2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

科学技術イノベーション人材を育成するための STEM教育プログラムの開発

実施担当者

今村 哲史

所属:山形大学大学院 教育実践研究科 教授

概要

1 はじめに
現代社会は科学技術の多大なる成果によって成立している。一方で、環境分野をはじめ解決しなければならない喫緊の問題や課題が山積している。現在、現代の様々な問題や課題を解決する人材として科学技術イノベーション人材の育成が期待されている。近年、科学教育の国際的動向の一つとしてSTEM(Science,Technology,EngineeringandMathematics)教育の広がりがある1)。日本においても日本理科教育学会や静岡大学などにおいて、科学教育の一部としてSTEM教育の理論的研究等が行われているものの、生徒を対象にして十分に実践されているとは言い難い。そこで本研究では、次世代の科学技術イノベーション人材を育成するため「やまがたSTEM教育プログラム」を開発し、その有効「生を実証的に検証することを目的とした。科学による社会や日常生活の革新を志向するイノベーション人材の育成には、複雑化する社会の間題や課題を科学(物理、化学、生物、地学)の視点だけでなく、技術、工学、数学を含むより総合的な視点から考察する資質や能力を育成することが必要不可欠である。そして、受講者それぞれに科学、数学、技術、工学といった観点に基づき、多面的視点から問題や課題を考察させた上で、ものづくりを中心とした間題解決に取り組む教育プログラムを開発する。主な対象は、山形市市立第三中学校の科学部20名程度とした。教育プログラムの有効性の検証には、受講生に対す
る参与観察だけでなく、STEM教育に関するアンケート調査を実施した本研究では、この教育プログラムに山形大学の教員志望の学生を補助員として参加させることで、山形県における教員養成にも資すると考えた。そこで、山形大学の教員志望学生約10名が教育プログラムの運営を補助した。

2 第1回STEM教育プログラム(ペットボトルロケットの製作)の実施

2-1 活動の概要

第1回目のSTEM教育プログラムは、7月9日(土)13:00より、山形市立第三中学校の理科室にて実施した。テーマは「ペットボトルロケットをもっと遠くへ飛ばそう」であった。教育プログラムでは、定員20名のところ16名(男子13名・女子3名)の生徒が参加した。また、6名の補助学生の参加があった。第1回教育プログラムの目的は、次の二点であった。①近年の教育動向の一つであるSTEM教育の意義と目的を理解すること、②STEM教育の観点から開発したものづくり(ペットボトルロケットの製作・発射実験)の体験を通じて、科学実験に対する学際的(STEM的)な見方や考え方を習得するとともに、その重要性を理解することである。

2-2 実施結果

今回の教育プログラムでは、生徒が単にペットボトルロケットを製作し、飛ばすだけでなく、本研究のテーマであるSTEM教育の観点を導入した。具体的には、ペットボトル製作場面において、科学、技術、工学、数学の視点で試行錯誤する活動に2"'--'3人の班ごとに分かれて取り組んだ。
このプログラムでのペットボトル製作における科学、技術、工学、数学の視点の導入とは、この視点に関連する変数の制御を行うことと考えた。具体的には次のような活動であった。
まず、工学の視点としてものづくりに取り組んだ。ロケットの飛距離を伸ばすための諸要因を整理しながら数種類のロケットを製作することが本プログラムの基本となっている。次に科学の視点としては、ペットボトルロケットの飛翔原理となる作用反作用の理解し、ペットボトルロケットの推進力となるペットボトル内部の圧力の制御することが挙げられる。その視点を生徒に意識させるため、ペットボトル内部の圧力が測定可能となる空気入れを用意した。第3に、数学の視点としては、ペットボトルロケットの尾翼の形と面積を検討することが挙げられる。実際、生徒に半円や台形などの8つの尾翼モデルを提示し、それぞれの班で尾翼モデルを選択させ、その尾翼の面積を求めさせ、飛翔距離との関連を考えさせた。最後に技術の視点では、ロケットの飛距離を最大限に伸ばすための効率性について考えさせることが挙げられる。今回のプログラムでは、ペットボトルロケットの飛距離と関連深いとされる水の量と尾翼の形・面積に着目し、その変化によるペットボトルロケ重要性を理解させる目的があった。
今同の教育プログラム実施後のアンケートでは、生徒のプログラムに対する満足度、生徒のSTEM教育およびSTEM教育の重要性に関する理解度について調査した。生徒に満足度では、「大変満足している」「満足している」と全員が回答した。また、STEM教育については、約8割の生徒がおおむね理解できたと回答した。STEM教育の重要性については、全員の生徒がその重要性を理解できたようであった。

3 文化祭及び理科研究発表会への参加・発表

山形市立第三中学校の文化祭(10月25日)、山形市の理科研究発表会(11月16日)において、第1回STEM教育プログラムで取り組んだペットボトルロケットに関する実験(500m1のペットボトルでつくったロケットで条件を変えて飛距離を調べる)の結果をさらに発展させて、①羽根の形、②使用する水の量、③空気の圧力を変数として実験を行い、その結果をまとめて発表した。

4 第2回STEM教育プログラム(水をめぐるエネルギーの行方とその利用)の実施

4-1 活動の概要

第2回STEM教育プログラムは、平成28年11月1213(土)9:30より、山形市総合学習センターにある科学研修室において「身近なエネルギー一水をめぐるエネルギーの行方とその利用一」というテーマで実施した。参加者は、山形市内の中学校科学部の6名と指導補助の学生6名であった。ここでのねらいは、身近にある水について、エネルギーの視点からその性質や関連する現象を観察・実験を通して確認し、改めて水が持つエネルギーとその利用について考察することであった。特に、水をめぐるエネルギーの利用では、水素燃料電池車をはじめとしたクリーンエネルギーに関する技術開発等、STEMの要素も取り入れた学習を行った。

4-2 実施結果
今回は2人1組の3グループで活動を行った。その内容は、まずエネルギーとは何か、エネルギーが仕事をすることのできる能力であることを確認し、身近な現象をエネルギーの視点から捉え、いろいろなエネルギーを考えた。次に、最も身近な物質の一つである水について、水の三態変化や溶解の際の熱の出入りを体感したり、水の温度差を利用した発電(ペルチェ効果やゼーベック効果)の実験を行った。さらに、水の電気分解を行い、発生した水素と酸素を利用した水素燃料電池を用いて、モーターを回し水素燃料電池自動車(模型)を走らせた。最後に、実験の結果を基に、水素燃料自動車の開発・普及の現状や長所・短所に水の温度差による発電の実験の様子
ついて話し合い、水が持つエネルギーとその利用の可能性について考察してまとめとした。
活動の終わりに生徒に振り返りや感想を書いてもらった。その結果、まず水については、「普段は何も感じていなかったが、今回の実験で水の面白さやすごさが分かった」、「水はちっぽけなものだと思っていたけど、いろんなことができてすごいと感じた」など、水に関心も持つとともに、水への認識を新たにしたことがわかった。また、水素燃料自動車については、「理科の授業で習った水の電気分解が、このように社会で役立っていることがよくわかった」、「水を使うだけで燃料にできる、そんな自動車が未来に実現されたらすごいなと思った」「有害物資を出さない水素燃料自動車はすごいと思った」など、身近な水を原料としてエネルギーを取り出して利用するという技術に対する生徒の興味を喚起することが出来た。今回の活動全般を通して、生徒たちは、エネルギー問題に関心を持ち、この経験をきっかけとして、技術革新が将来の自身の生活や社会に活かすことができるということを感じることができたのではないかと考える。科学の基本的知識・理解にとどまらず、科学の原理・法則に基づいた技術開発、社会の要請に応える技術革新(イノベーション)、そして将来の自身の生活と科学技術との関係についても、少しではあるが生徒とともに考え、意見交換をすることができた。これはSTEM教育の基本的な考えでもあり、本教育プログラムの遂行にあたり、今回の活動を通して一定の成果は得られたと考える。

5 第3回STEM教育プログラム(くらしの中のエネルギーと風力発電の実験)の実施

5-1 活動の概要

第3回STEM教育プログラムは、12月8日(土)山形市総合学習センターにある科学研修室にておいて、「くらしの中のエネルギーー電力供給の実際と発電について一」というテーマで実施した。今回の教育プログラムでは、中学校l、2年生13名(男子7名・女子6名)が参加した。また、大学院生も含め6名の学生が指導補助として加わった。第3回教育プログラムにおいては、次の2点について活動を行った。1つ目は「くらしの中のエネルギー」について、2つ日は「風力発電の効率」についてであった。

5-2 実施結果

まず、くらしの中のエネルギーについては、(株)東北電力の協力のもと、家庭まで電気がどのように送られ、その電気がどのようにつくられているのかを知り、模擬体験を通して、電気と自分の生活について考えることを行った。自分が手回し発電器で発電所となって行った模擬体験では、使用される電気の量と発電にかかる負荷を実感したり、安定した電気を供給し続けることの大変さについて身をもって感じたりすることができた。また、家庭の中の電化製品調べや実際の送電線をみたり触れたりすることで自分のくらしの中の電気を強く意識することができた。次に、風力発電の効率については、風力発電実験器を用い、風量や羽の枚数の違いなど、条件を制御して風力発電の発電効率について検討した。風を受ける羽根の枚数が2枚、4枚、8枚の時の電圧、送風機の風の強さを弱、中、強にしたときの電圧を測定した。それぞれ4グループで測定したデータの平均をとり、グラフに整理して風力発電の効率について検討した。風の強さについては強が最も電圧が高くとれることについては予想通りであった。しかし、羽根の枚数については4枚の時が最も電圧が高くなり、その要因について議論し、羽根の枚数と発電の関係について考察した。
活動の最後に行った生徒アンケートの中に次のような感想があった。「電力の実験では、電力をつくるのに腕が痛くなったけど、それほどの力がいるということを知ることができたので良かったです。風力発電では、風を受けやすい羽根を使っても重さがある分回らないから、風の受けやすさと重さのバランスがいいのが3枚羽根だから、現在の風力発電施設では3枚羽根を使っているのではないかと考えました。」この生徒の感想にあるように、今回のプログラムを通して体験活動やその現象の要因を考えることから、エネルギーに関する見方や考え方を深める生徒の姿が見られた。

6 プログラミング活動を取り入れたSTEM教育的活動の実施

STEM教育の一環として、プログラミング活動を取り入れた。こうしたプログラミング活動は、海外のSTEM教育や次期学習指導要領においても強調されている活動の一つである。プログラミング活動の教材として「教育版レゴマインドストームEV3」を用いた。この教材は、中学生でもロボットの動作を制御するためプログラミングをノートPCやタブレットできるものである。今回は、生徒たちがEV3を設定したコースを自立運動できるように試行錯誤しながら取り組んだ。なお、このプログラミングの活動は来年度も継続して行う予定である。

7 まとめ

今年度は、活動初年度ということで、STEM教育の意味や意義の理解に璽点をおきつつ、エネルギーをテーマとし、ものづくり活動を中心に実施した。その結果、中学生達の探究活動に対する意欲が向上した。来年度は、この成果を踏まえ、小学生にまで対象を広げて活動を展開していきたい。