2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

米沢の医学・工学「サイエンス・ルネサンス」~上杉鷹山公の医学館『好生堂』環境を現代の高校生に~

実施担当者

熊坂 克

所属:山形県立米沢興譲館高等学校 教諭

概要

1. はじめに
 本校の歴史は、米沢藩第9代藩主上杉鷹山公が1776(安永5)年に学問所を再興して創建した藩校「興譲館」に由来する。鷹山公は、財政が逼迫し苦しい状況ながらも様々な殖産興業や人材育成を図る改革を手がけ、その名君ぶりが今も讃えられる。その善政の一つとされるものに洋学勤学制度および「好生堂」の創設がある。当時、いち早く洋学や西洋医学の導入を決断し、財政窮乏の折りにもかかわらず、藩医を長崎や江戸等へ派遣して修学させると共に、医師たちに教育・研修の場として医学館「好生堂」を提供した。加えて、高価な医療機器や洋書を購入して好生堂に下賜したともいわれる。
 このような歴史になぞらえ、山形県内では本校が嚆矢となり、医学や工学を志す高校生(希望者)に、それらを体験的に学ぶことができる教育環境の構築を目指した。

2. 1年生の取り組み概要
(1)山形県置賜保健所長による講義
 置賜地区の保健・医療・福祉の実際について講義を実施した。事前学習として、保健所の仕事内容の調べ学習を行い講義に臨んだ。保健所の話にとどまらず、山田敬子所長のこれまでの経験についての話から医療全般について学ぶとともに、医療関係の職に就くための心構えについても学んだ。
(2)日本科学未来館研修
 1年生対象の「東京サイエンスツアー」2日目に実施した。日本科学未来館にある5階「世界をさぐる」の展示物を中心に見学または体験することにより、最先端の科学に触れることで、工学と医療とのかかわりについて学んだ。時間を決めて、グループごとに集合し、学習した内容を口頭で発表し、その内容や態度などを相互評価した。
(3)遺伝子工学技術に関わる講義及び実験演習
 生徒自身の手で自身の毛髪からDNAの抽出実験を行った。現在の医療や生命工学に欠かせない遺伝子解析や遺伝子工学的技術の捜査の一例を体験的に学習するという目的で実施した。初めに山形大学理学部 半澤直人教授より、実験技能についての講義をしていただき、実際にDNA抽出実験を行った。
(4)医療・保健施設訪問研修
 置賜保健所・米沢市立病院・三友堂病院・三友堂リハビリテーションセンターの4つの医療・保健施設にて各施設10名程度の人数で訪問し、医療・保健の現状について体験的に学習した。生徒それぞれの進路希望に合わせ、各施設において医師・獣医師・看護師・薬剤師・保健士・理学療法士・作業療法士等、各職の職務について説明を受け、ディスカッションを行った。
(5)先端生命科学講義
 慶応大学先端生命科学研究所長(冨田勝氏)により、メタボローム解析技術という工学と医療が融合した最先端の技術について講義していただいた。その後、ディスカッションを行った。生徒にとってはやや難しい内容ではあったが、解析技術全般のことからメタボローム解析という専門的なことまでわかりやすく説明していただいた。
(6)地域大学との連携講義Ⅰ
 山形大学工学部で行っている工学と医療とのかかわりに関する研究内容を学んだ。馮忠剛準教授からは「再生医療研究」について、阿部宏之教授からは「細胞活性診断技術」についての講義をいただいた。それぞれの先生には高校生物の教科書の内容を踏まえた先端研究の紹介をしていただいた。
(7)地域大学との連携講義Ⅱ
 山形大学工学部で行っている、工学と医療とのかかわりに関する研究内容を学んだ。湯浅哲也教授より「コンピュータ画像解析による診断技術」についての講義をしていただいた。CT技術という生徒にとって身近な内容ということで、理解しやすい内容となった。


3. 主に2年生の取り組み概要
(1)先端的科学関連研究発表会等Ⅰ
 東北地区SSH指定校発表会に本校生徒6名、引率教員1名が参加した。参加したSSH指定校は17校で、生徒・引率教員281名、来賓・管理職31名の総勢312名と一般参加者という参加規模となった。本校も口頭発表を行い、その後、交流会にも参加した。また、データの科学的検証には欠かせない「統計」について、グループワークが行われた。これらに加え43題のポスター発表がなされ、参加した生徒相互がコミュニケーションをとりながら、科学への興味・関心を高めあった。
(2)先端的科学関連研究発表会等Ⅱ
 東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」発表会に本校生徒11名(1年生3名、2年生8名)が参加し、5題のポスター発表を行った。全国より希望した生徒が参集し、口頭発表14題、ポスター発表55題の参加規模となり、活発に質疑応答がなされた。
(3)先端的科学関連研究発表会等Ⅲ
 新潟県で開催された北東アジア環境・エネルギーシンポジウムに本校生徒が口頭発表1題、ポスター発表6題で合計7題(7名)が参加した。これらの生徒は有機EL研究の世界的権威である山形大学 城戸淳二 卓越研究教授にコーディネートしていただいている「城戸淳二塾」の塾生である。塾生は通年で大学の研究室で研究を進めてきた。研究内容としては「3Dプリンターを用いたニードル作製」というテーマで、痛くない注射針の作製を目指す等、医療と工学を融合させた学際的研究もなされた。
 シンポジウムは、高校生の環日本海国際シンポジウムとして位置付けられており、日本国内だけでなく、ロシア、中国、韓国の高校生も参加した。発表は全て英語で行われ、科学技術リテラシーの涵養だけでなく、国際性の育成に資する取り組みとなった。
(4)「科学の甲子園」全国大会強化講習会
 この度、本校は第4回「科学の甲子園」県大会で優勝し、初めて全国大会に出場することとなった。その全国大会に向けて、県教委主催による強化講習会に参加した。講習内容は山形大学工学部 原田知親 助教による「電気二重層コンデンサ等の概論」、山形大学理学部栗山恭直教授、岩田尚能 准教授による「実験計画の立案に関する概論」や模擬実験競技演習であった。県の代表として全国大会に参加するということで、参加生徒は非常にモチベーションが高く、実験演習等で終始積極的な姿勢で臨んだ。


4. 検証・生徒の変容等の成果
 1年生の取り組みは「工学と医療」の融合領域に興味・関心がある1年生希望者37名を対象として実施した。医療現場の実際と医療現場を支える最先端の研究にスポットを当て学習することで、医療や工学への興味・関心を広げ・深めることに主眼をおいた。アンケートの結果では、サイエンスについての興味・関心高がまったと回答した生徒が94.6%~100%、おもしろかったと回答した生徒も94.6%~100%と高水準を維持した。当初、サイエンスをあまり好きでないという生徒が2.8%だったが、後半は0%となった。この結果から、生徒の興味・関心を引き出すことができたといえる。また、サイエンスについて知りたいことを自分で調べてみようと思うようなったと答えた生徒が91.7%~97.1%ということで講座の内容を受けてより深く学習しようという態度を育成することができたと考えている。
 2年生の取り組みについては、1年生で広げ・深めた科学への興味・関心を一層高めるとともに、高い水準での主体的な学びを目指して、研究やその発表を柱とした。それぞれの発表会への参加人数が10名程度と少人数であり、それぞれの企画に参加した生徒も区々であるため、アンケートによる意識調査は行っていない。それぞれの企画に参加した生徒の感想(抜粋)は以下の通り。

 他の学校の生徒や大学教授との交流や大学教授の講演といった、発表以外にも多くの催しがあり、知識はもちろんのこと、物事をあらゆるアングルから見つめる力もついたと思います。(東北地区SSH指定校発表会参加生徒)

・全国大会で培った経験を友達にフィードバックして学校全体のやる気向上につなげたい。
・今までの準備で培った知識やライバルとの交流による意識の高揚など、今後につなげていきたと思います。
(「科学の甲子園」全国大会出場生徒)

 このような感想から、生徒は教室にいるだけでは学ぶことが出来ない、多様な側面からの学びを経験したことがわかる。そして、自らの学びへの意識を高揚させるだけでなく、学校全体への波及効果まで感想で述べている。このようなことから、当初のねらいは十分達成できたといえる。