2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

細胞集団の超速自動追尾とアクティビティ可視化による定量化

研究責任者

久原 篤

所属:甲南大学 理工学部 物学科/統合ニューロバイオロジー研究所 神経科学 准教授

統合ニューロバイオロジー研究所

共同研究者

太田 茜

所属:甲南大学大学院 自然科学研究科 特別研究員

統合ニューロバイオロジー研究所

共同研究者

五百蔵 誠

所属:甲南大学大学院 自然科学研究科 大学院生

統合ニューロバイオロジー研究所

概要

1. はじめに
高速で自由に動き回る細胞集団の活動を、超高速にかつ詳細に顕微鏡下でとらえることができれば、多くの微細な動的細胞を扱う先端医療分野の発展に大きく寄与できる。本研究では、最新の超高速オートトラッキング装置とそのコンピューター制御装置を利用し、自由に運動している細胞集団を超高速でとらえ、その際の細胞活動を 1 細胞レベルで捕らえることを将来的な最終目的としている。
本申請者はこれまでに、神経疾患等の原因解明に向けて、認識や記憶学習の脳神経メカニズムの解析を行ってきた。特に、シンプルな神経回路を実験モデルにもちいて、温度感覚と記憶の分子レベルでの新しい概念が見つかってきた 。しかし、従来の分子生理学的手法だけでは限界を感じたため、新たに最新の装置の開発から開始し、これまで困難であった解析を実現した。具体的には、細胞集団の自動追尾と神経細胞活動のイメージング技術を導入し、神経回路の情報処理の基盤解析系の創出をおこなってきた。それらの過程で開発した装置は民間企業から販売され、得られた解析技術の基盤は、将来的に人間の脳情報処理の計測や、ブレインマシーン インターフェイスの開発や、人工神経回路の開発も応用されることが期待されている。そのような背景のもと本研究では、未だ発展途上である、自由運動状態の細胞集団を超高速にとらえる画像制御と顕微鏡ステージ制御システムと、最先端のニポウディスク型の共焦点装置を駆使して、高速で自由に動き回る細胞の細胞活動を、超高速にかつ 3D で記録するシステムを構築するための基盤をつくる。

(注:図/PDFに記載)

2.方法
2.1 実験系に用いた生態材料である C. elegans
材料として、神経細胞集団を用いるために、培養細胞ではなく生きた状態の細胞集団を利用するために、生命化学の研究で良く使用されている線虫 C. elegans を利用した。イギリス ブリストル産の N2 株が野生株として、世界中の研究室で広く使用されているため用いた。また、本研究においては、神経系におけるメモリーの定量化についても検討するため、高等動物から下等動物まで広く記憶に関わることが知られている CREB 遺伝子の変異体を用いた。

2.2 イエローカメレオンを発現するカルシウムイメージング用系統作成
神経活動を測定するためのプローブとして遺伝子によってコードされるカルシウムインディケーターであるカメレオンタンパク質を利用した。カメレオンは N 末側に藍色蛍光タンパク質 CFP を、C 末側に黄色蛍光タンパク質 YFP をもつ。CFP と YFP の間には、カルモジュリンのカルシウム結合ドメインである EF ハンドドメインと、カルモジュリンが結合することができるミオシン軽鎖キナーゼ M13 のカルモジュリン結合ドメインが挿入融合されているキメラ構造を取っている。カメレオン遺伝子である yc3.60 を野生株などの ASJ 感覚ニューロンに導入した。その際にトランスジェニックマーカー遺伝子としてges-1p::taqRFP を同時にマイクロインジェクションした。遺伝子導入できたものは、ASJ 感覚ニューロンにカメレオンの青色の蛍光が観察され、同時に腸に RFP の蛍光も見られる。得られた個体 F1 を 1 個体ずつ NGM プレートに移し、15°C で飼育した。F2 以降に染色体外遺伝子が遺伝した個体を系統化した。

2.3 カルシウムイメージングのための方法
10%アガロースパッドを 24×24 カバーガラスの上に作成した。その上に直径 0.1μm ポリエチレンマイクロビーズを約 1μL ピペットマンで吸い、0.5μL 位ずつ、アガロースパッドの上に数点で置いた。前述のとおり作成した ASJ 感覚ニューロンでカメレオンの蛍光を放っている線虫を、カル シウムイメージング用の系統として、各点に 1~ 数匹置き、やさしくカバーガラスを掛けた。カルシウムイメージング中は、温度制御装置により、11℃から 26℃の範囲内で温度変化刺激を与えて、ASJ 感覚ニューロンの細胞体内のカルシウム濃度の変化を測定した。細胞内カルシウム濃度の変化は、カメレオンタンパク質の YFP と CFP の蛍光の比として計測した。カルシウムイメージングの定量解析はメタモルフ(ソフトウェア)を用いて行った。

(注:図/PDFに記載)

3.結果
3.1 細胞集団のオートトラッキングシステムの構築
自由運動状態の細胞集団を超高速にとらえる画像制御と顕微鏡ステージ制御システムと、最先端のニポウディスク型の共焦点装置を融合する装置の構築を進めた。自動追尾システムに関しては、ホークビジョン社と共同で作成した高速トラッキングシステムを利用して細胞集団のオートトラッキングを進めた(図1)。正立顕微鏡(オリンパス BX61)をベースとして、BX61 の XY ステージとコンデンサを取り外し、その場所に、ホークビジョン社と共同で作成したオートトラッキング装置を装着した。この高速トラッキング装置では、高速 CCD カメラ(グラスホッパー)で顕微鏡画像を観測し、ステージを X,Y,Z 3 軸自動制御することにより、細胞集団の動きをリアルタイムで超高速で自動追尾できる。ハードリアルタイムソフト処理と高精度アクチュエータによる高速、高精度追尾を行っており、制御コンピューター装置に画像処理機能、ステージ制御機能を取り入れ、リアルタイムでの自動処理とステージのX,Y,Z 3 軸自動制御をおこなうことができた。XY については、細胞集団の解析に使用できるレベルに達している(図2)。Z の自動フォーカシングに関しては、微細な温度条件変化による焦点面の大きなズレに対するZ の自動補正のプログラムの開発を進めている。ニポウディスク型の共焦点装置の導入においても、ステージの Z のズレは問題であるため、さらなる開発を行う必要がある。

3.2 膨張の少ない透過型温度制御装置の構築
温度は細胞の活動や運動に大きな影響を与える要因である。そのため、顕微鏡下で細胞集団の温度を一定に保つことや温度刺激を適切に与えることは重要である。そこで、運動中の細胞集団の温度を一定にするために、電動モーターで動作可能な XYZ ステージ上に、温度制御が可能な小型ステージを装着した。従来のペルチェ金属を用いた装置では、金属膨張により Z のフォーカスのズレが顕著であるだけでなく、金属のため、光の透過率がゼロであるため、顕微鏡の透過光をもちいることができなかった。そこで、液晶テレビなどにも使用されている塩化インジウムスズを素材として、透明で膨張率の低い温度制御装置を東海ヒット社と開発を進めた。温度制御装置は塩化インジウムスズを含むガラス素材に電圧をかけ、その下面を冷却水で冷やすことで適切な温度に保つことができるように試作機を作成した。温度制御ステージの装着のために専用のアダプタを作成し固定し、それを顕微鏡ステージに組み込んで、細胞群の温度調節を行いながら、超高速トラッキングと細胞活動のイメージングに用いた。対物レンズの高さとステージまでの距離を調整するために、高速トラッキングシステムの下部に 15mm の金属製のアダプタを作成して挿入固定した。塩化インジウムスズで作成された温度制御 装置は、表面が透明なガラス状の素材である。そ のため、電動ステージによる Z 軸のフォーカシングの際に、対物レンズが接触することによりヒビが入り、割れる状態となったしまった。そこで、電動ステージ内に赤外線検出器を内蔵させた物 理的なリミッターを駆使して、ワーキングディス タンスのリミッターを設定した。この設定により、塩化インジウムスズで作成された温度制御装置 の表面に傷を付けることがなくなった。電圧と流水温の調整でおおよそ一定の温度に保持するこ とが可能となったが、一方で、温度変化を与える 場合には適切なプログラムを組むための方法が 必要である。また、プレート内部に空気が混入す ることがあり、温度変化によりその部分から亀裂 が入ることがあったため、ガラスプレートの厚み を検討する必要がある。

3.3 ディスク共焦点によるデュアル画像と自動追尾画像の同時取得に用いる光路
カルシウムインディケーターであるイエロー カメレオンを用いた FRET 画像の測定には、CFP の蛍光像と YFP の蛍光像を同時に取得する必要がある。その測定をディスクコンフォーカルシステムで行う光学系を前述の顕微鏡装置に導入し た( 図3)。具体的な光路とバンドパスフィルター やダイクロイックミラーを、図3を使い説明する。光源には固体レーザー(YOKOGAWA)を使用し ており、励起光として使用する 445nm のレーザー光がファイバーを通って共焦点スキャナユニット内に照射され、ミラーによって反射されることでディスクユニットへと誘導される(図3)。誘導されたレーザー光は 2 枚のディスクのうち上方のマイクロレンズアレイディスクによって集光され、①ファーストダイクロイックミラーを透過し、下方のピンホールアレイディスクのピンホールを通過することで共焦点スキャナユニット下部の BX61 へと進む。BX61 内の②ダイクロイックミラーを透過したレーザー光がサンプルに照射されることで、サンプル内の CFP の蛍光480nm、YFP の蛍光 535nm が生じる。これら 2種の蛍光は先ほどレーザー光が透過した②ダイクロイックミラーを逆の方向に透過し、共焦点スキャナユニットへと進む。ピンホールアレイディスクを通過した 2 種の蛍光は①ファーストダイクロイックミラーによって反射され、その先の④セカンドダイクロイックミラーによって波長の違いにより別の光路へと分けられる。2 種の蛍光はそれぞれの波長域に合ったエミッションフィルターを透過し、余計な波長の光を除外した状態で、再度④セカンドダイクロイックミラーによって 少し位置がズレた状態で同一光路に戻され、EMCCD カメラ(ANDOR iXon Ultra 888)によって受け取られる。これにより CFP の蛍光像とYFP の蛍光像を同時に取得することができる。
また、解析に用いるディスク共焦点によるデュアル画像とは別に、オートトラッキングシステムに用いる画像を取得するために、BX61 下部のハロゲンランプを別光源として用いている。ランプ光は③赤外光以上を透過するフィルターにより可視光以下のランプ光は反射され、赤外光以上のランプ光が透過されサンプルを通過する。サンプルを通過した赤外光は変倍デュアルポート(オリンパス WI-DPMC)の②ダイクロイックミラーによって反射され、0.25 倍レンズと 4 倍レンズを透過し、グラスホッパーによって受け取られる。しかし、現状③赤外光以上を透過するフィルターが可視光未満のランプ光を若干量透過しており、② ダイクロイックミラーも可視光未満の光を若干量反射していることがわかっている。さらに、現在使用しているグラスホッパーは赤外光を認識することが出来ておらず、漏れ込んでくる可視光未満の光を受け取り画像を得ている状態である。

(注:図/PDFに記載)

3.4 自動追尾画像とカルシウムイメージングの Z 軸方向での画像の取得
トッラキングに問題点がなかったため、同時にASJ 感覚ニューロンにおけるカメレオンタンパク質を用いた神経活動のカルシウムイメージングを行った。ピエゾをもちいて、運動中の個体のZ 軸のスキャン画像を取得したところ、運動に伴い焦点面が合う画像と、焦点面から外れるものも得られたため、焦点面が適切な画像のみを解析に主に使用した(図4)。運動中の個体の Z 軸スキャンによる ASJ ニューロンのカルシウムーメージングに関しては、Z 軸をピエゾを使い複数焦点面でのカルシウムイメージング画像を取得した。カルシウムインディケーターであるカメレオンのシグナルを検出し、カメレオンタンパク質のシグナルを行動時の ASJ 感覚ニューロンから取得することで、神経活動のカルシウムイメージングを行った。生物学的なデータとしては今後検討する必要があるが、行動時のカメレオンタンパク質のシグナルを捉えることが可能となった(図5)。また、将来的に神経活動の光操作を行うことを見越して、実際に励起光の適切な照射が可能であるかも検討した。

(注:図/PDFに記載)

4.まとめ
本研究では高速とラッキングシステムとディスクタイプ共焦点システムをもちいて、運動する細胞集団における細胞内のカルシウムイメージングを行った。それに加えて温度制御装置をトラッキング装置のステージ上で使用するための条件検討も行った。温度は材質の膨張や収縮を引き起こすため、それに伴う高速トラッキングシステムのカメラの焦点のズレの補正が今後の課題になると考えられる。従来のピエゾシステムなどを対物レンズによる高速なフォーカシングだけでなく、専用のソフトウェアを作成し、温度変化と膨張性の補正なども必要であると考えられる。これらの導入が今後は必要であると考えられる。

(注:図/PDFに記載)