2014年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第28号

磁気細胞パターニングによる1細胞機能画像解析システムの開発

研究責任者

本多 裕之

所属:名古屋大学大学院 工学研究科 化学・生物工学専攻 教授

共同研究者

大河内 美奈

所属:名古屋大学大学院 工学研究科 バイオテクノロジー講座 准教授

共同研究者

加藤 竜司

所属:名古屋大学大学院 創薬科学研究科 創薬生物科学講座 准教授

概要

1. はじめに
生体には10 兆個の細胞が存在するが、生体恒常性は生体内の少数細胞の高次機能でつかさどられている。この少数細胞の機能不全や機能バランスの破たんで疾患発症に至る。例えば、癌は正常組織中に発生した1個の異常ながん細胞の増殖で生命の危機に至る。種々の治療法が試みられているが、がん末期の全身に広がったがん細胞/組織に対しては、抗がん剤投与がほぼ唯一の治療法である。しかし、がん細胞は変異しやすく、同じ組織のがんであっても、効果のある抗がん剤は個人ごとに異なる。また、抗がん剤投与で生き残ったがん細胞が遠隔転移し、再発に至るため、抗がん剤投与に際しては、一気にすべてのがん細胞を死滅させる方法が選択されるべきである。一方、抗がん剤開発は、モデル動物を用いたがん組織の縮小と臨床治験によるがん患者の延命がエンドポイントとして評価され標準プロトコール(抗がん剤の種類や投与量)が決められるため、臨床現場での個人の治療プロトコールの決定に際し、実際の対象者個人の正常組織の感受性やがん細胞の特徴はフィードバックされない。これは、がん患者の実際のがん細胞を使った抗がん剤効果評価法がないためである。
2. 細胞/スフェロイドアレイについて
我々は平均粒径10nm の磁性ナノ微粒子(マグネタイト)を正電荷リポソームに埋包した独自のマグネタイトカチオニックリポソーム(Magnetite Cationic Liposome, MCL)を開発し、20 年以上にわたって研究を進めている。このMCLを細胞に貪食させることで、約100 万個-ナノ磁性微粒子/cell の磁性微粒子を取り込ませることができる。すでにがん細胞、正常細胞含め20 種を超える細胞に対して磁気ラベルを実施し、細胞の増殖や分化などの細胞機能を全く損なわない無害な磁気ラベル法であることを検証している。近年、この磁気ラベル細胞を使って、細胞を外部磁場で簡便にハンドリングできることを実証し、そのための各種のデバイスを開発した。特に、2cm×2cm 面上に約7000 本のピラーをもつ電磁軟鉄製ミニ剣山状デバイスは、通常の培養面に、培養可能な細胞を展開でき、アレイ状に孤立培養できる。播種濃度を調整することで、細胞塊(スフェロイド)を形成させることもできる。最近我々は、この細胞/スフェロイドアレイを細胞外マトリクスで埋包することで、がん細胞の浸潤を画像評価できることを見出した1)2)3)。また抗がん剤を投与することでがん細胞の感受性も評価できることを発見した4)。
そこで本研究では、細胞/スフェロイドアレイを使ってがん細胞を孤立培養し、系時的に画像観察することで、細胞の大きさや形からがん細胞の浸潤/薬剤感受性を定量的に評価するシステムを開発する。この方法により、がん化学治療の最適化が容易になり、がん患者固有のプロトコールがデザインできる。
3. 実験材料及び操作
(1) 細胞および培養方法
モデルがん細胞として、マウスメラノーマB16F1 を使用した。培地は10%fetal bovine serum(FBS 、Invitrogen, Gaithersburg, MD,U.S.A.) および抗生物質(100 U/ml ペニシリンGナトリウム、0.1 μg/ml ストレプトマイシン硫酸塩)を含むDulbecco’s Modified Eagle Medium high glucose を用いた。細胞数の測定はトリパンブルー色素排除法により、生細胞数をカウントし、算出した。
(2) Magnetite Cationic Liposome (MCL)の作製
磁性微粒子として粒子径10 nm のFe3O4 (戸田工業、東京)を用いた。磁性微粒子の水溶液を8500 rpm で20 分間遠心分離し、脱イオン水で再懸濁することでイオン成分を取り除いた。その後、超音波処理を2 時間以上行い、分散性を高め、かつ無菌状態とした。この磁性微粒子溶液を脱イオン水で希釈して10 mg/ml に調整し、磁性微粒子コロイドとした。この磁性微粒子溶液をリン脂質に包み込むことでMCL を作製した。リン脂質としてTMAG (N-(α-trimethylammonio-acetyl)- didodecyl-D-gulutamate chloride )(相互薬工、東京)、DLPC (Dilauroyl phosphatidylcholine) (Sigma-Ardrich)、 DOPE (Dioleoyl phosphatidylethanolamin) (Sigma-Ardrich)を用いた。それぞれクロロホルムに10 mg/ml になるように溶解し、モル比1:2:2( TMAG:DLPC:DOPE )の組成でナス型フラスコに入れ、ロータリーエバポレータで減圧して溶媒を瑠去した。このリン脂質膜に上記の方法で作製した磁性微粒子コロイド (10 mg/ml) 2ml を加えてボルテックス攪拌しながら超音波処理(UCW-201、東湘電機株式会社、横浜)を施し、MCL 溶液を作製した(Fig. 1)。MCL は、チオシアン酸カリウムによる比色法によって鉄濃度を測定したものを各実験に用いた。
(3) 剣山状鉄製デバイス
剣山状鉄製デバイスは名古屋大学技術部で作製した。三菱ワイヤ放電加工機DIAX(型番:FX10、MITSUBISHI、東京)を使用し、放電加工によって土台となる電磁軟鉄を溶かし加工した。土台部分の大きさは縦 2 cm×横 2 cm×高さ 0.4 cm で、その表面に縦 100 μm×横100 μm×高さ 300 μmの四角柱型のピラーを150 μm 間隔で作製した(Fig.2)。また、ピラーあたりの磁束密度をより大きくするため、ピラーの間隔を900 μm に広げたものも作製した。つまりピラーの中心間距離は250 μm、1000 μm である。このデバイスの下に磁石をつけて磁化することによって、ピラー部分に磁力を集中させることができるデバイスとなっている。さらにハイスループットな薬剤の殺細胞作用評価モデルを目指し、ひとつの培養容器内で様々な大きさの細胞塊を作製できる改良型剣山状鉄製デバイスを構築した(Fig.3)。本デバイスはピラー間隔の異なる3 つの電磁軟鉄性パーツから構成されており、外側のパーツほどピラー間隔が広くなっているため、多様な大きさの細胞塊がひとつの培養容器内で形成できる。中心部分のAパーツは、土台部分の大きさ縦 0.5 cm×横 0.5cm×高さ 0.4 cm で、その表面に縦 100 μm×横100 μm×高さ 300 μm の四角柱型のピラーを150μm 間隔で作製した。中間部分のB パーツは、土台部分の大きさ縦1 cm×横 1 cm×高さ 0.4 cm に縦0.5 cm×横 0.5 cm の穴が開いた「ロの字型」で、その表面に縦 100 μm×横100 μm×高さ 300 μmの四角柱型のピラーを350 μm 間隔で作製した。外周部分のC パーツは、土台部分の大きさ縦2 cm×横 2 cm×高さ 0.4 cm に縦1 cm×横 1 cm の穴が開いた「ロの字型」で、その表面に縦 100 μm×横100 μm×高さ 300 μm の四角柱型のピラーを950 μm 間隔で作製した。
(4) 3 次元磁気細胞パターニング法
3 次元ゲル中に細胞アレイパターニングを行う3 次元磁気細胞パターニング法を以下の通り行った。まず、サブコンフルエントからコンフルエントになるまで培養した細胞を用意し、MCL 量が100pg/cell になるようにMCL を添加して磁気ラベルを行った。次に、剣山状鉄製デバイスをネオジム磁石(外径50 mm、高さ10 mm、表面磁束密度0.38T、二六製作所、滋賀)の上に配置し、磁力線を支柱の上に集中させ、その剣山状鉄製デバイスの上に下層を濃度や成分を調整したコラーゲン溶液(0.2%Cellmatrix Type I-A 溶液、新田ゼラチン、大阪)でコートした培養皿を配置し、トリプシン処理によりはがした磁気ラベル細胞を培養皿に播種した。これにより同一平面上に細胞アレイパターニングを行った。細胞塊の大きさを変える際には、ピラーの中心間距離が250 μm の剣山状鉄製デバイスでは、播種細胞濃度を5.4×104、1.8×105、5.4×105 cells/dish(平均1.5、6、15cells/spot 相当)、ピラーの中心間距離が1000 μmの剣山状鉄製デバイスでは、播種細胞濃度を5.4× 104 、1.8 × 105 cells/dish ( 平均45 、75cells/spot 相当)と変化させた。また、ピラー間隔を変化させた改良型剣山状鉄製デバイスでは、5.4×104、1.8×105、5.4×105 cells/dish で細胞を播種し、細胞塊の大きさ変化をひとつの培養容器内で実現した。その後、上から培養皿にコラーゲン溶液をさらに加えることにより細胞をゲルによって3 次元的に包んだ3 次元磁気細胞パターニングを完成させた。
(5) 細胞塊を構成する細胞数の評価
細胞塊面積と細胞塊を構成する細胞数の相関を評価するために、大きさの異なる細胞塊中の細胞数を測定した。まず、ゲル上の培地を除き、コラゲナーゼL(新田ゼラチン)を終濃度0.24%となるよう加え、37℃で1 時間インキュベートすることでコラーゲンゲルを溶解した。次に細胞溶液を回収、遠心分離を行い、コラゲナーゼを除去した。また、顕微鏡画像を画像解析ソフトMetaMorph に取り込み、各条件における3 次元磁気細胞パターニングを施した細胞の位相差画像を取得した。その位相差画像を用いて細胞塊領域のみを”trace region”で選択し、位相差画像における細胞塊領域の面積を算出した。
(6) Akt、PKCα活性の測定
細胞塊の大きさを変化させた際の薬剤耐性能に対する影響を評価するため、生存能の増加やアポトーシス抑制、薬剤耐性因子の発現促進など、様々な面から薬剤耐性に関与するAkt とPKCαの活性をELISA 法にて評価した。Akt 活性の測定には Mouse Phospho-Akt(T308) Immunoassay Kit( R&D System )、PKC α 活性の測定にはColorimetric Cell-Based ELISA Kit(Assay BioTech)をそれぞれ用いた。
(7) 抗がん剤NPrCAP の殺細胞作用評価
殺細胞作用を評価するモデル抗ガン剤として、メラノーマ標的薬N-propionyl-4-cysteamylphenol(名糖産業、愛知、以下NPrCAP と略記する)を用いた。NPrCAP を0.1~5 mM の範囲で濃度を変えて細胞に添加し、添加24 時間後の生細胞数を測定して評価した。
4.結果と考察
(1) 大きさの異なる細胞塊の作製法
播種細胞数とピラー間隔の異なる剣山状鉄製デバイスを組み合わせて、大きさに様々なバリエーションを持つ細胞塊を作製した(Fig.4)。ピラーの中心間距離が250 μm の剣山状鉄製デバイスでは、播種細胞濃度を5.4×104、1.8×105、5.4×105 cells/dish、ピラーの中心間距離が1000 μmの剣山状鉄製デバイスでは、播種細胞濃度を5.4×104、1.8×105 cells/dish と変化させることで、1 ピラーあたりの播種細胞数を変化させることができた(Fig.4 左)。細胞を播種直後に位相差画像を取得し、1 ピラーあたりの播種細胞数を数えたところ、それぞれ平均1.5、6、15、45、75 cellsであった。2 日間培養することで、大きさの異なる細胞塊を作製できた(Fig.4 右)。
続いて、ひとつの培養容器内で様々な大きさの細胞塊を作製するために、ピラー間隔を変化させた剣山状鉄製デバイスを用いた際の、各ピラー上の細胞数を測定した(Fig.5)。中心からの距離に応じて100 倍以上の差を持つ播種細胞数の変化が観察された。また2 日間培養後には、中心からの距離に応じて大きさが連続的に変化する細胞塊が作製できた。最も変化が大きかった播種細胞数1.8×105 cells/dish の結果をFig.6 に示す。これにより、ひとつの培養容器内で様々な大きさの細胞塊を作製でき、よりハイスループットな薬剤の作用評価が可能になった。
(2) 3 次元培養における非破壊的な増殖評価法の構築
3 次元磁気細胞パターニング法における細胞塊中の細胞増殖を評価した。従来法は破壊試験であるため、薬剤の作用評価という連続的な評価には向かない。そこで、位相差画像中における細胞塊部分の面積に注目した。3 次元培養において、細胞塊は増殖とともに空間の全方位に均一に拡大するため、細胞の増殖が細胞塊部分の投影面積に反映されると仮定した。顕微鏡画像から画像解析ソフトで算出した細胞塊部分の面積と、コラゲナーゼで細胞塊を破壊して測定した細胞塊中の細胞数との間に直線的な相関が得られ、細胞塊面積から細胞増殖を定量的に評価できることがわかった。
(3) 細胞塊大きさによるAkt、PKCα活性の変化
薬剤の殺細胞作用における細胞塊大きさの影響を薬剤耐性の面から評価するために、様々な面から薬剤耐性に関与するAkt とPKCαの活性を評価した。平均1.5~75 cells/spot の播種で細胞を3 次元パターニングし、細胞塊を形成させた後にELISA 法にて活性を評価した。細胞塊大きさによる活性の変化を、2 次元培養と比較した場合の比活性としてFig.7 に示す。Akt の活性測定においては、6 cells/spot 以下の小さな細胞塊では2次元培養とほぼ同様であったのに対し、15cells/spot 以上ではAkt の活性化が見られた(Fig.7A)。15 cells/spot 以上のAkt 比活性は2次元培養よりin vivo の比活性1.22 に近く、細胞塊を大きくすることで生体内における細胞の状態を2 次元培養より再現できていると言える。一方PKCαの活性は2 次元培養とほぼ同様であり、また細胞塊大きさによる活性の違いは見られなかった(Fig.7B)。細胞塊大きさによりPKCαの比活性が変化しなかった原因は、in vivo におけるPKCαの比活性は0.94 と2 次元培養と近いためであると考えられる。
一般的に、がん細胞は正常細胞と比較してAktやPKCαの活性が高いことが知られており、またこれらは細胞の接着によって活性化が促進される。また、Akt を含むシグナルの下流には細胞分裂の促進やアポトーシス抑制といった、細胞の生存能を増加させる因子が含まれている。従って、細胞塊が大きくなることでAkt シグナルが活性化し、in vivo と同程度に薬剤耐性が増加する可能性が示唆された。
(4) 2 次元培養および3 次元培養法におけるNPrCAP の殺細胞作用評価
薬剤の殺細胞作用を評価するにあたり、使用する細胞に対する毒性を既存の評価法である2 次元培養法に従って評価した。薬剤にはメラニン合成経路を標的としたメラノーマ治療薬であるNPrCAP を用いた。NPrCAP はメラニン合成経路中のチロシナーゼによって非常に反応性の高いオルトキノン体(NPrCAQ)に代謝されることで、メラニン合成を競合的に阻害すると同時に、殺細胞作用を発揮する。濃度を変えてNPrCAP を細胞に添加し、培養後の細胞数を無添加条件の細胞数と比較することでNPrCAP による増殖率への影響を評価したところ、NPrCAP が0.1 mM の濃度条件では3 %程度しか増殖が阻害されず、無添加条件とほとんど変わらない増殖を示した。対して1 mMの濃度条件では97 %の増殖阻害がみられた。0.1~1 mM の範囲において増殖阻害率が急激に変化し、有効濃度IC50 は近似的に0.29 mM と求められた。
上記の2 次元培養法に対し、3 次元磁気細胞パターニング中におけるNPrCAP の殺細胞作用を評価した。2 次元培養において増殖阻害がほとんど見られかった0.1 mM では、3 次元培養においても無添加条件とほとんど変わらない形態を示した。これに対して5 mM では、細胞は丸く、細胞塊を全く形成しないなど、NPrCAP による増殖阻害が顕著に観察された(Fig.8)。
続いて、3 次元培養においてもNPrCAP による増殖阻害効果を定量化するために、位相差画像における細胞塊部分の面積を指標として評価を行った。0.3 mM 以上ではNPrCAP 濃度に応じて細胞塊面積が大きく減少していることから、細胞の増殖が阻害されていることがわかり、3 mM 以上では、細胞の播種時とほとんど変わらない細胞塊面積を示し、増殖が停止していることがわかった。ここから、本培養手法を用いた3 次元環境での有効濃度IC50 は近似的に0.69 mM と求められ、2 次元環境での0.29 mM よりもNPrCAP 耐性の増加が見られた。このように、薬剤濃度変化によって細胞塊面積が顕著に変化していることから、細胞塊面積から薬剤の作用を非破壊的・連続的に評価できる可能性を示した。
(5) 細胞塊の大きさを変えた際のNPrCAP の殺細胞作用評価
3 次元磁気細胞パターニング法をもとに、細胞塊の大きさを変えた際の殺細胞作用を評価した。平均1.5~75 cells/spot の播種条件でパターニングを行い、2 日間前培養を行って大きさの違う細胞塊を作製した。細胞塊を形成後にNPrCAP を投与して3 日間培養し、投薬時における細胞塊大きさの違いによるNPrCAP の作用を、細胞塊面積を指標として評価した(Fig.9)。また、投薬時における細胞塊形成の有無による殺細胞作用の違いを評価するために、細胞塊形成前である播種直後にNPrCAP を添加した条件も作製し、同じく投薬3 日後の作用を評価した(Fig.10)。さらに、各条件による殺細胞作用を比較するために、Fig.9,10 よりNPrCAP の50 %有効濃度(以下IC50と略記する)を算出し、比較した(Fig.11)。
細胞塊を形成後にNPrCAP を投与した結果において、NPrCAP 投与3 日後にはその効果により、濃度1 mM 以上で細胞の白化や5 mM で増殖停止など、上記(4)と同様の変化が見られた。特に細胞塊の最も小さな1.5 cells/spot の播種条件ではNPrCAP の殺細胞作用が顕著であり、1 mM で崩壊している細胞塊が全体の半数程度見られた。一方で、細胞塊の最も大きな75 cells/spot の播種条件では、他の播種条件では増殖が完全に停止していた5 mM の濃度でも細胞塊の拡大が観察され、細胞塊が大きくなることでNPrCAP の殺細胞作用が明らかに低下していた。
殺細胞作用が低下した原因としては、細胞塊大きさや初期播種細胞数、3 次元培養による影響が考えられる。そのため殺細胞作用を定量化し、細胞塊を形成しない2 次元培養にて播種細胞数を変化させた際の殺細胞作用と比較した(Fig.9)。2次元培養では播種細胞数によって殺細胞作用は変化せず(Fig.9 破線)、近似的に算出したIC50においても0.27~0.31 mM と非常に近い値をとったため(Fig.11)、殺細胞作用の低下において初期播種細胞数は無関係であると考えられる。さらに、3 次元培養における1.5 cells/spot の播種条件では2 次元培養とよく似た殺細胞曲線を描き、IC50 においても0.23 mM、0.31 mM と非常に近い値を示した。これは、隣接する細胞が少なく、薬剤に直接暴露する細胞表面積が非常に大きいことから、2 次元培養中とよく似た環境に置かれているためと考えられる。一方、播種濃度が大きい場合は殺細胞曲線が上方にシフトした(Fig.9)。これは、細胞塊が大きくなるにつれて細胞塊内部への薬剤浸透量が低下したことが原因で、殺細胞作用が低下することを示している。また、NPrCAPの作用機序にはメラニン産生細胞のアポトーシス誘導も含まれており、前述のAkt 活性の増加による細胞塊個々のNPrCAP 耐性増加も関与していると考えうる。
次に、Fig.10 に示した細胞塊形成前にNPrCAPを投与した結果においては、6~75 cells/spot の播種条件では殺細胞作用の変化は見られず、IC50においても0.69~0.78 mM と非常に近い値をとった(Fig.11)。上記75 cells/spot の播種条件、細胞塊形成後の投薬条件では、IC50 が2.17 mM と大きく増加していることを考慮すると、投薬時の細胞塊形成の有無によって殺細胞作用に明らかな違いが見られた。これは細胞塊形成前にNPrCAPを投与することで、細胞塊内部までNPrCAP が浸透し、どの細胞にも等しくNPrCAP が効いたためと思われる。これらの結果から、薬剤の殺細胞作用には細胞塊の大きさ、及び投薬時における細胞塊形成の有無が非常に重要な因子であることが確認された。さらに、本実験に用いたB16F1 と近縁種のマウスメラノーマ細胞株B16F10 を用いたin vivo でのNPrCAP 試験において、腫瘍体積が無添加条件の50 %になる濃度(IC50)は1.71 mM であった5)。従って、本手法はin vitro においてin vivo と同程度の薬剤の作用を評価でき、新規薬剤の開発において有用であると言える。
(6) 同一培養容器内で細胞塊大きさを変えた際のNPrCAP の殺細胞作用評価
上述の手法で細胞塊大きさを変化させるためには、大きさ条件毎の培養容器が必要であり、煩雑であった。そこで、改良型剣山状鉄製デバイスを用いて、同一培養容器内で細胞塊大きさを変えた際のNPrCAP の殺細胞作用を評価した。細胞播種濃度は、スポットあたりの細胞数の倍差が最も大きかった1.8×105 cells とした。その後、終濃度0.1~5 mM のNPrCAP を添加して、投薬時の細胞塊形成や細胞塊の大きさが殺細胞作用に与える影響を評価した。
新規デバイスでパターニングを作製したところ、播種細胞数が平均1.5~216 cells/spot と変化し、前培養後には大きさが連続的に変化する細胞塊が観察された。5 mM-NPrCAP 投与3 日後において、中心から6 mm 以内では増殖阻害が顕著であったが、6 mm より外側では細胞塊の拡大が見られ、細胞塊の拡大による殺細胞作用の減少が示唆された(Fig.12)。
続いて、各距離におけるIC50 を算出したものをFig.13 に示す。細胞塊を形成後にNPrCAP を投与した結果において、IC50 はデバイス外側に向けて0.20~2.56 mM の範囲で連続的に上昇していた。これは、上述(5)の方法で算出したIC50(0.23~2.17mM)ともよく一致していた。ここから、新規剣山デバイスと細胞塊面積を指標とする非破壊的増殖評価法を併用した本手法は、目的細胞における薬剤の殺細胞作用をハイスループットに評価する上で有用な方法になることが示唆された。
5.まとめ
本研究では、まずピラー間隔を段階的に変化させた新規デバイスによって、従来の細胞/スフェロイドアレイを改良し、大きさにバリエーションを持つ細胞塊を1 つの容器内に作製し、様々な大きさの細胞塊を同一培養器内に形成させることに成功した。また顕微鏡画像を解析し、細胞塊投影面積を算出することで、がん細胞の増殖や細胞死を非破壊で連続的に評価できることを明らかにした。
実際に、細胞/スフェロイドアレイ形成法を用いて細胞の生体内環境を模倣した培養系の構築、薬剤の殺細胞作用評価に成功した。
本培養系では2 次元培養と比較し、細胞塊形成やメラニン生産による細胞の黒化など、より生体内に近い挙動を観察した。また、播種細胞数とピラー間隔を変化させることで、細胞塊の大きさを自由に設計できることを示した。ここから、投薬時の細胞塊形成の有無や細胞塊の大きさによって、抗がん剤NPrCAP の有効性が最大12.7 倍(IC50:0.20~2.17 mM)変化することが確認された。
この手法は、他の細胞とがん細胞の相互作用解析にも利用できる。線維芽細胞のような間質細胞はがん細胞の悪性度と関連があるといわれている。我々はここで報告した細胞/スフェロイドアレイで間質細胞との共培養を報告している6)7)。今後さらに多種類の細胞や薬剤の組み合わせに対して検討を続けていくことで、より有用でハイスループットな薬剤の作用評価ツールとなると期待できる。