2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

細胞トランジスタを用いた細胞膜ナノ空孔形成の計測

研究責任者

合田 達郎

所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 バイオエレクトロニクス分野 助教

概要

1.はじめに
近年、細胞治療への応用を目指した薬剤送達システムや遺伝子導入技術についての研究が盛んに行われている。これらは、薬剤や遺伝子を直接がん細胞や腫瘍細胞に送り込んで治療する方法であるが、薬剤を細胞内へ送達するためには細胞膜のバリア性を回避しなければならない。そこで、薬剤や遺伝子を運ぶキャリアとしてナノ材料が多く用いられている。しかし、ナノ材料が細胞膜に対してどのような障害を与えるのかを正確に測定する方法が確立していない。また、ナノ材料の細胞毒性は、 細胞膜に対するもの、細胞骨格に対するもの、核に対するものに分類される。細胞死に至るプロセスの違いを系統的に調べるためにも、細胞に対する作用機構を区別できる新しい測定法の開発が必要である(Fig.1)。

(注:図/PDFに記載)

既存の生物学的な細胞膜障害性測定法として赤血球溶血試験・LDH assay・Calcein release assay、細胞毒性測定法として WST-8 assay・Live cell assay が挙げられるが、細胞膜から漏出するバイオマーカーを検出するため、バイオマーカー分子より小さい空孔の検出は不可能である。さら に、既存法は光学検出系と煩雑な前処理が必要で ある、経時的な膜障害性の測定には応用できない、といった問題を抱えている。
近年、半導体技術を生体分子の認識や細胞の解析に応用したバイオトランジスタを用いることで、高感度・ラベルフリー・リアルタイムな測定法が提案されている。例えば半導体型 pH センサーである ISFET (Ion-Sensitive Field-Effect Transistor) を用いて、卵母細胞膜上に発現する細胞膜トランスポーター活性のリアルタイム測定を実現したという報告例があり、バイオトランジスタを用いることで非侵襲的にトランスポーター活性の計測を可能にしている。
そこで本研究では、ISFET を用いた細胞膜近傍微小環境 pH の測定による細胞膜障害性評価法を考案した。指標分子を最小分子であるプロトンにすることで細胞膜障害性測定法としての高感度化を目指した。さらに、ISFET を用いてリアルタイムな細胞膜障害性の評価を行い、細胞が正常な状態から細胞死に至るまでの細胞膜の恒常性を評価することで、従来法には観測できなかった細胞毒性経路の識別を可能とした。

2.実験方法
2.1 ISFET を用いた細胞膜障害性測定系(ISFET 測定法)の構築
細胞外微小環境 pH 測定のために、ISFET/細胞測定システムを新たに構築した(Fig. 2(a))。ドレイン-ソース間の電流を 0.4 - 0.5 mA、電圧を 0.5 - 1.0 V に調節し、参照電極として Ag/AgCl ペレット電極を用いることでゲート絶縁膜/溶液間の界 面電位変化を測定した。ISFET のゲート部分(10 μm × 340 μm)の周辺に、内径 5 mm の円筒ガラスを熱硬化性エポキシ樹脂で固定した(Fig. 2(b))。 Poly-L-lysine でゲート表面を修飾したのち、HepG2 細胞(1 × 105 cells)をセンサー上に播種し、37 °C、5% CO2条件下で一晩培養した。ISFET は細胞培養時にも-45.2 mV/pH の電位応答を示した(Fig.2(c))。ISFET/細胞測定システムの時間分解能は 0.2 秒、電位分解能は 0.01 mV であり、ΔpH では 2.2 × 10-4 の変化が測定できる。細胞の洗浄および電位の安定化には、BTP buffer (1 mM Bis-Tris-Propane(BTP)、140 mM NaCl、4 mM KCl、 1 mM MgCl2、20 mM Sucrose;pH 7.4) を用いた。BTP buffer はバッファー領域が pH 6.0 - 9.5 と広く、生理学の研究において広く用いられている。
NH4Cl buffer (pH 7.2)には 20 mM Sucrose の代わりに 20 mM NH4Cl を加えたものを用いた。溶液は 50 - 120 μL/min の流速で細胞に作用させ、溶液を供給するチューブと細胞との距離を約 80μm とすることで迅速な溶液交換を可能にした。

(注:図/PDFに記載)

2.2 ISFET 測定法による細胞膜障害性評価
化合物の膜障害性を測定する際には BTP bufferに化合物を適当濃度加えた Sample buffer (pH 7.4) を用いた。BTP buffer と NH4Cl buffer を交互に1分間ずつ ISFET 上の細胞に暴露し、細胞内外の pH を一時的に変化させた。溶液を Sample
buffer に交換することで、化合物を細胞に作用させた。この測定系では流速 120 μL/min で一定にし、常に細胞周辺を新しい溶液に置換して行っている。測定は 37 °C で行った。比較として従来法の細胞膜障害性試験である赤血球溶血試験を行った。赤血球は日本バイオテストから購入した緬羊脱繊維血液から分離して、溶血試験に用いた。

(注:図/PDFに記載)

2.3 従来法による細胞毒性パスウェイの評価
LDH assay は Wako より購入したLDH-Cytotoxicity test Wako を用いて行った。Calcein release assay に用いた Calcein-AM
solution は DojinDo より購入した。細胞毒性試験である WST-8 assay・Live cell assay を行った。Live cell assay に用いた Calcein-AM solution、また、WST-8 assay に用いた Cell counting kit-8 はともに DojinDo より購入した。アポトーシス検出試験として Caspase-3 assay を 行っ た。Caspase-3 assay は Abcam より購入した。プレートリーダーは TECAN の Infinite 200 PRO を用いた。

(注:図/PDFに記載)

3.実験結果と考察
3.1 溶液交換による電位応答
ISFET/細胞測定システムを用いて、1分間ごとに BTP buffer (pH 7.4) と NH4Cl buffer (pH 7.2) の溶液交換を行った場合と、BTP buffer (pH 7.2) と CH3COONa buffer (pH 7.4) の溶液交換を行った場合の電位変化を測定した(Fig. 3(a))。細胞周辺の溶液を NH4Cl buffer に交換すると、電位は急激に+50 mV 変化するが1分後には NH4Cl buffer (pH 7.2) の電位に収束する。次に、BTP buffer に溶液を交換すると、電位は-60 mV 変化し、その後 BTP buffer の pH 7.4 の電位に収束する。溶液交換時の特徴的なピークは 10 回の溶液交換を行っても形や大きさに変化はなく、相対標準偏差はNH4Cl buffer 添加時のピークで 2.5 % (1.3 mV / 52 mV)、BTP buffer 添加時のピークで 2.5 % (1.5 mV / 60 mV)であり、再現性の高いことが分かった (n = 10)。この特徴的な電位変化は、細胞存在下のみ観察された。また、NH4Cl の代わりに
CH3COONa を細胞に作用させた場合は、電位応答が反転した(Fig. 3(a) 下段)。
NH4Cl 溶液は NH3 + H+ ←→ NH4+という平衡状態がなりたっており(Ka = [NH3][H+]/[NH4+] = 13.05 × 10-7 mM at 37 °C)、Fig. 3 で示す溶液交換によって発生する特徴的な電位変化は、NH3 の細胞膜透過によるものである。まず NH4Cl を加えた瞬間、NH3のみ溶液中から細胞膜を透過し細胞質へ受動拡散する。その結果、細胞外では NH3 の平衡状態が崩れるため、H+濃度が上昇する (Fig. 3(b) ①)。細胞内へ NH3 が充てんされると、細胞内外で NH3 が平衡状態になるため、細胞外では溶液の pH に安定する(Fig. 3(b) ②)。次に、BTP buffer に溶液交換をすると、細胞内に充てんされた NH3 が細胞外へ拡散し、再度 NH3 の平衡状態が崩れるため、H+濃度が減少する(Fig. 3(b) ③)。細胞外への NH3 の拡散が終了すると、溶液の pH に安定する(Fig. 3(b) ④)。このようにして、NH4Cl の溶液交換によって大きな電位変化を誘導することができる。一方、CH3COONa を溶液交換した場合、細胞膜を透過できる分子は CH3COOH であるため、NH4Cl とは逆の振る舞いになる(CH3COOH ←→ CH3COO- + H+)。以上、溶液交換に伴う電位応答の変化は酸・塩基解離反応と物質移動から説明できる。溶液交換にともなう過渡的な pH 変動では、細胞膜イオントランスポーターによる影響は無視できるため、本手法は細胞膜のイオンバリア性に焦点を当てることができる。

3.2 ISFET 測定法による化合物の細胞膜障害性測定
溶液交換によって発生する過渡的なピークは、細胞膜のバリア性によって生じる。そこで、化合物による細胞膜障害や細胞毒性によって細胞膜のバリア性が損なわれた場合、このピーク変化を観察することで細胞膜バリア性を評価できると考えた。そこで、NH4Cl buffer を曝露したのち、強い膜障害性をもつカチオン性高分子として知られる 1 mg mL-1 polyethylenimine (Mw: 25,000)(PEI25) 溶液を細胞に対して曝露したところ、溶液交換時の電位変動が小さくなった(Fig. 4)。

(注:図/PDFに記載)

これは、PEI25 によって細胞膜が傷ついたことで、NH+や H+などのイオン透過性が増大し、平衡反応の乱れが縮小したことに起因する。電位変動率[(ΔV0-ΔV2)/ΔV0] を指標とし、各種化合物に対する細胞膜障害性を評価した(Fig. 5)。カチオン性高分子として polyethylenimine (Mw: 1300)(PEI1.3)、PEI25、polyethylenimine (Mw: 750000)(PEI750) 、 Trimethylstearylammonium chloride(STAC)、 アニオン性高分子として Polysodium 4 - styrenesulfonate (PSS) 、 Sodium dodecyl sulfate(SDS)、 Polyacrylic acid (PAA)、 非イオン性高分子として Polyethylene glycol (PEG) 、Polyoxyethylene sorbitan monolaurate (TW20) 、Polyoxyethylene sorbitan monooleate (TW80) 、Polyethylene glycol mono-p-isooctylphenyl ether(TX100)、 両イオン性高分子として 3 - [(3 - cholamidopropyl) dimethyl - ammonio] propanesulfonate (CHAPS)を用いた。結果、PEG や PAA のような一般的に細胞毒性の低いといわれている化合物においては膜障害性が見られなかった。一方、PEI、STAC、SDS、TX-100、CHAPS などの細胞毒性をもつとされる化合物においては濃度依存的に電位変動が観測された。このISFET 測定法の測定時間は合計で 20 分間(化合物の作用時間:2 分間)であり、リアルタイムな測定が可能である。さらに水溶性化合物であれば測定が可能であることを示した。

3.3 既存の赤血球溶血試験法との比較
ISFET 測定法を検証するため、従来法である赤血球溶血試験をおこなった(Fig. 6)。赤血球溶血 試験においても STAC、SDS、TX-100、CHAPS においては濃度依存的にヘモグロビンの漏出が 検出された。その他の化合物では、溶血性は見ら れなかった。PEI25、PEI750 においては赤血球が凝集してしまったため、正確な測定を行えなかった。
ISFET 測定法と溶血試験の結果と比較し、相関係数を求めたところ、r = 0.88 と高い相関性が示された(Fig. 7)。特に、溶血試験でほとんど違いの識別できない領域(Fig. 7 赤丸内のプロット)においても ISFET 測定法では識別可能であることが分かった (例:PEI1.3)。これはそれぞれの測定法の指標であるヘモグロビンの流体力学半径(≥ 3.1 nm)と、H+や NH+イオンの水和半径 (≤ 0.33 nm)の差に起因する測定感度の差である(Fig.7)。つまり、ISFET 法では、従来法では見落とされていたナノメートルサイズの空孔をも検知することが可能であることがあきらかとなった。以上、ISFET 測定法は、アッセイ時間の短縮(約 2 時間→20 分間)、様々な化合物への適応性、高感度膜障害測、が可能であった。アニオン性界面活性剤であるSDS(Fig. 7 の黄色プロット)は低濃度領域において、細胞膜のバリア性を損なうことなくヘモグロビンの漏出を引き起こす(疑陽性)ことが示された。

3.4 既存の細胞毒性・細胞膜障害性測定法との比較
培養細胞を用いた従来法においても各化合物の細胞膜障害性・細胞毒性を測定した(Fig.8)。細胞膜障害性測定法として LDH assay、 Calcein release assay をおこなった。LDH assay はアニオン性化合物が測定溶液に反応してしまい、測定が正確に行えなかった。さらに、溶血性を示さない TW80 は LDH の漏出を引き起こし、擬陽性を示すことがわかった。また、既存法はカチオン性高分子(PEI25、PEI750)に対して感度が低く、ISFET 法は SDS、TX-100に対して感度が低かった。結果、ISFET 測定法と既存法との相関係数はそれぞれ r = 0.41 (vs LDH)、0.47 (vs Calcein release assay)と低かった(Fig. 8(b))。
細胞毒性測定法として WST-8 assay, Live cell assay をおこなった。これらの測定法は測定時間が最低 6 時間と長いため、化合物の毒性を明確に識別することができるが、毒性の強弱を細かく識別するのが難しい。ISFET 測定法との相関係数はそれぞれ r = 0.78 (vs WST-8 assay), 0.76 (vs Live cell assay)である。各測定法の曝露時間は、ISFET 測定法が 2 分間、溶血試験は 20 分間、LDH assay, Calcein release assay は 15 分間、WST-8 assay, Live cell assay は 6 時間である。ISFET 測定法以外のアッセイはエンドポイントアッセイであることから細胞死の種類を識別できなかったが、ISFET 測定法はリアルタイム測定をおこなうことができるため、膜障害を引き起こすまで時間を比較することで細胞死の種類を識別することができた。

(注:図/PDFに記載)

3.5 TW20 のアポトーシス誘導による細胞膜崩壊の検出
ISFET 測定法、溶血試験では TW20 の細胞膜障害性が検出されなかったのに対し、その他のアッセイにおいては細胞毒性が検出された。TW20 はアポトーシスを誘導することが知られており 16)、結果として細胞膜組成が変化したものと推察される。実際、赤血球は核を持たないため、溶血試験では TW20 の膜障害性は検出されなかった。
ISFET 測定法は測定時間が短いため、細胞膜障害性を示さなかったと考えられる。実際、TW20 の細胞膜障害性を調べるために ISFET 測定法の測定時間・曝露回数を増やした測定を行ったところ、測定開始から約 1 時間後からピーク強度は減少し、細胞膜障害性が生じることがわかった(Fig.9(a-b))。TW20 を曝露しない場合は、ピーク強度は変化せず、細胞に膜障害性は見られなかった。
カスパーゼ-3 アッセイをおこなったところ、TW20 によるアポトーシス誘導は1時間後には発現しており、コントロールとして用いた Fas やスタウロスポリンよりも早いことがわかった(Fig.9(c))。また、TW80 はアポトーシスを誘導しないことがわかった。

4.まとめ
本研究では ISFET を用いた新たな細胞膜障害性測定法を確立した。この測定法は短時間測定にも関わらず、溶血試験よりも高感度であり、ナノ材料の細胞毒性評価に有効であると考えられる。さらに細胞に対して非侵襲でリアルタイムな測定であり、従来法では識別できなかった細胞死の種類を識別可能であることがわかった。また、十数個の細胞に相当する微小なゲート電極上に存在する局所的な細胞応答を測定するため、センサーを小型化・集積化することで細胞集団中の単一細胞の多並列同時計測が見込まれ、新たな細胞毒性評価系ツールとして化粧品や創薬における高感度・ハイスループットな化合物毒性スクリーニング法としての応用も考えられる。