2010年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第24号

糖尿病発症関連遺伝子の一塩基多型の電気化学的検出方法の開発

研究責任者

鳥越 秀峰

所属:東京理科大学 理学部 第一部応用化学科 准教授

概要

1.はじめに
メタボリックシンドロームの言葉に代表されるように、生活習慣病である糖尿病の発症が社会問題となっている。また、ヒトゲノムの解析が進行し、個人ごとに遺伝子の塩基配列が異なる1塩基多型(SNP)が、糖尿病など生活習慣病の発症と密接に関連することが明らかである1)い4)。II型糖尿病の発症には、インシュリン遺伝子とアディポネクチン遺伝子のSNPが密接に関連する5)・6)。具体的には、インシュリン遺伝子の開始コドンの23塩基上流のSNPが相同染色体でT/Tの場合には、インシュリンの分泌量が正常であるが、T/A及びA/Aの場合には、インシュリンの分泌量が低く、II型糖尿病の発症の危険率が高い5)。また、アディポネクチン遺伝子の開始コドンの11377塩基上流のSNPが相同染色体でG/Gの場合には、アディポネクチンの分泌量が正常であるが、C/C及びC/Gの場合には、アディポネクチンの分泌量が低く、II型糖尿病の発症の危険率が高い6)。この糖尿病発症の危険因子であるインシュリン遺伝子とアディポネクチン遺伝子のSNPを効率的に検出する新規の診断方法を開発できれば、遺伝子由来の糖尿病発症の危険性を被験者が容易に知ることができ、自らの食生活・食習慣を改善し、糖尿病発症の予防に役立てることができると考えられる。SNP検出方法としてヘテロデュプレックス法が知られている(図1)。SNPに該当する塩基対がタイプ1(ex.T:A)である2本鎖DNAとタイプII(ex.A:T)である2本鎖DNAを混合・加熱して、1本鎖にほどいた後、徐冷して2本鎖を再形成すると、元の2本鎖以外に、互いの鎖を交換したミスマッチ塩基対(ex.T:T,A:A)を含む2本鎖を生成する(図1)。この新たに生成したミスマッチ塩基対の種類を同定できれば、元の2本鎖のSNPを検出できる。T:Tミスマッチ塩基対にHg2+が1:1のモル比で高い親和性で特異的に結合すること(図2)7+9)、C:Cミスマッチ塩基対にAg+が1:1のモル比で高い親和性で特異的に結合すること(図2)1°+13)を、申請者は世界で初めて見つけている。本研究では、このミスマッチ塩基対と金属イオンの特異的結合を利用して、糖尿病発症の危険因子である上記のインシュリン遺伝子とアディポネクチン遺伝子のSNPを効率的に検出できる、新規の診断方法を開発することを目的とした。
糖尿病発症の危険因子である上記のインシュリン遺伝子とアディポネクチン遺伝子のSNPを含む2本鎖DNAを金基板上に固定化し、電気化学的検出を行う(図3,図4)。Watson Crick塩基対のみを含む2本鎖DNAの片鎖の5'末端を電子授受可能なアントラキノン誘導体で標識し、3'末端をチオール化して金基板に固定化する(図3(a),図4(a))。この軸方向に電圧を加えると、アントラキノン誘導体から放出された電子がDNA塩基のπ共役を介して2本鎖内を伝達し、電流値を観測できる。Hg2+及びAg+を添加しても2本鎖に結合せず、2本鎖構造は不変であるので電流値は変化しない。一方、T:T及びC:Cミスマッチ塩基対を含む2本鎖DNAも同様に、金基板に固定化する(図3(b),図4(b))。この軸方向に電圧を加えても、ミスマッチ塩基対の部位で電子伝達が断絶されるため、電流値を観測できない。しかし、Hg2+及びAg+を添加すると、申請者が世界で初めて発見したT-Hg-TとC-Ag-C結合形成によりミスマッチ塩基対の部位での電子伝達が可能になり、電流値を観測できる。以上のように、Hg2+及びAg+添加前後の電流値の変化の有無より、T:T及びC:Cミスマッチ塩基対を簡便・正確・迅速に同定でき、SNPを効率的に検出できる、新規の診断方法を開発することを目指した。
2.材料と方法
2.1 5'末端と3'末端を標識したオリゴヌクレオチドDNAの合成
5'末端をアミノ基で標識し、3'末端をチオール基で標識した、インシュリン遺伝子のSNPを含む領域のオリゴヌクレオチドDNA,Am-INS-F25T-Thio:5'-GcccTGccTGTcTcccAGATcAcTG-3'とアントラキノン誘導体(AQ)を反応させ、5'末端を電子授受可能なアントラキノン誘導体で標識し、3'末端をチオール基で標識したAQ-Am-INS-F25T-Thioを調製した(図5)。また、5'末端をアミノ基で標識し、3'末端をチオール基で標識した、アディポネクチン遺伝子のSNPを含む領域のオリゴヌクレオチドDNA, Am-APM-F25C-Thio:5' -CTCAGATCTGCCCTTCAAAAACAA-3'とアントラキノン誘導体(AQ)を反応させ、5'末端を電子授受可能なアントラキノン誘導体で標識し、3'末端をチオール基で標識したAQ-Am-APM-F25C-Thioを調製した(図5)。
2.2オリゴヌクレオチドDNAの還元とアニーリング
チオール基で標識されたオリゴヌクレオチドDNAは、分子同士がS-S結合で結びっいているため、ジチオトレイトールで還元した。還元したA母1㎞一INs-F25T-Thioと、相補鎖である通常のオリゴヌクレオチドDNA、INS-R25T:5'-CAGTGATCTGGGTGACAGGCAGGGC-3', INS-R25A:5'-CAGTGATCTGGGAGACAGGCAGGGC-3'を等モIV混合後、混合溶液を90°Cで5分間煮沸した後、室温まで徐冷してアニーリングし、2本鎖DNAを形成した。同様に、還元したAQ-Am-APM-F25C-Thioと、相補鎖である通常のオリゴヌクレオチドDNA、APM-R25C:5'-TTGTTTTTGAAGCGCAGGATCTGAG-3', APM-R25G:5'-TTGTTTTTGAAGGGCAGGATCTGAG-3'を等モル混合後、混合溶液を90°Cで5分間煮沸した後、室温まで徐冷してアニーリングし、2本鎖DNAを形成した。
2.3金電極の研磨
金電極(外径6mm、内径1.6mm)[BAS(株)]を電極ホルダーに差し込んで固定化した後、精密研磨機:低周速ドクターラップML-180SL[マルトー(株)]により水溶性ダイヤモンドスラリー(6um)を用いて、10分間、80回転/分で研磨した。水溶性ダイヤモンドスラリー(1μm)を用いて、10分間、70回転/分で研磨した。水溶性ダイヤモンドスラリー(0.125pm)を用いて、10分間、70回転/分で研磨した。次に、蒸留水で電極を水洗した後、アルミナスラリー(0.05脚)を用いて10分間、60回転/分で研磨した。金電極を電極ホルダーからはずして蒸留水で金電極を水洗した。金電極を蒸留水に浸して超音波洗浄を5分間ずつ計3回行った。金電極を0.5M硫酸中に浸して、以下の条件(表1)で電気化学アナライザーMode1620C[BAS(株)]により電解研磨を行った。更に、金電極を蒸留水に浸して超音波洗浄を1分間行った。金電極表面に窒素ガスを吹き付けることにより乾燥させた。
2.4研磨した金電極への2本鎖DNAの固定化
緩衝液に溶解したアニーリングした、2μMの2本鎖DNA (AQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25A, AQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25T, AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25C, AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25G)3μLを、研磨した金電極上にディップした。蒸留水を含ませたキムワイプなどで保湿したタッパー内にこの金電極を入れ、37°Cで終夜インキュベートした。チオール基により研磨した金電極上に2本鎖DNAを固定化した。金電極を緩衝液に浸すことで洗浄した後、金電極表面に窒素ガスを吹き付けることで乾燥させた。
2.5金電極表面のマスキング処理
1mMの6一メルカプトヘキサノール1μLを、2本鎖DNAを固定化した金電極上にディップした。6一メルカプトヘキサノールで金電極表面をマスキングした。蒸留水を含ませたキムワイプなどで保湿したタッパー内にこの金電極を入れ、45°Cで1時間インキュベートした。金電極を緩衝液に浸すことで洗浄した後、金電極を軽く振って水分を除去した。
2.6電気化学測定
電気化学測定装置として、電気化学アナライザーModel 620C[BAS(株)]を用いた。作用電極として上記で調製した金電極を、参照電極としてEEOO8 Miniture Ag/AgC1参照電極[CYPRESS SYSTEMS(株)]を、対極として白金ワイヤーを用いた。電解液組成として、Hg2+を添加する場合に、10mMカコジル酸一カコジル酸ナトリウム、100mM過塩素酸ナトリウム(pH6.8)を、Ag+を添加する場合に、10mMカコジル酸一カコジル酸ナトリウム、100mM硝酸ナトリウム(pH6.8)を用いた。以下の条件(表2)で電気化学測定を行った。
3.成果
3.1インシュリン遺伝子のSNPの電気化学的検出
AQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25AまたはAQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25Tを固定化した金電極にHg2+を添加する前と添加した後の矩形波ボルタンメトリーを、-0.8V--0.1Vの範囲で測定した。T:Tミスマッチ塩基対で電子伝達が断絶されるため電流を観測できないが、Hg2+を添加すると、申請者が見つけたT-Hg-T結合形成によりT:Tミスマッチ塩基対で電子伝達が可能になり、電流を観測できると期待された。これに合うように、AQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25TにHg2+を添加する前は電流を観測できなかったが(-0.7V付近のピ一クはアーティファクト)、Hg2+を添加すると一〇.67V付近に電流を観測できた(図6)。一方、Watson Crick塩基対では電子伝達により電流を観測でき、Hg2+を添加しても2本鎖に結合せず、2本鎖構造は不変であるので電流値は変化しないと期待された。AQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25AにHg2+を添加する前は、理由は不明だが、電流を観測できず(-0.7V付近のピークはアーティファクト)、Hg2+を添加すると一〇.66V付近でわずかではあるが、電流を観測できた(図7)。Hg2+添加に伴う電流変化が、A(眞㎞rlNs-F25T-Thio:INs-R25AとAQ-Am-INS-F25T-Thio:INS-R25Tの間で、あまり差がなかった。
3.2アディポネクチン遺伝子のSNPの電気化学的検出
AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25CまたはAQ-Am-APM-F25c-Thio:APM-R25Gを固定化した金電極にAg+を添加する前と添加した後の矩形波ボルタンメトリーを、-0.8V--0.1Vの範囲で測定した。C:Cミスマッチ塩基対で電子伝達が断絶されるため電流を観測できないが、Ag+を添加すると、申請者が見つけたC-Ag-C結合形成によりC:Cミスマッチ塩基対で電子伝達が可能になり、電流を観測できると期待された。これに合うように、AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25CにAg+を添加する前は電流を観測できなかったが(-0.7V付近のピ一クはアーティファクト)、Ag+を添加すると一〇.4V付近でわずかではあるが、電流を観測できた(図8)。一方、Watson Crick塩基対では電子伝達により電流を観測でき、Ag+を添加しても2本鎖に結合せず、2本鎖構造は不変であるので電流値は変化しないと期待された。AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25GにAg+を添加する前は、理由は不明だが、電流を観測できず(-0.7V付近のピークはアーティファクト)、Ag+を添加すると一〇.4V付近でわずかではあるが、電流を観測できた(図9)。Ag+添加に伴う電流変化が、AQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25CとAQ-Am-APM-F25C-Thio:APM-R25Gの間で、あまり差がなかった。
4.まとめ
II型糖尿病の発症に関連する、インシュリン遺伝子とアディポネクチン遺伝子のSNPを含む領域の2本鎖DNAの片鎖の5'末端を電子授受可能なアントラキノン誘導体で標識し、3'末端をチオール基で標識し、金電極上に固定化した。この金電極上にHg2+またはAg+を添加する前と添加した後の電流を矩形波ボルタンメトリーで解析し、SNPの電気化学的検出方法に関する基礎的知見を得ることができた。