2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

生細胞内遺伝子検出を目的とした自己切断型検出プローブの開発

研究責任者

柴田 綾

所属:岐阜大学 工学部 化学・生命工学科  テニュアトラック助教

概要

1.はじめに

細胞内の遺伝子を定量する技術は、生命科学研究や病気診断等を目的とした遺伝子発現解析、病原体の検出、あるいは食品・環境・農業分野での検査など幅広く利用されている。リアルタイムPCR 法はポリメラーゼ連鎖反応による目的遺伝子の増幅をリアルタイムで測定する方法で、細胞内の遺伝子発現量を高感度に解析することができることから、現在広く利用されている。しかし、この方法は高価なリアルタイム PCR 装置が必要である。さらに、RNA を細胞から抽出し DNA に変換する必要があり、一連の操作中に不安定なRNA が壊れることで遺伝情報が失われてしまう可能性がある。それに加え、DNA 増幅反応を阻害する物質が存在した場合、定量値が正確に測定できない等の問題点があった。

細胞から RNA を取り出すのではなく、直接生きた細胞内の遺伝子を検出する方法が実現すれば、少量の遺伝子を、正確に定量することができる。しかし、生細胞内での遺伝子検出は、過剰量の試薬を洗浄・除去することができないため、標的特異的に蛍光シグナルを発生させる必要がある。その方法の一つとして、標的遺伝子を鋳型とした化学反応プローブを利用したものがある(1)。これは、2 本一組のプローブが標的遺伝子上で化学反応を起こすことにより、シグナルを発生させることで遺伝子を検出する方法である。シグナルを発生したプローブは標的遺伝子から外れるため、標的遺伝子を鋳型とした反応サイクルを繰り返すことでシグナルを増幅できるというメリットがある(図1A)。しかし現在のところ、生細胞内で検出できる遺伝子は発現量の多いもの(2), (3) に限られており、検出感度の向上が求められている。

反応サイクルを効率よく回す方法として、自己切断型プローブを用いた遺伝子検出法が研究されてきた(4), (5)。遺伝子検出プローブの多くは非切断型プローブを利用したものであり、これらのプローブは反応の前後で標的遺伝子との安定性に差はない。それに対し、自己切断型プローブは標的遺伝子上で自己切断が起こることで、反応後のプローブは標的遺伝子との安定性が大きく低下する(図1B)。このことから、反応後のプローブは新しいプローブと置き換わり易くなり、反応サイクルの回転効率が向上する。その結果、微量な遺伝子の検出が可能になると考えられている。これまでに報告されている切断型プローブを用いた遺伝子検出法は、DNA リボザイムによるリン酸ジエステル結合の切断機構を利用している。しかし、これらリボザイムを利用する場合、構造が

(注:図/PDFに記載)

複雑になり、かつリン酸ジエステル結合の切断に多量の Mg2+イオンが必要である(4)ため、生細胞内の遺伝子を検出するには適さないものであった。そこで本研究では、金属イオンを必要としない  自己切断型遺伝子検出プローブの開発を目指すことにした。

 

2.分子設計

図1C に示すように、RNase A は切断活性部位に 2 つのヒスチジン残基が存在しており、それぞれのイミダゾール環が塩基もしくはプロトン化されることで酸・塩基触媒として働き、リン酸ジエステル結合を切断する(6)。また、この時グルタミンやリシン由来のアミノ(-NH2)基が反応中間体の構造の安定化に寄与していることが知られている。

 

(注:図/PDFに記載)

(A)自己切断型プローブ模式図、(B)プローブの合成戦略

 

図2A に示すように、今回設計する自己切断型プローブはプローブ内に 2 つイミダゾールアナログ(Im)と 1 つのリボース(R)を含んでいる。またプローブは標的配列に結合した際にリボースを中心としたループ構造を形成する様に設計する。この時、イミダゾールアナログはループ構造を形成した際に R のリン酸ジエステル結合部位周辺にイミダゾール環が集約するように配置する。標的配列がない状態ではイミダゾール環はそれぞれ任意の位置に存在しているため、プローブの切断は起こらず、蛍光剤間に蛍光共鳴エネルギー移動

(FRET)が起きている。一方で、標的配列にプローブが結合した場合、イミダゾール環がリボース部位近傍に配位し、リボース部位のリン酸ジエステル結合部位を切断する。結果、プローブが切断されることで、蛍光剤間の距離が離れ、FRET が解消される。遺伝子検出はこの FRET の解消による蛍光波長および蛍光強度の変化を元に測定する。

図2B で示す合成戦略で遺伝子検出プローブを合成することとした。切断分子はヒスチジンとリ シンを出発原料として合成することにした。また、切断分子をプローブ鎖中に導入するために、筆者 らの本研究室で開発されたエチニルベンゼンを 用いたクリック反応を利用する (7)。このクリック反応は、エチニル基が高選択的かつ容易にアジド 基と反応し、トリアゾールを形成するカップリン グ法である。エチニルベンゼン修飾オリゴヌクレ オチドとのクリック反応時に切断分子側に必要 となるアジド基は、アジドメチルアニリンを用い ることで構造内に導入する。

 

 

 (注:図/PDFに記載)

 

3.切断分子の合成

4-ニトロベンジルメタノール(2)の 4 位をアミノ化し、4-アミノベンジルメタノール(3)(8) を収率 93%で得た後、Boc 保護を行い、4-アミノベンジルメタノールの Boc 保護体(4)(9) を収率89%で得た。続いて、DPPA を用いて水酸基のアジド化を行い、4-アジドメチルアニリンの Boc 保護体(5)を収率 63%で得た。塩酸により Boc 保護を除去し、4-アジドメチルアニリン塩酸塩 (6) を収率 89%で合成した。

L-リシン塩酸塩(7)の水酸基をメチルエステル化、側鎖の 8-アミノ基を Boc で保護し、リシンエステル体(8)(10)を収率 60%で得た。続いて、化合物(8)と、イミダゾール環のアミノ部位をTr 保護、アミノ基を Boc 保護した L-ヒスチジン(9)とカップリングさせ、ジペプチドのメチルエステル体(10) を収率 81%で得た。続いて、水酸化リチウム溶液を用いて脱エステル化を行い、カルボン酸体(11)を得た。得られたカルボン酸体(11)とアジドメチルアニリン(6)を HOBt共存下、縮合し化合物(12)を収率 79%で得た。最後に 80%酢酸溶液中で Tr 基の除去を、トリフルオロ酢酸中で Boc 基の脱保護を行い、目的である切断分子 1 を収率 49%で得た。

 

4.切断プローブの構築

 (注:図/PDFに記載)

クリック反応の際にアジド修飾切断分子と反応するエチニルベンゼン部位を鎖中に 2 つ含むオリゴヌクレオチドの合成をおこなった。オリゴヌクレオチドは標的遺伝子に結合する部分と自己切断に必要な空間を形成するための部分の 2 つからなる。自己切断に必要な空間を形成する部分は切断効率への影響を検討するために長さの異なるものを準備した。

現在、オリゴヌクレオチドの精製を行い、クリック反応の条件を検討しているところである。

 

5.まとめ

近年、non-coding RNA (ncRNA)の発見など、RNA が DNA とタンパク質の間をつなぐ情報の運び屋として以外に生体内で様々な機能を果たしていることが示唆されている。ncRNA など細胞内 RNA の機能解明を進めためには、生細胞でRNA がいつ、どのように機能発現をしているかを知る必要がある。しかしながら、生細胞を用いての RNA イメージングの報告はこれまでのところごく少数に限られ、確立した方法がないのが現状である。そのため、実用的なプローブの開発が望まれている。本研究では過剰の金属イオンを要求しない自己切断型遺伝子検出プローブの開発に取り組んだ。本プローブが開発できれば、生体内でシグナル増幅サイクルを効率よく回転することが可能となり、その結果、発現量の少ないRNA も高感度に検出することが可能となる。現在、切断分子の合成が終了し、プローブ内での切断分子の配置について検討している。本手法を用いて RNA の生細胞内での動態解析が可能となれば、RNA 機能解析を推進する上で大きな原動力になると期待できる。