2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

田辺五郎を特定せよ~ゲリラ雷雨をもたらす積乱雲の研究~

実施担当者

阪本 和則

所属:京都府立桃山高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 近年、温暖化や都市化によるヒートアイランド現象にともない、局所的な集中豪雨(ゲリラ雷雨)が多く発生している。積乱雲(入道雲)の発生・発達には、地形効果による寄与が大きいことから、特定の場所で豪雨が発生しやすい傾向がある。京都市内では昔から、豪雨をもたらす積乱雲に名前が付けられ、人々から恐れられていた。丹波太郎・山城次郎・比叡三郎である。また2008年には、桃山高校村山指導教諭らによって第4の積乱雲が確認され、桃山四郎と名付けられた。
 一方、2012年に発生した近畿豪雨など、近年新たな場所で積乱雲が発生し、豪雨災害をもたらしている。既出の積乱雲とは異なる場所で発生しており、これまでのものとは異なる仕組によるものと考えている。
そこで、これを発生場所の名にちなんで『田辺五郎』と命名し、地形効果も含めた発生メカニズムを解明したい。新たな積乱雲を特定できれば、高校生のサイエンスとしてだけでなく、地域への豪雨災害の警鐘を鳴らすことにもつながるはずである。本年度、本校のグローバルサイエンス部(科学部)が取り組んだ探求活動の内容について報告する。


2.ヒートアイランド
 都市の排出する熱が原因で、周辺の地域よりも高温になる現象をヒートアイランドとよぶ。近年、積乱雲が発生するポイントには、工業団地や住宅地が発達し、これまで以上に排熱が多くなっていると考えられる。京都市の南には、旧巨椋池跡地として水田が広がる地域があり、その周囲を取り囲むように工業団地が広がっている。我々は、積乱雲の発生・通過ポイントとなる久御山工業団地に注目し、その地域のヒートアイランドの確認に取り組んだ。


3.調査の方法
(1)路面温度の測定
 工業団地や住宅街の路面は主にアスファルトで覆われているため、放熱しやすくなっている。一方、田畑や水田は水を多く含んでいるため、吸熱しやすくなっていると考えられる。そこで、実際に久御山工業団地の駐車場の路面と、巨椋池の田畑、水田の路面温度を放射温度計を用いて測定した。その結果を表1に示す。

(注:表/PDFに記載)

 表の結果より、駐車場の路面温度は、水田や田畑より5度以上高いことが分かる。これらのことから、工業団地や住宅街では、田園地域に比べて気温が上昇しやすく、ヒートアイランドが生じていると考えられる。

(2)上空の風の観測
 路面の温度が高いことが気温の上昇を生み、その結果として、団地や住宅地単位で上昇気流が生じている可能性がある。これらの局地的な上昇流は、場合によっては積乱雲の発達に寄与する場合がある。我々は、工業団地と水田地域の境界付近で気球を打ち上げ、どの方向へ向かって上昇するかを頼りに、上昇流の生じている地域を調査した。
 2地点で気球観測を行った結果を図4に示す。どちらの観測も、低層では工業団地方向へ向かって上昇している。また、赤色矢印の観測では、その後地図上の南にある工業団地の中心方向へ向かって上昇していることが確認できた。工業団地周辺には、局所的な上昇流があると考えられる。

(3)上空の雲の観測
 工業団地周辺と田園地域周辺の空を、広角デジタルカメラでインターバル撮影し、時間短縮した動画を作成することで、雲の変化を観察した。
 図5の工業団地上空では雲の量が多く、対流雲が多く発生していることが動画からも確認できた。時折上空に向かって積雲が発達する様子も見られた。このことから、工業団地上空では上昇気流が生じている可能性がある。
 一方、田園地域の上空は雲の量も少なく、対流雲もあまりみられない。このことから、田園地域の冷却効果で下降気流が生じている可能性がある。


4.結果
 今回の観測から、久御山工業団地ではヒートアイランドによる局所的な上昇流が生じている可能性があることがわかった。これらの条件に加え、上空に寒気が流入したり、下層に暖気が流入すれば、積乱雲が発達する可能性もある。局所的に豪雨を降らせるゲリラ雷雨は、これら地域的な都市環境の変容が原因となっているのかも知れない。今後、地域レベルでの防災の視点を養うためにも、このような局地的な気象現象に目を向ける必要があるのではないだろうか。


5.生徒の変容
 今回の研究では、すべての観測を生徒自身の手で行っている。実際にフォールドワークを行い、自らの手で自然を感じ、自然にふれながら観測を行ったことは貴重な経験となったはずである。特にこのような局地気象に関する研究では、理論の理解だけでは不十分であり、実際の気象を肌で感じ、体感としてその変化を察知できる力が大切である。気温や路面温度の測定条件ひとつにしても、日なた/日陰、風向き、地面のようすなど、さまざまに考慮すべきことがあることは、実際にその場に行ってみないと分からないことが多い。今回の取組では、測定中に生徒が様々に工夫し、その中で気づきを得たことにあると思う。座学では見られない主体的な学習となっていたように思う。


9.まとめ
 近年、これまでの知識暗記型の学力観を見直す動きが盛んとなり、2020年にはセンター試験の廃止も決定されている。本校でも、課題研究と称して、生徒主体の探求活動が自然科学科のカリキュラムに取り入れられてきた。今後の社会を生き抜く上では、これまでのような受け身の学習スタイルではなく、自ら進んで学んでいく姿勢が求められている。今回のように、身近な自然に目を向け、自分たちの手で実際の測定を行い、防災や減災といった視点を得ることが今後ますます重要になってくると思う。今回の取組をもとに、生徒にとってどのような活動が学びを刺激し、深い思考へとつながるのか。授業やカリキュラムの在り方について、客観的な視点から見直していきたい。