2006年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第20号

網血小板測定による血小板減少症の鑑別

研究責任者

和田 英夫

所属:三重大学 医学部 臨床検査医学講座 助教授

共同研究者

登 勉

所属:三重大学大学院 医学研究科 病態解明医学講座 教授

共同研究者

坂倉 美穂

所属:三重大学大学院 医学研究科 病態制御医学講座 医員

共同研究者

阿部 泰典

所属:三重大学医学部附属病院 中央検査部  主任技師

共同研究者

西岡 淳二

所属:三重大学医学部附属病院 中央検査部  副技師長

概要

1.はじめに
網血小板(reticulated platelet;RP)は骨髄の巨核球から放出されて間もない幼若な血小板であり、末梢血中に出現したRPは血小板の産生能を反映していると考えられている。RPは成熟した血小板に比し細胞質内にRNAを多く含むことから、1969年にニューメチレンブルー色素で染色される血小板として報告された1)。その後、核酸染色色素であるThiazoleOrange2)で染色した網血小板を汎用のフローサイトメーターで測定する方法が検討され、RPが特発性血小板減少性紫斑病(ITP)や化学療法後等の骨髄回復期に増加することが示された3)4)。しかし、これらの測定方法は作業が煩雑で測定にも時間を要すること、測定プロトコールが標準化されていないこと、測定装置間の機器間差などに起因するデータのバラツキなどの問題があり、日常的な臨床検査として導入する事は困難と考えられてきた。フローサイトメーターを用いたRP測定が実施され3)4)5)6)、血小板減少性疾患の診断や幹細胞移植後の血小板回復の予測指標としてRPを臨床応用することが検討されている3)4),5)~8)。末梢血中のRPは、骨髄中における血小板産生能を反映していると考えられており、末梢血検体を用いて骨髄中での血小板産生能に関する情報が間接的に得られる事は有用である。DryTap等、骨髄検査が困難な状況においては、補助的な情報となり得る。近年では、RPの測定原理を応用した全自動網血小板測定装置が開発され、簡便で精度の高いRP測定が可能になり、ルーチン検査としてのRP測定の有用性が報告されはじめている9)~11)。今回、我々は多項目自動血球分析装置XE-2100(シスメックス)にて、網赤血球測定原理を応用して新たに開発された、幼若血小板比率(immatureplateletfraction;IPF)パラメータを用いて、血小板減少性疾患におけるRP測定の有用性の検討を行った。

2.研究方法
2.1 対象
当院入院中および外来通院中の特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura,以下ITP)70例、再生不良性貧血(aplasticanemia,以下AA)30例、全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus,以下SLE)4例、肝疾患51例(内訳はB型劇症肝炎1例、B型慢性肝炎4例、C型慢性肝炎18例、肝癌7例、肝硬変16例、原因不明慢性肝炎5例)、造血器腫瘍3例および血液・生化学検査で異常の認められなかった健常成人129例(男性N=89、女性N=40)を対象とした。ITPの診断は、厚生省特発性造血器障害調査研究班の診断基準12)に基づき行われ、また厚生省の治療効果判定基準12)を部分修正して、血小板数10万/μl以上I群、血小板数5-10万/μlをII群、血小板5万/μl以下をIII群とした。AAの診断は厚生省特定疾患調査研究班の診断基準に基づき行われ、ITPとの整合性の関係から、血小板数10万/μl以上I群、血小板数5-10万/μlをII群、血小板5万/μl以下をIII群とした。測定にはEDTA-2K加末梢血を用い、測定前の検体は室温保存とした。

2.2 測定方法および解析方法
IPF(IPF粒子数/全血小板数×100(%))および血小板数は、IPF解析用ソフトウエアを搭載した多項目自動血球分析装置XE-2100(シスメックス)試作機にて測定した。本装置では、試料吸引からデータ出力までの工程が全自動で行われ、約1分で測定結果を得ることが出来る。IPFは、本装置の網赤血球測定チャンネル(RETチャンネル)にて測定・解析される。RETチャンネルの測定原理は、半導体レーザを搭載したフローサイトメトリー方式である。個々の血小板細胞は、網赤血球測定専用試薬(RETsearchII)に含まれる核酸染色蛍光色素(ポリメチン系色素およびオキサジン系色素)で染色され、主に細胞の大きさを反映した前方散乱光(FSC)と蛍光(FL)パラメータを軸とする2次元スキャッタグラム上に展開される。その後、IPF、網赤血球、成熟赤血球、成熟血小板などは、IPF測定用に開発された解析ソフトウエアにより自動的に分画される(図1)。

2.3 統計学的解析
統計処理による有意差解析は、一元配置分散分析法(ANOVA)およびBonferroni法にて行った。解析はDrSPSSIIソフトウエア(SPSSInc.)を用いて行った。

3.研究成果
3.1 健常人におけるIPF(%)分布
健常人におけるIPF(範囲)(%)は正規分布を示さず、男性3.29(1.00~10.30)(%)(N=89)、女性3.28(1.10~9.50)(%)(N=40)であり、性差は認められなかった(図2)。図3AはIPFと年齢の関係を示すが、IPF分布には年齢による差(21~60歳)を認めなかった。また、IPFは血小板数に対し、負の相関を認めた(図3B)。

3.2 再現性
連続5回測定時のIPFの変動係数(CV%)は、2.7~14.1%(mean6.4)であり、患者ならびに健常者においても良好な再現性を示した(表1)。

3.3 各種疾患における血小板数とIPF
健常人および各疾患におけるIPFおよび血小板数の測定結果を表2に示す。血小板数については、健常人と比較してITP(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ群)、AA(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ群)ならびに肝疾患では、著明な減少を認めた(P<0.01)が、SLEでは有意差は認められなかった。IPFは、健常人と比較して、ITP(III群)、ITP(II群)、および肝疾患において有意に高値であり(p<0.01)、特にITP(III群)においては顕著に高値傾向であった。しかし、ITP(I群)、AA(I、Ⅱ、Ⅲ群)、SLEでは有意差は認められなかった。ITPでのIPFをみると、III群およびII群において健常人に比較して有意に高値傾向を示し(P<0.01)、III群→II群→I群の順に減少する傾向を認めた。I群におけるIPFは基準範囲内に分布した。一方AAにおけるIPFは健常人に比し各群共に有意差は認めなかった。図4はITPおよびAAの各病期、健常人におけるIPFと血小板数の関係を示したものである。図では健常人は右下に分布し、ITPは左上方から健常人分布範囲に、AAは左下方に分布した。ITPでは血小板数および病期が正常化するにつれ、IPFも減少する傾向を認めた。一方、AAではITPで認めたような血小板数との関連性は認められなかった。以上の結果から、ITPでは骨髄の血小板産生が亢進し、AAおよび肝疾患では正常もしくは、やや増加することが示唆された。骨髄産生能が低下しているAAにおいて、IPFあるいはRPが正常、軽度上昇するという結果は過去にも同様の報告10),11)がある。ITPやAAにおける骨髄での血小板産生能については、これまで骨髄検査成績、血小板寿命、トロンボポエチンなどの成績が報告されており5)13)、今後IPFとこれらの項目との関連性を検討する必要がある。一方、肝疾患では軽度のIPF上昇を認めたが、ITPのような顕著な増加ではなかった。今後脾機能亢進などの要因等も含めた検討が必要と思われる。今回の検討の結果、IPFは血小板減少性疾患、特にITPにおける診断補助項目として有用と思われた。また、ITPおよびAAにおいては、病期によってIPFの分布が変化しており、これらの疾患の治療効果をモニターする上で、血小板数と共に、IPFを併用することで有用な情報が得られる可能性がある。筆者らは、以前より自動網赤血球測定装置R-2000改造試作機(RPA-2)を用いた網血小板測定を検討し、前処理を必要としない迅速性や、ITPの診断補助や幹細胞移植後の血小板産生指標としての可能性を報告した10)11)。さらに我々は、ルーチン検査化を実現させるため、現在導入されている、多項目自動血球分析装置XE-2100の網赤血球測定チャンネルを用いた網血小板測定方法を開発した。これにより得られた結果は、RPA-2での結果と良く一致し、結果として測定時間の短縮化や、多検体処理が可能となった。

4.今後の課題
RPの定義は未だ統一した見解は得られておらず、どの集団を網血小板として分画するかという課題に対する考え方は様々である。今回検討したIPFは、臨床的な感度・特異性が最適となるように分画ゲーティングが設定されている。また、この方法で算出されたIPFには巨大血小板も含まれていると考えられる。つまり、IPFは「核酸染色色素によく染色される血小板」という物理的な現象を反映したパラメータであり、この意味合いにおいても、統一された定義が無いRPとは区別した名称としてIPFが採用されている。生物学的な観点(例えば血小板回転や血小板産生機序等)からのRPの定義、あるいはコンセンサスが得られた基準値の設定手法に関しては今後の課題であると思われる。

5.まとめ
多項目自動血球分析装置XE-2100(シスメックス)を用い、末梢血中の網血小板(幼若血小板比率,IPF;ImmaturePlateletFraction)を測定し、血小板減少性疾患における臨床的有用性を検討した。当院外来通院中および入院中の特発性血小板減少性紫斑病(ITP)70例、再生不良性貧血(AA)30例、全身性エリテマトーデス(SLE)4例、肝疾患51例、造血器腫瘍3例および血液・生化学検査で異常の認められなかった健常成人129例(男性N=89、女性N=40)を対象とした。今回の検討より、IPFは重症ITPで著しく増加し、血小板減少性疾患における診断補助項目として有用であると思われた。またITPおよびAAの治療効果をモニターする上で、IPFが有用な指標となり得ると考えられた。また、化学療法および幹細胞移植の治療過程においても、IPFは血小板回復時期を予測する上で有用な指標となり得る可能性が示唆された。