2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

筋電図と加速度センサーを兼ね備えた運動時筋肉活動量の経時的測定記録装置の開発

研究責任者

松井 康素

所属:独立行政法人国立長寿医療研究センター 先端診療部関節科 医長

共同研究者

藤田 玲美

所属:星城大学 リハビリテーション学部 助手

共同研究者

鈴木 康雄

所属:日本福祉大学 福祉機器開発センター 助教

共同研究者

太田 進

所属:星城大学 リハビリテーション学部 准教授

概要

1.はじめに

高齢化社会では、高齢者の身体機能の維持や介護予防が重要な社会的課題である。なかでも加齢による筋肉減少症(サルコペニア)は、歩行移動能力の低下や転倒の基礎疾患で、虚弱(Frailty)の主要因となっている。そして高齢者の転倒は、骨折などの重度の傷害をきたし、高齢者のADL やQOL の低下、ひいては要介護状態へと結びつくため、その予防は喫緊の課題である。しかし、サルコペニアの病態は十分に解明されておらず、また、その予防のためのトレーニング方法の多くは、筋力の発揮状態をモニターして行われていないため、医学的にしっかりとした根拠に基づくものはほとんどない。生活習慣病の予防や改善のための運動療法の重要性が広く知られているが、実際にエネルギーのほとんどを消費する筋肉の活動によるという観点に基づいてのモニターはされていない。現況としては、歩行などの動作における筋の活動を調べる手段として筋電計が用いられ、四肢の動作を測る手段として加速度計が用いられる場合がある。しかし、現状用いられている測定機器の中で上述のような課題を 1 台で解決できる汎用性のあるものはない。そこで我々は、運動時の筋肉活動を経時的にモニターできる、筋電計と加速度計(ジャイロ計)を兼ね備えた計測記録装置(以下「本装置」という。)を考案し、開発を目指してきた。本研究では、試作した測定機を用い、歩行をはじめとする、数種の動作や運動を行った際に働く、下肢の筋活動量を評価し、動作や運動の仕方や負荷の程度により差が出るかを調べ、また開発機器に具備されているジャイロセンサーの組み合わせにより、関節角度などが的確に測定できるかどうかを検証する中で、開発する機器の作動性や有用性の検討を行った。

 

2.開発機器の特徴

試作機は 2 つの筋肉について同時に筋電を測定するための電極(赤色:+極、白色:-極、黄色: リファレンス)と、ジャイロセンサー(9 軸モーションセンサー)を合わせ持つものである。ジャイロセンサーの格納された小箱は USB により約10 時間作動可能な容量の充電できるバッテリーと、Bluetooth による無線通信にて、離れたところ(10m 程度まで可)に置いた PC へデータ送信が可能なものである(図1)。同機を 2つ同時に用いることにより、例えば膝関節をまたいで大腿部と下腿部にモーションセンサーを配置すれば、2つの間のなす角度として膝関節の屈曲角度を描出することが可能となる。試作機の作製を和田製作所(株)に委託した。

(注:図/PDFに記載)

 

3.作動性・有用性に対する検証の方法

A 筋活動の評価を以下の 4 つの筋肉に対して行った(括弧内は各筋の主な作用)(図2、3)

・大腿四頭筋のうちの外側広筋(膝関節伸展)

・半腱様筋(膝関節屈曲)

・前脛骨筋(足関節背屈)

・腓腹筋(外側頭)(足関節底屈)

 

B 評価を行った動作・運動の種類

・通常歩行

・速歩パターン 1(歩幅を大きくする)

・速歩パターン 2(歩数を多くする)

・スクワット

・自転車エルゴメーター(図4)

(20 ワット、60 ワット、100 ワット)

 

C 動作時の評価項目

・膝関節角度

・筋電波形

・筋電波形の振幅(Root Mean Square- RMS 法)

 

D 比較対照する既存の機器ならびに評価法

・膝関節角度―体表面マーカーを用いた 3 次元動作解析法1)2 Vicon-NX システム・Vicon Nexus)

・筋電計―日本光電多チャンネルテレメータシステム(製品番号:WEB7000)

(注:図/PDFに記載)

 
4.動作時関節角度の表示例

A 通常歩行の 1 サイクル

通常歩行時 1 サイクルの間、膝関節の角度の変化について、試作機(図中 Wada)の値と、Vicon による 2 次元動作解析において、標点位置から求めた膝角度(図中  VICON)を併記した(図中の値は 180 度―膝屈曲角度として表示)。

 

a 若年男性例

(注:図/PDFに記載)

b若年女性例

(注:図/PDFに記載)

 

Vicon による標点位置から求めた膝関節屈曲角度と、試作機による 2 つのジャイロセンサーから求めた同角度との間には大きな違いは生じなかった。ただし、試作機によるデータにはスムーズさがなく、細かい変動が見られた。これは、歩行の場合、かかと接地時やつま先離れ時などに床面から体節に衝撃が伝わり易く、そのためにセンサー貼付の皮膚面に振動が生じたことが考えられる。

 

B スクワット訓練動作

立位状態から膝関節を屈曲していき、90 度近くまで膝を屈曲した。膝伸展していき立位に戻るまでの膝関節の角度を表示した(図中の値は 180 度―膝屈曲角度として表示)。

 

(注:図/PDFに記載)

 

Vicon による標点位置から求めた膝関節屈曲角度と、試作機による 2 つのジャイロセンサーから求めた同角度は、歩行時より、さらに安定して近似して示され、試作機での値も、歩行時のように体節へ衝撃が伝わることがないため、安定した値が得られており、試作機による角度表示は比較的ゆっくりとした動作や、運動の解析における有用性が示された。

 

C 自転車エルゴメーターによる運動時

自転車エルゴメーターを100 ワットの負荷に対してこぎ続けている時における、ペダル位置が最上点から次の最上点までの間の膝関節の角度を表示した(図中の値は 180 度―膝屈曲角度として表示)。

 

a 若年男性例

(注:図/PDFに記載)

b若年女性例

(注:図/PDFに記載)

 

Vicon と試作機の間で 20 度弱差がみられた。基線の違いが影響した可能性があるが、詳細は不明である。

各運動は1周期で切り取り比較したが、エルゴメーターの女性のデータは 0.2 秒の進み、それ以外は 0.08~0.2 秒の遅れが生じていた。試作機では無線でデータを送ることによるデータ処理に時間の遅れがあるのか、あるいは同期をビデオ画像から得ているため、サンプル周波数が 30Hz と少ないという影響も考えられた。

5.筋電波形の表示例

試作機による通常歩行時

(若年男性例)

(注:図/PDFに記載)

歩行動作において、各筋肉がどの phase で収縮がおきるかが視覚的に見やすい点はあるものの、筋活動の程度(振幅の程度)は分かりにくい。

 

6.RMS(Root Mean Square)での筋電波形の歩行時の表示例

各筋肉について歩行の 1 周期の中で、peak 時筋活動量がより明瞭に表示されるように二乗平均平方根(Root Mean Square- RMS 法)にての表示を、試作機による(図左)ものと日本光電製のもの(図右)について比較する。

 

A 通常歩行 若年男性  (試作機―図左と、日本光電製の筋電計―図右の比較)

(注:グラフ/PDFに記載)

B 歩行パターンによる筋活動量の違い

各筋肉について歩行の 1 周期の中で、peak 時筋収縮量がより明瞭に表示されるようにRMS 法にて表示する。通常歩行に比べて、速歩を行うことで筋肉の収縮量が変化を示す。

 

若年男性例

(注:グラフ/PDFに記載)

 

通常歩行に比べ、速歩においては、歩幅を大きくする、歩数を多くするいずれのパターンにおいても、各筋はいずれも筋活動が増えており、特に腓腹筋では、歩幅大にて、より増える傾向であった。

 

7.RMS での筋電波形の自転車エルゴメーターの負荷量の違いによる(20W、60W、100W)表示例
a 若年女性例

(注:グラフ/PDFに記載)

 

いずれの筋肉においても、エルゴメーターの負荷量が 20W、60W、100W と増えるにつれ筋活動量の増加が認められ、特に 100W で顕著に増加していた。また大腿筋(外側広筋、半腱様筋)の関与が主で、中でも 20W の低負荷時において半腱様筋が働いているという特徴があった。

 
b若年男性例

(注:グラフ/PDFに記載)

女性例と同様に、いずれの筋肉においても、エルゴメーターの負荷量が 20W、60W、100W と増えるにつれ筋活動量の増加が認められた。女性例に比して、半腱様筋の関与が少なく、その一方で腓腹筋の関与が多く認められた。

 

8.考察

本研究では、動作や運動時における実際のエネルギー消費の場である筋肉の活動をモニターし、また同時に関節の動きについても同時計測が可能である、筋電計と加速度計(ジャイロ計)を兼ね備えた計測記録装置を試作し、同機を用いて数種の動作や運動において下肢の筋活動量を評価した。

関節角度について、複数のジャイロ計を用いた関節角度の検出の試みとしてはこれまでにも今回と同様に光学式の計測装置と比較した例3があるが、今回の結果としては、概ね正確な角度の把握が可能であった。歩行の接地時などで体節にかかる衝撃の影響を最小化する方法は今後の検討課題である。また筋活動量の評価として、RMS 法は筋電図の平均振幅を表す特徴量としてよく使われる4)5)が、今回この方法で処理したグラフでの比較を行った。試作機は既存の製品と同様な形で筋活動量を表示することが出来ていた。そして、歩行の解析において、通常歩行と比べ速歩において筋活動量の増加が認められたが、歩幅や歩数の増加による変化量の違いなどさらに詳しい定量方法については今後の課題と考えられた。また、同様の方法を用いて、自転車エルゴメーターによる運動負荷量の違いによる筋活動の変化についても、負荷量の増加に伴う筋活動の全般的な増加や、症例により各筋肉の関与する割合が異なることが示されたことから、同一の運動を行っても、鍛えられる筋肉の種類に違いが出る可能性があると考えられた。

筋電計とモーションセンサーを兼備した測定機器の開発はこれまでにない試みであるが、歩行や運動動作の点綴的な一サイクルについての検討を少数例に行ったが、研究は preliminary な結果を示すことに留まった。今後の検討課題としては、関節角度と筋活動量との関連や、長時間の動作に従事した際の筋活動を集積した量の評価、また多数症例に基づく、動作・運動の種類や運動負荷量に応じた変化についての検討、さらには筋活動量の詳細な定量方法がある。また解析手法も今回は手作業による部分が多かったが、将来的には機械による自動計算など、実用化までには色々な課題が残っている。

 

9.結語

筋電計と加速度センサーを兼ね備えた運動時筋活動量の経時的測定記録装置を試作し、動作や運動の種類、負荷量に応じた筋活動の変化を測定し、また実用化に向けた今後の課題を明らかにした。