2009年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第23号

磁性フラーレンとデンドリマーポルフィリンの複合化による高機能MRI 造影剤の設計

研究責任者

田代 健太郎

所属:東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 助手

概要

1. はじめに
MRI は生体内を「生きたまま」画像化する計測技術であり、近年特に医療分野で大きな役割を果たしている。MRI 造影剤は高い解像度を実現するために、測定時に体内に注入する薬剤であり、安全性の観点からは、注入する量が少なければ少ないほど望ましい。また、特定の部位への選択性を有する造影剤は必要量の低減のみならず、病変の診断の上からも重要であるが、そのような造影剤の開発は始まったばかりである。このような状況を踏まえて、本研究では既存の薬剤に比べより高感度(必要量がより少ない)で、がん細胞への選択性を有するMRI 造影剤の開発に取り組む。「高感度化」と「がん細胞への選択性」の実現に向けて、それぞれ「常磁性金属ポルフィリンホスト/磁性フラーレンゲストの使用」と「水溶性デンドリマーの導入」を方法論とする取り組みを行う。
申請者は、金属ポルフィリンの環状二量体がフラーレンを強く包接することを見いだし、磁性フラーレンとある種の常磁性金属ポルフィリンからなる包接複合体においては、フラーレンと金属ポルフィリン上のスピン間に強磁性的な相互作用が働き、より高いスピン状態が形成できることを明らかにしている1)、2)。一方、水溶性デンドリマーで修飾した金属ポルフィリンが、適切な条件で、がん細胞への選択的な輸送に有効な数十から100 nm の大きさのポリイオンコンプレックスミセルを形成することが確認されている3)。以上の知見をふまえて、本研究では、水溶性デンドリマーで修飾した常磁性金属ポルフィリン環状二量体を設計し、磁性フラーレンと複合化させ、「がん細胞へ選択的に運ばれる高感度のMRI 造影剤」の開発へとつなげる。
2. 実験で用いる化合物について
2.1 磁性フラーレン4)
炭素原子のカゴ状ネットワークの内部空間に金属イオンが封じ込められた構造の物質で、カゴや金属イオン上にスピン(磁性)を持つものが多い。今回の実験では、内部空間にLa あるいはGdを有するフラーレン(La@C82、Gd@C82)を用いた。
2.2 金属ポルフィリン5)
大きなパイ共役系を持つ平板状分子であり、多種の金属イオンを中央の空孔に取り込むことができる。申請者は、この分子の環状二量体がフラーレンをきわめて強く取り込むことを見いだした。
2.3 デンドリマー6)
樹木状に規則的に分岐した構造を持つ新しいタイプの高分子。従来とは異なり、高分子でありながら、単一の分子量、分子構造を持つため、精密な分子設計が可能である。
2.4 ポリイオンコンプレックスミセル
それぞれ正、負電荷を帯びていた二種類の分子を混合し、両者の複合化によって静電中和が生じ、それが疎水部となって形成される安定なミセル。今回は、ポリエチレングリコールとカチオン性であるポリリシンのブロックポリマーにアニオン性デンドリマーを表面に有する金属ポルフィリン環状二量体を混合して作成している。
2.5 EPR 効果
正常細胞に比べ、腫瘍の細胞壁は不完全であり、100 nm 程度の穴があいている。このため、数十?100 nm 程度のサイズの物質は、正常細胞には取り込まれにくく、腫瘍に取り込まれやすい。これをEPR (Enhanced Permeation & Retention)効果といい、この効果を利用した腫瘍選択的な薬剤の輸送が試みられている。
3. 実験・結果
3.1 水溶性デンドリマー被覆常磁性金属ポルフィリン環状二量体の合成
目的とする種々の金属ポルフィリン環状二量体をScheme 1 に従い合成した。まず、アセチレン末端を有する亜鉛ポルフィリンモノマーを合成し、銅触媒を用いた酸化的カップリングにより環化二量化した。生じたジアセチレン部位を水素添加したのち、表面にエステル基を導入した別途合成のデンドリマーとカップリングさせ、目的物の前駆体を得た。次に、必要に応じてポルフィリン中心の金属イオンをCu(II)やMn(III)に置換し、最後にアルカリ条件でエステル部位の加水分解を行い、目的物(1-M; M = Zn, Cu, Mn)を得た。
3.2 磁性フラーレン包接複合体の構築
1-Zn をTHF 中Gd@C82 で滴定したところ、ホストの吸収の長波長シフト及び吸光度の減少が見られ、Gd@C82 の包接複合体形成が確認できた。重THF中、1-Zn⊃Gd@C82 の1H NMR を測定したところ、ポルフィリン骨格由来のシグナルのブロードニングが観測され、包接されたGd@C82 の磁気的影響がポルフィリン骨格に及んでいることが分かった。溶媒をリン酸バッファーに置換した後も、1-Zn 単独と比べて吸収スペクトルの長波長シフト(422→429 nm)及び吸光度の減少が保たれたことから、1-Zn が疎水性のGd@C82 を包接し、それを水溶化することが示された。吸収スペクトルは波長、強度共に1週間後も変化せず、長期間安定にGd@C82 を保持できることも明らかになった。同様の実験により、1-Mn および1-Cu もGd@C82 やLa@C82 と安定な包接複合体を形成して水溶化できることを明らかにした。
3.3 ポリイオンコンプレックスミセルの形成
リン酸バッファー溶液で1-Zn とポリエチレングリコール/ポリリシンからなるブロックコポリマーを両者の電荷数を揃えた量比で混合した。動的光散乱測定により、腫瘍へのターゲティングに適した直径80 nm のミセルが形成されることを確認した。また、ゼータ電位測定から、ミセル表面の荷電状態が中性に近いことを明らかにし、生成したミセルがポリイオンコンプレックスミセルであることも実証した。同様の手法により、他の系についてもポリイオンコンプレックスミセルの形成を確認した。
3.4 緩和能の評価
1-M、1-M⊃Gd@C82 のリン酸バッファー溶液を調製し、小動物用MRI 装置を用いてT1 緩和時間測定を行なった(表1)。常磁性の1-Mn は単独で市販の造影剤(緩和能3.7 mM?1s?1)と遜色のない高い緩和能を示した。一方、反磁性である1-Znは緩和能が検出されないのに対し、そのGd@C82 包接体は緩和能を示した。そこで1-Mn においても緩和能向上を期待してGd@C82包接体を調製したが、1-Zn とは逆に緩和能が低下した。1-Cu は、常磁性であるにもかかわらず、Gd@C82 有、無ともに緩和能が検出されなかった。
この結果から、本系で高い緩和能を実現するためには、常磁性体であることと共に、ポルフィリン中心金属が水分子の配位サイトを有することが必須であると言える。すなわち、1-Zn と1-Mnではアキシャル位への水分子の配位が可能なのに対し、1-Cu では不可能であり、これが緩和能に大きく影響したものと考えている。
さらに、1-Mn について、ミセル化による造影能の変化を調べたが、ブロックポリマーと複合化し、外部の水との接触が一見困難になっても造影能はほとんど変わらないことが分かった。
3.5 in Vivo 実験
今回開発した化合物を実際に生体に導入し、造影効果や腫瘍選択性について検討した。投与対象としては、人の大腸がんを移植したマウスを用いた。造影剤としては最も造影能の高かった1-Mnを選び、さらに緩和能が同程度だが腫瘍選択性のない市販の造影剤を比較対象として用いた。
まず、ミセル化した1-Mn の投与によって、腫瘍部位のコントラストの明確な向上が観測され、造影能を持つことが実証できた(上段)。さらに、その造影効果は緩和能が同程度だが腫瘍選択性のない市販の造影剤(下段)と比べ顕著であり、ミセル化した1-Mn がより腫瘍部位へ集まりやすいことも示された。
尚、実験のタイムスケール(?1日)において、薬剤の投与によるマウスの死亡は観測されず、今回開発した薬剤の毒性は現段階では検出されていない。
4. まとめ
アニオン性デンドリマーで被覆された新規な水溶性金属ポルフィリン環状二量体を設計し、磁性フラーレンの包接による水溶化に成功した。種々のホスト・ゲストの組み合わせについて緩和能を比較した結果、マンガン錯体のホストが市販の薬剤に匹敵する緩和能を有することを見いだした。さらに、カチオン性ブロックポリマーとの混合により、安定なポリイオンコンプレックスを形成し、これが実際に造影能および腫瘍選択性を有することを、動物実験より明らかにした7)。