も東北復興を目指した生徒による地域実践活動を充実させていきたい。