2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

絶滅危惧種アサザの系統栽培による矢部川水系の環境保全

実施担当者

吉田 春香

所属:福岡県立八女高等学校 常勤講師

概要

1.はじめに
 本校自然科学部生物班は、2002年4月より現在に至るまで矢部川水系の自然をテーマに調査探究及び保護・啓蒙活動を続けている。2008年6月から筑後市と環境パートナーシップを締結し、現在もガマ池の環境改善活動を継続している。2012年6月から、南筑後地域自然共生連絡協議会(事務局:南筑後保健福祉環境事務所)から、福岡県の絶滅危惧ⅠA類、アサザの系統栽培を依頼され実験室横で栽培を開始する。筑後市下北島の野生種の生態の観察とその生育場所近辺の環境保全を行っている。今回は、2015年度の活動について報告する。


2.これまでの研究
2-1 アサザとは
 アサザは,ミツガシワ科の多年草の浮葉植物で,ユーラシア大陸に広く分布し,日本にも北海道から九州まで分布していた。日本では,クリーク(用水路)に多く生息し,とても身近な存在であった。しかし近年アサザは,生息環境の変化によって急激に数を減らしている。そのため,福岡県レッドデータブックによると福岡県の絶滅危惧ⅠA類に指定されている。ちなみに福岡県にアサザは3箇所しか自生していない。その生育地の1つが本校近郊の筑後市下北島に存在している
 アサザは,異型花柱性で,それぞれ違う型同士で受粉を行う。異型花柱性とは,それぞれの型によっておしべとめしべの相対的な長さが異なる複数のタイプが同一種の中にあることで,自家受精を防ぐしくみに関係しているとされている。アサザの場合は3種類で,おしべに対してめしべが短い短花柱花型,おしべに対してめしべが長い長花柱花型,おしべとめしべの長さがあまり変わらない等花柱花型(突然変異種)である。突然変異株とされる等花柱花型以外では自家受精や同系統同士の受精では良好な種子はできにくいとされている。
 下北島産のアサザは短花柱花型のみで,ほぼ同一個体に由来するクローンに近い個体群でとないかとの説明であった。同一系統のみでほとんど有性生殖が行われていない個体群は他地域で報告されているので,これが一般的にも(下北島産のアサザ個体群にも)成り立つと仮定しての説明であろう。しかし,予想に反して下北島産のアサザ個体群では,2013年に引き続き2014年も種子が形成された。

2-2 アサザ発芽実験の結果と考察
 2014年の発芽実験はプランタで栽培していた個体からのたった3個の種子による発芽実験だった。
 2015年の発芽実験は,野外で採取した個体から行った。種子は3個から75個へ増やし、定量的なデータ取得を目指した。
種子の保存方法の違い
2014年 冷暗所(水中)
→冷暗所で保存したアサザの種子は発芽率が上昇する(既知)
2015年 常温(水中)
発芽率を比較することはできないが,「日の当たる窓際で発芽が促進された」

2-3 発芽種子の継続栽培の成功
 発芽種子を育てるのは,学校のという環境下では大変困難ではあるが,「条件が整えば,野外で形成された種子は十分な繁殖能力がある。」ことを証明できた。筑後市下北島のアサザ個体群は単なる栄養生殖だけではなく,有性生殖により維持されてきたのではないか。」と考える。

2-4 新天地のアサザ(短花柱花型)に関する考察
 2015年夏、アサザの従来の繁殖地より7mほど上流にアサザ(漂着)が新たに生育していることを発見した。ここを新天地とよぶ。
【新天地アサザの漂着に関する仮説】
仮説Ⅰ:栄養体(茎の一部など)が漂着し繁殖した。
仮説Ⅱ:種子が漂着し,発芽成長した。
仮説Ⅲ:誰かが持ちこんだ。
八女高は仮説Ⅱを支持する。
【理由】
1 新天地は同一水面の上流部にあり,中間にブラジルチドメグサよけ?の網が設置されている。
2 新天地のアサザが発見された時点では,岸辺は近づく憎いほど雑草で被われていた。
3 学校では,種子から発芽した個体が十分に成長した。


3.矢部川水系に生息する生物調査
 本年度に矢部川水系で予定していた調査は、①クロモが生息する地域での水草と淡水魚の調査、②下北島のアサザ群落周辺の淡水魚の調査、③下北島のアサザ群落周辺のソデ群落の調査及び④下北島のアサザ群落上の昆虫の調査の4つである。2014年夏は雨天が多く野外調査を行えない日が多かった。加えて、日照不足の影響で下北島のアサザ群落の成長も悪かったため、アサザの浮葉上に展開される様々な昆虫たちの活動を観察することもできなかった。なお、下北島のアサザ群落の周辺の植物調査ではおびただしい種類の外来種が確認された。そのような中で、アサザも新しい繁殖場所を見つけているので、今後、継続観察を行っていきたい。


4.地域での啓蒙活動や研究発表
 本校では以下にあげる多くの地域での啓蒙活動やボランティア活動及び研究発表に取り組んだ。
①筑後川・矢部川河川愛護推進協議会主催「私たちの活動報告会」発表(7月)
②南筑後保健福祉環境事務所主催「自然観察会」(7月他)参加
③NPO法人まちづくりネットワークちくご主催「ちくご子どもキャンパス」参加(7月)
④高文連主催「福岡県高等学校生徒生物発表大会」(地区11月、県12月)発表
⑤高文連主催「福岡県高等学校生徒ポスター発表大会」(12月)発表
⑥自然共生事業に関する協力「環境フェスタ in ちくご」(1月)参加・・・他
 これらの活動の中で生徒たちは、地域社会とともに考えていく能力を高めていくことができた。なお、一つの学校で行うことのできる限界を越えている感じがするので、内容の精選が必要である。


5.今後の課題
1 筑後市下北島産のアサザ個体(短花柱花型)で形成された種子から,どのような花が形成されるか確認する。(なるべく複数)
2 筑後市下北島産のアサザ個体群の維持・衰退防止のため,土壌改良や植栽などを考える。
3 土壌調査を行い、現在の無機的環境を分析し、定期的な調査を行うことで、定量的定性的なデータを得る。そこから、アサザがなぜ絶滅危惧種になるに至ったのかの原因を突き止めることを目指す。


6.まとめ
 本校自然科学部生物班の活動は、調査研究活動から地域啓蒙活動・ボランティア活動まで多岐に渡っている。下北島産のアサザの保護活動では、栽培方法の研究や種子の採取など一定の成果をあげている反面、活動が飽和状態になってきている。活動内容の精選を考える時期にきている。