1997年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第11号

筋電制御式完全埋め込み型機能的電気刺激装置の開発

研究責任者

高橋 幸郎

所属:埼玉大学 地域共同研究センター  助教授

共同研究者

星宮 望

所属:東北大学 工学部 電子工学科 教授

共同研究者

松木 英敏

所属:東北大学 工学部 電気工学科 助教授

共同研究者

半田 康延

所属:東北大学 医学部 運動機能再建  教授

概要

1.はじめに
事故や腫瘍などによる脊髄損傷に伴う四肢麻痺に対して,末梢神経や筋に対する機能的電気刺激(FES)による運動機能再建法が開発され,臨床応用も多く行われるとともに,その有用性が認められるようになってきている1)。しかし従来のFES装置の刺激電極は主として経皮電極であるため,電極の断線,感染,被験者にとっての煩わしさなどの問題があり,刺激電極を刺激装置と共に体内に完全埋め込みにすることが望まれている2)。このため本研究では電磁結合方式を用いた体外電力供給方式による埋め込み型FES装置の開発を行った。また耳介運動をFESの制御命令に用いる方法を検討し,FESシステムの制御法としての有効性を明らかにした。
2.システム設計
滑らかな運動再建のためには刺激電極数は16チャンネル以上が望ましく,またこれらの電極に対し同時に刺激電流を供給し,また複雑な刺激波形を供給するためには,従来の心臓ペースメーカに比べ,多量の電力を消費するため,電池を体内に埋め込むことは不適当である。このため電力供給は,体外より電磁結合方式により行い,また刺激波形の発生,刺激周期などの制御も体外装置で行い,ここで作られた情報も電磁結合により体内刺激装置に供給される方式とした3)。図1に本システムの概念図を,また表1にその設計諸元を示す。電力供給および信号伝送用キャリアとして100kHzおよび1MHzを各々用い,情報伝送には1チャネル当たり24ビットのデジタル伝送方式とした。またシステムの信頼性を高めるために,埋め込んだ刺激装置内での信号誤り検出や,電力伝送状態,刺激電極の断線などのチェックを行い,その情報を体外装置に返送する双方向情報伝達機能を持たせている。
3.電力伝送
電力供給用コイルは図2に示す様に1次,2次側ともアモルファス磁細線を重ねた構造をしており,電磁結合の増加および外部との電磁的干渉を防ぐ作用をしている。刺激装置の電源としてはデジタル回路への供給用に+5V,12mAを,刺激電圧供給回路用として一18V,15mAの電源供給能力が必要である。レギュレータでの損失を考慮して+8Vと一25Vの電圧を供給する場合消費電力は420mWとなる。一方1200mAHのNi-Cd電池4本を直列にして連続6時間以上の動作を行うためには,1次側の電力消費量は940mW以下であることが必要であり,従って電力伝送効率は45%以上を必要とする。図3に1次,2次のコイル間の距離が10mmのときの電力電送特性を示す。測定は+8V用電源(V3)を一定とする条件での一25V用電源の電圧(V2),電流(12)および総合の伝送効率を示す。これよりV,の仕様値一25Vで12=15mA,13=20mAとなり,これは設計値を満たすとともに,535mWの電力を伝送効率55%で伝送可能である。
4.情報伝送
情報伝送用コイルは,図2に示すように電力伝送コイルと重ねた構造としており,1次,2次コイルとも8の字型構造とすることにより,電力伝送用の100kHzの磁束からの干渉を減らすことが可能となる。この結果両者のコイルを重畳することができ,埋め込み装置の小型化の面で極めて有効である。またこれらのコイルは双方向伝送のために送受信共用コイルとして用いる。
表2に体外制御装置から埋め込み装置への伝送情報を,表3にその逆の伝送情報を示す。刺激情報はパケット形式で伝送されるため,刺激チャネルの順序および刺激レートは任意に選択できる。またモード選択信号は埋め込み装置の動作を,コイル位置の検出,刺激状態および内部診断状態に各々変更するために用いられる。
5.刺激システム
上記の設計緒元に基づき設計した埋め込み装置のブロック図を図4に示す。回路は受信信号の復調,刺激電極選択用アナログスイッチなどのアナログ部分と信号処理用論理回路のデジタル部分とが混在するため,前者についてはMCM(マルチチップモジュール)による小型化を,後者についてはFPGA(Field Programmable Gata Array)によるワンチップ化を採用した4)・6)・7)。アナログ回路ではカスタムIC化による小型化が有効であるが,試作段階においてはコスト,および開発時間の点から複数のベアチップを多層基板に搭載し,パッケージングを行うMCM法が有効である。またこの方法はカスタムICより集積度は高くないが,高性能のICを自由に選択して最適な回路設計ができる利点がある。本試作では17mm×17mmのセラミック基板に2層配線を施し,これにD/Aコンバータ,アナログデマルチプレクサ,アナログスイッチおよびOPアンプを含む7チップを搭載したものをモジュール化した。
FPGAは回路設計や回路変更がソフトウェアにより自由に行えるため短時間でかつ低コストでFESシステムを実現できる利点がある。図5にFPGA内に構成した刺激装置のデジタル回路部分の機能ブロック図を示す。体外コントローラから伝送された1MHzのデジタル化されたバースト信号は信号復調器で復調された後,データレジスタにおいてパラレルデータに変換される。誤り検出部では信号に誤りが検出された場合,刺激動作を停止させる。パラレル変換された信号はモードコントロール部および刺激制御信号生成器へ送られる。前者は表3に示したように刺激装置の3つのモードを選択する。刺激電極断線チェック,コイル位置チェック信号は返送データ生成器で作られ,データ誤り検出信号と一緒に体外コントローラに返送される。上記の機能を有するデジタル回路をFPGA内の約2500ゲート以内で実現している。試作した刺激装置の消費電力はFPGAが36mW,アナログ部が41mW,刺激電流が最大29mWの計106mWであり,整流回路の損失を考慮しても170mW以下となり,これは設計値420mWの二分の一以下であり,十分設計仕様を満たしているといえる。
6.耳介筋筋電図を用いたFES制御
FESの制御信号としては呼吸や音声など使用者の随意機能の高い残存機能が利用されている。しかしこれらは日常生活において頻繁に使われる重要な機能であり,機能再建では重要度の低い残存機能を用いることが望ましい。従ってここでは耳介筋の動きをFES制御信号として用いることを検討した5)。
ヒトは耳介筋の機能を喪失しているものが殆どであるが,刺激閾値以下の刺激電圧を耳介筋に与えながら,耳介動作を繰り返す筋電図フィードバックによる訓練により,耳介動作能力を獲得できることがわかった。図6に訓練によって獲得された後耳介筋の平滑化筋電図波形例を示す。この例では13日目に耳介動作が獲得されている、頚部,顎部動作による筋電図が耳介筋の筋電図に混入する問題に対しては,周波数成分が40Hz以下である頚部の筋電図を,100Hzにピークを持つ耳介筋の筋電図から高域通過フィルタにより除去でき,また顎部からの筋電図は振幅が耳介筋のそれの約1/3であることから,振幅により弁別が可能である。後耳介筋の疲労および反応時間についての実験から,前者については60秒以上の持続的な耳介運動は困難であるが,断続的な運動に関しては15分間でも継続が可能であり,また後者に関しては0.15~0.29秒と短く,2値レベルのFESの制御信号として使用できることが明らかになった。以上の点から,耳介動作の獲得とその筋電図によるFES制御が可能であることが示され,今後両耳介動作の組み合わせや,多値の状態の表現などにより,さらに複雑な制御が期待できる。
7.まとめ
試作した筋電制御完全埋め込み型FES装置では以下の性能を実現できた。
(1)電力伝送特性:1次,2次コイル問距離10mmにおいて,約500mWの受電電力が伝送効率55%で伝送可能であった。
(2)信号伝送特性:信号伝送用コイルとして8の字型のコイルを用いることにより電力伝送コイルからの干渉を減少させることができるため,両者のコイルを近接させた実装が可能となった。
(3)埋め込み装置の消費電力:回路の消費電力は170mWであり,設計値の半分以下を実現した。この結果,電力伝送効率50%として,体外装置に1200mAHのNi-Cd電池4本を用いて連続16時間以上の使用が可能である。
(4)デジタル回路部分にFPGAを,アナログ回路部分にMCMを各々導入し,また表面実装部品を用いて回路を実装することにより,埋め込み装置の小型化を実現した。
(5)耳介運動による筋電図を制御命令に用いる方法を検討した。この結果訓練により耳介運動が獲得可能であり,また頚部,顎部運動の影響を受けずに耳介筋電図の検出ができ,さらに2値の短時間の連続的な命令を行うことができることから,耳介運動はFESの制御命令として利用できることが明らかになった。