1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

細菌解析フローサイトメーターの開発と実用検査手法の確立

研究責任者

小澤 孝一郎

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 講師

共同研究者

升島 努

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 教授

共同研究者

杉山 政則

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 教授

共同研究者

田村 敦史

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 講師

共同研究者

池田 佳代

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 技官

概要

1.はじめに
1960年代後半から70年代にかけてフローサイトメトリーが開発されて以来,この技術は様々な分野に応用されており,とりわけ細胞生物学,細胞免疫学などの研究発展はこの技術に負うところが大きい。この測定原理は,蛍光色素で染色した細胞を,ラミナフローの原理(レイノルズの原理)を利用し,1個1個遊離した形で細い管(フローセル)中を一定の速度で通過させ,これにレーザー光を当て,それにより発した蛍光や散乱光の強度を電気信号に変換し,その細胞の大きさや性質を測定しようとするものである。この手法の開発により,1秒間に5,000という驚異的な数の細胞の計測が可能となった。
一般に,細胞の生死判別は,trypan bulue染色により顕微鏡下の計数で行われているが,最近,短時間で大量の計測が可能であるフローサイトメトリーによる細胞の生死判別も多く試みられており,抗癌剤の治療効果判定といった応用もなされている1)。一方,細菌類の生死判別は,細胞に対し,その大きさ,細胞膜の構造の違いから,顕微鏡下による計数は困難であった。生細菌数の計数は,培地中で一定時間置き,コロニー数を数えるといった培養計数が一般的であったが,これにはある一定の時間を要することから,より迅速に計数を行う技術が模索され,フローサイトメトリーによりダイレクトに計数する方法もいくつか試みられている2)-4)。また,腎孟腎炎,膀胱炎などの疾患の診断に対して行われる細菌検査も,尿培養検査による培養計数が一般的であり,数種の培地を用い,尿を塗抹し,原因菌を検出する方法が特別な設備,器具を必要としないため普及している。しかし,これは抗菌剤など投与薬物の影響を直接受けるという欠点を併せ持つ。
尿沈渣は,腎・尿路系疾患の診断において重要な検査の一つであり,循環血由来の血球成分,剥離した腎尿路系上皮細胞類,腎の尿細管・集合管内で形成された円柱類,尿路感染に伴う微生物類,体内に摂取された物質や代謝産物に由来する結晶,塩類を含む。尿沈渣は,非侵襲の検査であるという利点を持つが,尿物性により経時変化を受けやすく,結果にかなりのばらつきが生じるという欠点を合わせ持つ。また,遠心分離などの前処理が煩雑であるうえ,鏡検による成分の同定,計数技術の習得には,多くの時間を要する。以上のような理由から,自動化による迅速処理が切望されていたが,その成分の多様性から自動化が遅れていた分野であった。
最近,フローサイトメトリー方式を応用して,全自動尿中有形成分分析装置(UF-100,東亜医用電子株式会社)が開発された5,6)。UF-100は,前処理を必要とせず,1時間に100検体という高速分析が可能であり,簡便性,迅速性,高精度が要求される臨床現場での使用に適している。この装置は,尿中成分を2種類の蛍光色素で染色し,それぞれの粒子にレーザー光を照射して得られる前方散乱光と蛍光信号を測定することにより,多様な尿中有形成分の同定,計数を可能にした。
細菌計数において,UF-100では107/mlまで直線性が得られているが,UF-100では陽性であるが,尿培養検査では陰性となる偽陽性の例が報告されており,実際の臨床現場では解決されるべき問題であった。
以上のような理由から,本研究では,まず蛍光染色による尿中細菌類の生死判別を試み,これをUF-100に応用することにより,臨床現場で適用可能なシステムの開発を行った。
2.尿中細菌生死判別法の基礎的検討
2.1実験方法
2.1.1各種細菌の培養
Escheyichia coli(E.coli)はLuria-Bertani培地(LB培地, 1g/l trypton, 5g/ l east extract, 10g/ l NaCI, pH7.2)中で,Staphylococcus aureus(S.aureus)及びSerratia marcescens(S .marcescens)はNutrient培地(5g / l meat extract, 10g / l polypeptone, 2.5g / l NaCl, pH 7.1)中で,Candida albicans(C. albicans)はGlucose-Nutrient培地(10g/1 glucose,5g/1 meat extract, 10g/1 polypeptone, 2.5g/l NaCl, pH7.1)中で,各々37℃において,一晩振とう培養し,実験に用いた。
2.1.2細菌の計数
細菌の計数は,バクテリアカウンター(萱垣医理科工業)での計数結果と,分光光度計(UV-180,Shimadzu)での600nmにおける濁度の測定結果を合わせ,予め検量線を作成し,濁度を測定することにより行った。
2.1.3蛍光顕微鏡による生菌及び死菌の観察及びUF-100による生菌及び死菌の計測
E.coliを70℃,30分間加熱処理群と非処理群とに分け,それぞれをbis-(1,3-dibutylbarbituric acid) trimethineoxonol (DiBaC 4(3)), 5-or 6-(N-succiimidyloxycarbonyl) -3', 6-O, O'-diacethylfluorescein(CFSE), calcein hexaacetoxymethyl ester (Calcein AM), 3'-O-acetyl-2', 7'-bis (carboxyethyl) -4- or 5- carboxyfluorescein (BCECF AM), acridine orange(AO), propidium iodide(PI), 4', 6- diamino -2- phenylindole (DAPI)で染色し,蛍光顕微鏡下において観察した。また,E.coli, S.aureus, S.marcescens, C.albicansの非処理群及び70℃,30分間加熱処理群の各々をDiBaC4(3)を用いて染色し,UF-100で計測を行い,蓄積されたデータをもとに再解析を行い,比較検討した。さらに,LB培地中の106~10'/mlのE.coliに,尿路感染症治療薬として汎用されているオフロキサシン(OFLX)あるいはセファロチンナトリウム(CET)を尿中排泄濃度(OFLX115mg/ml, CET1。4g/ml)となるよう加え,37℃,1時間インキュベートした後,DiBaC4(3)で染色し,UF-100により計測した。
2.1.4尿中無形成分及び有形成分のDiBaC4(3)染色後のUF-100による計測
0.2μmメンブランフィルター(ADVATEC)で尿を濾過し,0.2um以上の血球成分,円柱や上皮細胞類,微生物類などの尿中有形成分を除き,これを尿中無形成分サンプルとし,また,コントロール尿(ユリノコントロール,東亜医用電子)を尿中有形成分サンプルとして各々DiBaC4(3)で染色し,UF-100により計測を行った。
2.1.5尿中細菌領域の解析
尿中細菌領域の解析は,UF-100からデータをコンピュータープログラム(IDA, P5-120/GATEWAY2000)上に移し,ヒストグラム・スキャッタグラムに変換し,解析を行った。
2.2結果
2.2.1蛍光色素の選択
各種蛍光色素で染色したE.coliの蛍光顕微鏡写真を図1に示す。死菌はDiBaC4(3),生菌はCFSEにより,選択的かつ効率的に染色された。DiBaC4(3)で染色後,UF-100で測定し作成した生菌及び死菌のヒストグラムを図2に示す。死菌は,生菌より蛍光強度の高い領域に分布していた。なお,E.coli及びS. aureus, S. marcescensは同じ感度で測定を行ったが,C. albicansは,これらとは異なり,低めの感度で測定することにより生菌及び死菌の弁別が可能であった。また,生菌および死菌を同量混合し,作成したヒストグラム(図3)より,ピークの2つあるヒストグラムが得られた。尿中排泄濃度のOFLX及びCETで処理したE.coliは,UF-100で測定後,作成したヒストグラム中で蛍光強度の高いところに分布していた(図4)。
2.2.2DiBaC4(3)染色による尿中他成分の染色状況
濾過尿をDiBaC4(3)で染色後UF-100で計測を行った結果(図5)は,超純水の測定結果とトータルカウント蛍光強度ともにほぼ同じであった。また,コントロール尿をDiBaC4(3)で染色後OF-100で計測を行った結果(図6)より,尿中他有形成分はDiBaC4(3)で染色されるものもあったが,スキャッタグラム中で尿中細菌の出現する位置とは異なった位置に出現した。
これらの結果より,細菌類の他に様々な成分を含む尿においても,我々の開発した方法で尿中細菌類の生死判別が可能であると考えられた。
3.UF-100における偽陽性例の検討
広島大学医学部総合薬学科3年生59名において,亀干常時尿と運動後尿を採取し,OF-100での計測ならびに,尿定量培養,DiBaC4(3)染色による尿中細菌の生死判定を行い,UF-100での計測において偽陽性となった例を省くことができないか検討を行った。
3.1.実験方法
3.1.1尿の採取方法及び尿の解析方法
広島大学医学部総合薬学科3年生59名(20~22歳の男子19名,女子40名)の随時中間尿と,約10~15分間のマラソン後,運動後中間尿を採取した。ここで運動後尿の検討も行ったのは,運動により新陳代謝が促進され老廃物の尿中排泄が高まること,発汗が高まり尿が濃縮されると考えられること等の理由による。
各々の尿で,UF-100による尿中有形成分の計測を行った。
次に,1mM DiBaC4(3)で,室温10分間染色後,UF-100による計測を行い,尿中細菌領域の生死解析を行った。また,尿中有形成分の測定で,白血球数と尿中細菌数が陽性となったものについて,尿定量培養を実施した。尿定量培養は,市販のディップスライド(ウリカルトE,第一化学薬品工業)を用いて行った。これは,CLED培地,MacConkey培地,Enterococcus培地の三種類の培地から構成されたディップスライドで,CLED培地では大部分の病原性細菌の検出が,MacConkey培地ではグラム陰性桿菌の検出が,Enterococcus培地では腸球菌類の検出が可能である71。
3.2結果
59名の平常時中間尿及び運動後中間尿の118例中,尿中有形成分測定で,白血球数,尿中細菌数共に陽性となった例は,25例であった。そのうち,定量培養で細菌数が10'/ml以下,つまり定量培養で陰性,UF-100による計測で陽性となった例,すなわち偽陽性と考えられた例は,19例であった。19例中,DiBaC4(3)染色による尿中細菌領域の生死解析で,細菌領域に出現する成分の90%以上が死菌領域に現れたものは18例,生菌領域・死菌領域混合型が1例であった。また,定量培養で細菌数が105/ml以上,すなわち,定量培養でも陽性,UF-100による計測でも陽性となったものは6例であった。6例中,DiBaC4(3)染色による尿中細菌領域の生死解析で,細菌領域に出現する成分の85%以上が生菌領域に出現したものは2例であった。また,生菌・死菌混合型と判定されたものが4例であった。
前述のように,定量培養で陰性,OF-100による尿中有形成分の測定で尿中細菌が105/ml以上となった偽陽性の19例について,19例全てにおいてDiBaC4(3)染色による尿中細菌領域の生死解析により死菌領域に粒子が出現したことから,偽陽性の例は我々の方法により排除可能であると判断される。
4.フローサイトメトリーによる尿中細菌の生死判別とその臨床応用
腎孟炎,膀胱・尿道炎など腎尿路系の感染症を疑う:場合や新鮮尿にも関わらず混濁が見られ,尿沈渣中にも白血球あるいは細菌類が多数出現していれば,無菌的に採取した新鮮中間尿の細菌塗抹・培養・同定・感受性試験を行う。この際,まず最初に塗抹標本のグラム染色で,グラム陽性,陰性,球菌,桿菌かを確認し,抗菌薬選択の参考にする。定量培養で菌数が105/ml以.上,あるいは10'/mlでも同じ菌が繰り返し検出されれば尿路感染症と診断できる。起炎菌は単性尿路感染症の場合,大腸菌がもっとも多い。また,尿路感染症の迅速診断のために,尿中白」血球と細菌の代謝産物とを検出する生化学的なスクリーニング検査もいくつか試みられている。
白血球の判定は,好中球のエステラーゼ活性を紫色のアゾ色素の産生で判定する。尿試験紙で容易に判定できるが,腫瘍,尿路結石などの非感染性炎症疾患でも増加する。
細菌の代謝産物を検出する方法としては,亜硝酸塩試,,triphenyl tetrazolium chloride(TTC)還元試験,カタラーゼ試験がある。亜硝酸塩試験では,尿中の細菌が尿中の硝酸塩を還元して亜硝酸塩にし,亜硝酸塩はその後のジアゾ反応で赤色に発色する,という原理により検出を行っているが,尿試験紙で容易に検査できるが,偽陰性は,硝酸塩が存在しない尿,硝酸塩還元能陰性の細菌(腸球菌類など)による尿路感染症で見られる。TTC還元試験は,無色のTTCが細菌の代謝産物により還元されて赤色~レンガ色のtriphenyl formazanの沈殿を生じることによる。カタラーゼ試験は,細菌が産生するカタラーゼが過酸化水素を分解して酸素を発生し,この気泡の有無から細菌尿を判定する。レンサ球菌や,腸球菌は,カタラーゼ活性が陰性なので,偽陰性となる。反対に,上皮細胞,血球などの有形成分はカタラーゼを産生するので,偽陽性となる。しかし,結局これらの試験法は信頼性が低いので,定量培養法に頼っているのが実際である。そこで,フローサイトメトリーによる尿中細菌の計数が可能となれば,迅速な診断につながり,かつ細菌類の生死まで判定できれば,抗菌剤の効果が培養の結果を待たずに迅速に判定できるのではないかと考えられる。
ここでは,広島大学医学部附属病院泌尿器科との共同研究により,我々が開発した尿中細菌類の生死判別法を利用して,本法の臨床応用の可能性を探るため,慢性的複雑性の例も含め,様々な症例において検討を行った。
4.1実験方法
広島大学泌尿器科入院・外来各患者から採取した尿(採尿方法は,各々中間尿,カテーテル尿など各検体の情報とともに結果に示す)を用い,UF-100での尿中有形成分の計測とDiBaC4(3)染色による尿中細菌領域の生死解析を行った。また,あわせて尿簡易定量培地・ウリカルトEによる培養計数を実施し,比較した。この時,抗菌剤の投与のある検体については,10~20倍に希釈して培養に用いた。
4.2結果
今回測定を行った11症例は,尿中有形成分測定で全て細菌尿と判定された。このうち1例については,定量培養結果で陰性となった。定量培養で陽性となった10例について尿中細菌領域の生死解析で生菌領域に現れたものが2例,生菌領域と死菌領域に混在して現れたものが8例であった。定量培養で陰性となったものについては,尿中細菌の生死解析では,生菌死菌混在型であった。また,DiBaC4(3)染色による細菌の生死判別を行った場合,抗菌剤投与患者においては,投与量及び投与期間と生菌/死菌の比率とは正の相関を示した(抗菌剤投与の1例を図7に示す)。
5.結語
フローサイトメトリーによる尿中細菌の生死判別とその臨床応用を試みた結果,以下の成果を得た。
①中細菌生死判別法の確立
DiBaC4(3)染色法を用い,UF-100における尿中細菌の生死判別が可能なシステムの開発に成功した。
②UF-100における偽陽性例の検討
OF-100では,尿中有形成分の測定において尿中白血球数,尿中細菌数が高い値を示すにも関わらず尿定量培養で陰性となる例が存在するが,我々の開発したDiBaC4(3)染色法により,この偽陽性の排除が可能となった。
③臨床応用
我々の開発したDiBaC4(3)染色による尿中細菌の生死解析の臨床応用の可能性を検討した結果,尿中細菌の生菌数は,抗菌剤投与と良い相関を示しており,臨床現場での迅速判定への応用が可能となった。本研究成果は,第12回生体成分の分析化学シンポジウムにおいて発表した。