2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

眼球情報の定量的解析に基づく脳・神経系疾患の診断技術に関する研究

研究責任者

灰田 宗孝

所属:東海大学 医学部 生体構造機能系生理科学 助教授

概要

1.はじめに
眼球運動は非常に複雑な機能であり、その動きには脳内の種々の部位の脳機能に関連している。そのため、多くの疾患で、眼球運動の異常を伴うことが予想されるが、実際に患者さんが訴える症状としては必ずしも多くはない。それは、眼球運動障害に対する、生体の代償機能が働いているためである。特に進行の遅い変性疾患では、患者さん本人からの訴えは非常に少ないが、何らかの客観的手法により、眼球運動を精密に測定すると、眼球運動に何らかの障害が見いだされる可能性がある。今回の助成金により、眼球運動の精密測定装置を作成し検討したのでそれを報告する。
2.眼球運動測定装置
本システムは、大きく2つの部分から構成される。
(1)視標呈示及び眼球運動計測が可能なヘッドマウント型ゴーグル(HMDゴーグル)、
(2)眼球運動記録及び解析装置である。
詳細を以下に記す。
(1)HMDゴーグル
オリンパス社製FMD-250Wを視標呈示部とした。これは、軽量(95g)でメガネのようにして両耳介及び鼻骨上部で固定して装着した。HMDゴーグルのつる(耳に固定する部分)には、眼球運動を計測するための小型CCDカメラ(Moswell社製、41万画素白黒カメラ)を、両側に両眼用にそれぞれ設置した(図1)。カメラは、本システム用に開発した超小型自由雲台で保持した。HMDゴーグル内の被験者眼前には赤外反射・可視光透過処置されたハーフミラーを設置した。これは、被験者が前方に呈示される視標を追跡する際の眼球運動を、ゴーグルの外側、被験者の横側からリアルタイムに計測するために独自に考案したものである。これにより、被験者の視界を遮ることなく、被験者の眼球を常時観察することを可能とした。眼球の撮像には近赤外光の照明を用いた。中心波長800nmのLEDアレイをビデオフレームに同期させパルス発光で眼球を照明した。近赤外光を用いた理由は、眼球の瞳孔部とその他の領域のコントラストを強調した画像を得るためである。なお、照明光強度は被験者の眼球に障害を与えない量を予め算出し、その範囲内で照射した。視標は、外部のパーソナルコンピュータ(PC)(Windows XP)を用いて呈示した。本研究で開発した視標呈示プログラムにより目的に応じた視標を自由に呈示することを可能にした。PCから出力された映像信号は、スキャンコンバータを介してHMDゴーグルに呈示した。
(2)眼球運動記録・解析装置
左右の眼球は2台のカメラによりそれぞれ撮像した。その映像は画像ミキサーにより統合され、4分割画面の下段にそれぞれ表示した(図2)。上段右側には被験者に呈示されている視標を表示した。この一つの画面から両眼と視標の位置関係を同時に観察でき、検査者にとって非常に都合のよい構成となった。この画像は同時にDVテープに記録し、後の詳細な眼球運動解析や繰り返しの画像確認に利用でき便利である。
眼球運動の解析アルゴリズムを以下に示す。撮像された眼球画像は画像取り込みボードを介してPCに取り込んだ。この画像の濃淡情報ヒストグラムから適当な閾値を算出し、瞳孔部分のみを抽出した。円形に抽出された瞳孔部の中心座標をフレーム毎に算出し追跡することで眼球運動を得た。眼球運動の(x、y)座標は30fpsの画像一枚に対して一ポイント算出した。これにより、時系列の水平・垂直眼球運動を得ることが可能となった。これに付随して、瞳孔部分の径も時系列で求めており、瞳孔反応も得た。また、必要に応じて眼球回旋運動も求めることが可能である。眼球運動解析には、自作ソフトウェアによる基礎検討を行った後、Arrington社製ViewPoint(専用画像取り込みボード、Windows XP)を用いて詳細な解析を可能にした(図3)。
3.実験結果
一側の眼球運動のみを検出する装置は既に開発し、その結果は神経学会に発表した1)。そこでは、一側の眼球運動の解析のみでもかなりの情報が得られることが示されている。今回の助成金により開発した装置は、両眼の眼球運動を測定するもので、単眼の測定で得られる情報は当然得られる上に、両眼の運動機能の違いを検出することで、脳幹部等に潜在的に存在する病変を検出し、高齢者にしばしばみられる特有のめまい感の原因究明に役立っと期待される。
被験者には健常者および神経学的疾患をもった患者を用いた。本検査は、使用装置のセンサーと被験者とは非接触でありまた非侵襲であるが、検査前には本研究の内容を十分に説明した後被験者からの同意を得て行った。
呈示した視標は黒色背景を等速で水平方向に動く白色円形(視野角1deg)であり、移動速度は任意に設定可能である。視標呈示パターンは中心から左もしくは中心から右にそれぞれ視標が移動する場合と左端から右端へ、また右端から左端へ移動するなどのいくつかのパラダイムで構成した。結果の一例を図4~図6に示す。
各グラフは、横軸が時間(sec)、縦軸が眼球位置(deg)を表わし、右眼を赤線、左眼を青線(それぞれ矢印で明記)で示した。等速で移動する視標を追跡するため、理想的な眼球運動パターンは直線であるが、人間の追跡眼球運動は正常でも若干の遅れ、停止、先行を伴って行われる。図は両眼の走行を確認することができるグラフであるため、人間の追跡眼球運動で重要な要素である共同性眼球運動(両眼が同じ動きをする)を評価することができる。図に示す例では、どの向きの眼球運動でも共同性の運動が行われているため、グラフは重なって表示された。見やすくするため、左眼のデータを縦方向にシフトして表示した。
細かく眼球運動を検討すると、左右で若干のズレが見られるところがあった。例えば、図4丸印で囲った部分で左眼の動きが、右眼に比べ、わずかに遅れていることが判る。これは、本来左右の眼球が同じ速度同じ向きで動くべきところ、何らかの障害でそれが適わなかったためと推察できる。しかし、今回の被験者は若年者であり、めまい感など全くないので、この一カ所のみに見られた眼球共同運動の異常は、臨床的には意味はないと考えられる。しかし、このようなこの眼球追跡における左右の眼球運動の不具合が、広範に認められる場合は、患者の感じる違和感、めまい感、ふらつき感等の原因の一つを機能的に検出しているものではないかと考えられる。この、両眼の眼球運動の共同運動としての不具合を検出することが本装置の開発目標であり、装置としての目標は達成されていると思われる。今後、高齢者などを対象として測定を重ねていくことが重要と考えられる。
また、従来からの観点で本装置から得られた結果を分析することもできる。この場合は必ずしも両眼を検出する必要はない。追跡眼球運動の波形をみると、階段状の形態が見られる。追跡眼球運動は、比較的スムーズでゅっくりとした眼球運動(スムーズパーシュート)と急速な運動(サッカード)の2種類の眼球運動の組み合わせで構成されていることがわかる。前回の報告では1)追視機能の定量化のため、視標からの図7に示す眼球位置ずれ(E tota1)と図8に示す視線一視標一致時間(T)を導入した。図7のデータからは、サッケードの頻度を検出する事が出来る。サッカードの発生頻度を年齢別でみると、高齢になるほど高頻度になっていた。つまり、高齢になると、追試をする際、まじめに視標を追い続けるのではなく、待ち伏せするような感じになるといえる。これは、生理機能の低下によるのか、経験による学習効果によるものかは不明であるが、高齢者に見られる動体視力の低下に関係していると思われる。つまり、サッケードの最中に視標に予想外の運動が生じたとき、それを検出しがたいためである。図9にTとE totalの相関図を示す。図から判るように、TとE totalとには逆相関の関係がありそうである。更に、図に○で囲った群が各疾患事に見られる傾向にあることは興味深い。今後、さらなるデータの集積をして検討する必要がある。
4.今後の課題
本システムは非接触・無侵襲で各種疾患の被験者の眼球運動を容易に観察できる。従って、今後は臨床の現場で様々な疾患の被験者の検査を実施することが可能である。本システムが現段階で抱える課題として、解析の高速化と画像ノイズの除去である。画像上に様々なノイズ(捷毛、眼瞼、瞬目、照明光の明暗など)がある場合、解析結果は乱れ、マニュアル設定での解析が必要となる。ハード、ソフトの改良を行うことで常にハイクオリティな画像が得られれば、解析の自動化が可能であり精度の高い検査を簡便に実施することができる。現在、患者さんでの測定を行うため、本学の臨床研究審査委員会にかけているため、患者群での結果が不十分であることをお詫びしたい。臨床研究審査委員会では装置の安全性も審査対象となるため、手作りの装置に関する安全性を客観的に証明する方法に苦慮している。