2011年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第25号

細胞内活性評価のための酵素固定化ナノセンサ電極の開発

研究責任者

冨永 昌人

所属:熊本大学大学院 自然科学研究科 複合新領域科学専攻 准教授

概要

1.はじめに
現在、細胞内の単一分子イメージングに関する研究が盛んになされており、それらの近年の成果はすばらしいものがある。しかしながら、すべての測定法には長所と欠陥が存在する。単一分子イメージングの長所は、細胞にダメージを与えることなく、細胞内に存在する特定の分子の存在を3次元的にイメージングできることである。欠点としては、細胞内で活動している分子として例えば酵素に限定すると、酵素反応をリアルタイムで測定できないことや細胞内に蓄積される基質を検出できないことが挙げられる。従って、単一分子イメージング法を補足する手法が必要であり、リアルタイム計測が可能な手法と組み合わせることで、細胞内の活動の理解が飛躍的に高まると考えられる。
細胞活性を反映した基質濃度を細胞内でリアルタイムに計測することで、細胞内活動の理解が深まると考えられる。さらに、酵素センサの研究開発は20年以上の歴史があり、血糖値センサなど一部実用化されたものもあり、基礎から応用まで幅広く研究がなされている。しかしながら、これまでの酵素固定化電極センサでは、生きた細胞のダメージを極力抑えた測定は極めて困難である。なぜならば、通常の酵素センサには酵素と電極素子との問の電子伝達媒体となるメディエータと呼ばれる有機金属錯体などが用いられるが、多くの場合にはこれらのメディエータは生体毒性がある(図1参照)。
特に、細胞に直接侵襲する場合には、これらの毒性物質の影響は極力排除すべきである。さらに加えて、細胞にダメージを与えないためには、ナノメートルサイズの電極の開発が必要である、その直径サイズが小さいほどダメージを抑制できると考えられる。その電極として期待されるのがカーボンナノチューブである。理想的には、直径数ナノメートルのカーボンナノチューブに酵素を固定化し、メディエータを介することなく酵素とナノチューブ問で直接電子伝達が行われるような電極が望まれる(図2)。このような電極を開発するための鍵は、ナノチューブと酵素との直接的な電子伝達が可能な酵素固定化法の開発である。
過去にはタンパク質は電気化学的に不活性であることが教科書に記載された時代もあったが、電子伝達タンパク質であるチトクロムcと電極基板との直接的な電子移動反応が1977年に報告されてから1~3)、種々の電子伝達タンパク質や酸化還元酵素と電極との直接電子移動反応が検討されてきた4~7)。しかしながら、直接電子移動反応を達成できた酵素は生体内の酵素のごく一部に過ぎない。酵素の活性中心の周りは厚いタンパク質の壁に覆われているためである。電極と酵素活性中心との距離が2nm程度になると電子移動反応は極めて困難になってくる8・9)。電子移動反応速度は反応距離が長くなるにつれて指数関数的に遅くなるためである。カーボンナノチューブは、直径が数ナノメートルで長さが数マイクロメートルにもおよぶ「一次元的導電体」である10~12)。カーボンナノチューブを用いると、ナノチューブが酵素の活性中心近傍まで接近可能となり、酵素との直接的な電子移動反応が可能になると考えられる。
実際に、カーボンナノチューブを電極として用いた研究報告が多々ある。しかしながら、それらのほとんどは市販品のカーボンナノチューブを用いた研究である。市販品のカーボンナノチューブは、その合成触媒として用いられた重金属のナノ粒子を含む。金属触媒ナノ粒子による電極反応への影響をなくすために、前処理としてこれらのカーボンナノチューブは酸処理と超音波処理が施され、金属ナノ粒子が溶解除去される。一方で、カーボンナノチューブもダメージを受けて、その表面に欠陥が生じる。表面欠陥によって固定化された酵素の電極反応は大きく変わる。我々は電極上に直接カーボンナノチューブを合成することでこれらの問題を解決した。すなわち、カーボンナノチューブ修飾電極上の触媒金属ナノ粒子は、ナノチューブに包括されており、ナノ粒子が直接測定溶液に曝されることがないために電気化学的には何ら影響を及ぼさないことがわかった。酸処理などによる金属粒子の除去を行う必要もなく、合成された状態でのカーボンナノチューブを電気化学測定に用いることができるため、ナノチューブの表面欠陥の制御が容易になった。加えて重要なことは、カーボンナノチューブは、大気下で容易にコンタミを受け、酵素の電極反応に多大な影響を及ぼす。実際、合成直後のコンタミを受けていないカーボンナノチューブ電極と、大気下に暴露してコンタミを受けたそれとは、電極反応特性が大きく変わることが示されている13・14)。本研究課題は、細胞内の活動状態評価のための酵素固定化ナノセンサ電極の開発を目標とした。ナノ電極にはカーボンナノチューブを用いることを想定し、本開発においては、重要な鍵となるカーボンナノチューブと直接的な電子伝達反応が可能な酵素固定化法について検討した。
2.実験方法
2.1カーボンナノチューブ修飾金電極の作製
カーボンナノチューブ(CNT)を合成する方法としてアルコールを炭素源として用いた化学気層成長法を用いた。この方法は取扱いが簡便なエタノールを用い比較的低温で高純度なCNTを合成する方法として最も主流な方法である15)。
金属触媒源の酢酸コバルトおよび酢酸モリブデンを金電極にディップコート法で担持し、図3に示す合成装置を用いてCNTを合成した。金属触媒修飾金電極を装置内の石英チューブ内に設置後、水素ガス雰囲気下の加熱で金属触媒の有機物を除去と還元を行った。その後、炭素源のエタノール蒸気を流入し、エタノールガスが熱分解され、電極上にCNTが合成された(CNT/Au電極)(図4参照)。合成されたCNTを電子顕微鏡で観察すると、直径約1nmの単層カーボンナノチューブ(SWCNT)が数本から数十本お互いにバンドルした状態のCNTが電極上に合成された様子が観測できた(図5参照)。また、ラマン分光測定結果からは、欠陥の極めて少ない高品質のSWCNTが合成されたことが解った。
2.2酵素固定化SWCNT/Au電極の作製
本実験では、酵素としてラッカーゼ(Lac)を用いた。Lacは酸素を水まで4電子還元し、還元中間体である活性酸素種を生成しない。Trametes sp.由来のLacを大和化成から購入し、陰イオン交換クロマトグラフィにより精製して用いた。SWCNT/Au電極を5μMのLac/リン酸溶液(pH5)中に6時間浸漬して、両酵素を吸着固定化した。酵素電極反応についてはサイクリックボルタンメトリー(CV)測定で評価した。SWCNT/Au電極上の全酵素修飾量についてはBCA Protein Assay Kitを用いて全タンパク質量を測定し、活性酵素修飾量については電子メディエータ分子を用いて実際の酸素還元触媒能を有する酵素量を定量した。
2.3細胞培養
細胞にはMAGI/CCR5細胞を用いた。DMEM13.48g、イーグルMEMアミノ酸ビタミン培地0.88g、炭酸水素ナトリウム2.Og、硫酸ストレプトマイシン明治0.1g、結晶ペニシリンGカリウム0.01gをMilli-Q水1.oリットルに溶解し、メンブレン孔径0.22μmのボトルトップフィルターを用いて濾過滅菌した。さらにこのDMEMの容量に対し、非動化・フィルター滅菌済みの血清(FBS)が10%濃度となるよう添加したものを細胞培養液(DMEM with 10% FBS)として使用した。これらの操作はすべてクリーンベンチ内で行った。24 well plateの1 we11には3×104ce11/m1×0.5m1播種し、インキュベーター内(37℃、5%CO2条件下)で5日間培養した。
2.4電気化学測定
電気化学測定は三極式によるサイクリックボルタンメトリー(CV)法で行った。最低20分以上高純度アルゴンによるバブリングを行い、溶存酸素を除去した。測定時にはセル内に高純度アルゴンをフローし、アルゴン雰囲気下で測定した。培養細胞が測定対象の場合には、アルゴンバブリングは行わなかった。
3.結果と考察
3.1SWCNTの電気化学的酸化処理
SWCNT全体に酸化による構造欠陥を導入するため、合成したSWCNT/Au電極に電気化学的処理を施した。図6にリン酸緩衝液(pH7)中でのSWCNT/Auおよび高配向パイ1コリティックグラファイト(HOPG)電極におけるサイクリックボルタモグラムを示す。SWCNT/Au電極において1V付近に酸化ピークが観察された。
一方、HOPGではこのような酸化ピークは観察されなかった。この結果より1V付近に観察されたピークはCNT由来の酸化ピークであるとわかった。カーボンナノチューブはキャップの部分に五員環を有し、その部分は六員環より構造的に不安定である。そのため、グラフェン構造を持つ側面の部分よりも低電位側で酸化が起きると予想され、1V付近に見られた酸化ピークはカーボンンナノチューブのキャップ部分の酸化と考えられた。また、1.2V付近から立ち上がる酸化電流値の増加はHOPG電極でも観測されたためグラフェンの酸化と考えられた。本研究では、pH7のリン酸緩衝液中で、掃引速度20mV!sでOV→1.5V→OV(vs.Ag/AgCl(飽和KC1))において電位を掃引し電気化学的酸化処理を行った。電位掃引のサイクル数を変化させることでSWCNTの酸化の程度を制御した。透過型電子顕微鏡(TEM)、ラマン分光およびXPS測定により電気化学的処理を施したCNTの表面状態を評価した。
電気化学的処理を施したSWCNTのTEM像よりSWCNTの側面に凸凹が見られダメージを受けた様子が観察された。また、電位掃引を0、5、10および20サイクル施したSWCNTのラマン分光測定結果を図7に示す。ラマン分光法による測定結果から、1592 cm'1付近にG-bandと呼ばれるグラフェン構造由来のピークが観察され、また1350 cm'1付近にD-bandと呼ばれるCNTの構造欠陥やアモルファスカーボンに由来するブロードなピークが観察された。CNTの構造欠陥は空孔、付加原子、stone-Wales欠陥、5-7員環対などが考えられ、G-bandとD-bandの強度比GID比からCNTの品質がある程度評価でき、GID比が大きいほどグラフェン構造の質の高いCNTであるといえる。そこで電位掃引のサイクル数に対するGID比のプロットを図8に示した。0サイクルから5サイクルにかけて急激にG-bandが減少しD-bandが増大した。10および20サイクルにかけては、緩やかにG-bandが減少しD-bandが増大した。
電気化学的処理前後でXPS測定を行いC(1s)軌道のピーク分解を行うことによりSWCNT表面の官能基を評価した。図9に電気化学的処理を施したSWCNT/Au電極のXPS測定結果を示す。未処理のSWCNTと電気化学的酸化処理を5、10および20サイクル施したSWCNTにおいて、284.4および285.2eVにsp2(Grahene)およびsp3(-CH2-)炭素原子由来のピークが観測され、286.6,288.0および289.2eVにC-0,C=0および0-C=0のカーボン酸化物由来のピークがそれぞれ観測された16)。また、290.5eVにπ一π央shake-up由来のピークが観察された。C-Cグループとカーボン酸化物の表面濃度を分析した結果を図10に示した。サイクル数が多くなるに従いC-Cグループの割合が減少し、カーボン酸化物の割合が増加する傾向が得られた。特にC-0由来のピークの増大が観測され、未処理のSWCNTに比べ電気化学的酸化処理を20サイクル施したSWCNTにはC-0が約2.3倍存在した。以上のことから、電位掃引のサイクル数を変化させることでSWCNT表面の酸化の程度を制御できることが解った。
3.2ラツカーゼとSWCNT間の電子移動反応
Lac修飾SWCNT/Au電極を用いてCV測定を行うと、0.6Vから酸素の触媒還元電流が観測された(図11参照)。特に、25%程度のカーボン酸化物を有する電極において最も大きな酸素の触媒還元電流が観測された。この酸素触媒電流値の違いは酵素修飾量または吸着配向の違いによるものであると考えられた。そこで酵素修飾量について検討したところ、電極上のLacの全酵素修飾量は約3.6×10'9mol cm'2と電気化学的酸化処理回数によらず同量であった。また活性酵素修飾量も約2.3×10-9mol cm-2と電気化学的酸化処理回数に依存せず同量であった。
以上のことから、触媒還元電流の違いは酵素修飾量によるものではなく、SWCNT表面のカーボン酸化物が酵素の吸着配向に影響を及ぼし、その結果として酸素触媒電流値に違いが生じたものと考えられた。以上のことから、CNTをナノ電極として用いる際には、CNTとの直接的な電子移動反応を達成可能な状態に配向固定化された酵素の存在が重要であり、その適切な酵素配向を達成するためには、CNT界面を酸化処理し、カルポキシル基やカルポニル基といった官能基が2割程度存在する界面が最適であることが明らかとなった。
3.3Lac/SWCNT/Au電極を用いた細胞内酸素測定
金電極の先端部分(直径0.8mm)にSWCNTを合成した(SWCNT/Au電極)。SWCNT/Au電極のSWCNT部分のみを5μMのLac溶液(リン酸溶液、pH5)に3時間浸漬することで、Lac/SWCNT/Au電極を作製した。
Lac/SWCNT/Au電極の先端を細胞に接触させて、Lacが修飾されたSWCNTを細胞内に挿入した(図12参照)。SWCNTが細胞に触れることで、CNTは細胞内に容易に取り込まれること、さらに細胞内のCNTはその核周辺に集積することがすでに我々の他の研究結果から明らかになっている。
測定結果を図13に示した。細胞にLac/SWCNT/Au電極先端が接触した場合とそうでない場合での測定である。いずれの場合も、LacとSWCNTとの直接的な電子移動反応に基づく酸素の触媒還元電流が観測された。詳しく観察すると、細胞と接触した電極の場合には、電気二重層容量が若干減少したことが解った。これはSWCNT表面に、細胞分子膜を形成している疎水的な脂質分子もしくは細胞内のタンパク質の吸着が起こったことを示すものであり、SWCNTが細胞内に挿入されていることを示す間接的な証拠である。また、細胞培地の溶液中には酸素が含まれているため、細胞と接触していない電極においてもLacによる触媒還元電流が観測された。電極と接触した細胞はその後の培養において、コントロール細胞と同様な増殖を示したことから、SWCNTの侵襲によるダメージは小さいと考えられた。観測された触媒電流に違いが見られたことから、細胞内での計測に本手法が利用できることが解った。
4.まとめ
金電極上に直接的にSWCNTを合成することで、触媒重金属粒子の影響を受けないナノサイズ電極を作製できた。さらに、SWCNTとLacとの直接的な電子移動反応を達成するためのSWCNT界面のデザインを、SWCNT表面の電気化学的酸化処理を施すことにより最適化した。以上のように最適化した酵素固定化SWCNT電極を用い、細胞ダメージを最小限にした酵素固定化ナノセンサ電極が開発できた。今後、金電極サイズを小さくすることで、操作性に優れたセンサ開発が可能と考えられる。