2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

画像処理とスペックルトラッキング法を用いた頸動脈微量血管径変化の計測

研究責任者

仁木 清美

所属:東京都市大学 工学部 医用工学科 教授

概要

1.まえがき

動脈硬化には粥腫(atheroma)で代表される粥状 硬 化 (atherosclerosis) と 血 管 硬 化

(arteriosclerosis:血管スティッフネスの上昇) がある。そして心不全発症に大きく関与している といわれているのが血管スティッフネスである 1)。粥状硬化は超音波技術の進歩により細密な画像 が得られるようになった。近年頸動脈エコー検査 が普及しているが、粥状硬化の画像診断が主であ る。心不全予防のためには血管スティッフネスを頸動脈エコー検査時に施行することが望ましい が、計測が困難であり、普及していない。そのた め、操作が簡単で精度が高く再現性のある計測手 法を実用化することが望まれる。

我々はこれまでに、血管で計測する心機能指標(Wave intensity (WI))の研究を行ってきた。そして WI を超音波を用いて非侵襲的に計測する手法を開発した 2、3)。現在このシステムは市販装置に導入されている。このシステムはエコートラッキングにより血管径の微量変化を計測するため、血管スティッフネスも計測可能であり、実際に計測を行い研究報告した 4、5)。しかし、頸動脈は呼吸や静脈の容積変化に応じて位置がずれてしまうため、値の再現性に問題があり、なかなか計測が普及していない。心機能評価において血管スティッフネスの評価は重要である。そこで本研究では超音波 B モード画像を用いて血管スティッフネスを計測する手法を発案する。

この研究の目的は超音波を用いて、精密で再現性が高い血管径変化を計測し、短時間で血管スティッフネスを計測する手法を開発することである。

 

2.血管スティッフネス計測
~動脈硬化診断における血管スティッフネス計測~

血管スティッフネスは血管の弾性を示す指標である。加齢や疾患に伴い、動脈の硬化が進行すると血管スティッフネスが高くなる。そして血管スティッフネスの増大により脈波速度が速くなり、末梢からの反射波がより早く心臓に戻るようになる。その結果、反射波が駆出後期の前進波に重畳して血圧を押し上げることになり、駆出期の心臓への負荷となる。血管スティッフネスの計測は古くから試みられているが、精密な血管径変化の計測が困難であり、脈波速度を計測することで代用されてきた。しかしこの検査はマイクロフォンを頸動脈と大腿動脈に当てて計測することが必要で、検査に時間・技術を要し、なかなか普及しなかった。その後日本で四肢で計測する血圧脈波検査装置が開発されたが、動脈の血管スティッフネス計測に関しては欧米から疑問視されてい る 6)。それは脈波速度計測に際し、上腕動脈や浅大腿動脈、膝窩動脈等の筋性動脈を含んでいるか らである。これらの筋性動脈は平滑筋線維に富み、自律神経の影響で血管径が変化し、固有の血管ス ティッフネスを計測することが難しい。また、脈 波速度は血圧依存性があるため、血圧が異なる場合の血管スティッフネスを比較するとバイアス が生じる。現在のところ、心不全の予後予測因子 として carotid-femoral 間の脈波速度が最も良いとされているが、医療現場ではなかなか用いられ ていない。

 
~血管径変化計測による血管スティッフネス計測の必要性~

一方、血管径変化を直接計測し血管スティッフネスを調べる研究もおこなわれてきた 7、8)。血管のスティッフネスはその逆を示すコンプライアンスとともに以下のようないろいろな指標を用いて提唱されている。

①arterial strain (コンプライアンス)

(Ds-Dd)/Dd

②cross-sectional distensibility coefficient

(DC:コンプライアンス)

DC=(2ΔD/D)/ΔP

③cross-sectional compliance coefficient

(CC:コンプライアンス)

CC=πD(ΔD/2ΔP)

④pressure-strain elastic modulus

(Ep:圧力―ひずみ弾性係数)

Ep=(Ps-Pd)/[(Ds-Dd)/Dd]

⑤スティッフネスパラメータβ

(β:スティッフネス)

β=(ln(Ps/Pd)/[(Ds-Dd)/Dd]

良く用いられているのは圧力―ひずみ弾性率である Ep とスティッフネスパラメータである。(Ps および Pd は最大・最少血圧、Ds および Dd は最大・最少血管径)。

Ep  は弾性率の定義に当てはまる。もし、圧力と直径の関係が線形であれば Ep は圧力に依存しないが、実際には両者の関係は非線形であり、圧 力依存性の問題が生じる。圧力を対数とすると生理学的範囲で血圧と血管径の関係が直線的となることを利用して定義された指標がスティッフ ネスパラメータβである。総頸動脈のβの計測は、大動脈全体の血管スティッフネスの平均指標と なる carotid- femoral 間の脈波速度と異なり、局 所的な血管スティッフネスの計測であるが、血圧 の影響を受けないこと、総頸動脈の血圧波形は大 動脈の血圧波形にほぼ等しいことから、脈波速度とは異なった観点から血管スティッフネス評価 することが期待できる。

 

3.超音波における頸動脈血管径変化の計測と問題点

血管スティッフネス計測のためには拍動に伴う血管径変化を計測しなくてはならないが、動脈の径に比して血管径変化はわずかであるため(総頸動脈の場合、外径 7-8mm に対して血管径変化は 0.2-0.5mm 程度)0.01mm 単位の精度が要求される。通常の頸動脈エコー検査時の B モード画像の分解能は 0.1mm 程度であり径変化計測は難しい。現在のところ最も高い精度で血管径変化を計測できるのは超音波装置によるエコートラッキングという技術である(図 1)。エコートラッキングは超音波ビーム上の血管壁の動きを zero cross 法を用いてトラッキングするもので、前壁と後壁の位置の差から血管径変化波形を算出する。超音波の波長の1/16 の距離精度(10MHz で約5μm)、1ms の時間分解能で径変化を追従できるため図 1 上段、1 拍目、2 拍目のように精密な血管径変化波形を計算することができる。

しかし、頸動脈自体が少しでも動いて血管中心を外れてしまうと径変化が大きく変わってしまう。総頸動脈は隣接する頸静脈の拍動に伴う容積変化により位置がずれてしまうことが多い。さらに呼吸等の影響で血管の位置がずれることが頻

 

図1 エコートラッキングによる血管径変化計測

 

繁に起こるため、下段のように 1 拍目と 2 拍目の波形が大きく異なってしまうこととなり、値にばらつきが出て、検査にも時間がかかる。近年、ストレイン法を用いて計測する方法も研究されているが、波形の時間分解能が低く、さらに高位機種のエコー装置に内蔵されているのみで一般的ではない。

 

4.本研究が提案するもの

われわれの提案する新しい血管スティッフネ ス計測技法は頸動脈エコー検査によって得られ た動画像から精密で再現性の高い血管スティッ フネスを計測する方法である。画像処理を行って 画像を拡大し、テンプレートを決める。そしてテンプレートマッチングによる追従を行い血管径 変化波形を計測する。血管の中心点を常に検出し、中心点からの距離を計算することで画像の位置 がずれても常に直径を計測する。画像の精度に関しては、画像処理の技法を用いて画像を拡大し、解像度を 0.01mm/pixel まで拡大する。

 

5.研究方法

使用装置:ProSound α10(日立アロカ社製) 超音波装置とパソコンをケーブルでつなぎ、Sビデオ信号をパソコンに送る。送られた信号はキャプチャーボードを介してハードディスクに送 られる。頸動脈を最大に拡大し 6 心拍の動画を取 得する(図2)。このとき頸動脈の外膜上に正円を 描き、断面が頸動脈に垂直であることを確認する。取得画像フレームレートは 50Hz 以上、保存形式 はAVI ファイル形式である。

得られた画像を図2の手順で処理するソフトを作成し、血管径の計測を行う。

図2 スペックルトラッキングによる頸動脈径変化計測システム

 
~画像処理~

血管中心算出

取り込まれた画像の分解能は 0.06-0.07mm/pixel であり、血管径をトラッキングするには不十分であるため、 バイキュービック法を用いて0.01mm/pixel  まで画像を拡大する。作成された画像に 2 値化、クロージング処理を行い壁面を明瞭化する。さらに真円フィッティングを行い、血 管中心点を得る。そこから上下に、内膜、外膜を 探索し、外膜上に 1mm 四方のテンプレートを作成し、テンプレート内のスペックルパターンを基 準に各フレームで追従を開始し、直径を計算する。

 
~頸動脈血管径計測~

超音波計測の際、注意が必要なことは、エコー領域と血管構造の関係である。超音波画像はグレースケールで表示され、エコー強度が高いところは白く、低いところは黒く表示される(図3)。

超音波の反射は音響インピーダンスに差がある場合の境界面で起こる。そして、境界面で起こる反射を示す帯状のエコー画像は反射の強さ、超音波装置の設定等により異なる幅をもって出現する。したがって、正しい境界面を示しているのは超音波ビームが異なるインピーダンスの媒体に入るところ(leading edge)である。また、血管壁は血圧の変化により変形してもその体積は変化しない(非圧縮性)ので拍動に伴う径の変化は外径より内径の方が大きくなる 3)。したがってβの値は内径で計測した方が外径で計測したものより小さくなる。内径計測の場合、近位側の高エコー部は血管内腔であり、トラッキングが困難である。我々は実用的かつ力学的根拠から、外膜上でトラッキングを行いβを計測している(図4)8)

 
~エコートラッキング手法との比較~

生体計測はボランティア 50 人にて行った。計測部位は総頸動脈である。安静臥位を保ったあと総頸動脈短軸像の動画を 6 心拍分記録した。そののちエコートラッキングにてβを 3 回計測し、平 均値を求めた。血圧は上腕動脈で計測して入力し た。また、生体では前述のような血管の振動があ るため、モデル実験にてエコートラッキング法と スペックルトラッキング法の比較計測を行った。モデル実験は血管モデルと循環モデルを作成して行った。循環モデルは拍動性ポンプと大動脈のウインドケッセル機能を模擬した水槽(ウインドケッセル用水槽)からなる。拍動流血流ポンプとウインドケッセル用水槽は軟質塩化ビニルホースで接続した。エコー装置でエコートラッキングを行う際には心電図波形が必要なため、血圧波形を取り出して微分し、模擬心電図として超音波装置に入力してエコートラッキングを行った。

血管モデルとして直径 10mm のラテックスもしくはプラスチック製チューブを作成した。このチューブをゼラチンで充填した水槽に埋没し、両端をウインドケッセル用水槽に接続する(図5)。圧力トランスジューサにより血圧を計測しながらポンプから拍動流を駆出する。ウインドケッセル用水槽は図のように密閉された2腔より成る。

図5 実験回路図

 

拍動流血流ポンプから流入する方の腔(図中水槽の左部分でゼラチン入りチューブの上流になる)は上部に活栓があり内部の空気量を調節できる。ポンプを止めて活栓を開くと、大気圧により水位が下がり、空気量が増える。活栓を閉じて拍動を開始すると、空気は容積が容易に変化するので、駆出期に流入する水量に応じて空気の容積が減少して圧の上昇を抑える。これをウインドケッセル(空気室)効果といい、水槽内の空気量を増やすことは、ウインドケッセル効果を高め、血管のスティッフネスを低下させることを意味する。このようにして空気室の容積を変化させ、血管スティッフネスを変化させる実験モデルを作成する。

図6は超音波装置を用いて頸動脈のエコートラッキングしている際のモニター画面である。

 

図6 エコートラッキングによる血管径変化波形の計測

 

図左が B モード、図右が M モードである。B モード上の血管壁の近位部(Tn)と遠位部(Td) をトラッキングポイントとして設定すると血管の拍動に沿って自動追従が開始される、その時間変化は右の M モード画面上に表示される。遠位部と近位部の距離の差から血管径を算出し、血管径波形として M モード画面上に描出される。

得られた値は 1ms の間隔でテキストファイルに保存されるので、このデータから連続 5 拍の最大径と最少径を計測し、テンプレートマッチングにより得た値と比較する。解析は Bland-Altman 法による。

 

6.成果
~血管径変化計測のためのソフトの開発~

スペックルトラッキングによる血管径変化波形計測ソフトを作成した。図 7 はハードディスクに取り込んだ頸動脈短軸像である。

 

図7 頸動脈短軸像

 

図 a は取り込んだ画像、図 b はバイキュービック法にて解像度を増幅した図である。この方法を用いることにより ROI 内の濃淡のパターンが細密化し、トラッキング精度が向上した。しかしト ラッキングする際、どうしてもテンプレートに類似したスペックルパターンが出てきてトラッキ ングポイントがずれてしまうことがあった。また、 エコー強度が高いと画像を増幅しても同じパターンになってしまい、特徴的なスペックルパター ンを得ることができないことがあった。今後はさらに多種のフィルター処理による画像処理を行 い、トラッキング精度を上げる改良が必要である。

図8は同症例のスペックルトラッキング画像とエコートラッキング画像を比較したものである。血管径変化波形が血圧波形と相似であることは以前より知られているが 9)、計測結果も血圧波形に類似した血管径変化波形を得ることができた。エコートラッキング画像は時間分解能が 1ms であるため波形が精密であるが、スペックルトラッキング波形はフレームレートが 70Hzで記録されているため波形がずっと荒くなる。これは超音波装置の限界である、今後は補完処理を加えて血圧波形に近い波形を目指す。現在のところ、スペックル解析で得られた波形はwave解析には不向きであるが、血管スティッフネス計測のための最大値と最小値の計測には十分ではないかと考えられる。

 

エコートラッキング法とスペックルトラッキング法で得られたβ値のBland Altman 法による検討結果を図9に示す。今回の検討では両者の間にバイアスは認められなかった。また、50 例で計測したβ値の相関について図 10 に示す。両者には有意な相関を認めた(r=0.65、p<0.001)。

 
~モデル実験による計測~

(ET)の相関図10 総頸動脈β計測におけるスペックルトラッキング法(ST)とエコートラッキング法

今回の研究でモデル血管を用いた循環モデルを作成することができた。以前は人工心臓を用いて行っていたが、非拍動流のため、人体における

ような血管径変化波形を得ることができなかった。今回は拍動流で駆出するハーバードポンプを用いた。また、血管モデル作成には 3D、押し出し成形、鋳型成形等があるが、今回の実験に必要な長さを得るためには押し出し成形による tube のみ作成することができた。

図 11 はゼラチン内に埋没した血管モデルの超音波画像(左)とテンプレート画像(右)を示す。

 

血管モデルは水とのインピーダンスの違いが血管より大きく、テンプレート画像の特異点が少なく、スペックルトラッキングがスムーズにいかない点があり、補正を要した。

計測にあたり、数種の材料(ラテックス、プラスチック)にてモデル作成を試みたが、いずれも弾性率が大きくβが測れないほど高値であった。最終的にはラテックスからなる tube で計測した。計測結果はエコートラッキングで計測したβ値34.8の血管モデルではβ値 8 とほぼ同じ値を得ることができた。実験により得られた血管径変化波形をスペックルトラッキングとエコートラッキングで計測した波形を図 12 に示す。

血管径変化量はほぼ同じであったが、血管径に差を認めた。これは、エコートラッキングは超音波装置のモニター画面上で行うが、このときの分解能は 0.1mm であり、エコートラッキング時の最少径の距離分解能が 0.1mm であるため、血管径計測の距離分解能がスペックルトラッキングより劣る。血管径変化は 0.2mm 程度のこともあるため、エコートラッキング法ではわずかな最少血管径の差で大きなβ値の差が出てしまうことがある。このことより、スペックルトラッキング法を応用することにより、ばらつきの少ないβ値を得られる可能性があると考えられた。

今回の研究で頸動脈の弾性率を持つ血管モデルとなるような材質を見つけることができなかった。最近様々な軟性プラスチックが開発されており、さらに新しい材料を用いて血管モデルを作成したい。今回作成した循環モデルは血管のスティッフネスのみならず血流評価も可能であるため、動脈瘤や狭窄モデルなどに応用したい。

 

7.まとめ

スペックルトラッキング法による微細な血管径変化を計測するソフトを作成し、モデル実験装置にて精度の検討を行った。その結果エコートラッキングに匹敵する計測結果を得ることができた。

現在の頸動脈エコー検査は、粥腫や頸動脈狭窄等の粥状硬化の計測が主体である。血管のスティッフネスが短時間で計測できるようになれば、動脈硬化における新しい機能評価を加えることができる。また、血管のスティッフネスは心不全発症と大きな関連がある。安定した精度の高い検査の確立により、心不全発症の予防・治療に応用することが期待できる。さらに解析ソフトを独自に作成することで、超音波装置のなかでも高価な上

位機種しか入っていなかった機能を、10MHz のリニアプローブがあれば、より廉価な機種でも使うことができる。

今後はさらに人体に近い血管モデルを作成し、スペックルトラッキング法の精度の改善を目指す。また、今回作成した循環モデルを用いて血管スティッフネスだけでなくwave intensity10)などいろいろな循環指標を検討することが可能となった。

今回の研究成果は The 8th Asian-Pacific Conference on Biomechanics(2015.9.16-19 札幌11))にて発表した。