2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

統計学で高校野球を科学する「セイバーメトリクス」

実施担当者

笹木 覚

所属:山形県立鶴岡南高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 野球選手の成績は、打者であれば打率、ホームラン数や打点など、投手であれば防御率や勝利数などが注目されている。しかし、同じ単打であっても走者の状況で打点は変わり、投手が打ちこまれても味方の得点が多ければ勝利投手になるなど、自分の打撃結果以外の状況に応じて変化する成績も多く、よく目にする成績だけでは選手そのものの能力を正確に表しているとは言えない。そこで近年は、メジャーリーグや日本プロ野球の選手評価として、セイバーメトリクスという野球における統計学を用いた評価方法が活用されている。運や状況の要素をなるべく排除した指標や、OPS(出星率+長打率)などの打者を評価する統計学的に根拠のある指標が編み出されている。また、セイバーメトリクスは野球というスポーツを科学的に捉えることから、野球の特性を知り、野球の新たな視点で楽しむうえでも注目度が高まってきている。しかし、現在高校野球においてセイバーメトリクスを活用している例は少ない。理由として、データ収集に手間がかかり、数値計算も複雑なものが多い事が挙げられる。高校野球はプロ野球と比較してホームランが少ない、送りバントが多い、チームの戦力の格差が大きいなど、打撃内容が異なるためプロ野球で使用される指標で選手の評価を行っても良いかどうかは分からないため、高校野球における検証が必要である。
 今回は、セイバーメトリクスを野球に関するデータを収集し、活用するという広い意味で捉え、本校野球部員自らによって、毎日の練習や試合のデータ、および第98回全国高等学校野球選手権山形大会の試合記録を収集、分析を行い、試合での勝利に活かすことと練習効率の向上に活かすことの二つの観点からデータの活用を試みた。試合で勝つためのデータの活用として、野球におけるセオリーを検証し、効果的な戦略を考えた。練習効率の向上に活かすために、H々の練習の記録を詳しく記録、分析し数値化することで練習に還元できる環境の構築を目指した。


2 データの収集と活用
2-1 試合におけるデータの活用
 試合で勝利するためには、相手よりも多くの得点を得ることが必要である。そこで、1試合での打撃成績と得点を集計し、打撃成績と得点の相関係数を求めることによって関係性を調べた。集計した項目は表1のとおりである。対象とする試合は第98回全国裔等学校野球選手権山形大会の全48試合、のべ96チーム分である。表2は各項目の相関係数である。得点に関わる相関係数を見るとOPSは0.815という強い相関を示していることがわかる。OPS(On-base plus slugging)とは、出塁率と長打率の和であり、プロ野球においては、打率や出塁率よりも得点と相関のあるとされており、近年は打者の得点力を示す値として重要視されているが、高校野球においての有効性は示されていない。相関係数は塁打0.819や出塁率0.793、長打率0.775などでも強い相関を示しているが、OPS0.815が塁打に次いで2番目に高い値を示した。つまり、高校野球においてもOPSは得点力を見る指標として適しているが、塁打も同等に滴していると考えられる。その他の項目でも気になる関係性を見出すことができた。それは、四球と盗塁成功、失策出塁の3項目間で相関がみられたことである。実際の試合において、盗塁の成功失敗には、走者の走力の他に、相手バッテリー間の能力や内野手の連係が鍵を握る。四球が相手投手能力の良し悪しを表し、失策出塁が相手内野手の守備力を表しているとすれば、バッテリー、内野手の守備力の悪さが盗塁を仕掛けて成功させる隙をつくつていることを示すデータとなる。また、四球と失策出塁の関係は、野球経験者ならばよく耳にする「コントロールの悪い投手が守備のリズムを崩す」と言う抽象的な表現を裏付けるデータとなると考えられる。
 得点は様々な打撃結果が相互に作用して決まる。そこで、これらの打撃成績が得点にどのくらい影響しているのかを調べるために、重回帰分析を試み、得点の予測値を算出した。その結果を図lに示した。目的変数を得点とし、説明変数を表1の色付きの17項目に設定した。偏回帰係数が表3である。最も偏回帰係数が大きいのは本塁打1.564であった。偏回帰係数が大きいものほど得点に関係していると考えると四球0.484は単打0.449よりも少し高い値を示し、四球のほうが得点につながりやすいと捉える事もできそうである。これも野球経験者なら耳にする「単打の走者よりも四球の走者のほうが得点しやすい」という通説を裏付けとなるかもしれない。また、犠打0.072に関してはほとんど得点に影響が出ておらず、犠打の意義として、得点の確率を挙げる効果よりも、三振やゴロ、フライのような負の影響を出さないための消極的な作戦と捉える事もできる結果となった。

(注:図/PDFに記載)

 最後に、選手権大会での成績別の打撃成績の比較を行い、成績上位のチームに見られる特徴を分析した(図2)。上位進出チームになるにつれて1試合平均の得点、単打は増加し、三振は減少し
ている。これらの結果は予想通りであった。死球に関してはベスト4以上のチームが多い結果となった。強豪校の打者を相手にした場合に、コースを厳しく攻める投球が必要となり、内角を突くことが増加することが考えられる。二塁打、三塁打、本塁打の長打に関しては、上位進出チームのほうが多いという結果は得られなかったのは意外であった。ベスト4以上チームの結果を見ると、ゴロが多く、内野フライが少ない。対して、初戦負チームはゴロ、内野フライが多く外野フライが少ないことが分かる。つまり、一回戦を勝ち抜くためには最低限外野まで飛ばす打球を打つ打撃力が必要であることが考えられる。しかし、さらに上位を狙うためには、ベスト4以上チームのゴロが多いことを考慮すれば、強い打球かつ、低い打球を打つ技術が必要である。一般的に強豪校となると、長打中心のパワーヒッターぞろいというイメージがるが、このデータを見る限り、最低限のパワーがあり、低い打球を打つ技術のある打者が強豪校の打者の傾向と捉えることができる。我が鶴岡南高校は3回戦で敗戦したが、打撃の傾向としてゴロが少なく、外野フライや長打が多いことが分かる。一定の打球を飛ばす力はあるものの、低い打球を打つ技術が不足していると考えられ、今後のチームとしての課題を示した結果となった。

(注:図/PDFに記載)

2-2 練習におけるデータの活用
 毎日の部活動の練習効率を上げるには、練習後に内容を評価することと、次に向けての具体的な目標設定が不可欠である。そこで、毎日の練習で得られるデータを収集し、選手たちが簡単に振り返ることができる環境の構築を試みた。集計した項目は、フリー打撃の成績(表4)、練習試合や試合形式の練習での投手・打者の結果、ブルペンでの投球練習記録、体重(表5)、ウエイトトレーニング記録などである。iPadやスマートフォン、ビデオカメラなどを用いて投球フォームや打撃フォームを動画で記録した。これらのデータを直ぐにパソコンに入力し、オンラインストレージサービスDropbox(https://www.dropbox.com/ja/)に保存した。選手は各自のスマートフォンにDropboxアプリをインストールすることで、いつでもどこでも簡単にその日の練習を振り返られるようになった。定期的にアンケートを取り、役に立つデータや収集してほしいデータを調査し改善を行った。
2月のアンケートでは全員が自分の練習の効率向上にデータが役に立っていると回答するに至った。また、現在と過去のデータと比較することで選手のパフーォマンスの推移を客観的に確認できるようになり、指導者も活用できることが分かった。

(注:表/PDFに記載)


3 まとめ
 今回の探究活動を通して、これまでの野球のセオリーや考え方について新たな視点で再考察する良い機会となった。特に「守備にとって単打の出塁より四球の出塁のほうが嫌だ」などといった経験者特有の感覚について数値で示すことができた。野球において、打者は監督が出したサインに従って作戦を実行するが、打者本人が監督のサインの意図をくみ取るか否かが思い通りの試合運びをする上で重要になる。その際に共通した打撃への価値観があれば、打者・監督間の作戦の思い違いをなくすことができる。今回導かれた結果は、チームにおける打撃結果の価値をチームで共有できる良いデータとなり、十分活用できると考えられる。今後はこれらのデータを毎年集めていくことで、各年のチームの特徴を捉え、その年のチームに合った作戦をたてる情報となることも期待できる。また、導かれた数値の考察を選手自らで行ったが、選手にとっては野球について考える良い機会となった。
 また、日々の練習でデータを振りかえられる環境の構築にあたり、相当量のデータの記録をマネージャーがメインとなって行ったが、負担となることも分かった。選手のアンケートからデータの必要性も確認でき、指導者から見ても選手自ら客観的に分析して練習に取り組む姿も見られ効果を感じられたが、今後は選手やマネージャーの人数に応じて本当に必要なデータを吟味しながら練習に支障のないように収集していく必要がある。今後はデータ活用によってどのような効呆が表れたのかをアンケートや感覚だけではなく数値化できるような方法を考えたい。データの共有方法としてオンラインストレージサービスは、手軽で大変有効であることも分かったので、継続してデータの共有を行っていきたい。