2017年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

生細胞でのゲノム DNA の可視化による染色体異常検出システムの開発

研究責任者

髙田 英昭

所属:大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 助教

概要

1.はじめに
染色体は、すべての真核生物に見られる構造体で、細胞分裂時に、複製された長い DNA を、2 つの娘細胞に均等かつ安全に分配するために必要である。このため、染色体の構造の欠陥は生物にとっては致命的であり、ゲノム情報を正しく伝えることができなくなる。

染色体異常は染色体数の異常と染色体構造の異常に大別される。染色体数の異常としては、21 番染色体が 1 本余分に増えて 3 本となることで生じるダウン症などが挙げられる。染色体構造の異常としては、染色体の一部が他の染色体に移る転座による白血病や流産の増加、染色体の一部が無くなることによる遺伝子の欠損等が挙げられる。こうした染色体異常は、セントロメアやテロメアといった染色体構造の欠陥が原因となる場合が多く、他にも未知の構造異常が疾患に関与している可能性が考えられるため、染色体構造に対する理解を深める必要がある。

我々の研究グループは、これまでに顕微鏡や X 線を用いたアプローチにより、分裂期染色体は DNA がヒストンと呼ばれる塩基性タンパク質に巻きついてできるヌクレオソーム繊維が不規則に折り畳まれて構築されるというモデルを提唱した(図1)1)~3)。また、このような、ヌクレオソームの不規則な折り畳みによる DNA の凝縮は、DNA が放射線などから損傷を受けることを防ぐ効果があることが明らかとなった 4)、5)。このことから、DNA の凝縮状態の変化や染色体構造の変化を捉えるシステムの開発は、疾患のメカニズムを明らかにするに留まらず、構造異常を早期に検出することで疾患の予防にもつながると期待できる。そこで、本研究では最近開発されたゲノムDNA 可視化技術を応用し、生きた細胞内でゲノム DNA をターゲットとして特定の染色体構造を可視化し、染色体異常を検出する技術の確立を行うことを目的とした。

図1 染色体構造のモデル
(注:図/PDFに記載)


2.ヒト正常細胞株の核型解析
本研究では、がん細胞と正常細胞を比較することで、がん細胞に特異的な染色体異常を検出する。そこで、まず、正常細胞として用いるテロメラーゼ活性型ヒト網膜色素上皮細胞(hTERT-RPE1 細胞)の核型解析を行った。

2.1 実験材料・方法
hTERT-RPE1 細胞は 10 % FBS を含むDulbeccos’s Modified Eagle Medium (DMEM)を用いて培養した。本細胞株はテロメラーゼを不活性化しているため、正常細胞でありながら分裂回数に制限が無いため、扱いやすいという利点がある。核型分析を行なうため、細胞を分裂期に同調する必要がある。このため、20%コンフルエントで播種した細胞に対し、チミジンを最終濃度が 5mM になるように DMEM (+10% FBS)に添加し、16 時間培養することで、細胞周期を G1/S 期に同調した。同調した細胞を 2 回 Phosphate buffered saline (PBS)で洗浄を行った後、DMEM (+10% FBS)を加えて 6 時間の培養を行なった。その後、再びチミジンを最終濃度が5 mM になるように添加し、16 時間の培養を行なった。細胞は 2 回 PBS で洗浄を行った後、DMEM (+10% FBS)中で 4 時間培養した。細胞周期を分裂期で停止させるため、nocodazole を最終濃度が 200 ng/mL になるように添加し、さらに 3 時間培養した。

分裂期に同調した hTERT-RPE1 細胞は、shake off により回収し、細胞を PBS で洗浄した後、75 mM KCl による低調処理を 37℃で 15 分間行なった。カルノア液(メタノール:酢酸=3:1)による細胞固定後、細胞を poly-L-lysine でコーティングしたスライドガラス上に展開し、Multicolor fluorescence in situ hybridization (M-FISH) による解析を行った。 M-FISH では、ヒトの全染色体を識別可能なプローブを用いてハイブリダイゼーションを行なうことで、各染色体の識別同定ならびに転座や欠失といった染色体異常を検出することができる。

2.2 結果・考察
hTERT-RPE1 細胞を M-FISH により解析したところ、65%の細胞で 12 番染色体が 2 本の常染色体に加え、一部が欠損した 12 番染色体をさらに 1 本持つトリソミーになっていることが分かった。細胞株の入手である American Type Culture Collection (ATCC)では、このトリソミーについては報告していないため、研究室で継代を重ねる間に生じた変異と考えられる。12 番染色体のトリソミーに加えて、hTERT-RPE1 細胞では X 染色体の 1 本に Telomere Reverse Transcriptase (TERT)に由来する付加配列が存在する。以上のように、hTERT-RPE1 細胞は 2 つの染色体異常を有しているが、他の染色体については FISH で検出できる異常は有しておらず、がん細胞の染色体の比較対象として使用可能であると判断し、以降の実験で用いることにした。

図2 M-FISH で明らかになった hTERT-RPE1 細胞の染色体異常
12 番染色体のトリソミーとX 染色体に付加配列が存在する(矢印)。
(注:図/PDFに記載)

3.DNA 可視化に必要なベクターの構築ならびに安定発現細胞株の取得
本研究では染色体構造を観察するために、ゲノム編集技術である CRISPR/Cas システムを応用した、in vivo でゲノム DNA の可視化を行う手法を用いる 6)。CRISPR/Cas システムで用いる Cas9 蛋白質は、標的ゲノム DNA と相補的な配列を含む guide RNA (gRNA)と複合体を形成する。Cas9 はヌクレアーゼ活性を持ち、gRNA を介して標的配列に結合することで標的配列の DNA を切断する。しかしながら、Cas9 のヌクレアーゼ活性を欠損した変異体を用いることで、Cas9 を標的配列に結合させたままにすることができる。この変異型 Cas9(dCas9)に蛍光蛋白質 EGFP を融合することで、特定のゲノム DNA を可視化することが可能になる。そこで、dCas9-EGFP を安定発現するヒト正常細胞株を作製し、gRNA 発現ベクターを導入することで任意の DNA 配列を簡便に可視化できる系を確立する(図3)。

図3 dCas9 を用いた DNA 可視化手順
(注:図/PDFに記載)

3.1 実験材料・方法
生細胞でのゲノム DNA の可視化を行うために、ヌクレアーゼ活性欠損変異 Cas9 に EGFP を融合 した蛋白質(dCas9-EGFP)の安定発現株を構築す る。この dCas9-EGFP がクローニングされたベクター(pSLQ1658)は Addgene 社より購入した。しかしながら、dCas9-EGFP の過剰発現は細胞の成長を阻害する恐れや過剰発現によるバックグラウンドシグナルの増加の恐れがあるため、Clontech 社より Tet-On 3G 発現誘導システムを入手し、テトラサイクリンによる発現誘導が可能なベクターを構築した。pTRE3G を EcoRV で切断後、アルカリホスファターゼによる脱リン酸化を行った。また、pSLQ1658 を EcoRI と NcoI で切断し、インサートである dCas9-EGFP 遺伝子の切り出しを行なった後、T4 DNA ポリメラーゼによる平滑化を行なった。 pTRE3G とdCas9-EGFP の平滑末端ライゲーションを行なうことで Tet 応答型 dCas9-EGFP 発現ベクター(pTRE3G -dCas9-EGFP)を構築した。
本研究では、正常細胞として hTERT-RPE1 細胞、染色体異常を示す細胞として HeLa 細胞とHEK293 細胞を用いる。これらの細胞株にpCMV-TET3G をリポフェクションにより導入し、G418 による選抜を行なうことで、Tet 応答因子の安定発現株を構築した(図4)。次に、これらの細胞株に対して、 pTRE3G-dCas9-EGFP と puromycin 耐性遺伝子プラスミドをリポフェクションにより導入し、puromycin による選抜を行なった。さらに、得られたコロニーに対して Dox (doxycycline)を終濃度が 100 ng/mL になるように添加し、dCas9-EGFP の発現誘導を蛍光顕微鏡により確認した。

3.2 結果・考察
HeLa 細胞と HEK293 細胞については、Tet 応答因子と、Tet 応答型 dCas9-EGFP の安定発現細胞株を取得できた。Dox 添加から 24 時間後に観察を行なったところ、核内での GFP シグナルが検出できた。GFP シグナルは核小体で強く検出される傾向が見られた(図5)。また、細胞によっては、細胞質からシグナルが観察されるものや、シグナルが観察されないものも存在した。一方、hTERT-RPE1 細胞については安定発現株を取得できなかった。原因としては、hTERT-RPE1 細胞が正常細胞であるため、他の細胞株よりもトランスフェクション効率が低く、また、ゲノム DNA にベクターが組み込まれ難いことが考えられる。このため、hTERT-RPE1 細胞については、ウイルスベクターを用いた形質転換を行なうことで、安定発現株の取得する予定である。

図4 ウェスタンブロッティングによる Dox 添加によるルシフェラーゼ遺伝子の発現誘導確認
(注:図/PDFに記載)

図5 顕微鏡観察による、 Dox 添加による dCas9-EGFP の発現確認
EGFP シグナル(緑)が核内から検出されている。スケールバーは 10μm を示す。
(注:図/PDFに記載)


4. gRNA による DNA 配列の可視化
次に、CRISPR/Cas システムを利用して、標的DNA 配列を検出するために、gRNA の配列の設計を行う必要がある。gRNA の長さは 23 塩基であることから、標的配列がこれより長い場合、複数の gRNA を導入する必要があるが、導入するgRNA の数が多くなればなるほど標的配列全長の可視化は困難になる。そこで、構築したシステムが機能することを確認するために、検出が容易なテロメアリピート配列をターゲットとした。テロメアは染色体腕の末端に位置することから、検出された場所がテロメアかどうかの確認も容易である。さらに、テロメア以外のリピート配列を標的とすることで、染色体内での特定のクロマチン構造の検出も試みる。

4.1 実験材料・方法
設計した gRNA をヒト細胞で発現させるために、Addgene 社より入手可能な gRNA 発現ベ クター (Plasmid# 41824) 、 もしくはpSLQ1651-sgTelomere(F+E)を用いた。後者は、dCas9 を用いた可視化に適した構造を持つ RNA を発現するベクターであり、既にテロメアを標的とする gRNA の配列が導入されている。テロメアを標的とする gRNA の配列として TTAGGGTTAGGGTTAGG を用いた。標的配列を導入した gRNA 発現ベクターを、Tet 応答因子と、Tet 応答型 dCas9-EGFP を発現する HeLa 細胞と HEK293 細胞にリポフェクションによりトランスフェクションした。dCas9-EGFP の局在を蛍光顕微鏡により確認した。

4.2 結果・考察
gRNA を発現させることで、核内全体で検出されていた dCas9-EGFP のシグナルが、強い輝点として観察されるようになった(図6)。これは、gRNA によって、dCas9-EGFP がテロメアに結合したため、テロメア領域の dCas9-EGFP 密度が高くなったためと考えられる。しかしながら、現時点では分裂期染色体における dCas9-EGFP シグナルを検出することができておらず、この輝点がセントロメアに由来するものかどうかを確認するために、テロメアに対するプローブを用いたFISH で検出されるシグナルとの共局在を確認する。

図6 HeLa 細胞での dCas9-EGFP の gRNA によるテロメアへのターゲッティング
EGFP シグナルの輝点が多数核内から検出される。
(注:図/PDFに記載)


5.まとめ
本研究により、dCas9 に蛍光蛋白質を結合させることで、ゲノム DNA の特定配列を可視化できる可能性が示された。染色体異常を示す HeLa 細胞と HEK293 細胞については、Tet 応答因子とTet 応答型dCas9-EGFP を安定発現する株が得られているため、標的配列の gRNA 発現ベクターをトランスフェクションするだけでゲノム DNA の標的配列を可視化できる。このため、染色体異常と関連する可能性が高い配列の探索が容易となる。例えば、染色体構造の構築に重要と考えられている、染色体スキャフォールド蛋白質の結合配列を検出することで、染色体異常を示す染色体特有の DNA 配置、あるいはクロマチン構造の検出につながると期待している。


謝辞
本研究の一部は、中谷医工計測技術振興財団の平成 26 年度技術開発研究助成のもとに行なわれました。ここに深く感謝申し上げます。


参考文献
1) Nishino,Y., Eltsov, M., Joti, Y., Ito, K., Takata, H., Takahashi, Y., Hihara, S., Frangakis A.S., Imamoto, N., Ishikawa, T., and Maeshima, K. Human mitotic chromosomes consist predominantly of irregularly folded nucleosome fibres without a 30-nm chromatin structure. EMBO J. 31, 1644-1653. (2012)
2) Joti, Y., Hikima, T., Nishino, Y., Kamada, F., Hihara, S., Takata, H., Ishikawa, T., and Maeshima, K. Chromosomes without a 30-nm chromatin fiber. Nucleus 3, 404-410. (2012)
3) 前島一博, 城地保昌, 西野吉則, 髙田英昭, 鎌田福美, 日原さえら. ヒトゲノム DNA の不規則で柔軟な収納原理. 生物物理 53, 4-10. (2013)