2007年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第21号

糖鎖結合を利用したリガンドのラベルと非放射性受容体定量法の確立

研究責任者

竹下 明裕

所属:浜松医科大学 医学部 臨床検査医学講座  准教授

概要

1.はじめに
細胞表面には様々な受容体が存在する。リガンドやホルモンがこれらの受容体に結合することにより、細胞内にシグナルの伝達が開始される。これらの受容体は細胞表面上に微量に存在する。細胞表面の受容体を検出することはその細胞の機能や生体の状態を把握する上でも重要である。
受容体数を定量しようとする試みはこれまで多くされてきた。主な測定方法としてはradio-isotope label のligand を使用した方法(RI 法)、蛍光色素ラベル抗体を使用し抗原抗体反応を行った後にflow cytometry にて測定する方法(蛍光抗体法)、mRNA 等を定量的PCR 法にて測定する方法(QT-PCR)が存在する。しかし、これらの測定には長所とともに短所が存在し、その目的に応じて使い分けているのが現状である。
Radio-isotope label のligand を使用したRI法は、放射能を扱うための基準を満たす施設が必要であり、放射線作業者の教育や管理責任者が必要である。被爆の危険性などの問題からコストと手間のかかること、またラベルされたアイソトープの使用期限内に測定を完了しなければならないなどの問題がある。蛍光色素ラベル抗体を使用し抗原抗体反応を行った後にflow cytometry にて測定する方法の特異性はその抗体により、非特異的反応や交差反応が認められ、リガンドを使用したアッセイ法に劣り、1抗原に結合する抗体が1:1ではなく、特異性に問題がある。また抗原の多寡を比較することはできても、恒常的な値を求めることは難く、定量することは困難である。mRNA 等を定量的PCR 法にて測定する方法は高感度であるが、手間がかかり、細胞表面の受容体蛋白構造物を直接測定しているものではないため、しばしば他の方法から得られた結果と解離が指摘されてきた。
このような背景から簡便性、脱放射能、低コスト、定量性、細胞亜型別解析が可能な新しい方法が検討されてきた。簡易性では、これまで限られた施設でのみしか測定できなかった細胞表面受容体の解析を多くの施設で施行可能とすること。脱放射能的方法では前述した放射能使用に伴う種々の問題点を排除する方向が望まれる。RI法、分子生物学的方法は長所もあるもののコスト高であり、現在の厳しい医療費削減を鑑みる必要性がある。Flow cytometry は簡便な方法であるが、これまで定量性に関し本法に期待することができなかった。そのため他施設間の受容体数の比較には主としてRI 法による測定結果が使用されてきた。細胞亜型別の解析の必要性に関してもニーズは広がっている。生物学の進歩により過去に均一とみられた細胞も種々のheterogenic な集団であることが解明されてきた。RI法、分子生物学的方法では測定前に細胞をあらかじめカラムなどにより亜集団に分別しておかなければならない。Flow cytometry では付加機能をもたせることにより、同時に多種の細胞集団ごとの受容体数が測定されうる。
これらをもとに、私達はflow cytometry による測定を基本とし、これに定量性をもたせる方向性を考案した1~6)。Ligand を蛍光色素で効率よくラベルし、かつligand の活性を落とすことがなく、flow cytometry により測定できれば、定量性を持ち、簡便かつ高感度で特異性の高い検査方法となりうる。精度に関しては、cytometer のfilterやdetector 等の最適な組み合わせが設定された。蛍光量はenergy transfer を利用した赤色系蛍光増幅を採用した。また他の蛍光色素ラベル抗体を数種類組み合わせることで、特定のphenotype の細胞上の受容体の測定が可能となり、phenotype純化のための前処置が特別に必要とされない1)。
2.非放射性受容体定量法について
私達が開発中の非放射性受容体定量法(non-isotopic ligand binding assay) 法ではligand の糖鎖にbiotin を効率よく結合させ、biotin 結合のligand を作製する。また一方で高濃度の非結合ligand を用意しておく。特定の受容体を保有する細胞とbiotin 結合のligand を反応させ1時間incubate しサンプルを作製する。それとは別にbiotin 結合のligand に高濃度(x1,000)の非結合ligand を同時にincubate し得られた別サンプルを用意する。それらの蛍光量をflow cytometer にて測定する。そのヒストグラムを図1に示した。A はbiotin 標識サイトカインまたはホルモンに高濃度の非標識サイトカインまたはホルモンを加え同時にincubate したのちstreptavidine-RED670 (SA-RED670)にて後染色を施行してえられたヒストグラムである。B はbiotin 標識ligand のみでincubate したのち、SA-RED670 にて後染色し得られたものである。このA とB のヒストグラムを累積したものがC である。2 つの累積曲線の間の縦方向最大乖離幅がD value である。Kolmogorov-Smirnov statics 解析自身は2つの異なったヒストグラムの相違性を統計学的に解析する方法であるが、D value およびD/S はその解析の途中に算出されてくる値である。私達はこのD value とScachard 法にて求めた受容体数の間には正の相関があり、相関直線を引くことができる。この相関直線をstandard 直線として利用して、flow cytometer において測定された蛍光量からD value を介して受容体数を逆算できることを発見した。
まず受容体陽性細胞とそれと同等の大きさの受容体陰性細胞を用意する。受容体陽性細胞株の受容体数はあらかじめScachard 解析から求めておく。たとえば受容体陽性細胞株の受容体数を1,000/cell とすると、受容体陽性細胞と受容体陰性細胞を1:1 の割合で混ぜた細胞浮遊液の場合、細胞浮遊液全体の受容体数は500/cell である。このような混合細胞浮遊液(1:5, 1:4, 1:3 etc)を作製する。理論上の受容体数(縦軸)とflow cytometer にて測定したD value(横軸)をプロットするとその値はよく相関し前述した標準直線として使用に耐えるものとなる。このようにして、受容体数が不明の細胞集団においてflow cytometry から蛍光量とD value を算出し、標準直線から受容体を算出することが可能となる。
3.mpl(thrombopoietin receptor; TPO receptor)数に関する実験
図2はmpl(thrombopoietin receptor; TPO receptor)の測定であるが上段はflow cytometerを使用した蛍光強度の算出、下段がScachard 解析から求められる受容体数である。図3a はbiotin結合TPO を増加させていった場合のD value の変化である。1-50fmol/ml(D value 0.1-0.9)にて直線的に増加しており、測定域としてこの部分を使用すれば精度は保障される。図3b はbiotin 非結合TPO を漸増し、biotin 結合TPO の結合を測定しようとしたものであるが、1,000 倍量のbiotin 非結合TPO の使用により、D value は0になり、biotin 結合TPO のmpl への結合をブロックすることが可能である。mpl 発現細胞としてBaF3 細胞にmpl 遺伝子のcDNA を挿入したBaF3/mpl を使用した。またmpl 非発現細胞としてBaF3 を使用した。mpl 発現細胞とmpl 非発現細胞(BaF3/mpl とBaF3)を様々な比で混和し、細胞浮遊液を調整する。調整された細胞のD value をflow cytometer 上測定し、標準曲線を得た。(図4)この標準直線を利用して臨床検体(細胞)のmpl 数の測定を行う。
同時に、3 重染色を用いることにより、表面抗原の解析が可能である。血液細胞の系列分類上重要とされるCD3, CD4, CD7, CD8, CD10, CD11b,CD13, CD19, CD20, CD33, CD45, CD56, HLA-DR などが測定された5) 。これらの抗原に対するmonoclonal antibody としてはFITC 結合やPE 結合の抗体が使用された。
4.実験結果
症例より得られた白血病細胞の表面mpl 数を測定した結果を図5 に示した。その特性からFAB-M7に多いと思われたmpl はM0 からM7 まで広範に発現していることが判明した。またALL においてもその発現を認める症例が存在することが判明した。3H-tymidine incorporation を施行したところ、これらの細胞の一部では、増殖能を有していた。しかし検体ごとのvariation はかなりありそのvariation の原因を特定することはできなかった。表面抗原との相関関係も認められなかった。
5.まとめ
Mpl は白血病細胞に比較的広範に分布し、その一部は機能性を有していると考えられる。Mplligand はその開発途上で、急激な血小板増加や血栓症が報告され、製品化後の適応は限られたものになると思われる。Etythropoietin でも報告されているように、これらのcytokine は細胞の抗アポトーシス効果があるとされる。内在性のmplligand は血小板減少時には増加していることもあり7)、白血病細胞の薬剤耐性への関与も今後検討していく課題であろうと思われた。
非放射性受容体定量法は比較的簡便に細胞表面受容体数が測定できることはmpl においても裏付けられた。糖鎖をもつcytokine やhormone では同様に細胞表面の受容体数が定量可能である。これまでRI を用いてきた本検査も必ずしもRI を使用しなくてもよくなる。Cytokine やhormone の数的異常が疑われる疾患、受容体抗体の発現している疾患など、その応用範囲は広いと思う。