1987年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第01号

眼底の定量立体計測法の開発に関する研究

研究責任者

中谷 一

所属:大阪厚生年金病院 眼科 部長

共同研究者

鈴木 範人

所属:大阪大学 工学部 応用物理学科  助教授

共同研究者

吉村 武晃

所属:神戸大学 工学部 計測工学科 助教授

概要

Ⅰ.まえがき
眼科領域において緑内障というのは限内圧が上昇して視野障害を起こす疾病である。この視野障害の原因となるのは網膜内の視神経障害であり,視神経障害が起こると眼底乳頭に陥凹を生じる。逆にこの視神経乳頭を定量的に測定すれば緑内障の視野障害を推定することができる。すなわち今回の研究は眼底の定量立体計測を行なって眼底の陥凹量から視神経障害を他覚的に計測しようとするものである。
Ⅱ.研究内容
1.現在に至るまでの研究
我々は約10年前より眼底の定量立体計測の研究を行なっている。1)2)3)4)5)現在に至るまでの研究成果を要約する。
(1)測定原理(図1)
等間隔の直線格子像を眼底に投入し,角度θrad.離れた方向から観察する。滑らかな平面上では格子像は等間隔の直線として観察されるが,dだけ陥凹があれば直線がSだけ位相がずれる。この間にd×θ=Sの関係があるのでSを測定することによって陥凹量を求めることができる。
(2)格子像付き眼底像撮影装置
図2のとおり格子を瞳孔の端の部分から眼底に投影し,中央部から観測する。格子像を瞳孔の端の部分から投影するために,直線格子Gを鏡MとレンズL1を用いて共役点Cに実像を作り,レンズL2で眼底上に結像する(点線)。投影された像は0.1rad.の入射角で瞳孔の一部から眼球内に入って眼底に至り眼底の凹凸度に応じて格子像が湾曲する。光源Sの像は集光レンズLsによりレンズL1上に作られ,投影される範囲はレンズLlの後にある絞りにより決定される。撮影は投影に用いたレンズL2を用いて眼底上の像をカメラのフィルム上に写す。レンズLlは中空になっており,格子像投影のときのみ用い,撮影のときはレンズL1の中空の部分を通す。なおレンズL2と集光レンズLsは収差を除くため非球面レンズを用いている。
(3)撮影結果
正常および緑内障眼の格子像付き眼底写真を図3,4に示す。陥凹のあるところでは直線格子の位相の変位していることがわかる。
(4)定量立体計測値
上記症例の格子像の位相差から立体計測した値を図5,6に示す。数値の1は50μに相当。数値の前の一は陥凹,無印は突出を表わす。たとえば一3は150μの陥凹を表わしている。
(5)考察
現在までの研究により1眼底の定量立二体計測ができるようになった。しかしこの方法では眼底写真撮影,現像および格子像の位相計測などに時間を要する。また数値直のmatrixでは直観的に眼底乳頭の陥凹の状態を頭に描き難いため再び図に描くという操作を加えると大変な時間を要する。研究用としてはこれでも極めて有用であるが,日常診療において特定の少数の患者しか測定できないためその高速化をする必要がある。すなわち実用化するために必要なことは大別して次の2点である。
① 乳頭での格子像がビデオ上でもコントラスト良く,鮮明に得られること。
② 上記のごとくして得られたビデオ信号を画像メモリに記憶させ,眼底血管等のノイズ成分を格子像から除去して,乳頭の陥凹に対する格子像の情報のみを抽出する。そしてこの情報から三次元情報に変換して表示すること。同時にこれら一連の手続きをon-lineにより短時間に処理すること。
2.今回の研究
(1)光学系
使用した光学系は眼底カメラで,従来の照明系では光量的に不足しているのでパワーの大きい(100W)のハロゲンランプを使用した。さらに眼底に投人する格子像を鮮明にするため格子間隔5本/mmの格子縞板を作成した。この光学系のブロックは図7に示す。
(2)固体カメラ
NEC社製TJ-22ACCDカメラである。固体撮像素子はインターライン転送方式CCD撮像素子,画面サイズ8.8mm×6.6mm(2/3"サイズ),画素数H384×V490,走査ノ1式2:1インターレースを利用した。
(3)画像処理システム
上記光学系によって鮮明な画像が得られた。
次にこの格子像から血1猛管などのノイズ成分を除去する必要がある。今回この必要性から動画像処理システムを導人した。このシステムの特徴は,動画像処理できるばかりではなく,汎用画像処理装置としても高速化されている。現在のところ,人眼を使用して乳頭格子像をビデオ信号としてとらえ静1上画像が入手可能となった。このシステムはTVカメラからの人力画像を最大512×512点でサンプリングして輝度を256レベルに実時間でAD変換を行ない,種々の画像処理を行なうものである。
最大16メガバイトの大容量画像メモリ,およびホストコンピュータの高速画像転送をサポートしている。このシステムは最小基本構成重加剛象処理装置およびTVカメラ,TVモニター,グラフィックスターミナルから成り,乳頭陥凹計測システムもこの最小基本構成を利用した。図8はこの動画像処理システムのブロック図である。画像ACCおよび画像レジスタの2種の画像メモリ,画像演算を行なうフレームプロセッサ,画像メモリのアドレス制御を行なうフレームコントローラ,画像入力部および制御マイクロコンピューターから成る。画像ACCは16ビット長のメモリで積算や積和演算結果を格納できる。画像レジスタは8ビット長のメモリで,演算用の一時格納に用いられる。本装置は画像メモリのアドレスバスが2つある。画像ACCは)iのBUSに接続されているが,画像レジスタは2つのBUSに任意に接続することができる。ACCとの間およびレジスター間の演算,画像データー転送は1フレーム時間で行なうことができる。
図9はフレームプロセッサの内部を示したものである。フレームプロセッサは2つのALUから成る2段のパイプラインプロセッサとして構成される。ALU1は入力画像とレジスタの算術・論理演算を行なう他にレジスタ内容を左シフトするバレルシフト機能をもっており積和演算に用いられる。ALU2はALU1による演算結果とACC2との演算を行なうもので,ACCへの積算等の種々の算術,論理演算機能がある。
なおこれらの機器の外観は図10のとおりである。
Ⅲ.成果
眼球後極近くに陥凹を作ったモデル眼に格子像を投影したものが図11である。これを拡大したものが図12である。陥凹に相当するところの格子像の位相のずれがよくわかる。
人眼眼底に格子像を投影したものが図13である。生体眼であるためまだノイズがf分除去されていないが,眼底乳頭面に格子像が写っていることがよくわかる。
なお格子像を投影した眼底が,テレビ画面上に写し出され,適当な画像がフロッピーディスクに格納することができる。さらにこれらを立体図として記録したのが図14,15である。図14は模型眼陥凹状態の立体記録,図15は図13と同一の正常人眼底の立体記録である。いずれも陥凹状態を下側から観療している。
Ⅳ.まとめ
垂直直線格子縞を一定の角度水平方向にずらして眼底に投影し,その格子像の位相差から眼底の定量立二体計測を行なった。
現在までの方法は眼底撮影,フィルムの現像,それを格子像位相差測定器にかけるという大変時間のかかる方法をとっていた。これでは大量処理ができない。
今回の方法はこれらをon-lineに転換し,演算が高速に行なわれ,立体図も描けるようなった。
将来これらの機能に改良を加えて操作性を良くし,広く日常臨床に使用できるようにする子定である。