2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

組織低酸素イメージングセンサの開発と造影剤投与不要な初期がん検出への実用

研究責任者

塚田 孝祐

所属:慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 准教授

概要

1.はじめに
がんの早期発見は罹患後の生存率向上だけでなく国の医療費削減につながるため、医学的・技術的にも重要な課題である。最近の CT や MRI の空間分解能の向上によって初期がんの早期発見が期待されるが、ミリ単位の超初期がんを検出することは未だ困難であり、また機器が大型で長い検査時間を要するため、集団検診に適応するには至らない。一方、内視鏡検査は胃、食道、大腸、気管、胸腔などに限定されるが、機材も小型で広く普及しているため、集団検診における腫瘍の早期発見に適している。しかし、直径数ミリメートル程度の上皮性初期がんは正常組織とのコントラストが低く、発見は困難である。最近では腫瘍に特異的に蓄積する発光薬剤を投与して可視化する研究が報告されているが、健診を受ける全ての被検者に静脈内投与することは安全性や検査時間を考慮すると非現実的である。以上を勘案し、①多くの被検者に適用可能、②投薬不要、③初期の腫瘍検出率や診断確度を向上させる、以上を実現する技術開発が新たに必要である。
これまで著者らは腫瘍の低酸素を改善することで放射線効果が増大することを報告した 3)。また短パルスレーザによるリン光色素の光化学反応を用いて腫瘍組織の酸素分圧を in vivo で連続計測する光学系を開発し、直径数ミリの初期がん表層の低酸素状態を定量的に解析した。有機ELの発光にもリン光材料が用いられており、同じ酸素消光の原理を用いることで酸素センシングが可能となる。造影剤を投与せずに将来的に初期がんを検出する新たな手法として、有機 EL 型の酸素センサを開発し、将来的には内視鏡などに搭載することで腫瘍の低酸素情報を可視化し、がんの超早期発見に応用することを目的とした。本法は従来の酸素電極法には無い特徴を有しており、将来的に有機 EL デバイスの電極パターン、受光素子回路、波形処理回路などを同一基板上に配線することにより、装置全体の大幅な小型化が可能になる。例えば在宅医療におけるハンディタイプの呼気ガス計測器への応用や、さらなる小型化により携帯電話等のモバイルデバイスにセンサを組み込むことも期待できる。
本報告では、センサ素子の試作を行い、酸素センサとしての特性を明らかにするための光学系の構築、培養細胞を用いた実測実験を行い、有効性を検討した。

2.有機 EL 型酸素センサデバイスの作製
有機材料として可視光域に 647 nm~波長の赤色発光スペクトルを持つポルフィリン錯体であるPlatinum(II) 2,3,7,8,12,13,17,18 -octaethyl-21H, 23H-porphyrin (PtOEP)をリン光ゲスト材料とし て 用 い た 。 ホ ス ト 材 料 と し てPoly(9-vinylcarbazole, PVCz)を用いた。本研究で作製したデバイスは電子注入層と発光層が兼用であり、PVCz と PtOEP の最低空軌道(LUMO, Lowest Unoccupied Molecular Orbital)はそれぞれ 2.2 eV、3.2 eV、そして Al の仕事関数は 4.2 eV である(図 1)。

(注:図/PDFに記載)

ダイヤモンドカッターを使用し市販の ITO ガラス基板を 30 mm×30 mm の大きさに切断した。幅 4 mm にマスキングテープを貼り、王水に 5 分間浸してマスキングテープの貼られていない箇 所の ITO を溶解させた。次に、スピンコート法を用いて正孔注入層及び発光層を積層した。基板上 に正孔輸送層である PEDOT:PSS を 0.25 mL 滴下し、スピンコーター (SC200、 ナノテック)を用いて、500 rpm×5 秒、2500 rpm×30 秒間回転させ、塗布した。その後、発光層である PtOEP と PVCz の混合液を同様にスピンコートした(図2)。
真空蒸着装置 (VPC-260F、アルバック)を用いて、有機層を塗布した基板上に Al を蒸着した。その際に用いた蒸着用メタルマスクは陰極幅 2 mm と 100 µm の 2 種類作製した。陰極の膜厚は真空蒸着装置内に水晶振動子センサを設置し、センサを水晶振 動式成膜コントローラ (CRTM-6000、アルバック)に接続して測定した。陰極の膜厚は 150 nm とした。

(注:図/PDFに記載)

作製した 2 種類の有機 EL デバイスの写真を図3に示す。青い点線で囲まれた部分が陽極、赤い点線で囲まれた部分が有機層である。

(注:図/PDFに記載)

有機 EL デバイスは酸素濃度および温度を自在に制御できるアクリルチャンバー内に設置した。チャンバーには N2 ガス及び Air (大気、N2: 80 vol%-O2: 20 vol%)を流入させ、混合比を流量計(RK-1450、KOFLOC)で調整することで任意の酸素分圧環境を設定した。天板には M4 用のねじ穴と気体の inlet/outlet のための穴を、底板には導線を導入するための穴をそれぞれ設けた(図4)。

(注:図/PDFに記載)

3.光学系の構築
有機 EL デバイスの励起源となるパルス電圧は LabVIEW DAQ (USB-6229、National Instruments)を用いて生成した。励起条件はパル ス電圧 18 V、パルス幅 10 μs、周波数 10 Hz とした。発光した有機 EL の様子を図 5 に示した。
パルス電圧を有機 EL デバイスに印加した際に放出されるリン光は、BPF (Band Pass Filter)を通して PMT (光電子増倍管、H5784-01、浜松ホトニクス)で受光した。この PMT の受光波長は300 - 850 nm であり、可視光から近赤外までの波長に対応可能である。取得した波形はOscilloscope (DL9140、 横河電機)にデジタルデータとして出力した。リン光の減衰時間を測るサンプリング周波数は 625 MHz とした。測定環境は気相で、密閉容器内に N2 ガスと Air ガスを流入することで、0 mmHg から 160 mmHg までの酸素分圧を設定可能とした(図6)。

(注:図/PDFに記載)

4.発光特性と有効性の検討
図7に陰極の幅 100 µm の有機 EL デバイスを用いて無酸素下 (pO2=0 mmHg) と大気下(pO2=160 mmHg)における2 つのリン光波形を表示した。チャンバー内の酸素分圧によってリン光寿命が変化しており、酸素センサとして機能していることが分かる。

(注:図/PDFに記載)

次に、室温下で有機 EL デバイスを設置したアクリルチャンバーを酸素分圧で 0 mmHg から160 mmHg まで 40 mmHg 刻みで変化させた。酸素分圧変化は N2 ガスと Air の混合比を変更することで行い、その総流量は 0.4 L/min で固定した。図8の Stern-Volmer プロットは線形性を示すことから 6)、酸素センサとして有効な計測が可能であることが示された。しかし、低酸素に比べて高酸素条件ではリン光寿命が短くなることから、寿命の測定不確かさが大きくなるために測定精度に課題が残る結果となった。

(注:図/PDFに記載)

リン光消光反応は、周囲の酸素分圧変化に伴いリン光寿命だけでは無くリン光強度も変化することが知られている。リン光強度の変化により酸素分圧を測定する方法は、測定の高速化や CCD による二次元領域の測定など広範囲の測定に優れている。実際に、本研究で作製した有機 EL デバイスからも酸素分圧の変化によりリン光強度の大きな変化が見られた(図9)。しかし、後述する非発光点であるダークスポットの発生などの原因から、酸素分圧以外の原因に依存したリン光強度の変化は大きい。また、連続駆動することでリン光強度は徐々に減少していくため、酸素分圧変化に伴うリン光強度の変化との区別をしにくいという欠点もある。これらの観点から、有機 EL 型酸素センサはリン光強度では無くリン光寿命を利用した酸素分圧測定の方が好ましいと言える。

(注:図/PDFに記載)

5.細胞培養実験への応用
作製した有機 EL デバイスはセンサ面の封止を行っていないため、蒸着した陰極が剥き出しの状態となっており、生体計測を行う際に培地や組織の接触により陰極が剥離してしまう(図 10)。また、剥離した金属陰極が細胞や組織に対する侵襲性を有する可能性も考えられた。そこで、酸素透過性が高いポリマーである Polydimethylsiloxane (PDMS)を有機 EL デバイス表面に塗装し、センサ面の保護および細胞毒性を低減させることを行った。PDMS は光学的に透明であり、可視光領域において吸収が少なく、自家蛍光も小さい。さらに、細胞や組織に接触する際、材料そのものが細胞や組織に刺激与えないことが条件となるが、PDMS は生体適合性の高い材料であり、細胞培養に適している。

(注:図/PDFに記載)

まず、液状の PDMS 樹脂 (SILPOD184、東レダウコ ーニング ) と PDMS 用重合剤 (SILPOD184、 東レダウコーニング)を質量比 10:1 で混合し、脱泡後、液状の PDMS 樹脂をセンサ基板に均一に塗布し、スピンコーターを用いて PDMS を塗布した基板を 500 rpm×5 秒、1000 rpm×30 秒回転させ、薄膜化した。その後、75℃のホットプレート上で1 時間加熱することで、PDMS の重合反応を促進し、硬化させた。厚みはおよそ 70 µm に調整した。培養液を満たす培養槽を同様に PDMS の素材で作製し、図 11 に示すようにセンサ面に細胞を培養できるように設計した。

(注:図/PDFに記載)

ヒト肝癌細胞 (HepG2)を 10cm ディッシュを用いて培地 DMEM にて confluent な状態まで培養した。センサ面に貼付した PDMS 薄膜をコラーゲンコートし、HepG2 を 5.0×105 cells/cm2 で有機 EL デバイス上に播種した。播種後、37 ℃ インキュベーター内で 24 h 培養し、Calcein-AM (Ex. 488 nm/Em. 515 nm)により染色した細胞像を図 12 に示す。

(注:図/PDFに記載)

有機 EL デバイスは透明ガラスヒーター(S101,BLAST)で構成されるガラスチャンバー内に設置し、培地温度を 37℃に維持した。酸素分圧の測定は、細胞の播種直前と播種6h後に行った。その後、細胞呼吸を阻害する試薬である Antimycin A を培地内に添加し、1h後に再び酸素分圧の測定を行った。
図13 に示した培養前後の酸素分圧値は培養6h後の細胞周囲の酸素分圧は培養前と比較して 68 mmHg 減少した。また、Antimycin A を添加した 1h後には細胞周囲の酸素分圧値は培養前とほぼ同じ値を示し、酸素分圧値の変化は細胞呼吸により細胞周囲の酸素が消費されたことが原因であることが示された。

(注:図/PDFに記載)

6.問題点と今後の展開
試作した有機 EL 素子からの発光強度は素子間のばらつきが大きく、一定しない問題点が残った。この原因として作製行程におけるゴミや埃などの異物の接触が非発光点になることが考えられた。有機 EL 素子の膜厚は電極部分を含めても200-300 nm 程度であるため、製造工程で 1 µm 程度の埃が基板上に付着すると、ダークスポット発 生の原因となる。本研究では、清浄度 ISO クラス4 を有するクリーンベンチ内で蒸着までの作業を行った。この清浄度は精密電子部品や半導体の製造では明らかに不十分であると言え、有機 EL デバイスもそれらと同等の清浄度の空間で製造すべきであると考えられる。実際に CCD カメラを用いて、有機 EL デバイスの発光面を観測するとダークスポットが観測され、さらに同一条件で作製したデバイスにも関わらず発生量が異なることが分かる(図 14 a,b)。

(注:図/PDFに記載)

これまで電極素材には仕事関数と作製の容易さを考慮して Al を用いてきた。しかし、高感度化や医療応用を考える上で、陰極素材の選定は今後の課題としてあげられた。まず、Al 陰極の酸素透過性は極めて低い。酸素分子は陰極と発光層の境目から発光素子内部にわずかに侵入し、センシングに寄与していると考えられるが、酸素の測定感度を上げるためには陰極幅をより矮小化する必要がある。一方、陰極幅を狭くすると、強度の低下、ダークスポットへの耐性の低下、それによる断線率の増加といった問題が発生すると考えられる。よって、電極自体が酸素を透過できる物質を陰極に採用することが求められる。また、Al は周囲の酸素により容易に酸化し、さらには水への耐性も低く、先行研究においても Al 陰極のデバイスからの剥離が見られた。液相における実験では、水による腐食を防ぐために PDMS コーティングを行い、ある程度の効果が見込めたが、PDMS はガス透過性を持つ物質である以上、水蒸気の侵入は避けられない。
本センサのメリットとして、酸素濃度を絶対値計測可能な点にある。臨床現場において幅広く使用されているパルスオキシメータは酸化・還元ヘモグロビンの吸光度の差を利用し酸素飽和度の測定をしている。しかし、パルスオキシメータで用いられる 660 nm の波長における一酸化炭素ヘモグロビンと酸化ヘモグロビンの吸収スペクトルが類似するため、この酸素センサでは一酸化炭素中毒による組織低酸素の検出は極めて困難であるのが現状である。また、測定部位も血液が豊富な部位に限定されてしまう。一方、有機 EL 型酸素センサは生体に貼付して酸素分圧値を直接測定出来るため、迅速な一酸化炭素中毒の判別が可能になると考えられる。
また、冒頭で述べたように、有機 EL をセンサに用いる利点として、フレキシブルな素材による作製が可能であることである。曲げ伸ばしが自由にできる素材であれば、生体のあらゆる箇所に密着でき、センサとしての応用性が広がる。フレキシブルな有機 EL の素材として金属を用いている例も存在するが、本研究の陰極は微小な幅であるため、曲げ伸ばしに弱いと考えられる。よって、今後の応用を考える上で、陰極として用いる素材は、それ自体が酸素を透過し、酸素や水蒸気への耐性が高く、かつ曲げ伸ばしに強い性質を持つことが望まれる。例えば、Ag ナノワイヤは導電性を持つナノオーダーの金属ファイバーであり、近年様々な種類のものが作製されている。これは液体中に存在できるため、有機物質と同様に、スピンコートやドロップキャスト法による成膜が可能であり、様々な基板にパターニングできることが知られており、将来的なフレキシブル基板への応用が期待できる(図 15)。

(注:図/PDFに記載)

本研究で提案する技術は、将来的に生体組織の低酸素情報を基に悪性腫瘍を検出するという従来法と全く異なる点で特徴的である。また、造影剤や光感受性色素の静脈内投与が不要である点、既に普及している内視鏡などに付加価値的に組み込むことによって健康診断に容易に応用され、多くの人々に技術を還元することが期待できる点があげられる。有機 EL 型酸素センシング技術は悪性腫瘍検出以外にも様々な応用が可能である。柔軟性のあるフィルム型にすることで 3 次元的な形状を有する臓器表面に貼付することで、術中の酸素代謝モニタに応用が考えられる(図 16)。さらに、有機 EL デバイスの電極パターン、受光素子回路、波形処理回路などを同一基板上に配線することにより、装置全体の大幅な小型化が可能になる。例えば在宅医療におけるハンディタイプの呼気ガス計測器への応用や、将来的にはさらなる小型化により携帯電話等のモバイルデバイスにセンサを組み込むことも期待できる。

(注:図/PDFに記載)

7.まとめ
本研究では、医学・生物学分野における新しい酸素センサの開発を目指し、酸素分圧を測定可能な有機 EL デバイスの作製を行った。電極間の発光層への酸素拡散性を向上させるようなデバイス構造として、陰極幅の狭小化を提案した。作製した有機 EL デバイスの酸素分圧測定精度を検証した結果、酸素分圧変化に伴うリン光寿命の変化を観測することが出来、 また、作成したStern-Volmer プロットが線形性を示したことから、本デバイスを用いて酸素分圧測定が可能であることが示された。作製した有機 EL デバイスを細胞培養実験に応用し、基板表面を高ガス透過性の PDMS で封止することによって、気液両相で酸素センシング可能な有機 EL デバイスへと改良した。センサ上で細胞を培養しながら酸素分圧測定を行った。その結果、細胞呼吸による細胞周囲の酸素分圧値の低下を捉えることに成功した。
今後、発光素子のサイズを小さくしてセンサ面に複数配列することで低酸素をイメージング可能なデバイスに発展させることが可能となる。また、フレキシブルな有機 EL の特性を活かす設計の改良を行うことで、皮膚や臓器に貼付可能なセンサに発展させることが期待される。